第7話 それぞれの決意 ①
フリーアイゼンは、夜が明けても出航をしなかった。
早朝からブリッジルームに、クルーが集められる。
驚くほど、静かで重たい空気だった。
誰もが暗い表情を見せ、何一つ言葉を交わそうとしない。
そこに、艦長が姿を現した。
いつも指揮を執る位置へと歩み寄り、整列したクルー達と目を合わせる。
重苦しい表情のまま、艦長は口を開いた。
「諸君、フリーアイゼンからまた一人、優秀なパイロットが失われた。
彼はまだ学生だった、若くしてパイロットを務め……ここで戦死をしてしまった。
これまでフリーアイゼンでは、数多くのパイロットが命を落としてきたが……その中でも、一番重みのある命であったといえよう。
彼はこれからの世の中心となるべく若者だった、何故若者が命を落とさねばならぬのか。
それもE.B.Bではない……人に手により、その命は奪われたのだっ!
これ以上被害者を出してはいけない、私は『アヴェンジャー』の行為を決して許さん。
例え相手が同じ人類であろうと、もはや迷ってはいられん。
これ以上『未乃 晶』のような優秀な若者を、失わない為にも……我々は戦うしかあるまい、『アヴェンジャー』と」
ブリッジルームがざわついた。
中には未だに、アヴェンジャーと戦うことを反対する者はいる。
だが、これまでの悪行を考えれば……何一つ、許されていいことはないのだ。
例えどんな理由を抱えていようと、彼らは立派な『テロリスト』であり、『E.B.B』以上の脅威となりつつあった。
「……私はこの意向を本部へと伝える。 異議があれば申し立ててくれ、私とて独断で艦を動かそうとはせん」
艦長は一言、そう告げるが誰一人異議を申し立てる者はいなかった。
賛同した、という意思表示なのか。
それとも場の空気がそれを許さなかったのか。
「以上、解散だ」
静かにそう告げて、艦長はブリッジルームを立ち去った。
「……晶、くん」
本当に、死んでしまったのか。
木葉は未だに信じ切れずにいた。
昨日の夜、ゼノスとシリアがフリーアイゼンに帰ってきた。
そこに晶の姿がなかった。
ι・ブレードが奪われた。
最初に聞いたのが、その言葉だ。
コックピットがサマールプラントにより貫かれ、動かなくなったιをG3に鹵獲されてしまった。
ボロボロになっていたゼノフラムは、G3を追うことができず
イエローウィッシュもまた、2機のレブルペインを前にしてやむを得ず撤退した。
誰もが直接死を確認したワケではない。
だが、あの状態ではパイロットが助かるはずがないのだ。
無数の触手に串刺しにされたコックピットは、G3が起こした悲劇を再現した図だった。
その日、例外なくウィッシュのパイロットは死んだ。
木葉は目の前でその光景を見たわけではなかった。
だからこそ、晶が奇跡的に生きているんじゃないかと、心のどこかで願っていたのかもしれない。
死なないでほしい。 約束をしたから、絶対生きて帰ると。
もしくは、晶がいなくなってしまったら……もう自分には何も残されていない。
そんな願いから来たが、ただの現実逃避なのかもしれない――
紐で括りつけたナイフを、木葉はギュッと握りしめる。
木葉は静かに、自室へと足を運んだ。
ブリッジルームには、パイロット両名とブリッジルーム滞在のクルー達だけが残された。
艦長の言葉を耳にして、晶の死という現実に直面した。
「……クッソッ!何で、何でアイツが死んじまうんだよっ!!」
ガンッ! と、シリアは壁に蹴りを入れて叫んだ。
どうすることもできなかったのか、晶を危険に晒さない方法なんて、いくらでもあったはずなのに。
G3は殺人兵器だ、もっと警戒を強めていくべきだった……だが、後悔しても遅い。
「何とか言ったらどうだゼノスっ! アンタがしっかりしねぇから、晶が殺されたんだぞっ!?」
怒りに身を任せたシリアが、ゼノスの胸倉を掴み叫んだ。
ゼノフラムがしっかりG3を抑えていれば、晶は死なずにすんだ。
死ななかった、はずなのに――
「よせ、シリアっ!」
止めに入ったのは、ライルだった。
「なんだよ……離せっ!」
「仲間割れなんてしている場合かよ……そんな事しても、死人は帰ってこねぇぞ……」
「うるせぇっ! コイツがもっと、しっかりしてりゃ――」
「目を覚ませバカ野郎っ!」
バシンッ――
乾いた音がブリッジルームに響く。
ライルの平手打ちが、シリアの右頬を直撃した。
「お前も確かに辛いだろうがよ……一番辛いのはゼノス自身だろうがよっ!
