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第8話 絶体絶命 ①


ι・ブレードが拠点を飛び出し、数時間が経過しようとしていた。

アヴェンジャー内では、既に何人かはι・ブレードの追跡に出されたが、レブルペインは既に全機出撃している。

残されたウィッシュだけでは、ι・ブレードの足取りを追うことは困難だ。


拠点の制御室には、無数の監視カメラ映像がリアルタイムで映し出されている。

その映像の一部には、明らかにHA同士が争った形跡も残されていた。

映像を辿れば、ι・ブレードの姿も映し出されるだろう。

健三はι・ブレードが争った跡地を、眺めていた。


「どうやら、息子に逃げられてしまったようですな」


「……貴方は?」


ふと、監視室に足を運んだ老人がいた。

白髭に覆われた顔とその長身に合わさって威圧感があった。

だが、見た目とは打って変わって、まるで執事のような振る舞いで老人は健三の元へと歩み寄った。

ただの老人ではない、健三はそれを理解していた。


「何故、この拠点に貴方がいるのです?」


「ほう、私が現場に足を運ぶことがおかしなことですかな?」


老人は微笑みながら尋ねるが、健三の表情は強張っている。

健三が驚くのも無理はない、この老人は『アヴェンジャー』の首謀者である『ジエンス・イェスタン』なのだ。

何故首謀者である彼が、こんなところに足を運んできたのか?


