それぞれの決意 ②
再び薄暗い中で目を覚まし、身体を起こした晶に襲い掛かったのは目眩だった。
足に上手く力が入らず、パタリと床へ倒れこむ。
食事もろくに摂っていないせいもあるだろう。
幸いなことに、体の痛みと忌々しい頭痛は消え去っていった。
順調に回復はしているようだが……万全の状態ではない。
そんな時、再びガジェロスが監獄へと足を踏み入れてきた。
「飯も食わずに寝ているからだ、バカ野郎が」
「……」
地べたに這いつくばりながらも、晶はガジェロスを睨んだ。
「どうした、俺は別にお前を殺そうとは思っていない。 こう見えても、必要のない殺しはしないのさ」
「嘘を、つくな――」
あれだけ大勢の生徒を殺したガジェロスが、そんな言葉を口にする資格はない。
冗談としても笑えない一言だ。
「アンタは殺した……何人も、何十人もの人をっ!」
「だったらどうする、俺を殺すか? 面白い、やってみろ」
ニヤリ、と笑みを浮かべてガジェロスは銃を手にする。
すると、倒れている晶の両手にしっかりと握らせ、それを自らの額へと当てた。
「お前の仇は目の前にいる、今その引き金を引けば……俺の額は鉛の塊に脳天をぶち抜かれるわけだ」
「……」
「どうした、やれるものならやってみろ……お前如きでは、俺を殺すことはできねぇ」
何を意図しているのかは、わからない。
晶は不用意に近づいてきたガジェロスを、少し不気味に感じた。
手がガチガチと震え続けている。
この引き金を引けば、一人の命が消される。
それで本当に、いいのか。
だが、それ以上に『恨み』という感情が今にも爆発しかけていた。
虐殺された生徒や住民、助けに来てくれた自衛隊の隊員。
無様にもE.B.Bによって命を落としたパイロット候補生……そして竜彦。
許せるはずが、なかった。
バァンッ!
晶は、迷わず引き金を引いた。
ガジェロスは勢いよく吹き飛ばされた……が、血が一切飛び散らない。
ほぼ密着した状態で、発砲したにも関わらず。
弾が軌道を外れるはずがない。
空砲だった可能性も考えたが、それも違う。
今の手ごたえからも、微かに聞こえた銃弾が弾ける音からも……直撃したのは間違いなかった。
だが、ガジェロスは立ち上がった。
「……わかったか、未乃 晶」
右腕の包帯をゆっくりと解く。
以前にも見た、まるでE.B.Bのような異形の右腕が姿を晒した。
「俺はもう、人じゃねぇ。 正真正銘の、バケモノなんだよ」
ガジェロスの言葉に、嘘偽りはない。
現に真正面から銃を撃たれても、額が撃ちぬがれることはなかった。
いや、そんなことしなくとも……あの右腕を見てしまえば誰もが信じるだろう。
もはや、右腕は人とは思えない異形……E.B.Bそのものだったのだ。
「俺は好き好んでこの腕……いや、この体を手にしたわけじゃねぇ。 意図的に、この体にされちまったのさ」
「され、た?」
「何もエターナルブライトを通じて異形になったのは、そこらの動物だけじゃねぇ……人間だって、その一部だってことさ」
「人間……エターナル、ブライト?」
「俺は、『改造』された。 エターナルブライトの実験体として、使い捨てにされたのさ」
「なっ――」
ガジェロスの言葉を耳にして、晶は驚きを隠せなかった。
人体実験……
まさか、エターナルブライトで人体実験が行われていたというのか?
一体、何の為に?