あいつが一番近くにいながら、晶を守れなかったんだ。 お前だけが、辛いんじゃねぇよっ!!」
普段お調子者である彼が、こんなことを口にするとは思わなかった。
そこにはヘラヘラとしたライルの姿は何処にもない、真剣な眼差しでシリアと目を合わせている。
シリアは思わず、自分が情けないと感じた。
「……悪い、ゼノス」
「気にするな、お前の気持ちは痛いほどわかる」
表情一つ変えずに、ゼノスはそう告げた。
だが、あの時ゼノスの詰めが甘かったのも事実だ。
もう少し手段を考えれば、あの悲劇は起きなかったのかもしれない。
――今更考えたところで、もう遅いのだ。
「部屋に戻る」
ゼノスは一言告げると、ゆっくりと歩みだす。
哀愁の漂った男の背中を、クルー達は見送った。
「……人の死とは、何度遭遇しても慣れないものですね」
ヤヨイは悲しそうにそう呟いた。
「慣れてしまったらおしまいさ」
「辛いけどな、俺達は乗り越えなきゃいけねぇんだよな……身近な死って奴をさ」
リューテは静かに自分のポジションへとつく。
いつでもフリーアイゼンが発進できるように、準備を始めた。
「……アタシは、トレーニングでもして頭を冷やすさ」
冷静になったシリアは、先程のような気迫は何処かへ消えてしまっていた。
意気消沈した状態で、トボトボとブリッジルームの外へ出て行くのだった。
木葉は自室へと戻っていた。
窓から見える光景は、何処か寂しげに見える。
自分の心情を現しているのか、わからない。
晶は死んでいない、生きているに決まっている。
約束したから、絶対に死なないと。
何度も何度も約束を頭に過ぎらせていたが
もしも……万が一に、晶が死んでしまっていたとしたら?
想像したくもなかった。
E.B.B襲撃によって家族を失い、クラスメイトも何もかも失った。
唯一生き残ったのが、晶だけだったというのに。
晶は昔からの幼馴染だ。
期間だけで考えれば、ほぼ家族と同じぐらいの付き合いであり
お互いに欠かせない存在だった。
昔から木葉は、自分の事よりも晶の事を心配ばかりしていた。
竜彦からも怒られることは多かった、少しは自分の事を心配しろと。
困ったときは相談に乗ってやる、と言って何度も相談に乗ってもらった。
ほとんど晶の事ばかりで、よく笑われていた。
あいつのこと、好きなのか?
そんなことも何度か言われたけど、肯定も否定もしなかった。
少しでも意識してしまえば今の関係が崩れてしまうんじゃないかと。
だから、恋愛的な感情は持たないようにしてきた。
晶の傍にいたい、力になってあげたい。
だが、晶がいなくなってしまえば
傍にもいれないし、力にもなってあげられない。
そんなのは、嫌だった。
木葉は無意識のうちに、ナイフを取り出していた。
ギラリと銀色の刃が怪しく煌めく。
晶を守る為、とずっと持っていたナイフ。
だけど、今のままでは晶の為には役立てそうにもない。
ならば――
木葉はそっと、右手首にナイフの刃を当てた――
「な、何してるんですか木葉ちゃんっ!?」
慌ただしく、シラナギが木葉からナイフを取り上げた。
「あ――」
木葉は我に返ると、自分の手首をまじまじと見つめていた。
幸い、ナイフで傷をつけることはなかった。
……今、私は何をしようと?
「……シラナギ、さん。 私、今何を?」
「しっかりしてくださいっ!」
「あ……」
シラナギは、優しく木葉を抱きしめた。
「――お願いです、生きてくださいっ!!
晶くんは死にません、あの程度で死ぬような男じゃないですよっ!
私、絶対生きてるって信じてますっ! だから、一緒に信じてくださいっ!」
晶の死によって、木葉が混乱していると思ったのだろう。
以前にあのナイフを見てしまっては、シラナギが心配で様子を見に来るのも無理はない。
木葉を落ち着かせようと、必死だった。
木葉はただ呆然とするだけで、何も語ろうとしない。
ただ、自分が今しようとした行為に驚くだけで。
シラナギの言葉は、耳に入らなかった――
目の前は、真っ暗だった。
意識が朦朧としている、今自分がどうなっているかが正常に判断できない。
暗闇にうっすらと光が差し込むと、少しだけ意識がはっきりとする。
……気絶、してしまっていたのか。
ぼんやりと瞳を開いていくと、視界が定まらずに目に映る光景が全てぼかされて見える。
とてもじゃないが、ここが何処なのか判別はできなかった。
少しずつ感覚を取り戻していくと、ズキンッと全身に痛みが走った。
無理に腕を動かそうとすると、更にズキズキと体中の痛みが激しくなるだけだ。
痛みによって戻された意識によって、ようやく自分が今横になっていることに気づかされた。
今度は尋常ではない頭の痛みに襲われる。
まるでιシステムを起動したときのような痛みが持続的に続いていた。
ここは、一体どこだ。
自分は、どうしてしまったんだ?
少し前に起きた状況を、一度頭に思い返す。
晶はι・ブレードに乗って、戦っていた。
ゼノフラムが、G3の動きを止めている間に……上空からムラクモで突き刺そうと飛び上がった。
だが、それは失敗したんだ。
はっきりとは覚えていないが、それは紛れもない事実だとわかっていた。
その後は、どうしたか?
