第13話 迷う少年 ①
ι・ブレードの暴走から、1週間が経過した。
ι・ブレードが民間人に襲い掛かった事件は、既にメシア中に広まった。
HAがE.B.Bに操られるという異常事態……それは、アヴェンジャーにHAを奪われた当初よりも衝撃的であった。
その元凶とも言われている『オートコア』についても謎が多く含まれており
他のHAも同様に制御が乗っ取られてしまう事があるのか、といった検討事項が次々とあげられていく。
それ以外にも再度新型HAが奪われた事により、アヴェンジャーが何らかのアクションを起こす可能性も考えられる。
また、オートコアとアヴェンジャーの関連性も強く疑われており、メシアは様々な対応に追われる事となった。
数多く現れた問題の対応を話し合う為に、第7支部では緊急会議が開かれていた。
今回集められたのはフリーアイゼンとソルセブンの艦長2名、そしてゼノスとフラムの4名だった。
「諸君、我々は現在数多くの問題を抱えている。 特にアヴェンジャーが口にしていた『オートコア』といい、彼らは我々の知らない技術を所有している可能性が高い。
……奴らは何を仕出かすかわからん。 このまま後手に回り続けると、取り返しのつかない事態が引き起こされてしまうかもしれん」
ゲン・マツキは、深刻な表情で訴えた。
E.B.Bを操るアヴェンジャー、突如現れたオートコア、延々と繰り返されていくHA奪取行為……。
今までは小規模であった事とメシア以外に大きな被害が出ていなかった事から、本部では本格的な対策に乗り出すことはなかった。
だが、その行為は徐々に過激さを増し、シェルターが襲撃されたり、各地のE.B.B討伐の妨害行為、トドメはフリーアイゼンの襲撃と、もはや無視できる存在ではない。
もしも今回のι・ブレードの暴走もアヴェンジャーの仕業だとすれば、それはかつてないほどメシアに大きな衝撃を与える事となる。
「だが、アヴェンジャーの一人はオートコアを奪って逃走したのだろう? 奴らが生み出したにしては妙な行為に見える。
俺ならこう考えるね、オートコアは自然発生した。 アヴェンジャーはそれを知り、回収していっただけにすぎない、と」
「どういう事だね、イリュード艦長」
「例えば、アヴェンジャーがオートコアを生産する力を持ち、それを量産する事ができ……全てのHAをそれだけで操れるというのであれば、だ。
奴らがもうHAを奪う意味はない、わざわざ危険を冒して、支部に侵入して新型HAを奪う事なんてないだろ?」
「……確信はできん。 オートコアの件はともかくとしても、奴らはE.B.Bを利用する術を持っている。
その技術を解明する為にも、奴らの拠点を暴く必要があるだろう」
しかし、現実にはアヴェンジャーの拠点は未だに判明されていないという。
一度破棄された拠点からでも、証拠は一切残されていなかった。
「アヴェンジャーは確かにE.B.Bのコアをどうにかできる技術を持っているよ、ついこの前レブルペインの残骸からE.B.Bコアが発見された。
おかげであのレーダー無効化の謎も解けそうだ、近いうちに対策が可能にになるぞ」
フラムが告げるように、レブルペインには確かにE.B.Bのコアのようなものが含まれていたという。
恐らくアヴェンジャーは何らかの技術を使って、E.B.BのコアをHA技術に採用しているのだろう。
「それと、私もオートコアは自然発生したと思うぞ。 最近のE.B.Bに関する報告では、以前と比べて力を増したかのような報告例も受けている。
例えば、動きが素早くなったりとか、コアが頑丈になったりとか、レーダーから姿を消す……ビーム兵器のようなものを使いだした、等があるぞ。
E.B.Bの連中は、私達のHAに対抗しようと……『進化』しているのだよ」
「進化……奴らめ、そこまでして人類を――」
フラムは、淡々と資料を読み上げるようにそう告げた。
もし、フラムの話が事実であれば……近いうちにHAが通じなくなる日が訪れてしまうという事になる。
今までシェルターで身を守ってきた街も、破られてしまう危険性も高かった。
「……新型の件で気になる事がある」
突如、ゼノスはそう口にした。
「今回の新型HA……ブレイアスが奪われた時に、施設のセキュリティ機能の一部が停止されていたようだ。
これは外部から操作するのは、よほど凄腕のハッカーでもいない限り不可能と言えるだろう。
それに監視室に配置されていた警備員も、その時間帯だけ誰もいなかった」
「……ゼノス、まさか――」
「前々から気になってはいたが、今回の件で確信した。 ……恐らくアヴェンジャーへ通じるものが第7支部に存在する。
……いや、正確にはフリーアイゼン内に、だ」
ゼノスから告げられた一言は、あまりにも衝撃的だった。
メシア内でアヴェンジャーと通ずる者が存在するのは、うすうすと感づいてきた者も何人かいる。
だが、ゼノスはその内通者が『フリーアイゼン内』に存在すると告げたのだ。
それは即ち、フリーアイゼンのクルーに『裏切り者』がいると告発していると同じだった。
「……本気で言っているのか?」
「過去にアヴェンジャーは、まるでフリーアイゼンの位置が特定できているかのように……襲撃を仕掛けてきたことが多々あった。
特にフリーアイゼンが落とされかけた時は、完全に待ち伏せをされていただろう」
「しかし、フリーアイゼンの中に内通者がいたとしたら妙な話だ。 クルーの人間は誰一人逃げ出さずに船に残ったのだぞ。