「この体にされた当時は、ひどかったもんさ。 俺の右腕が俺の意識と関係なく、片っ端から人の命を奪っていった。
まさにあの、G3のサマールプラントのようにな」
晶の頭の中で、あの悲劇が再生される。
無数の触手がクラスメイトを襲い、虐殺し続けてたあの悪夢を。
……それと同じことを、過去に何度もやってきているというのか。
「そのうち知り合いまでも殺し、家族にまで手をかけた。 俺の意思とは関係なく、人の命がゴミのように失われていったのさ」
ガジェロスは、その異形と化した右腕で晶の胸倉をつかんだ。
「今こうしている間にも、俺の右腕がテメェを串刺しにするかもしれねぇ。 だが、最早この腕が誰を殺そうが、関係ねぇ」
「……アンタは、それでいいのかよ」
「さあな、もはや考えることすら放棄した。 今でこそ昔ほど暴走しなくなったと言えど、俺は人の命を何とも思っちゃいない。
……アヴェンジャーには、そういう過去を持つ奴が、集っているのさ」
晶を開放すると、ガジェロスはその右腕に包帯を巻きなおす。
晶はその様子を、ただ眺めているだけだった。
「俺達は、俺達の人生を狂わせた野郎に復讐したいだけなのさ。 その為には、どうしても力が必要だ。
例え俺達が滅ぼうとも、『アヴェンジャー』のような組織は必ず現れる。 あの男を、止めない限りな」
「あの、男……?」
「そうだ……かの天才科学者……『アッシュベル・ランダー』をな」
「アッシュベル・ランダー……だって?」
「ついてこい、俺が語るよりも……もっと信用できる奴の話を聞いた方がいい。
その方がテメェも……目を覚ますだろうがよ」
倒れたまま呆然とする晶を、ガジェロスは左手で引き上げる。
晶は抵抗もなく、ガジェロスに連れられていく。
それは決して抵抗を諦めただとか、そんな理由ではなく。
ただ、今聞かされた話の衝撃が大きすぎた……それだけだった。
延々と暗い廊下が続く中、ガジェロスと晶は静かに歩み続ける。
ガジェロスは特に危害を加えようとしない、それは事実のようだ。
手で強引に引かれながらも、晶はそのおかげで何とか歩き続けることはできた。
命を狙っていないというのは信じていいのかもしれない。
だが、やはりこの男が危険であるというのは変わりがない。
敵の施設にいる以上、安心できる保証などないのだから。
「……入れ」
ふと、ガジェロスは立ち止まると扉を開く。
暗い廊下に明かりが差し込み、少し眩しかった。
ここで立ち止まっていても仕方がない、晶は恐る恐る開いた扉の中を潜る。
カタカタと、タイピングの音が耳に入った。
そこにはメシアでも見るような最新の機器が一通り揃っている。
何かの開発室、なのだろうか。
白衣を着た男の背中が目に留まる。
何処か見覚えのある背中だった。
だが、晶はその懐かしさの正体をすぐ知る事となる。
「……よく無事でいてくれたな、晶」
「え――」
晶の頭の中に、電撃のような衝撃が走った。
まさか、いやそんなはずはない。
頭の中で否定し続けるが、何度見てもその人物が姿を変えるはずがない。
……その男の正体は、晶の正真正銘の父親
『未乃 健三』だった。
「ガジェロス、君は下がっていてくれ」
「……ああ」
健三の一言で、ガジェロスはすんなり部屋の外へと出ていく。
有り得ない、あの男が何故素直に引き下がる?
父親はメシア所属の開発者。
決して、アヴェンジャーという組織に属しているはずがないというのに。
何故、ここにいる?
「信じられないか、私がここにいることが」
「親父……何、やってんだよ」
「いずれ、お前がここに訪れることを待っていた。 色々と予定が狂ってしまったが、お前と再会できて嬉しく思うよ」
「……何してんだよっ!」
晶が口にした言葉は、父親との再会を喜ぶような言葉ではない。
ただ、目の前に突き付けられた現実を前にし、力強く叫んだ。
「隠す必要もあるまい。 今の私は、アヴェンジャー所属の開発者だ」
嘘だと、言ってほしかった。
何かの間違い、晶の勘違いてあってほしかった。
だが、現実だった。
未乃 健三は……アヴェンジャーの一員だったのだ。
「何も我々は、メシアに危害を加えようとしているわけではない。 アッシュベル・ランダーを止めること、それが我々の目的だ」
「何言ってんだよ……本気、なのか?」
「これを見ろ、晶」
天井からスクリーンが降ろされると、プロジェクター越しに1枚の写真が映し出される。
