第9話 激戦の代償 ①
晶が捕らわれていたアヴェンジャーの施設では、撤退の準備が始まっていた。
元々破棄する予定だったのか、またはι・ブレードが逃げてしまった事に対する対策なのか。
施設内の人員は慌しく動き回っていた。
だが、監視室にあたる部屋に二人の人物の影があった。
一人は、未乃 健三……もう一人は、ジエンス・イェスタンだった。
「ほう……それはそれは、貴方も大変でしたでしょうね」
自慢の長い髭を片手でいじくりまわしながら、ジエンスは何者かと通信としている。
相手は健三にも知らせていない、一体誰と通信しているというのか。
「おや、貴方のような方が死ぬかと思ったと? またまたご冗談を……貴方様なら、あの段階でも脱出するぐらい容易い事……
いえいえ、私も貴方様には死なれては困りますが……まぁ、信頼の証とでも思っておいてください」
会話の内容から察するに……恐らく、例の人物だろう。
健三はある程度、通信先の人物に見当がついた。
「なるほどなるほど……わかりました、引き続き任務の遂行をよろしくお願いしますよ」
通信を終えたのか、ジエンスは重い腰を上げて立ち上がる。
「……おや、何時からいらしたのですか?」
「冗談はよしてください、貴方ならとっくに気づいていたんでしょうから」
「いえいえ、私も年を取りましてな。 昔のようには行かないのですよ……ホホホ。 ところで、何か御用でしたかな?」
「……フリーアイゼンの件は、ご存知ですか?」
「勿論ですとも、おかげで我が部隊は大打撃を受けてしまいました。 ああ、困りましたね、私とあろう者がこんな失態を晒してしまうなんて」
「……何を、狙っているんですか?」
「ほほう? 私が何かを狙っている、と? これはこれは、驚きですね……」
ジエンスの口調は何処か畏まり、首謀者でありながらも威厳のようなものも感じない。
だが、その言葉の奥深くに存在する『本性』を健三は知っている。
今目の前に存在する『ジエンス・イェスタン』という人格は、偽りの姿に過ぎない事を。
「貴方は最初からフリーアイゼンを奪えなくても、破壊できなくても……結果的にはよかったんではないんですか?」
「なるほど、それはとても興味深い見解ですな」
「艦がほしいのであればわざわざフリーアイゼンを狙う必要もありません、それに我々の今の技術力であればこの手で作れますよ」
「素晴らしい……そこまで理解しているのであれば、私も正直にお答えするしかありませんな」
ジエンスはそう答えると、優しく微笑んで見せた。
だが、健三の顔は強張っている。
偽りの笑顔の奥深くにある『真の表情』を、知っているのだから。
「ですが、貴方にはもっと重要な任務がございます。 我々には圧倒的な力が必要だと、何度も申し上げてるとは思いますが。
ブラックベリタスも、その一つなのですよ。 わかっておられますね?」
「……わかっております」
「よろしい……では、この話はまたの機会にしましょう」
ジエンスはそう告げると、静かに監視室を出ていく。
健三はその姿を見送り、ただ黙り込んだまま立ち尽くしていた。
世界各地には、メシアの支部がいくつか存在する。
支部は番号で管理されており、本部から0~30までの支部、そして汚染区域に存在するD支部と各種基地等でメシアは成り立っていた。
第7支部には、ソルセブンが現在停泊していた。
ボロボロとなったフリーアイゼン及びι・ブレード、半壊したゼノフラムと大破したイエローウィッシュ。
それらの姿は、フリーアイゼンはいかに死闘を繰り広げていたかを物語っている。
現在は第7支部で管理されており、改修作業が大至急行われる予定だ。
一度、状況の整理を行う為に第7支部に、艦の代表が集った。
ソルセブンの艦長『イリュード・ブラッシュ』。
メシア内で最も若い艦長であるが、そのカリスマ性と圧倒的な才能は誰もが認めている。
