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     暴走 ③


ソルセブンのブリッジルーム。

E.B.Bに乗っ取られたιの追跡をゼノスに任せ、ソルセブンは遅れて大型E.B.Bの反応があったポイントへと舵を向けていた。


「住民の避難を急がせろっ! モタモタすんじゃねぇっ!!」


イリュードは手の空いている者に、大型E.B.Bが出現したポイント付近の避難を急がせていた。

ただでさえι・ブレードが乗っ取られた事だけでも手がいっぱいだというのに、新たな大型E.B.Bの反応が確認された以上、最悪なケースを想定せざるを得ない。

住民の避難が間に合うとは思えないが、何もしないよりも遥かにマシだ。


突如出現した大型E.B.Bの反応は事前には確認されておらず、不可思議な点が多い。

この不自然な動きはアヴェンジャーの関与を疑うべきだろう、とイリュードは判断した。


「艦長、第7支部より新型機が奪取されたと通達がありました。 現在味方機が単独で追跡をしているようですが、援護をよこせないかとの事です」


「やはりアヴェンジャーの仕業か、ならばこの大型E.B.Bも奴らが仕向けたと考えていいな……いや、もしかすると」


オペレーターの報告を確認すると、イリュードはふと仮説を思いつく。

あのE.B.Bはコア単体で動いていた事から、何処か普通のE.B.Bとは異なっていた。

E.B.Bが新たな力を手にしたと考えるのが自然だが、そこに更なる裏が潜んでいたとすれば?

