ι・ブレード、始動 ②
教師から告げられた衝撃的な言葉に、生徒達はただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
「……どうした、怖気ついたのなら残れ。 そんな奴を戦場に出す気はない」
冗談を言っているようには聞こえない。
生徒達にそう告げる教師の目が、何よりの証拠だった。
「お前達も知っている通り、この地区には正式なメシア所属の人間はいない。 救護要請は行っているが、到着には時間がかかる。
つまり、唯一HAを所有しており、パイロット養成を行っている我々に政府から直々に討伐依頼が下された。
……怖気づいたのなら今すぐ学校を辞めろ。 お前達は、この日の為に訓練されてきた戦士だということを忘れるな」
ただでさえE.B.Bの出現で場が混乱しているのに、何故学生が討伐の為に出撃を要請されたのか。
こんな話は前代未聞で、他のシェルター地区ではそのような話は一切聞いたことが無い。
そもそもシェルターを破ってE.B.Bが進入したということ事態がイレギュラーだ、当然といえば当然であろう。
「死ぬ覚悟がある奴だけ、ついて来い」
教師はそう告げると、教室を静かに退室した。
まるで時が止まったかのような静けさが訪れる。
誰も、この場から動こうとしない。
それもそうだ、シミュレーターの経験しかない学生が、実戦で戦えなど無茶な話だ。
生徒達は生身でE.B.Bを見たことすらない。
本物を前にして、果たして恐怖心を抱かずにいられることができるのか?
あまりにも、無謀すぎる出撃要請であることは生徒自身も理解していた。
「……俺は、行くぜ」
そんな中、竜彦は一人動き出した。
顔は強張っており、手は小刻みに震えている。
未知なる生物に戦いを挑むことが、どれほどの恐怖なのかはこの場にいる全員がわかっている。
そうでありながらも、一番最初に名乗り出たのは、相当の覚悟がなければ出来ることではない。
だが、竜彦は成績優秀なパイロットだ。 教師からもメシアに間違いなく採用されると言われているほど。
そんな彼が、E.B.Bに立ち向かうのであれば……生徒達にとっては、とても心強かった。
「お、俺だって!」
「僕も行くぞ……」
「あいつに続けっ!!」
他の生徒達も、竜彦に続いて教室から出ようと歩みだした。
彼ならば他の者を引っ張っていけるだろう、候補生の中で一番リーダーに適正がある人物であることは確かだ。
だが、落ちこぼれの晶は思うように足が動かない。
自分が出撃しても、足を引っ張るだけかもしれない。
むしろすぐにやられて、死んでしまうのがオチだ。
今でさえ、こうやって恐怖心から動けずにいるのだから。
……だが、誰もが『死』を覚悟して出撃する決意をしたというのに
自分だけ逃げるわけには行かない。
それに親友として、竜彦を一人で行かせたくもなかった。
「……やってやる、やってやるぞ」
ようやく、晶もその足を動かし教室の外へと出ようとした。
だが、それを待ち構えていたかのように教師がそこに立っていた。
チラリと、晶は横目で他の生徒達の後姿を目にする。
既に移動を開始しているようだ。
白柳 俊も、事態を察して場に戻ってきていたようだ。
一人だけ、楽しそうにヘラヘラ笑ってる姿が目に入った。
「未乃 晶、お前を出撃させるわけには行かない」
「……っ!」
教師から、衝撃的な一言が告げられた。
当然といえば当然だ。
シミュレーターですら満足のいく結果を出せないというのに、実戦で戦えるはずもない。
だが、晶は納得できなかった。
「俺だって……パイロットですよ」
「戦場に足手まといはいらん、他の生徒はメシアの基準値を満たしているからこそ許可をしている。
その基準値どころか、赤点ラインすら超えていない者を戦場に送るわけにはいかん。 どうせ、死ぬだけだ」
「でも、他の人だって皆同じだっ! 戦場に出たら死ぬかもしれないのは、同じだろっ!?」
「帰れ、未乃。 お前は戦力外だ、論外なんだよ。 悔しい気持ちはわかる、だが教師としてお前を出撃させるわけにはいかん」
「ふ、ふざけんな――」
バシンッ――
晶が拳を振り上げたと同時に、乾いた音が鳴り響く。
左頬に、強い衝撃が走り、晶は音もなく倒れた。
教師の平手打ちが強すぎたわけではない。
ただ、ショックだった。 悔しかった。
無力な自分を、今以上に憎んだことが今まであっただろうか?