数々の大規模なE.B.B討伐において、どんな窮地もその知恵と戦略で救ってきた人物だ。
続いて、新型機の開発に携わった『フラム・ヴェルケード』。
メシアでも名高いHA技術者の一人で、最新のHA開発にはほとんど携わっている。
フリーアイゼンで運用されていた『ゼノフラム』の開発を企画したのも、彼女であった。
対して、フリーアイゼン側から集められたのはマツキ艦長、Drミケイルの2名だ。
「イリュード艦長、この度は我が部隊の救援活動に感謝する。 貴方が気付いてくれなければ、我々は今頃無事ではすまなかったでしょう」
「我々は当然のことを行ったまでだ。 それに、貴方に頭を下げられると少しやり難い。
かつての俺は、貴方に叱られていた立場だったのでな」
赤色長髪の男……イリュードは、ゲンに対してそう告げる。
「……すまない」
ゲンとイリュードは、昔は上司と部下の関係にあった事もあり、二人は多少なりとも立場に気を使っている様子だ。
昔は部下だった者が、今では艦長を務めているのは喜ばしい事だ。
しかし、この場では上司と部下の関係は既に存在しない、同じ艦長同士である。
ゲンもその事をわきまえていた。
「それじゃ、本題だ。 まずアヴェンジャー、こいつらは当分動かないだろう。 あれだけ派手に動いてた部隊を、徹底的に叩きのめしてやったからな。
所詮俺達の兵器をチマチマと奪っていく奴らだ、そんなに多くの戦力を保有しているとは思えない」
「それについては私も同感だ。 彼らの要求はフリーアイゼンだった、あれだけの数を用意した上にロングレンジキャノンの使用……いかに本気だったかが十分に伝わる」
「逆に言えば、今が攻め時とも取れる。 本部からの正式な通達はまで来ていないが……恐らくは、アヴェンジャーの件は我々に一任されるだろう」
「……ついに、戦うのかね」
「ここまでやられたんですよ、まだ迷うのです?」
「……私も一度は覚悟した、異論はない」
口ではそう告げるが、ゲンは何処か浮かない表情を見せる。
やはり人類同士で戦うことに抵抗があるのも事実だ。
しかし、このまま彼らを野放しにしておけない。
かつての『第4シェルター地区』のような悲劇、そして今回のようなE.B.Bを使った大規模な動きがあれば
E.B.Bによって、またしても多くの命が奪われてしまうことになる。
「フリーアイゼンの修理は第7支部で責任もって改修が行われる。 ι・ブレードについても、何とかなるそうだ。
だが……問題はゼノフラムとイエローウィッシュだな」
「……フラム博士、といったか。 2機の修復は可能なのかね?」
ゲンは、白衣を身に纏った目付きの悪い女性に向けてそう告げる。
焦げ茶色の長い髪を束ねている綺麗な女性ではあるが、何処か近寄り難い雰囲気が漂っていた。
「……イエローウィッシュは復元する事はできない。 あれを復元するぐらいなら、新たなHAでも開発してしまったほうが早い。
それと、ゼノフラムは悪いが……パスだ」
「どういう事だ?」
「アンタも知っているだろう……ゼノフラムは正式なメシアのHAじゃない、どっかのアホが勝手に持ち去って運用していただけさ」
「しかし、かつてのι・ブレードのように秘密裏に開発されていたHAの例もあるだろう。
何とかできないかね……あの機体は、何度も我々の窮地を救ってきたのだよ」
「断る、私にできる事は新型HAの提供ぐらいさ」
ゼノスはパイロット殺しと呼ばれるHAを、命懸けで操作しながらも何度も大型E.B.Bに立ち向かい戦い続けていた。
実運用に耐えられない設計でありながらも操縦をし続けてきたゼノスを知っているからこそ、ゲンはフラムに改修を頼んだ。
しかし、その願いも虚しく終わった。
「それよりも、パイロットの問題もあるだろう……どうなんだい、そこの胡散臭そうなおっさん」
「やれやれ、私はどうもおっさんと呼ばれる事が多いようだな」