病室で眠る、弱々しい少女の写真だった。
「彼女は不治の病を抱えていた。 生まれた頃から病気を抱え、現代の医学では治すことは不可能だった。
その時、アッシュベルがこの少女の病気を治せると言った。 少女は喜んで、奴の治療を受けた。
……騙されているとも、知らずにな」
健三がそう語ると、スクリーンには次の写真が映し出された。
「っ!」
晶は思わず、目を逸らした。
映し出された写真に、綺麗な少女の姿はない。
あるのは、上半身のほとんどが異形と化した少女の変わり果てた姿だ。
まるでE.B.Bのような禍々しいその姿は、とても人とは思えなかった。
「……何だよ、これ」
「あくまでも、アッシュベルが行ってきた行為の一部にしかすぎん。 この少女は、エターナルブライトの実験体にされた。
確かに病気は完治した、健康体と言われるまでに……。 だが、その結果……彼女は『人』ではなくなった」
父親の口にする言葉で、晶はガジェロスの右腕を思い出す。
まさか……あれもエターナルブライトの影響で――
「被害者は一人や二人ではない、何百人もの人が犠牲になっているのだ。
人の弱みに付け込み、アッシュベルは非人道的なエターナルブライトの実験を繰り返した。
その結果、『改造』された人間は皆……『不幸』となった」
父親の言葉を耳にして、晶は背筋をゾクッとさせる。
まさかこの写真のような少女が……ガジェロスのような人間が、何百人と存在するのか。
アッシュベル・ランダーといえば、全世界に『人類の革新』を告げたきり表舞台から姿を消した人物だ。
その後はメシアでHA開発に携わっていると聞いたが……まさか、裏でそんな非人道的な実験を繰り返していたなど信じられなかった。
E.B.Bが生み出された原因に、動物を使った実験が事が切っ掛けとまで言われているのに。
何故、こんな行為を――
「アッシュベルが生きている限り、この非人道的な実験は繰り返され続けるだろう。
奴は秘密裏に、メシアにいながらこのような行為を今もなお繰り返し続けている。
……誰かがやらねば、ならないのだ。 その為には、我々には『力』が必要だった」
「力?」
「そうだ、アッシュベルは腐ってもメシア所属の身であり……優秀な科学者だ。
奴の命を狙うということは、『メシア』との敵対を意味する。 だが、我々とて『メシア』との戦いにメリットは感じていない。
あくまでも、アッシュベル個人を『抹殺』できればいい」
「抹殺、だって……?」
まさか、本当に人一人に復讐する為だけにこの組織は動いているというのだろうか。
晶は未だに信じられずにいた。
「その先陣を切ったのが『ι・ブレード』の開発だ。 本来ならばそのまま……お前をパイロットとしてアヴェンジャーに迎え入れるはずだった」
「な――」
最初から、晶が乗る事が想定されていたというのか?
信じられない、晶は決して成績優秀だったわけではない。
何故、晶が選ばれたのだろうか?
「しかし、上層部が秘密裏に開発していた『ι・ブレード』の情報を別のルートから入手した。
その結果、ι・ブレードがメシアの手に渡ってしまったのだよ」
もし、健三の話が真実であれば……あの学校にιが存在した理由は――
晶がそこにいたから、アヴェンジャーに迎える為に置かれた……?
「……共に戦え、晶。 アッシュベルを倒さねば、人類に未来はない。
確かに我々は『復讐』の為に集められた……だが、私は違う。
これ以上犠牲者を増やさないためにも、『奴』が動き出す前に……止めなければならない」
冗談を言っているようには聞こえない。
健三は、本気でアッシュベルを止める為にアヴェンジャーに所属した。
その為に、ι・ブレードを開発したのだ。
名も知らぬ少女の件、ガジェロスの件を聞くだけでもアッシュベルの非道さは十分に伝わった。
何百人もの人が、あのアッシュベルの手によって……『被害者』となってしまったというのか。
だが――
「ふざけんなよ……っ!!」
晶は叫んだ。
「お前達のせいで、俺は故郷を失ったんだぞ……人が死んだんだ、たくさんの人がっ!
シェルターでE.B.Bから必死で逃れて、ようやく平和を掴めてたのにっ!
こんなの、間違っているだろうがっ!!」
「……すまない、晶」
「謝って済むのかよ……自分達が被害者だから、無関係な奴を巻き込んでもいいっていうのかよ?
