第12話 暴走 ①
ソルセブンのブリッジルーム。
艦長を務めるイリュードは、中心に立ちひたすら指揮を執っていた。
目の前に広がる巨大なモニターには、黒い影の群れが確認される。
レーダーには大量のE.B.B反応がある事から、あれらは全てE.B.Bと判断できるだろう。
「主砲撃て、モタモタするなっ!」
イリュードの指示一つで、ソルセブンからは主砲が発射された。
ズガァァァンッ! と激しい爆音と共に、ブリッジルームに振動が伝わる。
すると、画面の目の前が一瞬赤い光に覆われ……E.B.Bの群れはあっという間に消滅していった。
だが、レーダーにはまだE.B.Bの反応は残されている。
主砲から逃れたE.B.Bなのだろう。
既に出撃していたスカイウィッシュ部隊による討伐活動が開始され、あっという間にE.B.Bの殲滅が完了した。
「大分片付いたようだな、後は……大本を叩くだけだ」
第7支部を発ってから、E.B.Bが大量出現しているポイントを片っ端からソルセブンで潰していった。
発見する度に主砲を放ち、逃れたE.B.BをHA部隊で討伐する。
主砲が使えないような場所では、HAのみでの討伐となるが、メシアの部隊は普段このような手順でE.B.Bの駆除を行っていた。
だが、今日は大型E.B.Bの出現を確認したため、いつもよりも戦力は整えている。
付近のE.B.Bが片付いた事から、いよいよソルセブンは大型の討伐へと移ろうとしていた。
「なんだこりゃ、本当にE.B.Bか?」
モニターに映し出された大型E.B.Bの姿を見て、イリュードは驚きを隠せなかった。
そこには、無機質なゼリー状の塊が聳え立っていたのだ。
レーダーの反応を信じるのであれば、間違いなくE.B.Bなのだろう。
しかし、あまりにも生命体から外れたその姿は何処か異質だった。
ゼリー状の体の中心には、E.B.Bの真っ赤なコアがはっきりと見えている。
大体の大型E.B.Bはコアを見えない位置に隠したり、頑丈な装甲で守ったりするものだが……今回はそうではない。
まるで狙ってくださいとでも言わんばかりではないか。
「……全く、日々バリエーションを増やしていく奴らだな」
面倒なことにならなければいいのだが、とイリュードはため息をついた。
ソルセブン内の格納庫に、ι・ブレードは補給の為に帰還していた。
討伐に出発してからは休む暇もなくE.B.Bとの戦闘が続く。
流石になまった体では、長期に渡る戦闘は堪える。
晶は疲労の色を隠せなかった。
『大型E.B.Bが確認された、すぐに再出撃するぞ』
「あ、ああ……わかってる」
『どうした、辛いのなら休んでいてもいいぞ』
「そんな事言ってられるかよ、皆戦ってるのに……」
心配そうに通信を入れてきたゼノスに、晶はそう返す。
ラティアに言われた通り、常に先陣を切ってE.B.B討伐に励んでいたものの
次第に体力が削られていき、段々と後方へ回るようになってしまった。
とてもじゃないが、ラティアの代わりが務まるはずもない。
今までも学校で、メシアで散々訓練を積んできたというのに、我ながら情けないと感じてしまう。
だから、弱音は吐いてられない。
メシアの一員として戦う以上、最後まで戦い抜かなければならなかった。
『そうか、無茶だけはするなよ』
そう告げるとゼノスは通信を切って、レッドウィッシュが出撃した。
晶は深呼吸をして、スロットルを強く握りしめる。
「……いくぞっ!」
遅れてι・ブレードが、凄まじい速度で発進された。
勢いよく飛び出したι・ブレードは、そのまま上空へと急上昇していく。
目の前には、ゼリー状の大型E.B.Bの姿がはっきりと見えた。
「何だあれ……コアが丸見えじゃないか」
まるで狙ってくれ、とでも言わんばかりに堂々と姿を現しているコア。
しかも、今までのE.B.Bとは異なり何処か生物とはかけ離れた外見だ。
その姿はとても不気味に思える。
『主砲を発射させる、各機はソルセブンの後方へ下がれ』
イリュードからの通信を確認すると、晶は言われた通りに後方へと下がっていく。
堂々と弱点を晒しているところが、逆に晶を不安にさせる。
この一撃で終わってくれればいいと願ったが、そうはいかないだろうと感じていた。
ソルセブンの先端から赤い光が放たれ始める。
フリーアイゼンの場合は紫色であったが、ソルセブンは違う。
バシュゥゥンッ!
