黒き反逆者 ③
フリーアイゼンブリッジルーム。
モニターには、砂漠の中心部の様子が映し出されていた。
艦長はここから現場の様子を確認して指示を出していたが、黒いHAを目の当たりにして表情を一変させる。
「カイバラ、情報を報告しろ」
「はい、砂漠地帯を中心に広範囲にわたるジャミングを確認しました」
「あのHAの所属は? メシアには存在しないタイプだぞ」
「所属不明機です……ι・ブレードのように非公開で開発された機体かと思われます」
「……まさか、『アヴェンジャー』が独自でHAを開発したとでも?」
「現に彼らは我が部隊に攻撃行動を開始しております、否定はできませんね」
「何てことだ……」
艦長の表情が青ざめた。
恐れていた事態が発生してしまったのだ。
アヴェンジャーがメシアから奪ったHAを元に、独自のHAを開発してしまったのだ。
つまり、彼らにはHAを生産する技術がある事が証明されたことになる。
即ち……『メシア』から奪ったHA以外にも、兵器を所持していることになるのだ。
「奴らは戦争でもする気なのかね、我々と」
「だとしたら、ヒドイ話ですね」
ヤヨイは顔を伏せて寂しそうに呟く。
艦長も同じ思いだろう、目の前には人類の敵である『E.B.B』が存在するというのに
彼らはそれを無視して、同じ人類であるメシアを迷わず襲撃しているのだから。
何故、人類同士が争わなければならないのか。
今や人類は、意思を統一させなければならないというのに。
「敵の数が見えない以上、長期に渡った交戦は危険です。 艦長……ご判断を」
「……立て直すぞ、撤退だ」
大型E.B.Bにロングレンジキャノンは、通用しなかった。
それに小型のE.B.Bも数を無限に増やしていき、それだけでも消耗は激しい。
更に謎のアヴェンジャーの新型襲撃となれば……艦長の下す判断はそれしかなかった。
砂漠地帯に姿を見せた謎のHA。
所属は不明、メシアの機体ではない。
「なんだ、あいつら……?」
モニター越しに、シリアは不気味な雰囲気を漂わせるHAを見て言葉を失った。
漆黒のボディを持つHAは、何処か禍々しさを感じる。
ウィッシュよりも一回り小さく、細身のボディ。
ヘッドには赤い瞳のような光が不気味に輝いていた。
「キシャァァァァァッ!!」
「うぉっと――」
コックピット内にまで響くE.B.Bの奇声に一瞬怯むが
シリアはスロットルを華麗な手捌きで扱い、あっという間に複数体のE.B.Bを切り裂いて見せた。
2本のソードが、紫色の血で染められていく。
だが、それでも敵は数を減らさない。
次から次へと、地中から姿を現し続けた。
中には地中に捕らわれ、砂の中へと引きずり込まれようとしているHAまで出てくる始末だ。
『た、たすけてくれぇぇっ! うわああああっ!?』
仲間の悲痛な叫びが聞こえてくる。
シリアは歯を強く食いしばった。
「今、助けるぞ――」
E.B.Bに襲われている仲間を助けようと、スロットルを押し込もうとした。
その瞬間、目の前に黒いHAが姿を現す。
片手に持つ、巨大な鉄の棍棒を力任せに振り下ろそうとした――
「なっ――」
咄嗟にシリアは、2本のソードで黒いHAの一撃を受け止める。
ガキィィンッ! と、金属音が響くと共にコックピットが強く揺れだした。
「……やっぱり、仕掛けてきたなっ!」
バシンッとシリアは両手で棍棒を弾くと
即座に敵HAの懐に飛び込み、胴体を切り刻んだ。
ガコンッ! と鈍い音がすると、黒いHAはその場にガクンと膝をついて動きを停止させた。
すると、別方向から銃声を聞きとるとシリアはすぐに後退をする。
ギリギリ、銃弾を交わすことに成功した。
「チッ……どうしてもアタシ達の邪魔をしようっていうのかい?」
正体不明のHAだが、おおよそ見当はつく。
……アヴェンジャーの機体だ。
既に何機もの黒いHAが戦場に入り乱れ、味方機のウィッシュは次々と損傷を負っていく。
ただでさえE.B.Bで精一杯だというのに、このままでは全滅する恐れがあった。
ピピピピピ
ふと、外部からの通信を告げる音がした。
「……通信?」
シリアは通信を受信した。
すると、サブモニターから……どこかで見覚えのある少女の姿が映し出された。
中身はどうみてもコックピットの中だというのに、
何故か真っ赤な可愛らしいデザインのドレスを着ている。
『お姉さん、みっけ』
「お、お前――」
間違いない、通信先の少女は……メシア基地の街でたまたま遭遇した少女だったのだ。
何故、あの少女から通信が? それに、コックピットに座っているということは――
その瞬間、シリアは背後から殺気を感じ取った。
振り向いた先には、上空から猛スピードで突進してくる『黒いHA』の姿があった。
「グッ……っ!!」
ガキィンッ!