「子供に信頼されない親とは、貴方には同情せざるを得ません。 少し、メシアで泳がせる期間が長すぎたのではないですかな?」


「ι・ブレードがなくとも、我々はアッシュベルを討つまでです」


「ほほう……ならば、ι・ブレードは不要と? だから、逃がしたというのですかな?」


ギロリ、と老人は健三を睨み付けた。

だが、健三は何も語らずに黙り込んだ。


「私は咎めるつもりはございません、あの様子では貴方の息子は何らかの手段でアヴェンジャーから脱出するのはわかりきっていますからね。

そんないつ裏切るかわからないι・ブレードを使い続けるより……いっそ逃がしてしまうのはある意味正しい判断かもしれませんな。

この件については、我々二人と、かのパイロットの秘密……という事で、よろしいですかな?」


「……申し訳ございません、責任は私が取ります」


「流石に呑み込みが早いですな。 ιを失った穴は埋めてもらわねばなりません。

どうですかな、例のHAを貴方の手で改修してみては?」


「あの機体、ですか」


以前にアヴェンジャーが『第4シェルター地区』の調査を行った際に、奇妙なHAが発見されたという報告があった。

健三が秘密裏にι・ブレードの開発を進めていた機関とは別に開発されていた機体と推測はされている。

その機体の特徴は何処かι・ブレードに似せており、詳しく解析はされていないがιを元に開発されているのは明らかだ。

だが、アヴェンジャーの襲撃により、今となってはその真相は闇に包まれてしまった。


アヴェンジャー内ではそのHAは『ブラックベリタス』という名で呼ばれている。

だが、幸いにもメシアの手ではなくアヴェンジャーの手にそのHAは渡っていた。


「我々に必要なのは力ですよ、メシアを圧倒できるほどの力を手に入れなければならない。

メシアも我々を黙って見過ごすはずもない、いずれ『ι・ブレード』が敵として現れるかもしれませんな」


「……わかりました、引き受けましょう」


「よろしい、では私は失礼するかね」


コツコツ、と足音を響かせながら老人は監視室を出て行った。

何故このタイミングでブラックベリタスの改修を行うのか。

ι・ブレードはアッシュベルを討つには必然的な存在、と健三は考えている。

ジエンス・イェスタンは……既にι・ブレードへの興味をなくしているように見えた。


「読めない男、だ」


老人の後ろ姿を見送ると、健三はそう呟いた。






ブリッジルームでは、今までにない程の緊張感が漂っていた。

鳴り続ける警報と赤いランプが艦に訪れる危険を告げている。


「E.B.Bの反応、100体を超えています。 また、大型E.B.Bと思われる反応も確認っ!」


ヤヨイはレーダーを確認し、深刻そうな表情で状況を告げた。

別にこれだけの数のE.B.Bが集まる事は珍しくもない。

だが、今回はフリーアイゼンだけでこれだけの数を相手にしなくてはならないのだ。

例え主砲があったとしても、大型E.B.Bが確認されている以上……死闘を繰り広げることになるのは間違いない。


「チッ……これだけの数は俺達で相手しろってか? 冗談じゃねぇぞっ!」


フリーアイゼンのモニターからでも、異常な数のE.B.Bは確認できた。

思わずライルも顔を真っ青にさせてしまうほどの光景だった。


しかし、これだけの数のE.B.Bを放っておくわけにもいかない。

この辺りにはシェルターで保護されていない地域もいくつか存在するはずだ。

ここで背を向けて逃げてしまえば、その地域の人々を見捨てる事となる。

たった一隻と2機のHAだけで、食い止めるしかない。


「主砲発射準備をしろ、パイロット各位は残りを叩けっ! 応援が来るまで何とか持ち応えて見せるんだ」


『了解した』


『任せときな。 晶の分まで……しっかり働いてやるさっ!』


ゼノスとシリアは、通信機から返事をした。


「主砲準備OKだぜ、カウント始めてくれっ!」


「了解しました、カウント始めます。 10、9、8……」


「……何としてでも、奴らを食い止めて見せろ。 我々は人類の希望でなければならん、強くなければいかん……

これぐらいの窮地、乗り越えて見せろっ!」


艦長は、クルー達に向けて力強く叫んだ。


「簡単に言ってくれますね、どうなっても知りませんよ」


「いいじゃねぇか、そういう熱い艦長が好きだぜ俺はっ!」


トリガーを力強く握りしめながら、ライルはそう呟く。

こんな時でも緊張感がないな、とリューテは呆れていた。


「3、2、1――」


「主砲、撃てっ!!」


「まとめて蹴散らしてやるよぉっ!!」


ライルがトリガーを引くと共に、艦内に大きな振動が伝った。

凄まじく巨大な紫色の光が、目の前のE.B.B軍団へと向けて発射される。

その主砲が、フリーアイゼンの長き戦いが開幕を告げた――






フリーアイゼン内の私室で、木葉は一人静かにナイフを握りしめていた。

先程、このナイフで自分は何をしようとしていたか。

無意識のうちに行った行動に、恐怖を覚えていた。


だが、そんなに深く考えなくとも……その理由は明確だ。

ただでさえ故郷で全てを失ったというのに、それにトドメをさすかのように『晶』の死が告げられた。

信じられないが、事実として受け止めるしかない。

だけど、心のどこかで生きていると願う自分もいる。

表向きでは、晶が生きていることを願って振り切っているつもりであった。


現実は違った、何処かで晶の死を悟っていたのだろう。

もう自分には何も残されていない、生きている意味がない。

そう感じたから、自殺を図ろうとしてしまったんだ。


「……」


再び木葉は、ナイフのカバーを外した。

銀色の刃が怪しく煌めき、木葉の顔を映し出す。

自分でも驚くほど、生気が宿っていない瞳をしていた。


まさか、ここまで自分が思いつめていたとは想像もしていなかった。

廊下にはずっと警告音が鳴り続けており、フリーアイゼンが戦闘体制に入っていることはわかっている。

警報が鳴っている間は、原則部屋から出ることは許されない。

……今なら、邪魔は来ないはずだ。


晶という支えまで失ってしまっては、とてもじゃないが希望を見出すことはできない。

木葉は決意をして、ナイフを強く握りしめた。

その時――


ゴォォンッ!!