赤い閃光が走ると共に、主砲の発射音が飛び込んできた。
ズガァァンッ! と、激しい爆発に大型E.B.Bは飲まれていく。
晶は息を呑んで、その様子を見守った。
煙がもくもくと晴れていくと、そこには綺麗に穴の開いた無残なE.B.Bの姿が映し出される。
まさか、今の一撃で終わったとでもいうのだろうか?
しかし、レーダーを見る限りではまだ反応が残っている。
状況を見る限りでは、確実にコアは撃ち抜かれているはず――
「あれは……?」
その時、晶は上空に舞う赤い物体に気づいた。
……大型E.B.Bのコアだ。
ゼリー状の物体に包まれ、何故か単体で宙へと浮いている。
何故こんなところに、コアが?
その瞬間、コアは尋常ではない速度でι・ブレードへ向けて突進し始めた。
「コアが単体で動いた? ど、どうなってんだよ……?」
理由なんて考えている場合ではない、今は目の前の『E.B.B』を何とかする事だけを考えるしかない。
晶はブラックホークを構えた。
「当たれぇっ!!」
ババァンッ! と、二丁のブラックホークを同時に発砲させる。
だが、コアはまるで意思でも持っているかのように俊敏な動きで回避をした。
ズキンッ――
突如、晶の頭の中から激しい頭痛が襲い掛かる。
……危険察知の前触れではない、ι・システムを起動する時の感覚と何処か似ていた。
何故今のタイミングで、この痛みが?
その瞬間、ι・ブレードの目の前にE.B.Bのコアが辿り着く。
ガァァンッ!!
激しい音と共に、コックピット内が激しく揺れる。
その瞬間、晶は頭痛に解放された。
一体何が起きたのか……危険察知も発動しなかったというのに。
気が付くと目の前のE.B.Bコアは消え去っていた。
「ど、何処へ行ったんだ?」
レーダーで位置を確認しようとすると――突如、コックピットが青く灯り、警告音が鳴り響いた。
『システムエラー発生、システムエラー発生。 ιシステム、シャットダウンします』
「システムエラーだって? な、何が起きたんだよ?」
『信号遮断されました、制御不能……制御不能――』
「ど、どういうことだ? まさか、壊れちまって――」
その時、晶はレーダーのE.B.Bの位置を確認して……ようやく自分の身に何が起きたのか理解した。
ι・ブレードの位置と、大型E.B.Bの反応が合致していたのだ。
先程、コアが接近してきたときの頭痛……コックピットの衝撃があった後から、突如消え去った頭痛。
無関係とは思えない……少なくとも、ここから導き出される答えは一つ。
「まさか、乗っ取ったのか? ι・ブレードを――」
操縦桿はいくら動かしても固定されており、スロットルも同じように固定されてしまっている。
ドクンッ……晶の心臓が高鳴った。
ι・ブレードがE.B.Bのコアに乗っ取られて、制御が不能になった今……とてつもない胸騒ぎがした。
もし、自分の考えが正しければ……事態は只事では済まない。
『晶、応答しろ。 どうした?』
「ゼ、ゼノス……?」
どうやら通信はまだ生きているようだ。
晶は急いでゼノスに状況を伝えようとした。
「ι・ブレードの制御がきかなくなったんだ、突然頭痛が起きたかと思ったらぱったりと止んで……
さっきコアが向かってきて、それからっ!!」
『落ち着け晶、コアについては俺も確認した。 ……今、ι・ブレードの胸部に張り付いている』
「落ち着けるかよ……よく聞いてくれゼノス、もしかしたらι・ブレードはこのまま――」
ガコンッ――
その時、コックピット内が揺れた。
勿論、晶自身は何もしていない。
……ι・ブレードが、勝手に動き出していたのだ。
ギュンッ! と、ι・ブレードが急加速をすると目の前には数機のスカイウィッシュの姿があった。
ι・ブレードはムラクモを静かに構える。
「おい、冗談だろ……やめろ、やめろよっ!!」
バシュンッ――
目にも留まらぬ速さで、ι・ブレードはスカイウィッシュ3機を一瞬で切り裂いた。
3機は力なく、地へと向けて墜落していく――
「う、ウソだろ……? や、やりやがった……お、俺が……やっちまった、のか……?」
晶は両手で頭を抱えて、そう呟く。
自分の手ではないと言えど、今……ι・ブレードの手によって、共に戦う仲間が斬られてしまった。
あまりに突然の事で、晶は頭の中が真っ白になった。
こんな事は、有り得てはいけない――
『晶っ! お前は内部からιを止める方法を探せ、俺達が何とかして食い止めて見せるっ!』
「……クソッ! 何で、何で言う事聞いてくれねぇんだよっ!!」
晶は強く操縦桿を叩き付け、叫んだ。
パイロットの意思とは関係なく、ι・ブレードは勝手に動き出し周りのスカイウィッシュ部隊に次々と手をかけていく。
次々と撃ち落されては、切り裂かれ……時には抵抗しようとムラクモを受け止めるものの、抵抗は虚しくιは容赦なく味方を襲い続けた。
「何してんだよ……何でこんな事してんだよっ!! 応えろよιっ!!」
力強く叫んでも、コックピットはいつものように赤く灯る事はなかった。
……完全に、制御系が乗っ取られてしまっているのだろうか。
しかし、何故E.B.Bにそんな事ができる?