「……クラスの者と合流しろ。 大人しく避難所へ向かうんだ」
晶はただ、横になったまま動かない。
教師は冷たい言葉を投げかけるだけで、静かにその場を立ち去っていく。
何故、出撃が許されないのか。
パイロット候補生の一人であるはずなのに、他の生徒は皆出撃するというのに。
全ては、自分の才能の無さだ。
努力は報われず、一向に上達することが無かった自信の腕のせいだ。
「……晶」
聞き覚えのある声が、耳に飛び込んでくる。
もはや顔を確認する気力すらない。
ただ、横になって俯いたまま。
悔しくて、涙した。
「一緒に戦えないのは、残念だと思うけどな。 ……木葉を、頼む。
戦場に出てしまう俺は、あいつの傍にいてやれない。 だから、お前が守ってやってくれ」
「……竜彦、お前」
晶は顔を起こし、目を合わせた。
しゃがみこんで、心配そうに晶の様子を伺っていた。
こんな惨めな姿を、見られたくは無かったのに。
……どうして、戻ってきたのか。
「やれるな? お前なら、できるよな?」
木葉は晶の幼馴染であると同時に、竜彦の幼馴染でもある。
昔から三人でつるむことは多かった。
竜彦にとって木葉は妹みたいな存在であり、いつも大事そうにしていた。
晶のことも弟のように、可愛がってくれていた。
同じ年齢だというのに、何処かアニキを連想させるような存在だ。
そんな彼が、晶にこんな頼み事をするのは初めてだった。
「……わかった。 死ぬなよ、竜彦」
今は全てを忘れよう。
パイロットしての自分を、今だけは忘れるしかない。
晶は、すぐに木葉と合流すべく自分のクラスへと駆け出した。
廊下中にサイレンが鳴り続ける。
人影は無い、避難指示を待って待機しているのだろうか。
晶は携帯でニュースのチェックを行う。
E.B.Bの分布図が公開されていた。
丁度第4シェルター東地区の地図が映し出されている。
赤い点の数々が、E.B.Bの動向を示していたが……明らかにこの地域に進行していた。
「竜彦……頼むっ!」
出撃できない無念は、今だけは忘れよう。
仲間を信じて、自分は自分に出来ることをやる。
竜彦にはまた、救われた。
あのまま放置されていたら、晶は避難に遅れてE.B.Bに殺されていたかもしれない。
仮に助けがあっても、ただ現状に絶望していただけだろう。
丁度自分の教室前へと辿りつくと、教室からは生徒が一斉に出てきた。
避難が始まったようだ、このままでは木葉を見失ってしまう。
人だかりの中に、木葉の姿を確認した。
だが、あの距離では合流できそうに無い。
晶はこのタイミングで一緒に避難をして、後から木葉と合流しようと判断した。
ところが木葉もこちらに気づいており、どういう訳か流れに逆らい始めた。
「キャッ!?」
強引に突き飛ばされた木葉は、人だかりから放り出された。
「木葉っ!?」
晶は急いで駆け寄った。
幸い怪我はしていない、どうしてこんな無茶をしたのか。
「ここはもう危ないんだぞ? 何でこんな真似したんだ?」
「ごめんね、晶くんのことが心配で……。 試験、平気だった?」
「そんな場合じゃないだろ……さ、早く避難を――」
手を差し出すと、木葉は真っ白な両手でがっしりと晶の手を掴む。
とても非力で、驚くほど弱々しい。
竜彦が心配するのも、無理はないと感じた。
「キャーッ!」
すると、突如避難へと向かった生徒達の悲鳴があげられた。
信じられない光景を、目の当たりにしてしまった。
血しぶきをあげながら、一人の教師が串刺しにされて宙へと打ち上げられていた。
一瞬だけ、場が静まり返る。
容赦なく投げ出された生徒は、丁度避難中の生徒の上を乗り越えて行く。
引導役を務めていた教師が、無残な姿となって
晶達の前へ、落下した。
血がドクドクと流れだし、教師は既に息をしていない。
晶と木葉は、思わず声が出せなくなるほどの恐怖に押し殺され、二人同時に腰を抜かした。
「うわああああっ!!」
「逃げろおおおおっ!!」
場は一瞬にして大混乱に陥った。
誰もが混乱して、あっちだこっちだと必死に逃げ惑う。
「先生、先生が……」
ガクガクと体を震わせながら、晶に身を寄せて木葉は遺体と化した教師を指差す。
晶も知っている教師だった、HA開発の担当をしていたこともあり、HAに関する授業もこの教師から教わっていた。
何故、こんなにも無残な姿となって……?