お前達の行為は、ただ悪戯に世界を滅茶苦茶にしているだけじゃねぇかっ!」
晶の怒りが収まる事はなかった。
確かにアッシュベルは非人道的な行為を繰り返した。
その結果、アヴェンジャーという組織が生まれてしまった。
だからといって彼らの行動には正当性がない。
たった一人に復讐する為に、何千……何万もの命が失われてしまったんだ。
何よりも、自分の父親がこんな犯罪組織に力を貸していたという事実が、一番許せなかった。
「俺はそんな目的の為に力を貸さない……ιに乗らないっ!
こんなの間違ってんだろ……アンタも、気づいてんだろうがっ!」
「私は本気だ、晶。 だが、アッシュベルを放置しておけば取り返しのつかない事となる。
……奴はエターナルブライトの人体実験を通じて、何かを企んでいるのも事実だ」
「だからといって、無関係の人間を巻き込むのかよ? こんなやり方、俺は絶対に認めない……」
「やはり、そう簡単に応じてはくれんか。 何もすぐに返事をよこせとは言わん。
しばらくここにいて、じっくりと考えてくれ」
「……見損なったぞ、アンタを」
怒りに身を任せた晶は、もはや父親の事を父と見なかった。
純粋なHA開発者だったあの父親はもういないのだ。
何の為に、パイロットを目指したのか。
ιに乗った時の決意とは、一体何だったのか――
晶は悔しさを抱き、部屋の外へと出ていく。
「何処へ行く、未乃 晶。 貴様に施設内を自由に歩き回る権利はないぞ」
ガジェロスの右腕に捕まれた晶は、背筋をゾクッとさせる。
このまま振り切って逃げようとも考えたが、体の調子も万全ではない。
すぐに捕まるオチは見えていた。
「……連れてけよ」
抵抗もなく、晶は監獄へと連れ戻されていった。
「よ、ビリッケツ」
監獄へ戻されると、できれば二度と逢いたくなかった人物がそこにいた。
白柳 俊、晶と木葉以外に唯一生き残ったクラスメイトだ。
ガジェロスは既にこの場にいない。
俊を晶の監視役としておいたのだろう。
「……その呼び名、やめろよ」
「ん、晶っつったっけ? おいおい、そんな怖い顔すんなっつーの」
何故この男は、こんなにもヘラヘラとしていられるのだ。
アヴェンジャーがどのような組織かを知っているのか?
自分達の故郷を襲った者が誰なのかを、本当に知っているのだろうか?
「お前は……何で、こんなとこ入ったんだよ」
「お前と同じさ、俺は元々アヴェンジャーに入れられる予定だったらしい」
「な、何でだよ……?」
「ん、俺が強いからだろそりゃ」
そんなの常識だろ、と言わんばかりの表情で俊は答える。
この自信過剰な性格と、人を見下すような態度が気に入らない。
不真面目なくせに、実際に実力は№1である点も、晶は更に気に食わなかった。
「何とも思わないのかよ……クラスメイトはあいつらに全員殺されたんだ。
それだけじゃない、第4シェルター東地区は――」
「知っている、それがどうした? 俺には関係ないね、自分以外の命がどうなろうが」
「……お前っ!」
今の一言で頭に血が上った晶は、俊に殴りかかろうとした。
だが、同時に立ち眩みが生じてフラリと足を踏み外す。
バタンッと横転してしまい、なんとも間抜けな姿を晒す結果となってしまった。
「いいじゃねぇか、自分さえ生きてりゃさ。 もっと肩の力を抜いて生きようぜ?」
「俺はお前とは違う……」
「世の中強い奴が生き残る。 俺とお前は強かっただけの話。 同じだろ、何が違う?」
「……このっ!」
再び晶は立ち上がろうとするが、ガンッ! と突如視界がひっくり返る。
何が起きたかわからなかったが、次第に左頬がズキズキと痛み始めた。
俊に顔を、蹴られたのだ。
「訂正訂正、お前やっぱよえーわ。 ιに乗ってようやく俺と並べるぐらい、だろ?」
「クッ……この――」
「おいおいやめようぜ、俺も弱いものイジメしたくねぇしな。 別にお前とケンカしてぇわけじゃねぇんだよ。
ただ、お前色んなもん抱えてんだろ? めんどくせーだろ、そんなもんいろいろ抱えてると。 だから、たまには力抜けってことさ」