室内が大きく揺れた。


「キャッ!?」


木葉は体を大きく飛ばされ、ナイフも乾いた音共に床へと落ちていく。

艦が被弾でもしたのだろうか、とにかく大きい揺れだった。

だが、外で何が起きていようが関係ない。

ゆっくりと体を起き上がらせて、木葉はナイフの元へと向かう。


「木葉ちゃん、無事ですかっ!?」


その時、シラナギが部屋へと訪れた。


「あ……」


木葉は力なく、言葉を漏らした。

シラナギは、床に落ちているナイフに目を留める。


「木葉ちゃん……?」


木葉は何も語らない。

誰とも話したくはなかった。

全てを失った自分の気持ちをわかる人なんて、いない。

これ以上苦しみたくはない。

早く天国へ待つ家族やクラスメイト、そして晶に逢いたいと願っていた。


「駄目ですよ……しっかり生きてくださいっ! どうして、自殺なんて……」


「……もういいの、シラナギさん。 私ね、晶くんに助けられてここまで生きることが出来たの。 みんなみんな、あの時の襲撃で死んじゃったけど

晶くんが命がけで私を守ってくれて、私の為にここまで戦い抜いてくれたの。 それだけで、私は幸せだったよ?」


「まだ晶くんは死んだって決まってませんよ、生きている可能性だってあるんですっ!」


力強くシラナギは訴えるが、もはやその声は届かない。

晶が生きているはずがない、無事であるはずがない。

それでも無事を願うなんて、まさに現実逃避に等しき行為としか思えなかった。


「晶くんは唯一の私の希望だった、全てを失った私を支えてくれる人だったの。

……でももう、晶くんはいないんだよ? 生きてるわけ……ないのっ!! 私、晶くんのHAがどんな状況になっていたか知っているんだからっ!」


「私は信じますよ……絶対に、晶くんは生きて帰ってきますっ!」


「口でなら簡単に言えるのっ! もう、帰ってこない。 晶くんは帰ってこないのっ!!

私にはもう何も残されていない……もうやだよ……こんな辛い思い、もうたくさんなのっ!」


「木葉ちゃん……っ!」


パシンッ!

乾いた音が、室内に響き渡る。

シラナギが目に涙を浮かべながら、手を振りかざしていた。


「皆辛いんですよ……木葉ちゃんだけじゃありません。 シリアはゼノスを責める程荒れていたみたいですし……

ゼノスも部屋に籠ってずっとι・ブレードの映像を解析してました。 今、この艦の状況わかってますか?

E.B.Bがたくさん出現したんです……皆、晶くんのことで頭がいっぱいでありながらも、一生懸命戦ってるんですよ?」


「……でも、私は――」


「私だって、凄く辛いんです……木葉ちゃんが苦しんでる姿を見ているのも辛いんですっ!

木葉ちゃんまで死んでしまったら、皆もっと辛い思いをしてしまいます。

それでも、皆は悲しみを乗り越えて必死で戦わなければならないんです……今だって、私達を守るために命懸け戦ってるんですっ!