「君達、大丈夫かっ!?」
一人の男性が、身動きがとれずにいた晶と木葉にそう声をかけた。
迷彩服に武装している事から、学校に所属している自衛隊の一員だ。
HAパイロットこそ存在しないが、あらゆる事態を想定して学校では自衛隊を所属させるのが義務だった。
数は少ないといえど、学校の中で最も頼りになる存在であるのは間違いない。
「こ、木葉……落ち着け。 大丈夫だ、助けが来たぞ」
「で、でも……先生が――」
初めて目の当たりにした死は、あまりにも衝撃的過ぎた。
木葉はショックを受けすぎて、その現実を受け止めきれずにいる。
それは、晶自身も同じであった。
「うわあああっ!!」
ガシャーンッ!
一人の男子生徒が突如、窓ガラスを突き破って外へと放り出された。
ここは4Fであって、生身で落とされてしまってはまず助からない――
木葉は、何が起きたのか理解できずに肩をすくめて怯えていた。
一体、この場で何が起きている……?
晶はふと、避難に向かった生徒達の方角を確認した。
そこには、地獄絵図が繰り広げられていた。
無数の気色悪い触手が、次々と避難している生徒を投げ払っている。
時にはその触手に貫かれ、殺されている生徒もいた――
「まさか、E.B.B……?」
「……君達、下がるんだ」
自衛隊の一人が、長銃を構えると後ろからもう一人の隊員が晶と木葉をかくまう様に盾を用意した。
次々と生徒が投げ飛ばされる中、その真ん中をゆっくりと歩み寄る人物の姿が見えてきた。
……いや、人と言っていいのだろうか。
サングラスで素顔を隠した紫髪の男は、明らかに異質だった。
「な、何だよ……あれ?」
晶は自分の目を疑った。
その人物の右腕はとてもじゃないが、人とは思えない『異形』だったのだ。
異形からは無数の触手が飛び出し、次々と生徒に襲い掛かっている。
植物とも言えなければ何かの生物とも言えない不気味なその右腕は
資料上でしか見たことがないE.B.Bの姿に酷似していた。
「やむを得ない……発砲するっ!」
バンッ!
対E.B.Bに特化した戦闘用ライフルが発砲された。
男の体に直撃をしたが、何故か弾は弾かれてしまう。
何度も、何度も発砲をしたが、男の体には一切傷がつかなかった。
「バ、バケモノがっ!」
怯まず、隊員はライフルを発砲し続けるが効果が無い。
まるで体そのものが金属であるかのような硬さだ。
男は、その右腕で隊員の胸倉を掴み持ち上げた。
「こ、これ以上……生徒達に手を出すんじゃないっ!」
「ほう、この状況で生徒を優先するか。 気に入ったぞ」
胸倉を掴まれようと、隊員は決して怯まなかった。
それどころか決して手放さなかった銃を、逆に相手の顔面に突きつけて見せた。
「……バケモノがっ!」
グシャッ――
銃声ではない、生々しい音が耳に入り込んだ。
「えっ――」
ビシャッと、晶の顔に赤い液体がかかる。
生暖かい気色悪い感触を、その手で拭い去ると
晶はそれが人の血であることを認識した。
男は隊員の頭を掴み、そこから赤い槍のようなものが突き出していた。
その槍は、容赦なく隊員の脳を貫通した――
震えが止まらなかった。
人でもなく、E.B.Bでもない『バケモノ』に、ただ怯えるだけだった。
またしても、目の前で人が死んだ――
「う、うわああああっ!!」
もう一人の隊員は、二人をおいて一目散に逃げ出してしまった。
隊員の人を決して責める気にはなれない、誰だって逃げ出したくなるだろうから。
男は、ゆっくりと歩み寄ってくる。
晶は身動きがとれずに、腰を抜かして、ただ震えるだけだったが
近くにいた木葉の手だけはしっかりと握り締めていた。
男は、ギロリと座り込んでいた晶と木葉を睨みつける。
「……」
何も語らず、男は静かに立ち去った。
晶が振り返ると、あの男にやられた生徒達が血を流して倒れていた。
まだ息をしている者もいるが、窓から放り出されたり既に死んでしまった生徒だっている。
アレは、人間なのか?