すると晶は、遠くにもう一つの大型E.B.Bの反応を確認した。
「また大型の反応……? クソッ、こんなタイミングで――」
ギュンッ!!
突如、ι・ブレードが急激に速度を上げると晶は強いGに襲われる。
どういう訳か、ソルセブンの部隊から離れて大型E.B.Bのところへ向かっているようだ。
「何だ……何でそこに向かおうとしてんだ?」
不思議そうにレーダーを確認すると、コックピットが僅かに赤く灯った。
先程まではいくら騒ごうが反応がなかったというのに。
「ιに反応が……? ひょっとして、誘導してくれたのか?」
晶が声をかけると、ι・ブレードは再度僅かに赤く灯らせる。
やはり、ι・ブレードはE.B.Bに乗っ取られてしまった事を確信した。
「どうすればいい……クソッ!」
コックピットの中にいながら、ι・ブレードの制御をできない自分に苛立ちを隠せなかった。
あの時ちゃんと、コアを撃ち落せていれば……こんな事態にはならなかったというのに。
一体、何人が犠牲になってしまったんだろうか。
共に世界平和の為に戦っていたメシアの一員だというのに。
……無実の人間を、手にかけてしまったというのか――
「クソッ……ι・ブレードだって、何とかしようと動いてくれてんだ……俺だって、何か……何かできるはずだろっ!」
晶は必死で方法がないかを考え続けていた――
「各位、被害状況を伝えろっ!」
「スカイウィッシュ部隊、およそ15機が撃墜されました。 ι・ブレードは旧メシア基地へと向かっています」
「現在、救護活動を行っていますっ! 手の空いている者は救援活動へ回ってくださいっ!!」
ソルセブンのブリッジルームは、パニック状態に陥っていた。
まさか味方機であるι・ブレードが、スカイウィッシュ部隊に斬りかかるとは想像もしていない。
少なくとも晶がそのような事をするパイロットではない……ι・ブレードに、何かが起きたとしか考えられなかった。
『イリュード艦長、頼みがある』
「……何だ、手短に話せ」
突然、ゼノスから通信を確認するとイリュードはそう返した。
『スカイウィッシュを一つ貸してくれ』
「何をする気だ? まさか、ι・ブレードを止めるというのか?」
『そうだ』
「だが晶が乗っているんだぞ……それにスカイウィッシュではιには――」
『このままでは被害が広がる一方だ……ι・ブレードが民間区域に足を踏み入れて見ろ……取り返しのつかない事態に陥るぞ』
イリュードはゼノスのその言葉を聞いて、息を飲んだ。
晶の意思であろうがなかろうが、ι・ブレードが迷いもなくスカイウィッシュに攻撃を仕掛けたのは事実だ。
……民間人に手を出さない保証もない。
仮にι・ブレードが民間人に手をかけてしまえば、民間からのメシアへの不信感が一気に広がってしまうだろう。
メシアは人々の希望でなければいけない……そんな事態が起きてしまえば、再び人々は絶望に陥る――
「残念だが、スカイウィッシュは余っていない……代わりに換装パーツをレッドウィッシュに使え」
『了解した』
「ιの件はお前に任せる、第7支部からも新型で応戦するように連絡を入れておくぞ」
『ああ、任せてくれ』
ゼノスはそう告げると、通信が途切れた。
今頼れる者は、あのゼノフラムを乗りこなす凄腕のゼノスだけだ。
……あの暴走したι・ブレードでも、ゼノスなら相手にできるかもしれない。
「……頼んだぞ、ゼノス」
ι・ブレードを相手にするには、ソルセブンのような巨大戦艦は向いていない。
今はただ、ゼノスがιを止めてくれると信じるしかなかった――