第10話 ゼノフラムの意味 ①
フリーアイゼンとアヴェンジャーの激戦から、五日ほど経過した。
フリーアイゼンの改修は、まだまだ時間がかかるようだ。
第7支部が総動員で修理を行っているものの、ロングレンジキャノンを数十発受けた傷は大きい。
いつ落とされてもおかしくなかった艦が、こうやって形を保っている事だけでも奇跡と言えた。
同時にHAの修理も進められている。
その中でも、いち早くι・ブレードは復活を遂げた。
だが、他の2機はそうもいかない。
大破したイエローウィッシュは、もはや復元はできない。
ゼノフラムも同様に、元通りにすることは難しいだろう。
アヴェンジャーの行方も未だに掴むことが出来ていないが、あれから大きな動きに出ていない。
各地でのHAを狙った活動は相変わらず続いているが、最近はメシアの警備体制が強化されたことにより、被害は徐々に減っていった。
だが、このままアヴェンジャーが大人しくしているはずもない。
メシアでは第7支部を中心にアヴェンジャーの拠点捜索が続けられた。
ι・ブレードの修復完了の知らせを受けた晶は、それを機にゼノスの病室へと向かっていた。
ここ最近艦長に呼び出されたり、シリアの件で悩んだりと中々ゼノスと逢う機会がなかった。
何日ぶりの再会となるだろうか。
あの戦い以来、五日という日々が過ぎている。
晶が捕らわれていた期間を合わせれば、恐らくもっと日が開いているはずだ。
ふと、晶は足を止めた。
目の前から、綺麗な顔立ちをした白衣の女性が歩いてきた。
医者……ではない、何となくだがHAの技術者である事はわかる。
何処か近寄り難い雰囲気ではあった。
「……人の顔をジロジロ見るな」
「うわっ!? あ、いや、ごめんなさい……」
突如女性は足を止めて、こちらへ振り向く。
思わず晶は驚いてしまった。
「誰かと思えば君は、侍のパイロットか」
「さ、侍?」
「あんな立派な刀を持っているのだから、侍でいいだろう。 今度私がちょんまげをつけてやってもいいぞ、喜べ」
もしかして、ι・ブレードの事だろうか。
まさかι・ブレードを侍と呼ぶなんて、晶は思わず口をポカーンとさせた。
「君の侍については色々と調べさせてもらったよ……ιシステムは実に興味深い。 あれは、まさに人間に近いHAと言えるだろう」
「人間に、近い?」
「そうだ、人間という生き物は普段は本気を出さずにダラダラとしているのだよ。 だが、ここぞって場面で100%……いや、それ以上の力を発揮する事がある。
君の侍は、まさにιシステムでその制御を実現しているのだよ」
突然語りだした女性に思わず、たじたじとなったが、言っている事には心当たりはある。
例えば危機的状況に陥った時に出現する『ιフィールド』
確かにあれは晶の感情が高ぶった時にしか発動しないバリアだ。
そして……あのとんでもない力を生み出すムラクモの『解放』も、それの一つなのだろう。
「……君はゼノスの下で働いていると聞いたが」
「は、はい。 そうですけれど……ゼノフラムが大破してしまったらしくて」
「全く……相変わらず無茶をする男だな。 ……まだ、その名を使っていたのか」
「その名?」
「いや、忘れてくれ。 おっと、もうこんな時間ではないか。 そろそろ戻らなければな、失礼するよ」
白衣の女性は晶にそう言い残すと、立ち去ろうとした。
「はい……あ、な、名前教えてくださいよ。 俺、未乃 晶ですっ!」
「やれやれ、私の名も知らないで話していたのか。 まぁいい、覚えろ。 フラム・ヴェルケードさ」
「フラム?」
フラムは名を伝えると、後ろ姿を見せながら左手を振って立ち去った。
晶は何処か、その名に引っかかった。
別に何の変哲もない名ではあるが。
「ゼノフラム……フラム……まさか?」
あの女性は、ゼノフラムの開発者?