どうして、あんなバケモノが校内に存在するのか。
……殺される。
皆、殺されてしまう――
「……怖い、怖いよ……晶くん――」
恐怖に押し殺されそうになっていたのは、木葉も同じだった。
晶だけではない、誰もがあんなバケモノを目にしたら恐怖心を抱くに決まっている。
……何処か、安全な場所へ避難しなければ
しかし下手に校内を動き回って、あんなバケモノとまた遭遇してしまったら
今度こそ、命はないかもしれない――
「……いこう」
「ど、何処へ?」
ガクガクと足を震わせながらも、何とか晶は立ち上がろうとする。
木葉からは決して手を離そうとせず、ゆっくりと引き上げて木葉を立たせた。
晶自身も恐怖で足がすくんではいるが、男の意地だってある。
何とか木葉を支えようと、肩を貸した。
「あんなバケモノがいるんだ……下手に行動はできないだろ、だったらHAの中に逃げ込もう。
コックピットの中は安全だからさ、助けが来るまでひたすら待つんだ」
パイロット候補生である晶ならではの案と考えられるだろう。
中には非常食だって通信設備だって全て整っている。
三日ぐらいはコックピット内に篭ってられるはずだ。
本来であれば引導の教師に従って、避難するべきではあるが事態はE.B.Bだけの問題とは思えない。
だったらHAの中に逃げてしまって、隠れているほうが身の為だ。
「で、でも皆は……」
木葉は、先程の男にやられた生徒達を悲しそうに見つめた。
息をしていない男子生徒を抱きかかえて、泣き喚く女子生徒。
足を怪我して、ひたすら痛みで泣き叫ぶ生徒。
怪我をした者を一生懸命運ぼうとする生徒だっていた。
……皆、クラスメイトだ。
晶だって皆、知っている。
放っておくわけには、いかなかった。
「バ、バケモノだっ!! み、皆逃げろ……逃げるんだっ!」
男子生徒の叫び声が聞こえた。
まさか、またあの男が戻ってきたというのか。
その瞬間――
「キシャァァァァッ!!」
奇声をあげながら、クモのバケモノが一斉に廊下に押し寄せてきた。
明らかに通常のクモとは異なる、何処か異質さを感じる姿。
間違いなく、E.B.Bであった――
まさか、もうここまで侵攻してきたというのか?
「……ダメだ、逃げようっ!」
「あ、晶くんっ!?」
怪我をした生徒達に襲い掛かるE.B.B達。
晶には、その生徒を助ける力がなかった。
悔しいけど、もう助かりっこない。
せめて、自分達だけでも逃げるしかなかったんだ。
晶は自分にそう言い聞かせて、木葉を連れて走り出した。
無我夢中だった、後ろは絶対に振り返らない。
目を閉じて、ひたすら心を無にして走るだけだった。
クラスメイトを見殺しに、してしまった。
今更のように、罪悪感が晶に圧し掛かる。
だけど、足を止めるわけには行かない。
竜彦からの頼みだ。
木葉だけは、絶対に守ると誓ったのだから――
「はぁ……はぁ……つ、ついた……」
どれくらい走り続けたのかはわからない。
E.B.Bは校舎内に数多く存在した。
気づかれないように何度も何度も道を変えて、E.B.Bから逃れながらも
ひたすら校舎を駆け抜けて、格納庫へと向かっていた。
やっとの思いで、辿りついたのだ。
幸いE.B.Bもまだここまでは侵攻していない。
「はぁ……はぁ……も、もう……ダメ……」
普段から走り慣れていない木葉は、安心したのかヘナヘナと地べたへ尻をつく。
息も荒く、顔も青ざめていることから相当疲労しているようだ。
パイロットコースである晶は、体力作りもカリキュラムに組み込まれている為、そこまで疲労を見せてはいない。
ただでさえ虚弱体質である木葉に、無茶をさせすぎてしまったようだ。
「ごめん、大丈夫か?」
「ううん、平気だよ……ちょっと疲れただけ」
口ではそう言っているが、木葉の体力が限界に近いのは晶自身もよくわかっている。
早く安全なところへ連れて行かなければ――
学校には確か十機以上のHAを所持しているはず。
少なくともパイロットコースの生徒分は確保しているはずだから、
つまり未出撃である晶のHAは存在するはずだ。
音を立てないように晶は静かに移動する。
本来なら格納庫は許可がなければ出入りをしてはいけない場所だ。
非常事態に校則を気にする必要もないが、あくまでも念のためだ。
「あった……」
奥へ進むと、晶の目の前には巨大なロボットが立ち尽くしていた。
深緑をした人型のフォルムは、最もポピュラーなHA『ウィッシュ』だ。
戦況に応じて武装を容易に変更することができ、汎用性に優れていてメシアでも主力のHAだ。