だから……私達も乗り越えなければならないんですっ!」


「……シ、シラナギ……さん」


木葉は俯いたまま、ただそう呟くだけだった。

頭ではわかっていたつもりなのかもしれない。

あの映像を見て、死亡と判断した艦長も……立場上、認めざるを得なかったから下した判断だった。

ゼノスやシリアは一緒に戦っていながら、その最後を目の当たりにしてしまっている。


辛くないはずがない、晶を失ったことが。

だが、心のどこかで自分だけが特別に辛い、そんな事を過ぎらせていた。


「ただ、一つだけ訂正させてください。 私は、あくまでも晶くんが生きていることを信じてます。

根拠なんてありません、ゼノスみたいに理論的に解説もできません。 ただ、生きていることは間違いないって思ってます。

だから……一緒に信じてみませんか? まだ諦めるには、早すぎると思いますしね?」


シラナギは、微笑みながら手を差し伸べた。

木葉は俯いたまま、恐る恐る手を差し伸べようとする。

フリーアイゼンのクルー達は、晶を失った悲しみに包まれながらも……戦わなければならない。

今も、世界の人々を守るために戦いを繰り広げている。

メシアには、いつまでも悲しんでる暇もないのだ。


「シラナギさん、私のわがまま聞いてくれますか?」


「無茶すぎなければ、何でも聞きますよ?」


「……私を、ブリッジへ連れてってください」


シラナギの手をガッシリと握りしめ、木葉は顔を上げた。

その瞳は、何処か一つの決意に溢れていた。


「……わかりました、揺れには気を付けてくださいね?」


木葉はシラナギに連れられて、ブリッジルームへと向かった。






E.B.B襲撃を告げる警告が鳴らされ、すぐにパイロット2名は格納庫へと集まった。


「準備はバッチリだぜ、だがE.B.Bの数が相当多いらしいからな。 お前ら、死ぬんじゃねーぞ」


作業を終えたエイトが、集まった二人に対してそう言った。


「ああ、これ以上死人は出さん」


「アタシも簡単に死ぬ気はないさ」


二人は一言ずつ告げると、黙ってコックピットへと乗り込んだ。

大型E.B.Bの出現も推測されることから、ゼノフラムの出撃が要請されている。

ゼノスはゼノフラムに搭乗し、最終的な機体の調整を始めた。


『なぁ、ゼノス。 ちょっと聞いていいか?』


すると、コックピット内にシリアの通信が入った。


「なんだ」


『晶の事、本気で生きてるって思ってるのか?』


「……さあな、俺の都合のいい解釈かもしれん。 ただ、ιがパイロットを限定させているならば……と、考えただけだ」


『そうか……じゃあ、あんま期待しない方がいいよな』


何処かガッカリした声で、シリアはそう呟く。

やはりシリアも認めたくはないのだろう、晶の死を。

それはゼノス自身も同じなのだから。


『あいつさ、いい子だったよな。 アタシは弟が出来た気分で、凄く嬉しかったんだ。 ちょっと真面目すぎるのがあれだったけどな』


「……ああ、そうだな」


『あ、悪い。 戦闘前に話すような事、じゃないよな。 大丈夫さ、アタシだって立派な軍人。 私情に左右されずに戦えるさ』


「そうでなければ困る、俺達は世界の希望だからな」


最終調整を終え、一息をついたゼノスはそう返した。

今回の戦闘は、E.B.Bの数と大型E.B.Bの出現を考えると規模は大きい。

正直ゼノフラムやフリーアイゼンの主砲があったとしても、苦戦が強いられるほどだ。


更にゼノスには懸念があった。

ι・ブレードを失った今となっても、アヴェンジャーが襲撃を仕掛けてくる可能性はゼロではない。

シリアの扱うイエローウィッシュも、通常のウィッシュに比べれば飛び抜けた性能を誇るのは間違いなかった。

そして、対大型E.B.Bをコンセプトとして開発された機体である『ゼノフラム』

無茶な設計であれど、アヴェンジャーのターゲットとしては十分過ぎる程の性能を持ち合わせている。

……アヴェンジャーの襲撃が、これで潰えるはずがない、と考えた。


「シリア、出来る限り消費は抑えて戦え。 このタイミングでアヴェンジャーが仕掛ける可能性は十分にあるはずだ」


『……やっぱり? アタシもそう思ってたんだよね。 しかし、E.B.B相手に全力を出さないなんて、随分無茶な事を言ってくれるね……』


「何とかしなければならん……最悪G3の奴が訪れる可能性もある」


生き残るには、常に最悪の事態を想定しながら戦うことにある。

今時点での最悪な事態として考えられるのは、G3の再来であろう。

ι・ブレードはパイロットが不在と考えれば、敵として現れる可能性は薄い。

……もし、現れてしまった場合はとてもじゃないが討つ術はないだろう。


『主砲発射準備をしろ、パイロット各位は残りを叩けっ! 応援が来るまで何とか持ち応えて見せるんだ』


『……だとさ、考える暇もないみたいだね』


「……G3についてはある程度分析はしてある。 その時がきたら、相手は俺に任せてくれ」


『わかったよ、アンタに期待するさ』


ゼノスは目を閉じて、深呼吸をした。


「了解した」


短く返事をし、出撃の合図を静かに待つ。

既にカウントダウンも始まっていた。

静かにその時を待つと、格納庫が大きき揺れだす。

グラグラと伝う振動の中、ゼノスはスロットルを握りしめる。


「ゼノフラム、出るぞっ!」


ゼノスはスロットルを限界まで押し込み、ゼノフラムを発進させた――


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