「黙れよ……お前に親友の命が奪われた痛みがわかるのかよ? 木葉が家族を失った気持ちが、わかるのかよっ!?」
「ああ、わからねぇ。 俺には元々家族ってもんがいねぇんだよ。 姉貴がずっと俺の世話してくれてたぐらいでな。
だがその姉貴も行方不明になっちまってるのさ」
「……寂しく、ないのか?」
「いちいち気にしてたら人生面白くなくなるっつーの。 俺はもう赤ん坊じゃねぇし、ある程度大人になれば人は一人でも生きていけるしな」
俊はヘラヘラと笑いながら、そう語る。
まさか俊がそのような環境にいたとは、想像もしていなかった。
思えば学校にいた時、ここまで俊と話したことはない。
こうやってまともに会話を交わすというのは、実は初めてだった。
「でも正直お前が羨ましいぜ、最初からι・ブレードって奴のパイロットに決まってたんだろ? あんだけビリッケツのお前がなんで選ばれたか知らんけどよ。
あのまま黙って卒業すりゃアヴェンジャーの仲間入り、そして思う存分戦いを楽しむとか……最高の人生じゃねぇか」
「……俺は、アヴェンジャーでは戦わない」
「はぁ? 何言ってんのお前」
「本当に何とも思わないのかよ……『ι・ブレード』一機の為に、シェルター地区が一つ消されたんだぞ?」
「何度でも言うさ、他の奴の命なんてどうでもいいんだよ……俺は自分さえ楽しけりゃ、それで満足さ」
俊は迷わずに、晶にそう返した。
もはや晶は、怒りを通り越して呆れてしまった。
まるで開き直っているとしか思えない思考。
白柳 俊、やはり晶は好きになれそうにない。
「さあて……そろそろ行くかね」
「……どこにだよ」
「決まってんだろ、今度はゼノフラムを奪ってやるのさ」
「なっ――」
フリーアイゼンが、狙われる?
ι・ブレードはもう、いないというのに――
「いやぁ、上層部の奴らがどうもι以外にもHAを欲しがっててねぇ。 とりあえず、ゼノフラムってのも目玉ではあるだろ?
あの火力は魅力的だわー、俺もあんな派手な機体にのってみてぇもんだな」
「やめろ……っ! お前達はιを奪うだけで十分じゃなかったのかよ……フリーアイゼンには木葉だっているんだっ!」
「別に艦を襲うとは言ってねぇだろ? ま、そのうちフリーアイゼンを奪えとか言い出すんじゃね? 先行してあれを落とすのも面白そうだな、なぁビリッケツよ?」
ニヤリ、と挑発するかのような笑いに晶の怒りは今にも爆発しかけた。
だが、ここで爆発させても意味がない。
「ま、その気があれば……止めてみろよ、この俺をよ」
かかってこい、といわんばかりに俊はファイティングポーズを取る。
だが、晶は立ち向かわなかった。
どうせ結果は見えている、無駄な体力を使う気はない。
だが……この場に留まっていても、どうしようもないのも事実だ。
「チッ、面白くねぇ奴だ。 じゃあな、ビリッケツ……次はお仲間さんができてるかもしれねぇぜ?」
逃げる算段を考えていては、フリーアイゼンがやられてしまう。
やはり、今すぐにでも動くしかない。
幸い相手はあのガジェロスではなく、俊だ。
ケンカは強くても、あくまでも一般人だ。
脱出チャンスは、今しかない――
「うおおおぉぉぉっ!!」
力任せに、晶は体当たりをした。
だが、俊に軽々しく避けられてしまう。
その瞬間、腹部に強い衝撃が伝う。
ゴスンッと鈍い音共に、晶は蹴り飛ばされた。
「そこで寝てろ、ザコ。 ま、帰ったらまたゆっくり話そうぜ、じゃあな」
ヘラヘラと笑いながら、俊は外へと出ていく。
晶は気を失いかけたが、僅かに分厚い扉が開けられているのを目にする。
あの俊の事だ、扉を完全に閉めるのをめんどくさがった可能性が高い。
フラフラになりながらも立ち上がり、扉を力任せに押した。
ギギギ、と音を立てて入口が完全に開かれた。
扉の先は真っ暗な廊下……もはや俊がどっちへ向かったかすらもわからない。
「……逃げるぞっ!」
この場に留まっていても何も始まらない。
晶は闇に向かって、全力で駆け出した――