コックピットが激しく揺れ、モニターからは無数のサマールプラントが襲い掛かってくるのをこの目で見た。
危険察知は発動しなかった、いや、発動したとしてもどうすることもできなかったのだろう。
その時点の晶では、目の前に移ったものが何なのか、自分の身に一体何が起きたのかまるで理解できていなかったのだから。
視界が歪み、バキバキィッ! と、金属製の壁がぶち抜かれていく音が聞こえた。
コックピットの中に、何かが突き進んでいる。
何となくだが、そこまでの状況は記憶に残っている。
その後視界が真っ赤な光に包まれた。
これまでに灯っていた、コックピットの赤い光とは違う。
もっともっと、強い輝きだった。
何処か安らぎを感じるような輝きに、包まれた。
記憶にあるのは、ここまでだ。
「目を覚ましたか、ιのパイロット」
ふと、男の声が耳に飛び込んだ。
まだ意識がはっきりとしていないせいで、声だけではその人物が誰なのかがわからない。
もしかすると、まったく知らない人の可能性もある。
誰かが通信でも入れた、かと考えたが……違う。
今のは明らかに、コックピット内じゃないことは理解できていた。
バシャンッ!
ふと、顔に冷水がひっかけられた。
身も凍りつくような冷たさに体は驚かされて、ここでようやく晶の意識ははっきりと戻した。
ようやく正常となった視界で確認したのは、出来れば二度と逢いたくなかった人物の姿が映し出された。
一瞬まだ視界がおかしいのかと疑ってしまうほど、信じ難い事だった。
紫色の短髪に、サングラスに軍服。
右腕全体にグルグルと巻きつけられている包帯。
あの時見た、バケモノと同じ姿だった。
ガジェロス・G・ジェイロー。
晶のクラスメイト達を目の前で虐殺していった張本人だ。
「飯の時間だ、食っとけ」
ガジェロスが片手に持っていたのは、何処からどう見ても平凡な和食だ。
焼き魚に味噌汁にご飯、漬物までもつけられている。
「な、何でお前がっ!?」
意識がはっきりしていないせいもあるが、晶はこの状況に混乱していた。
普通に考えれば有り得ない、アヴェンジャーの人間とこんな形で対面している状況など。
「毒は盛っていない、安心して食うんだな」
「ふざけんなよ……お前、自分がしてきた事をわかっているのかっ!?」
「一度狂っちまった人生だ、今更何をしようが関係ねぇ」
「何人が犠牲になったと思ってんだよ……お前達さえ来なければ、竜彦は――」
この男の姿を見るだけで、あの時の悪夢がよみがえる。
目の前で虐殺され続けたクラスメイト達。
強制的に出撃させられていったパイロット候補生達。
そして……E.B.Bに食われていった竜彦の姿を――
「その口を閉じろ、ガキ。 テメェが今どんな状況下にいるか、きっちり教えてやろう」
ガジェロスは、銃を持ち出して晶の額へと突きつけた。
背筋をビクリとさせ、晶はガクガクと体を震わせる。
こいつは迷いもなく人を殺せる。
下手なことをすれば、額を撃ちぬかれて殺されてしまう――
「テメェは負けたんだ、G3と俺にな。 敗北したお前は、ιと共に……連れてこられたワケだ、これが何を意味するかわかるか?」
「――まさか」
嫌な予感がしていたが、どうやら予感は確信へと変わってしまった。
晶は、捕虜にされてしまったのだ。
『アヴェンジャー』の奴らの――
「だが、上層部の意向で手荒な真似をするつもりはない。 ιを使えるのがテメェだけだからな。
だが少しでも妙な真似をしてみせろ……その時は、殺す」
「……!」
ギロリ、とサングラス越しから晶は睨まれた。
殺される――
この短期間で何度、そんな単語を過ぎらせたか。
「う……」
再び、晶に激しい頭痛が襲い掛かる。
晶は強く頭を抱えて、苦痛な声を上げた。
「ιシステムの後遺症か? あれだけ危険察知を繰り返せば、脳の負担も高いだろう。 脳が壊されなかっただけ有難いと思うんだな」
「クッ……ど、どうして俺を……生かすん、だ」
「決まっている、テメェをアヴェンジャーの一員に迎える為だ。 俺としてはテメェみたいな青臭いガキなんてお断りだがな」
「俺を……アヴェンジャー、に?」
そんなことは、絶対あってはいけない。
晶は強く否定しようとするが、頭痛のせいでまともに言葉を交わすことが出来ない。
それ以上に、下手なことを口走るとこの男に殺されてしまう恐怖というのもあった。
「しかし……あれだけコックピットを串刺しにしてやったのによくもまぁ無事だったもんだ。
もっとも、生きていてくれた方がこっちとしては有難かっただが」
「……何で、メシアの邪魔ばかり――」
晶は頭痛に苦しみながらも、必死で声を振り絞っていた。
本心では恐怖心を抱きながらも、敵から情報を探ろうと必死だったのだ。
「飯食って寝ていろ、ガキ」
ガジェロスは乱暴に食事を置くと、そのまま重い鉄格子の扉を開いて外へと出ていく。
ガシャンッと扉が閉まる音がした。
「クソッ……どうにかして、にげない……と――」
晶はふと意識を失い、その場で気絶をした――