黒き反逆者 ④
モニターからの映像は途絶えた。
メシアの部隊が撤退した合図でもある。
……全機、無事に帰還とはいかなかった。
「状況を報告しろ、カイバラ」
「はい、ジャミングからレーダーが復帰しました。 味方機は全22機中16機は戦域からの離脱に成功しています。
残りの機体は負傷、もしくは撃墜されたものと思われます。 黒いHAについてですが、残骸が確認されました。
恐らく何機かは撃墜されたと思われます
また……ロングレンジキャノンが1台奪取されたと報告がありました」
「……またしても、犠牲者が出てしまったというのか」
「はい……酷なことではありますが、事実です。 あの黒いHAの襲撃が主な原因と言えるでしょう」
ヤヨイは浮かない顔をしながら、呟いた。
艦長はそれ以上は語らず、黙っている。
確かにアヴェンジャーの手により、予想以上に被害を受けてはいるが
今は彼らの対応については、後回しにするべきだ、と判断したからだ。
「大型E.B.Bはどうだ?」
「現在も活動中、小型E.B.Bについても周囲に反応を確認しております」
「……フリーアイゼンを出航させる、クルーを集めてくれ」
「整備がまだ不完全と聞きますが」
「急がせろ、あの怪物を野放しにするつもりはない」
「了解しました」
ロングレンジキャノンが通用しないとなれば、残された手段はただ一つだ。
フリーアイゼンによる主砲による討伐。
ロングレンジキャノンは、あくまでもHA用に設計された兵器であり、出力は戦艦の主砲より落とされて設計されていた。
これまでに何匹もの大型を撃ちぬいてきたフリーアイゼンの主砲ならば、あのフィールドを破れる可能性がある。
「フリーアイゼンの力を、見せ付けてやろうではないか」
艦長は高々と、中心地に待つ大型E.B.Bに向けて宣言をした。
撤退命令が下された部隊が基地へと戻ると、すぐに次なる作戦が指示された。
何機ものHAが格納され、整備班総出の緊急整備が行われていた。
次の作戦はフリーアイゼンの主砲を使い、直接大型E.B.Bを叩く事。
小型E.B.Bの討伐は戦艦による主砲での掃討が難しいため、HAの利用が中心となる。
本来であれば、最初からこの形で討伐を行えれば理想ではあったのだが
フリーアイゼンが整備作業中にあり、出航することができない状態にあった。
代替案として用意されたロングレンジキャノンが通用しなかった以上、
フリーアイゼンの主砲に頼らざるを得ない状況へと至ってしまったのだ。
作戦内容は全パイロットに告げられた。
討伐部隊は撤退後、休み暇もなくフリーアイゼンの格納庫へと乗り込む事となった。
メシア基地からも整備班が増員され、HAの緊急整備が始められていた。
「……」
その様子を、晶が黙って見つめていた。
大型E.B.Bに手も足も出せなかったことは仕方がない。
だが、それに追い打ちをかけるかのように例の黒いHAが出現をした。
あの状況を見ていながらも、どうして『人類同士』で争うのか。
晶はただ悔しくて、歯を食いしばった。
「晶、無事だったか」
「ゼ、ゼノスさん?」
ふと、背後からゼノスに声をかけられた。
「すまないな、ゼノフラムの整備で討伐に参加することができなかった。
……アヴェンジャーが現れたらしいな」
「あいつら、黒いHAに乗ってた。 あれはウィッシュなんかじゃない……多分、違うタイプのHAだ」
「独自の兵器を生み出したか、いよいよ奴らも本気を出したということか」
「レブルペインって言うらしい、あのイカれた女がそんな事言ってたさ」
ゼノスの横からは今度はシリアが顔を出す。
表情には疲れが見えている、あれだけ窮地に立たされたのだから仕方ないことだとは思うが。
「お前もよく無事だったな」
「ったくよ……妙な女に絡まれちまったんだ。 愛だのなんだのギャーギャー騒ぎやがってさ。