アヴェンジャーは今までに大型E.B.Bを誘導してきたことも数多い。

もしも、アヴェンジャーが完全にE.B.Bを操る術を手にしているとしたら――


「大型E.B.Bが高速で移動を開始……? は、反応がロストしましたっ!」


「なんだと? ……クッ、すぐに本部へ通達しろ。 E.B.Bの追跡を急げっ!」


つい先ほどまで全く動きを見せていなかった大型E.B.Bが、突如反応を消した。

前に報告されたレーダーから反応を消すE.B.Bの存在を思い出すが、今回はそうではないようだ。

レーダー上で確認した限りでは、大型E.B.Bが高速で移動を行い、レーダーの範囲外まで逃げたようにしか見えない。

だが、イリュードはそうではないと考えた。

今現在反応を消したE.B.Bが、先程目撃したE.B.Bと同一である事が十分に考えられる。


「我々が知らないところで何かが起きている……?」


胸騒ぎを感じたイリュードは、一人そう呟いた。

今は余計な事を考えず、E.B.Bの殲滅を優先するべきだ。

HAを操るような危険なE.B.Bを見逃すわけには行かない。

メシア本部の力を借りてでも、止める必要があった。









モニターの先には、ムラクモを構えたまま静止をしているι・ブレードの姿がある。

胸部には不気味に輝く赤いE.B.Bのコア……状況から見て、それが原因でι・ブレードは制御不能となっているのだろう。

ι・ブレードの性能は、共に戦ってきたゼノスやシリアは十分に理解している。

ブラックホークの驚異的な破壊力に、ムラクモはHAをいとも簡単に切り裂くほどの切れ味を持つ。

一瞬でも気を抜けば、致命傷になりかねなかった。


『で、どうすりゃいい? まさか、落とすのか?』


「……胸部のコアを狙う。 それでιが止まらなかったら別の方法を考えるぞ」


『なら、アタシが引き付ける。 ゼノスはコアを狙う事だけを考えてくれ』


「了解、任せるぞ」


ただ闇雲に二人で狙っても、ι・ブレードに傷一つ負わせることが出来ないだろう。

シリアはそれを理解したうえで、ゼノスにそう言った。

だが、先に動き出したのはレビンフラックスではなくι・ブレードだった。

ムラクモを構え、凄まじい速度でレッドウィッシュへと向かっていく。


バシュンッ! その瞬間、目の前に銃弾が横切った。

レビンフラックスが瞬時に放ったのだが、ι・ブレードはくるりと回転して弾を避けていく。

2発、3発とライフルを撃ち続けるが、ι・ブレードは全弾避けて見せた。

まるで弾の動きをわかっているかのような避け方から、あの状態でも『危険察知』が働いていると考えていい。


「……シリア、仕掛けるタイミングを合わせるぞ」


『ああ、わかっているさっ!』


ゼノスは機体をι・ブレードを潜り抜けるように、降下させていく。

ライフルを構えた瞬間に、僅かにι・ブレードが照準をずらすかのように動き始めた。


「いくぞ」


『あいよっ!』


バシュンッ! レッドウィッシュはιの軌道を読み、ライフルを放つ。

するとι・ブレードはギュンッを加速を行い、弾を避けきった。

その隙を逃すまいとレビンフラックスがライフルを2発放った。

確実にι・ブレードの軌道を読み切ったのだが、そこで予想外の事が起きる。

急遽ι・ブレードはほぼ直角に近い形で上昇をしていったのだ。


「何……?」


『なっ、今のが見えたのかよっ!?』


ι・ブレードの危険察知には制約があるはずだ、今の攻撃はそれこそ戦いなれたシリアやゼノスですらも反応する事が難しいタイミングだった。

パイロットを通じていない為、ιシステムの制約が存在しない……という事も十分に考えられる。

だが、あのような直角な動きはパイロットへの負荷も大きいはず……晶の身が持つのか、不安が過ぎった。


「晶、応答しろ。 無事か?」


『お、俺の事は気にしないでくれ……それよりも、早くιを――』


晶の反応はあったが、その声を聞く限りではとてもじゃないが無事とは思えない。

ゼノスのような身体でない限り、その負荷を長期に渡って耐えられるはずがなかった。


『ボサッとするな、来るぞっ!!』


ι・ブレードは両手にブラックホークを構え、2方向へと向けて発砲する。

レッドウィッシュが辛うじて弾を避けた瞬間、僅かにコックピットに揺れた。

通り過ぎていくだけでここまで衝撃が来るとは、ゼノスはブラックホークの破壊力を思い知らされた。

すかさず、レッドウィッシュはライフルを発砲させると、再びι・ブレードはレッドウィッシュへと向かいながら、二丁のブラックホークを放つ。

弾速が予想以上に早く、全てギリギリのタイミングで交わしているものの、一瞬でも気を抜けば直撃してしまう。

その時、レビンフラックスが人型に変形してι・ブレードへと向かって斬りかかった。

ι・ブレードはその一撃を避けて、あっという間にレビンフラックスの背後を捕える。