「悪いなDr.ミケイル。 彼女は誰に対してもこんな感じだ、察してくれ」
イリュードは、フラムをフォローするようにDr.ミケイルにそう告げた。
「ι・ブレードのパイロットは外傷はないが、ιシステムの反動か未だに目を覚ましていないようだ。
今のところ命に別状はないと言えど、油断はできない状態だよ。 それと、ゼノスは……かなりの重傷だったが、流石の回復力……というべきか。
シリアは脱出ポッドが発見されたけど……ι・ブレードのパイロットと同様、意識不明の重体ってところだね。 ……正直、色々と厳しいよ」
「……全員無事だっただけでも、幸運と思うべきか」
あれだけ激しい戦いを繰り広げてきたパイロット達だ、死人がでてもおかしくはない。
しかし、晶を含めて全員無事に生還してくれた。
晶はG3のサマールプラントにやられ、誰もが諦めていたところ……無事、生きた姿で帰還を果たし、フリーアイゼンのピンチを救ってくれた。
ゼノスはあの爆発の中を生き残り、シリアも撃墜されながらも無事脱出ポッドで生き残れていたのだ。
それだけでも、奇跡と言えるだろう。
「フリーアイゼンが動けない分は、俺達がカバーをするさ。 だからしばらくは、休んでてくれ。
アヴェンジャーの拠点特定はこっちでも急いでいる。 近いうちに、決着をつける日が来るかもな」
「……その時は、我々も同行するぞ」
「……貴方がいると、心強いよ」
かつて憧れだった上司と共に戦えるのは、イリュードにとっては嬉しい限りだ。
敵はE.B.Bではなく、『人』である『アヴェンジャー』ではあるが
誰かが、彼らを討たねばならない。
アヴェンジャーの非道な行いを許すことが出来ないのだから。
「それじゃ、一週間後に各自状況の報告を頼む。 今回は、以上だ」
イリュードはそう告げると、一斉に参加者が全員立ち上がり、会議室を静かに去っていった。
第7支部の病室。
ゼノスはほぼ全身に包帯を巻かれて、ベッドで横になっていた。
あれだけの爆発に巻き込まれていたのだから、無事で済むはずがない。
通常の人間であれば、まず生きている事すら有り得ないはずだ。
だが、ゼノスは平然としていた。
まるで怪我等、何とも感じていないように。
「もう……本当に本当に本当にっ!! ゼノスはどうしていつもこうなんですかぁっ!?」
「……」
ベッドの隣では、シラナギが相変わらず一人で騒いでいた。
「どうしてこんな無茶ばっかりするんです? これじゃ、身体がいくつあっても足りませんよ?」
「ああ、悪いな」
「……もう、心配したんですからね?」
「お前もそれどころじゃなかっただろう、俺の心配している暇はあったのか?」
「あったんですっ! 木葉ちゃんも泣き崩れちゃうし……私も泣きそうでしたよ……」
しんみりとした表情で、シラナギはそう呟く。
「……すまなかったな」
「わかればいいんです……それよりも、晶くんですよっ!
心のどこかで生きているって思ってたんです……やっぱり、やっぱりちゃんと帰ってきてくれましたねっ!!」
急に暗くなったり明るくなったりと、テンションの差が激しいシラナギと話していると何処か疲れてしまう。
だが、別に嫌いではない。
それがシラナギの長所でもあり短所でもある。
無表情ではありながらも、ゼノスはそんな事を感じ取っていた。
「……だが、詳しく話を聞く必要はありそうだな」
「どういうことです?」
「晶がどうやって生き残ったのか……そして、恐らく晶は……アヴェンジャーの拠点へと連れて行かれている可能性が高い」
「え、え? どうしてです?」
「最後にG3に連れて行かれたからだ。 まぁ、奴らの事だ。 拠点をころころと移し替えていたり、複数持っている可能性も十分考えられる。
だが、そこに奴らがいた痕跡が残されているかもしれん。 まずはその位置だけでも調べる必要があるだろう」
「……ちょっと、ゼノスっ!」
バシンッ!!