あーやだやだ、当分愛って単語を聞きたくないぐらいだね、元々恋愛だの愛だのなんて興味ねーけどさ」
深くため息をつきながら、シリアは愚痴をこぼした。
晶は既に話を聞いていたが、聞けば聞くほど恐ろしいパイロットだ。
もし自分が同じ相手に目をつけられていたかと思うと、思わず背筋をゾッとさせてしまう。
「で、ゼノフラムは出せるのか?」
「不完全ではあるが、動かせる状態にはある。 だが、足場が悪いからな。 出撃は断念せざるを得ないだろう」
あの大型E.B.Bの巣穴を見てしまえば、確かに対大型E.B.Bを想定したゼノフラムでも思う存分にその力を発揮することはできないだろう。
「次は俺も出撃する、奴らが再度狙ってくる可能性もあり得なくはないからな」
「……あいつら、何が目的なんでしょうか」
「さあな、何が目的であっても奴らの行動は限度を超えているのも事実だ。 俺たちの手で、討たなければならない」
「そう、ですよね……俺達は仲間、殺されてるんですから」
口ではそう言っているが、晶はどこか思いつめた表情をしている。
確かにアヴェンジャーの行うことは非道であり、許されることではない。
故郷のシェルターだってやられたし、そのせいでクラスメイトも死んでしまった。
だが、晶は何処かで人類同士で争うことに疑問を抱いており、少しだけ迷いが生じている。
……やらなければやられる。 仲間が失われる。
今は自分にそう言い聞かせ、自分を納得させようと必死だった。
辺りは既に日が傾き始めていた。
大型E.B.Bの活動は活発化しており、砂漠の中心地から小型E.B.Bが徐々にその数を増やし続けている。
一刻も早く大型E.B.Bを討伐しなければ、メシア基地の住宅街にまで被害が及んでしまう。
作戦は、夜を迎えようとしても決行された。
フリーアイゼンがその巨体を浮かせ、砂漠の中心地へと訪れた。
大型E.B.Bは巣穴から顔をだし、直立状態でハサミを大きく開いている。
「各位、状況を報告しろ」
「大型E.B.Bは現在もなお活動中、例のジャミングはありません、レーダーも正常です。
また、パイロット各位の出撃準備も整っています」
「主砲の準備はバッチリだ、いつでも指示してくれ。 あーあ、こんな時に現れやがってよE.B.B、せっかく休日を楽しんでたってのによ」
「作戦中だ、私語は慎め。 こちらリューテ、フィールドの状態に少々難があるが、作戦に支障はない」
「ケッ、真面目な奴」
ライルは不満げな表情を見せながら、モニターの前に存在する大型E.B.Bの姿を確認する。
すると、突如赤いE.B.Bから赤い光が出現し始めた。
あれが、ロングレンジキャノンの一撃を防いだ例の『フィールド』だろう。
「主砲発射後、パイロット各位を降下させろ」
「了解しました。 主砲のカウントダウン、始めます」
「よっしゃ、きたっ!」
ヤヨイの合図を確認すると、ライルは目の前の機械を使い、照準を整える。
目標は大型E.B.Bの頭部……コアを一撃で貫けば戦いは一瞬で終わるはずだ。
「10、9、8、7、6……」
「ん……?」
ライルはふと、大型E.B.Bの頭部に赤い光が集っている光景を目の当たりにする。
ヤヨイもそれに気づき、カウントを中断させた。
「目標に高エネルギー反応を確認、カウントを中止します」
「おい、リューテっ!」
「わかっているっ!」
操縦桿を握りしめ、フリーアイゼンを大きく旋回させた。
その瞬間、大型E.B.Bから『赤い光』が発射された。
ズガァァンッ! 艦内が激しく揺れ、ブリッジ内からは警告音が鳴り響く。
「クッ……どうした?」
「左舷ブロックに被弾しました、直撃は免れたようですが……」
「HA部隊を発進させろ、目標の注意を引きつかせるんだっ!」
「了解しました、各位出撃してください」
フリーアイゼンから、一斉にHA部隊が降下を始めた。
その間にも大型E.B.Bは第2射に備えて赤い光を集わせている。