「させんっ!」


ムラクモを使わせまいと、レッドウィッシュはι・ブレードの手を狙って発砲するが、軽々と避けられてしまった。

ι・ブレードに攻撃の隙を与えてはならない、かつてない程の強敵にゼノスは思わず、息を呑んだ。

こうしている間にも、ι・ブレードを動きだしレビンフラックスへ向かって接近していた。


「シリアっ!」


『わかってるっ!!』


咄嗟にレビンフラックスはミサイルを放ち、飛行形態へと変形して上昇していく。

ブラックホークでミサイルを瞬時に撃ち落し、ι・ブレードは凄まじい速度でレビンフラックスを追いかけていった。

怯まずにゼノスはライフルを発砲し続け、徐々にι・ブレードとの距離を縮めていく。

空高く舞い上がっていったレビンフラックスは、一定の高さまで上昇すると機体を人型へと変形させ2本のソードを取り出し、1本の巨大な剣へと合体させる。

ι・ブレードがムラクモを構え接近する中、レビンフラックスはそのまま突撃していった。

背後に回り込むように機体を大きく旋回させ、ι・ブレードの背後を捕えた。

だが、瞬時にι・ブレードはムラクモでレビンフラックスの重い一撃を受け止める。


『い、今だゼノスっ!』


一瞬だけ動きの止まったι・ブレードのコアを捕え、ゼノスはライフルを放とうとした。

対して、ι・ブレードは片手でブラックホークを取り出し瞬時に発砲する。


ガァァンッ! コックピット内が、激しく揺れた。

レッドウィッシュの右足が、撃ちぬかれ破壊されたのだ。

機体がバランスを失い、制御を戻している間に……再び金属音の鈍い音が響き渡る。

レビンフラックスがι・ブレードに押し出され、吹き飛ばされていた。


「くっ……シリアっ!!」


『ク……ソッ――』


レビンフラックスは何とか無傷で済んだようだが、様子がおかしい。

何故か立ち止まったまま、微動だにしなかった。


「おい、どうした? 返事をしろ」


『クソッ、これぐらいの激痛――』


「……まさか」


シリアは昨日まで、足が動かすことが出来ない体だったはずだ。

どんな治療をしたかはわからないが、治療が不可能とまで言われた足が一日二日で完治するようなものではない。

あのような体の負荷が強い機体に乗っていては尚更だ……長く持つはずがなかった。


『二人とも、逃げてくれ……っ! このままじゃ、やられちまうっ!!』


晶の悲痛な叫びが聞こえてくる、だがこのまま退けばι・ブレードが民間地区へと向かってしまう。

それだけは何としてでも、避けなければならなかった。

だが、その願いも虚しく……ι・ブレードは追撃を仕掛けずに、高速で飛び立ってしまった。


「……俺はι・ブレードを追いかける、お前は一度退け」


『嫌だね……このまま手ぶらで帰っちまったら、姉貴が黙っちゃいないさ……』


「退け、その身体ではもう戦う事はできないはずだ」


『嫌だ、っつってんだろうがぁっ!!』


レビンフラックスは飛行形態へと変形し、全速力でι・ブレードを追っていった。


「シリア……っ!」


これ以上シリアに無茶をさせるわけにはいかない。

何が何でも、ι・ブレードを止めなければならない――

ゼノスは、スロットルを限界まで押し込み、ι・ブレードを追いかけて行った。











「クソッ……仲間まで、傷つけちまった……どうすりゃいいんだよ……」


晶はι・ブレードのコックピットの中で、必死で機体を止める方法を探していた。

だが、どの命令もコックピットからでは全く受け付けられず、内部からの制御をすることが出来ずにいる。

脱出も試みたが、命令が通ずることなく晶は完全にコックピット内に閉じ込められていた。


「止まってくれ、止まってくれよ……どうしたってんだよ――」


晶は力なく、ι・ブレードに語りかけるが反応を全く示さない。

やはり、E.B.Bがιシステム自体を乗っ取ってしまっているのだろうか。

しかし、ι・ブレードは一体何処へ向かおうとしているのか。

先程のように大型E.B.Bを追いかけているのかと思いきやそうではない。

反応はロストしており、そのポイントへ向かっているようにも見えなかった。


すると、ι・ブレードは突如その動きを停止させる。

一瞬、願いが通じて止まってくれたのか……と思いきや、晶はモニターの光景を目にして青ざめた。

設備された道路と建物の数々に、避難を行っている人々の車の列。

数多くの避難用の輸送艦が飛び交うこの光景――間違いなく、民間区域であった。


「……やめろ、やめてくれっ!!」


ガチャガチャと激しい音を立てながら、晶は必死で操縦桿を動かす。

だが、ι・ブレードの制御は戻っていない。

晶の願いは虚しく、ι・ブレードはブラックホークを二丁構えた。


「やめろ、ι……お前はそんな事をする為に作られたんじゃない……撃つな、撃つなっ!!」