晶の頭の中に、一つの結論が導き出された。
ゼノスの病室へ訪れると、既にベッドにはゼノスの姿はない。
空いているスペースを利用して腕立てをしているゼノスの姿が真っ先に目に入った。
「晶か、よくきたな」
「……怪我人が何してるんだ?」
まだ包帯が取れていないというのに、そんなに体を動かして大丈夫なんだろうか。
何処か不安に思ったが、ゼノスは腕立てを中断してベッドへ腰を掛ける。
「既に完治している、医者からも問題がないと言われていた。 だが、Dr.ミケイルが俺をここへ留めたのさ」
「船医の人……だっけか、やっぱりあれだけの爆発だったし……検査もしっかりした方が」
「心配ない、俺は戦える」
晶が心配そうな表情を見せるが、相変わらずの無表情でゼノスは言い切った。
この様子を見る限り、余計な心配をする必要はなさそうだ。
「艦長から話は聞いたか? 明日からお前は、ソルセブンのE.B.B討伐活動に協力してもらう件だ」
「あ、ああ……なんだ、知っていたのか」
「それと、シリアの件だが……やはり、復帰は難しいらしい。 アイツが抜けた分は、俺達がしっかりカバーするぞ」
「……そう、だな」
認めたくはないが、シリアは二度とパイロットとして戦えない体となってしまった。
もし、晶が二度とι・ブレードに乗れない体となってしまったら、相当ショックを受けるだろう。
シリアのように、あんな風に振る舞える自信はない。
これから、シリアはどうなってしまうのだろうかと考えると不安で仕方がなかった。
「明日は俺も同行するぞ、ゼノフラムはまだ使えないがレッドウィッシュでなら出撃はできる」
ゼノスのその言葉を聞いて、晶は安心した。
正直見知らぬ部隊で一人で参加するのには抵抗がいる。
ただでさえ、特殊な扱いでフリーアイゼンの一員となっているというのに。
だが、それ以上に晶はゼノフラムについて気になっていた。
「でも、ゼノフラムって直せるのか? ほとんど大破しちゃってるって聞いたけど……」
「俺が直す。 ここであいつの夢を、終わらせない」
「あいつの、夢?」
晶ふと、先程逢ったフラムという名の女性を思い出す。
もしかすると、ゼノスの知り合いなのだろうか。
「あの、さっきフラムっていう人に逢ったんだけど……知り合い?」
「……フラムは、ゼノフラムの開発者だった。 今はそうではないがな」
「何か、あったのか?」
「まぁ、な」
歯切れが悪そうに、ゼノスはそう答える。
思えば晶は、ゼノスの過去について何も知らない。
シリアの時だって、あの時に初めてシリアが抱える過去を初めて知った。
ゼノフラムは別名パイロット殺しと恐れられている。
なのにゼノスは危険を冒してまで、そのHAに搭乗し続け、E.B.Bと戦い続けているのだ。
一体何が、ここまでゼノスを動かしているのだろうか。
「今のうちに体を慣らしておけ。 激戦続きだったと言えど、ここまで休んでしまえば腕も訛ってしまうだろう」
「あ、ああ……そうだな。 ちょっと、シミュレーターでもいじってくるよ」
確かに最近は訓練もろくに行っておらず、明日からいきなり実戦復帰というのには不安がある。
第7支部にもシミュレーターは存在するので、せめて触っておくだけでもマシになるだろうと考えた。
相変わらず、シミュレーターは学校でのトラウマもあり苦手ではあるが、感覚を掴むには一番手っ取り早かった。
「それじゃ、俺行くよ」
「ああ」
晶はそう言って、ゼノスの病室を後にした。
「……フラムか」
ゼノスはそう呟き、窓辺の外を眺める。
5年前の、フラムと初めて逢った時の事