突如、シラナギはゼノスの肩を思いっきり叩く。
思いっきり傷が残っている場所を叩いていたが、ゼノスは特に気にする様子もない。
むしろ、ズキズキと痛みが走っているはずなのに顔色一つ変えずに堪えていた。
「いきなりどうした?」
「もー、どうした? じゃありませんよっ! まだ怪我が完治していないんですし、少しぐらい仕事の事は忘れてくださいよ。
今はゆっくり休むべきですよ? 難しい事ばかり考えてないで、ほら私みたいな可愛い子がせっかくいるんですから♪」
「……それも、そうだな」
シラナギの言うことも一理ある。
この体では当分無茶をすることはできないし、無理に焦る必要もない。
アヴェンジャーも大打撃を受けているはずなのだから、当分大きな動きを見せる事はないはずだ。
それに、不安定な晶の事だ。
下手にアヴェンジャーの事に触れるのはよした方がいいだろう。
「おいっ! シリアが目を覚ましたぞっ!!」
突如、ガタンっと大袈裟に扉が開かれたと思ったら、そこにはライルの姿があった。
「ほ、本当ですか?」
「……シリアも生きていたか、安心したぞ」
「こうしちゃいられませんね、私すぐ見てきますよっ!! あ、絶対安静にしててくださいね、あのおっさんに怒られる前に私がプンスカ怒りますからねっ!」
シラナギはライルと共に、シリアの病室へと向かっていく。
ゼノスはその様子を微笑ましく見守ると、そのまま目を閉じて眠りに入った……。
「いやぁ、悪いな心配かけてさー」
「よかったですよっ! シリアがこのまま寝たきりだったらどうしようかと思ってましたからっ!!」
病室には上半身を起こしたシリアが元気そうにシラナギと話していた。
「お前がやられてる間、こっちも酷かったんだぜ……ま、なんだかんだで全員助かったけどさ」
「そうですよー、後晶くんも帰ってきたんですよっ!! 喜んでください、めっちゃくちゃかっこよかったんですからっ!」
「それなら真っ先にライルから聞いたよ。 ……アイツ、よく無事だったな。 まさか生きているなんて、夢に思わなかったさ」
お互いが無事を確認し合い、生きている事に喜びを感じていた。
「しかし、アタシのHA……どうなっちまうんだろうなぁ、イエローウィッシュってもう駄目だろ?」
「詳しい話は聞いてねぇけど、何か新型が支給されるんじゃねぇか? エイトの奴が前、可変機がどうこうとか言ってたしな。
丁度いいじゃねぇか、お前がそいつのパイロットになっちまえよ」
「そうだな、相方を失ったのは悲しいけど……そいつさえあれば、アタシの念願の空がついに――」
シリアは昔から空に憧れており、いつかはHAで空を飛ぶことを願っていた。
可変機には飛行形態が存在すると聞いている……間違いなく、空を飛ぶことが出来る。
まだ、正式にパイロットが自分に決まったわけではないが、シリアは何処か心を躍らせていた。
「しかし、目を覚ましたばかりだというのに随分元気ですよねー、これならすぐにでも退院できるんじゃないんですか?」
「そうだそうだ、さっさと怪我治して訓練しろってんだっ! 近いうちにアヴェンジャーと戦うって噂もあるらしいからな、頼りにしてんぞっ!」
ライルはシリアの肩をぽんっと叩きながらそう言った。
「駄目ですよ、ライルっ! 仮にもシリアは怪我人なんですからっ!」
「いやいや、大丈夫だって。 アタシなら平気平気、ほら身体だって――」
「先生を呼んで検査してもらいましょうよ、 あのおっさん会議でてるらしいからどーせ来ないでしょうし」
「おう、そうだな。 俺としたことがうっかりしちまってたぜ」
ライルは病室内にあるインターフォンで連絡を入れようと手にする。
だが、その時シリアの表情が一変しているのが目に入った。
「……どうした、シリア?」
様子が尋常ではない、目を完全に開かせ、体を小刻みに震わせている。
先程までの笑顔とは打って変わって……何処か切羽詰まった表情だった。
「シリア? どうしたんです? 何か変なものでも見たんですか?」
「……あ、ああ――」
シリアは自分の両手をまじまじと見つめて、拳を作り、開く動作を繰り返す。
その時、シラナギもシリアに起きた『異常事態』を察してしまった。
「ま、まさかシリア……っ!?」
両手で髪を鷲掴みにし、シリアは俯いた。
「……動かない」
「……な――」
その一言で、ライルもようやく気付いた。
どうしてシリアの様子が急変したのかに。
……嘘であってほしい、勘違いであってほしい。
むしろ夢であってほしい、シリアはそう何度も願った。
だが、願ったところで事実は何も変わらない。
これは、現実だった。
認めたくないが、現実なのだ。
「足が、動かない―――」
空への夢が、潰えてた瞬間だった―――