パーツ自体も流用することが可能で、コストパフォーマンスにも優れている。
機体の色は特に決められてはいないが、一般的には深緑で塗りつぶされることが多い。
……本来なら、これが晶に支給されて戦場に出ていくはずだった。
「凄い……これ、本当に動くの?」
木葉は巨大なロボットを見上げて、思わずそう呟いた。
晶自身は、HAを見るのはこれで2度目だ。
一度目は、授業の一環で一度だけ格納庫に入れてもらえた事がある。
そのときに、『ウィッシュ』を拝見したことがあった。
今見てもその大きさには驚かされる。
「見とれてる場合じゃないな……行こう、木葉」
コックピット内は一人用で窮屈かもしれないが、別に出撃をするわけではない。
二人でじっとしている分には、何も不便はしないはずだ。
晶は木葉を連れて、ウィッシュに乗り込もうとした。
だが、晶はウィッシュの他に奇妙なHAを見つけた。
ウィッシュとは明らかに形状が違い、小柄に見える。
白銀に細身のフォルムといい、明らかに貧相な外見だ。
頭部もまた特徴的で、ヘルメットのような被り物に額部には
ウィッシュには存在しない触覚のようなモノがつけられていた。
更に背中には羽のような形をしたブースター。
ウィッシュには一つしか搭載されていないのに対して、どういう訳かこのHAには二つ搭載されていた。
そして何よりも驚いたのが、腰部分につけられている巨大な剣だ。
まるで侍が持つ刀を連想させるような長身の武器が、鞘に収められている。
……こんなHA、見たことがない。
「よせ、一般人がまともに扱える機体ではないぞ」
「……なっ」
突如、格納庫から男の声が響いた。
しまった、見つかってしまったか?
しかし、ここに訪れたのはあくまでも非常事態であり、考えがあっての行動だと説明すればわかってもらえるかもしれない。
晶は隠れたりはせずに、両手を挙げて声の主が姿を現すのを待った。
赤髪の長身の青年が、姿を現した。
黒いランニングにジーンズ、頭には額当てとラフな格好をしている。
制服を着ていない為、学校の生徒ではないようだ。
かといって教師にしては若すぎる気もする、年齢は20代前半だろうか。
「貴方は?」
「ゼノスだ。 メシア所属のゼノス・ブレイズ」
「メシアだって?」
晶は驚きを隠せずにいた。
何故、こんなところにメシアの隊員が存在するのか?
もしかすると、メシアの部隊は既に到着しているのだろうか。
「こんなところに何の用だ」
「避難してきたんです、別に出撃しようとは思ってません」
「コックピット内に隠れるつもりだったのか?」
晶は無言で頷いた。
ゼノスと名乗る男も、恐らく同じパイロットなのだろう。
晶の考えていることは、お見通しだったようだ。
「……何故、お前は出撃しない?」
「先生から止められたんだ、俺が出ても死ぬだけだって。
だから別に、ウィッシュで出ようだとかそんな事は考えてない」
あの時の、教師から告げられた言葉が脳裏を過ぎる。
体が震えだした、悔しくて歯を食いしばり、拳を握り締めた。
……今は、木葉を守ることだけを考えればいい。
心の中でそう呟き、晶は落ち着きを取り戻した。
「それよりあの白いHAは何ですか? 俺、資料でも見たことないですよ」
「知らないほうがいい、隠れるのなら好きにしろ」
「そんな言い方って――」
「いいから隠れろ、ここは危険だ」
ゼノスと名乗った男は、晶に銃を突きつけてそう告げた。
何故、メシアの人間に銃を向けられなければならないのか。
しかし下手に逆らって撃たれてしまっては元も子もない。
晶は無言で、両手を挙げた。
「待って、晶くんは何もしてないよ? それよりも、皆を助けてあげて……
メシアなんでしょ? 人類を守るための、部隊なんだよね?」
木葉は、晶を庇おうと前に立ちゼノスにそう叫んだ。
「こ、木葉――」
危険を察した晶は、すぐに木葉を突き放そうと肩を掴んだ。
「……来たか」
「え?」
突如、ゼノスは何かを目にして呟いた。
ゆっくりと歩み寄ってくるシルエット……あの右腕の異形――
「まさか――」
晶は、驚きを隠せずにいた。
そこに姿を現したのは、目の前でクラスメイトや隊員を殺した張本人……あのバケモノが姿を現したのだから。
「久しいな、ゼノス。 こんな形で貴様と再会するとはな」
「馴れ合うつもりはない、お前達にコイツは渡さん」
二人は知り合い、なのだろうか。
それにしては妙だった、ゼノスは平然と銃を向けており
あの男もまた、それを見てニヤリと口の端を吊り上げるだけだ。
「ι(イオタ)・ブレード……渡してもらおうか」
男の口からは、『機体』の名が告げられた。