そして、ゼノフラムとの出会いがふと、蘇った―――
5年前、ゼノスは第7支部のE.B.B討伐部隊の一員だった。
まだ1年目の新人ではあるが、その実力はベテランの兵を上回るほど凄まじい。
ゼノスが操るウィッシュは、通常のウィッシュとは異なりまるで別HAのようなバケモノじみた動きを見せる。
だが、その動きを実現する為にウィッシュへかなり負荷をかけており、彼が操る機体は毎度ながら『自ら』故障させてしまっている。
それでも、数々のE.B.Bを倒し続けて、実績を伸ばし続けていく腕は、もやはメシア中に広まっていった。
ついには、その実力を認められ、ゼノスは当時メシア内で開発が進められていた新型HAのテストパイロットに選ばれた。
コンセプトは『単機で戦艦クラス』の力を持つHA……つまり、HA単機で大型E.B.Bを討伐する事が出来るHAという話だ。
メシア内でも名高いHA技術者である『フラム・ヴェルケード』が設計を考案し、メシアを通じて正式な開発の許可が降りた。
もし、本当にそんなものが実現できれば大型E.B.Bの討伐にて戦艦とウィッシュ部隊による大規模な作戦展開は不要となる。
この試作機が評価されれば、近いうちにウィッシュに次ぐ次世代量産機の一つとなることは間違いない。
まさに話を聞くだけでは、夢のようなHAである事は間違いなかった。
だが、現実的に考えれば本当にそんなHAが開発できるかどうかも怪しい。
実際はHA単機に戦艦クラスの火力を持たせることに繋がる上に、コスト面の問題も大きいだろう。
どうにも胡散臭い話ではあったが、ゼノスはそのHAに興味を持ち、引き受けた。
ゼノスは第7支部の開発室へと呼ばれ、そこに足を運んだ。
「ここ、か」
開発室の目の前に立ち、ゼノスは足を止める。
新型HAについての話はある程度聞いているが、正直かなり無茶な設計であった。
パイロットへの負荷はまるで考えられておらず、使われる部品等も希少な品ばかり。
とてもじゃないが、あまり実戦向けの機体であるとは思えない。
そんな事を頭に過ぎらせながらも、ゼノスはその扉を開いた。
扉を開けると、そこは真っ暗な部屋だった。
だが、カシャカシャと聞こえてくるタイプ音からして人がいるのは間違いない。
奥には端末の光に照らされた、白衣を身に纏うメガネの女性の姿があった。
「お前が、フラム博士か」
「……私は今忙しい、気安く声をかけるな」
黙々とほぼ画面の近くに顔を寄せながら、フラムはタイピングを続ける。
そんな事をしていれば目を悪くするのは当然だろうな、とゼノスは呆れていた。
「アンタの提案、よくメシアの了承が降りたな」
「どういう意味だ?」
ギロリ、とフラムはゼノスを睨んだ。
ようやくこっちを向いてくれたか、とゼノスはため息をつく。
「俺は開発に関しては素人だがな、そんな俺の目から見てもあの新型は無茶すぎる設計だ、本気で作る気か?」
「当たり前だ、私の対大型E.B.B専用HA……OverHopeArmsに死角はない」
「どうだかな、死人が出ても不思議ではないぞ」
「……君、随分と生意気な口を聞いてくれるね」
チッと舌打ちをしながら、フラムはそう呟いた。
「だが、アンタの設計……嫌いじゃない」
「どういう意味だ?」
「ここまで盛大にパイロット負荷が無視され、対E.B.Bに向けた性能だけを限りなく伸ばした設計……まさに、俺が求めていたHAだ」
「……何だ、君もどうやら私の思想を理解していたようだね。 気に入ったよ……名を聞かせろ」
「ゼノスだ、ゼノス・ブレイズ」
「そうか、よろしく頼むぞ……ゼノス」
それがフラムとの、出会いであった。