晶の言葉は、ι・ブレードに届くことはなかった。

ゆっくりとトリガーが引かれ、ブラックホークが発砲される。

バァンッ! と、銃声が響き渡った。

渋滞している車に目掛けて、弾が容赦なく直進していく。

ズガァァァンッ!! 複数の車が爆発し、道路が一瞬で破壊された。

何十台もの車が横転し、吹き飛ばされ、爆発していく。

その光景を目にして、晶は言葉を失った。


「……嘘、だろ。 本当に、やっちまったのか……?」


人類の希望となるべくHAが、ι・ブレードが……民間人をこの手で撃ってしまった。

それだけではない、ι・ブレードは仲間すらも傷つけてしまっている。

何も知らずに一撃で撃ち落されたスカイウィッシュ部隊の兵……恐らく、犠牲となってしまった兵もいるだろう。

そんなι・ブレードを必死に止めようと来てくれたゼノスとシリア――


晶は両手で頭を抱えて、小刻みに体を震わす。

……例え自分の手でないとしても、無差別に人を殺してしまった。

彼らはアヴェンジャーとは違う。

メシアの兵は共に戦う仲間であり、民間人はメシアが守るべき対象だ。

それなのに、ι・ブレードは……取り返しのつかない事をやってしまった。

バァンッ! バァンッ! と、容赦なくブラックホークは放たれ続ける。

いくつもの建物が崩壊し、民間区域は一瞬にして地獄と化した。


「俺が、あのコアを……仕留められなかったから、こんな事に――」


もっともっと自分が強ければ、こんな事態は引き起こされなかったはずだ。

例え当初に比べて腕が上がっていようと、まだまだメシアの軍人レベルには達していない。

全てはι・ブレードの性能や仲間の力を借りて、これまで戦い抜いてきた。


「俺の、せい……だ――」


全てに絶望した晶は、力なくそう呟く。

その時、ι・ブレードはムラクモを構える。

そして、サブモニターに出力された文字に……晶は我を取り戻した。


「ムラクモ……解放……?」


コックピットから赤い光が放たれ、ムラクモの光が徐々に強まっていく――

あの大型E.B.Bすら一撃で両断する一撃が、放たれようとしている――


「……やめてくれ、これ以上は……やめろよ……っ!!」


あんな強力すぎる一撃が放たれてしまえば、それこそ本当に取り返しのつかない事態に陥る。

一瞬でこの街は、廃墟と化してしまうだろう――

ムラクモは徐々に赤い光を強めていった。

ι・ブレードは両手でムラクモを構える。


「やめろ、やめろぉぉぉぉっ!!!」


晶が力強く叫んだ瞬間――突如、ι・ブレードは急降下し始めた。

ガキィィンッ!! 激しい金属音が鳴り響いたかと思うと、そこには飛行形態のまま突進してきたレビンフラックスの姿があった。

ソードが取り付けられている翼の部分を、ι・ブレードがムラクモで押さえつけているが、ι・ブレードが押され続けている。

ガガガッと音を立てながら、激しく火花を散らしていた。


『晶……ごめん、間に合わなかったな――』


「シ、シリアさ――」


バァンッ!! ι・ブレードからブラックホークが放たれ、レビンフラックスの翼が撃ち落された。

バランスを失い、地へと墜落していくレビンフラックスに向けて、ι・ブレードは再びムラクモを構えなおした。


「……もう、これ以上はやめろっ!! ι・ブレードは、こんなことする為に開発されたわけじゃねぇだろうがっ!!

親父だって、こんな事……望んでねぇだろうがぁぁっ!!!」


何故そこで父親の事を口走ったのかわからない。

だが、晶は無意識のうちに……何処かで父親を信じていたのだろう。

ι・ブレードに向けて、力強くそう叫んでいた。

……その瞬間、コックピットが赤く灯り、僅かに動きが停止された。


「い、ι……?」


晶の言葉が、通じたのか。

その矢先、高速で移動してくるレッドウィッシュの姿を確認した。

速度を緩めることなく、レッドウィッシュはサーベルを構えて、ι・ブレードへと向かって突進してくる。


ガキィィンッ!! 見事、ι・ブレードの胸部を突き刺し……コアが砕け散った。

その瞬間、晶に激しい頭痛が襲い掛かる。

……この頭痛は、ι・システムを起動する時と同じ痛みだった。


だが、晶は操縦桿を握りしめたまま……その場を動くことはなかった。

ムラクモの解放を避けられたものの、既に民間区域の被害は壊滅的な状況だ。

モニターに映る火の海に、落とされた避難用輸送艦の数々――

かつて、E.B.Bに襲われて変わり果てたシェルターの姿と、重なった。


しかし、これはE.B.Bによるものではない。

ι・ブレードによって引き起こされた、惨事だった。

言葉を失った晶は、ただ変わり果てた街の姿を呆然と眺める事しかできずにいた――


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