……あの時点でフリーアイゼンを落とすつもりであれば、間違いなく脱出を計るはずだ」
「アヴェンジャーの事だ、使い捨てにするつもりだった事も考えられる。 或いは……絶対に死なない理由があったか、フリーアイゼンは落とされる予定がなかった、か」
「……我が艦にそのような者がいないと信じたいが、可能性としては否定しきれんな」
ゲンはクルーの事を信頼しており、本音を言えば疑うような真似をしたくはない。
だが、ゼノスの言う通りメシア内に内通者がいる可能性が強く、今までの件も内通者が存在したと考えれば辻褄が合う。
「この件については外部に漏らすなよ、逆にそいつの尻尾を掴んじまえばアヴェンジャーに関する情報を吐き出させる事もできるかもしれねぇ。
……もし事実であれば、ゲン艦長にとっては辛い事かもしれませんがね」
「構わん、そのような事で私情に振り回されるわけにもいかん。 相手もそれだけの覚悟を持って、我が艦に潜入をしているはずだ。
例えかつての仲間だったとしても……容赦はせん」
辛い表情を見せながら、ゲンはそう呟いた。
「それともう一つ……シリアの足の件も気になる。 一生歩けないとまで言われた足が、たった1日で治るのはあまりにも不自然すぎる」
「君……」
フラムはゼノスが何を言いたいのかすぐに理解できた。
「……エターナルブライトが、使われている可能性が高い」
「何だと……?」
ゲンは思わず言葉を失った。
ゼノスから告げられた一言は、内通者の件を告げられたことよりも遥かに衝撃的であった。
「まだ確証はない、だが……短期間であれほどの回復速度を考えると、それしか有り得ない」
「治療は確かDr.ミケイルが担当したと聞く。 まさか、彼が?」
「アヴェンジャーの連中が言っていた、人体実験を行ったというのか? こんな堂々と……っ!」
ガンッ! と、イリュードは卓を強く叩いてそう叫んだ。
晶の報告にもあった通り、エターナルブライトを埋め込まれた人間はE.B.Bへと変化してしまう。
そんな非人道的な事が、許されていいはずがない。
「今すぐミケイルを呼び出せ……奴を問い詰めるぞっ!」
「落ち着くのだ、イリュード艦長。 まだ確証があるわけではない」
「だが、それが事実だとしたら……未乃 晶の報告が、真実だった事の証明になる。
つまり……アッシュベル・ランダーが、人体実験を行っている可能性が高いという事だっ!」
「……アッシュベル、彼は――」
無実だ、と告げようとしたが……ゲンは戸惑った。
かつての友を私情で無実だと告げていいものか。
しっかりとした証拠があるわけではない、ゲンが告げたからと言って彼の無実が証明されるわけでもない。
このような場では、あくまでも公平的に物事を見なければならないのだ。
「確かに、イリュード艦長の言う通りだ。 一度、ミケイルから話を聞こう」
ゲンは辛い思いをしながらも、その意見を肯定するしかなかった。
「だが、こうして4人で問い詰めても正直に話すとは限らないね、君一人で行ったらどうだ? 少なくとも、この中では彼と一番接触しているのだろう?」
「わかった、俺が行こう」
フラムがそう問いかけると、ゼノスは頷いた。
「まずはミケイルからシリアの件について尋問を行おう。 それと、ゼノスは内通者の件も調査してくれ。
お前に任せてばかりですまないが……頼んだぞ」
「……了解」
ゼノスはゲンからそう告げられると、静かに立ち上がり会議室を退室していく。
「私は本部への報告資料をまとめる、フラム博士は引き続きアヴェンジャーの技術の解析を頼む」
「俺もオートコアについては調べたいことはあるんだがな、本業のE.B.B退治をサボるわけにはいかない。 裏の件については、ゲン艦長達に任せますよ」
「ふむ、了解した。 では、失礼するぞ」
フラムも同じように、会議室を退室していく。
「アヴェンジャーが影で動きを見せている中、内部でこうも問題が起きているとは。 急がねばならない……取り返しがつかない事態に陥る前に」
ゲンは静かに、そう呟いた。
第7支部の長く続く廊下を、シラナギはトボトボと歩いていた。
一週間前の戦闘後から、晶は部屋に閉じこもったまま出てくることがない。
あれだけの大惨事が起きてしまえば、晶がそうなってしまうのも無理はなかった。
更にシリアは治療した足の激痛が収まらずに、再度入院する事となった。
三日ほどは動けなかったようだが、今では症状も落ち着き徐々にリハビリを重ねて歩けるまで回復したという。
それは喜ばしい事なのだが、シラナギは何処か浮かない表情を見せる。
「……あ」
ふと、シラナギが足を止める。
目線の先には、フラフラと俯いたまま歩いている晶の姿があった。
しかし、部屋に引き籠っていたはずの晶がどうしてこんなところを歩いているのか。
シラナギは晶に声をかけて近づこうと考えたが、そこで立ち止まる。
「んー……放っておきましょう」
普段のシラナギであれば、空気を読まずに晶に突っ込んでいくのだが、今日は違った。
流石に生気の抜けた晶の姿を見てしまうと、シラナギであっても遠慮をしてしまうのだろう。
「ちょっと、こっちのお仕事頑張りすぎましたね……流石に胸が痛みますよ、あの姿を見てしまえば」
ふぅ、と息をつきながら、シラナギはそう呟いた。
「おっさんのところ、行きますかぁ」
ミケイルから呼び出しをくらっていたシラナギは、憂鬱な気分になりながらもミケイルの元へと向かった――