E.B.Bから放たれたビームは、明らかにロングレンジキャノンと性質が近いものだ。
直撃を受けてしまえば、いくらフリーアイゼンと言えど無事では済まない――
「奴め……こんな力まで隠し持っていたとはな」
「冗談じゃねぇぞ……なんちゅうもん持ちやがるんだ、E.B.Bの奴はっ!」
モニター越しから強く大型E.B.Bを睨み付けて、ライツはそう叫んだ。
「ライル、主砲は発射できないのか?」
「やっているっ! それよりお前、ヘマすんじゃねぇぞっ!」
「承知の上だ」
その瞬間、第2射が大型E.B.Bから放たれる。
大きく船体を傾かせ、何とか避けることには成功した。
だが、タイミングはギリギリだ。
何度も撃たれ続けていては、リューテの腕があったとしてもいつかは直撃をしてしまう。
『艦長、ゼノフラムを出すぞ。 長距離でなら、戦えるはずだ』
「……許可をする、くれぐれも無茶だけはするな」
『了解』
ゼノスから通信が入ると、艦長は迷わずに答えた。
今は少しでも隙を作る手段が必要だ。
ゼノフラムの力を借りざるを得ないだろう。
『俺も手伝いますっ! ブラックホークなら、あの大型にだって通用しますからっ!』
「すまない、主砲が発射されるまでの間何としてでも時間を作ってくれ」
「すっかり逞しくなったじゃねぇか、あの新人っ!」
「私語は慎めと言ったはずだ、ライル」
「いいじゃねぇか、ちょっとぐらいよ」
窮地な状況に立たされているにも関わらず、ライルは相変わらず呑気なことを口走る。
その間に、大型E.B.Bに向けて大量のミサイルが発射された。
ゼノフラムの一撃であろう。
大型E.B.Bは怯み、艦内にまで響き渡る奇声を上げた。
「よし今だっ! 発射させるぞっ!」
「カウントダウン開始します。 10、9、9、7、6……」
フリーアイゼンの船体に存在する巨大な銃口から、紫色の光が集い始める。
同時に、大型E.B.Bの周りに赤いフィールドが出現し始めた。
「いいぜ、いい感じに出力があがってるぜっ! これなら、ぶち抜けるかもしれねぇっ!」
「5、4、3、2、1……」
カウントダウンが終わりを告げようとした途端、大型E.B.Bに再び赤い光が集いだす。
頭部には激しく砲撃が続けられているが、一向に光が消える気配はなかった。
「……撃て、撃つんだっ!」
「了解、やられる前に……やっちまうぞっ!!」
ライルは迷わず、トリガーを引いた。
すると、フリーアイゼンの船体から巨大な紫色の光が直線状に発射された。
ズドォォンッ! と激しい音と共に、船体が大きく揺れた。
発射後のタイミングを計って、瞬時にリューテが大きく旋回したが……やはり、回避には間に合わなかったようだ。
「左舷ブロックに直撃しましたっ! フィールドのバランスが崩れかけていますっ!」
「私の方で何とか調整するっ! それよりも、目標はどうなっている!?」
リューテはフィールドの状態を整えながらも、そう叫んだ。
「……生体反応、まだありますっ!」
モニターには、まだ蠢いているE.B.Bの姿がはっきりと映し出された。
だが、フィールドは貫通されているのは確かだ。
大型E.B.Bの動きが鈍くなっていることから、その効力に間違いはない。
やはり、フリーアイゼンの主砲は伊達ではなかった。
「もう一発必要か?」
「だが、今の一撃でフィールドが不安定だ。 今主砲を使うと船体が傾いて、墜落するぞ」
フリーアイゼンはエターナルブライトを動力源としており、そのエネルギーからフィールドを生成して巨体を浮かせている。
そのフィールドのバランスが崩れてしまった今、下手に主砲でエネルギーを使ってしまえばその状態を悪化させる危険性があったのだ。
「……構わん、撃て」
「艦長っ!? ほ、本気ですか?」
ヤヨイは思わず耳を疑ってそう尋ねる。
まさかそれほどのリスクを負ってまで、このE.B.Bを倒そうというのか?
「何としてでもあの大型E.B.Bを止めなければならん……確かに弱まってはいるが、万が一もある。
ここは確実に我が艦の主砲で仕留めるぞ。 それが我々の使命だ」
「どうなっても知りませんよ?」
「艦長も思い切ったこと言いやがるな……いいぜ、乗ってやるよ」
「私も力の限り、サポートをするまでです」
全員の意思は統一された。
今まで何度も窮地を乗り越えてきた艦長だ。
その言葉は絶対であり、いつでもその判断は正しかった。
だからこそ、クルーは艦長の事を信頼しているのだ。
「カウントダウン開始します。 10-、9、8、7……」
大型E.B.Bは赤いフィールドも展開する様子はない。
どうやら弱っているのは確実なようだ。
「6、5、4、3、2、1――」
「やっちまうからな、覚悟しろよっ!!」
ライルは再び、トリガーを強く引いた。
ズドォォンッ! と、轟音と共に紫色の光が発射される。
同時に、艦が大きく傾き始めた。
フィールドのバランスが崩れてしまった証拠だ。
「フリーアイゼン、フィールド出力が低下中……ダメです、保てませんっ!」
「これ以上の維持は困難です、船体を不時着させますっ!」
大きく傾いたフリーアイゼンのバランスを整えつつ、船体はゆっくりと降下していく。
ズシィンッ! と、大きく艦内が揺れると、フリーアイゼンは砂漠地で停止した。
「フリーアイゼン、不時着しました」
「目標は?」
「大型E.B.B生体反応……ありません」
モニターには、ぐったりと真っ黒な姿になった大型E.B.Bの姿があった。
頭部は完全に吹き飛ばされており、もう動くことはないだろう。
「どうやら、やれたようだな。 パイロット各位に告げろ、小型E.B.Bの討伐を継続させろとな」
「了解しました」
艦長はヤヨイにそう告げると、ふぅと一息ついた。
大型E.B.Bの新たな力に脅威を感じたが、無事に討伐されたことに心の底から安心する。
幸い現時点では死人も出ていない、もっとも残った小型E.B.B殲滅が完了するまでは油断はできないが。
「全く無茶なことしますね、リューテじゃなかったら船体ひっくり返って大変なことになってましたよ」
「ああ。 よくやってくれたな、お前達」
ライルは艦長にそう告げると、艦長は笑顔でそう告げた。
滅多に見せない表情を見せられて、ライルは驚きを隠せずにいた。
『おい、大丈夫かよっ!?』
慌ててシリアが通信を入れてきた。
フリーアイゼンが突如不時着してしまえば無理もない。
「少なくともクルーは無事だ、今整備班の者に状況を確認してもらっている」
『かぁー……アタシ達の家なんだから無茶だけはさせないでくれよな』
「肝に銘じておこう」
『どうやら無茶をしたようだな』
『だ、大丈夫ですかっ!?』
続いて、ゼノスと晶がほぼ同時に通信を入れてきた。
艦長は静かにその問いに答えていた。
まだ小型E.B.Bの殲滅は終わっていないが、ブリッジルームは驚くほど静かだ。
パイロットによる小型E.B.Bの殲滅は順調に行われている。
幸い、アヴェンジャーも仕掛けてくる様子はなかった。
窮地を乗り越えた者達には、ほんの少しの間だけ休息が与えられた――
LRCをロングレンジキャノンに直しました。
誤字修正と共に反映させました。