シリアは両手のソードを利用して、一撃を何とか防ぎ切った。
だが、衝撃を抑えきれずに機体がかなりの勢いで押されてしまう。
……明らかにウィッシュ以上の出力であることが体感できた。
『逢いたかったよ、私の愛しの人。 ねぇ、私可愛い? 美人? ドレス、似合ってる?』
「……アンタ、本当にパイロットだったのかっ!?」
『ウヒヒ、惚れた? 私とレブルペインに、惚れちゃった?』
「レブルペイン?」
『そう、そうそうそう……この子の名前だよ、お姉さん。 ウヒ、ウヒヒヒヒっ!』
黒いHAは、どうやら『レブルペイン』という名がつけられているようだ。
やはり名を聞いても、メシアには該当するHAは存在しない。
一体、この機体は何なのだろうか?
『各位、撤退しろ。 立て直すぞ』
「チッ……やっぱり撤退命令かよ、悪いけどアンタと遊んでる暇はないねっ!」
艦長の通信を確認すると、シリアはソードで敵機を弾き飛ばし、後退する。
『だぁぁめ……今日は逃がさないんだからぁっ!! アッハッハッハッハッハァッ!!!』
奇声と共に、イエローウィッシュの真横に黒いHAがついてきていた。
イエローウィッシュはウィッシュをカスタマイズされたものであり、
出力・機動性共に通常よりも遥かに上昇されているはずだ。
それに追いついてきたこのHAは、少なくともイエローウィッシュと同等かそれ以上の力を持つと言える。
「……なんちゅう機体乗ってやがんだっ!」
『ねぇねぇ、好きって言ってよ。 大好きって、愛してるって』
「キモイんだよ、どっか行けっ!!」
シリアは速度を保ったまま、真横に並び続ける黒いHAに向けて、ライフルを構える。
迷わず、ゼロ距離で発砲させた。
バァンッ! 銃声と共に、黒いHAが吹き飛ばされていく。
今のうちに距離を離そうと、シリアは限界までスロットルを押し込んだ。
『アハハ、アッハッハッハッハァッ! 面白い、面白いお姉さんっ! これなら、私も本気で愛していいよね?
だってこんなに愛してくれるんだもの、大好きだよお姉さんっ!』
「くっそ……何だこの気持ち悪い奴はっ!」
あまりにも狂気に満ちた少女……フィミアの少女を目にして、シリアは通信を切断させた。
プツン、と切断を確認するとようやく奇声から解放されて胸をなでおろす。
すると、コックピットが突如大きく揺れだした。
「な、なんだぁっ!?」
イエローウィッシュが何かに捕らわれ、前進することができなくなってしまった。
砂にでもはまってしまったのか、しかしこの感覚は足がはまったというよりも何かに強く引っ張られている感覚と思える。
『アッハッハッハァッ! 私とお姉さんは運命のあかぁぁい糸で結ばれてるの、そう簡単に逃がしてあげないんだからぁぁっ!』
「通信? テ、テメェ……何しやがった?」
『お姉さんの機体、色々と調べさせてもらったの。 これで、ずっとずぅーっと一緒だね?』
「……チッ」
何らかの手段で強制的に通信を繋いでいるというのか、だとしたらとんでもないことだ。
シリアは再びスロットルを押し出すが、やはり機体の自由が利かない。
HAのヘッド部を器用に動かすと、右足に何やら赤いワイヤーが絡みついているのを確認した。
……このせいで、身動きが取れないのだろう。
『シリアさん……っ! あいつら、ロングレンジキャノンを狙ってますよっ!?』
晶からの通信が入った。
やはりあの兵器を奪おうとしていたか。
だが、今はそれどころではない。
「どうした、撤退命令は出ているぞ……アンタも早く下がるんだっ!」
『仲間がやられてんだ、黙って見過ごせるかっ! 俺も戦いますっ!』
「いいから下がれ、艦長命令は絶対だぞ」
『シリアさんだって戦っているじゃないですかっ!』
「アタシのことはいい、さっさと退くんだよっ!」
ロングレンジキャノンとι・ブレードが奴らの手に渡ってしまえば、取り返しのつかないことになるだろう。
現に奪われたウィッシュから、とんでもないHAを開発するような連中だ。
黒いHAだけでも破壊すべきか、だがそれにはまず目の前のHAを何とかしなければならない。
シリアは腹を括った。
「……アンタを倒すしか、なさそうだね」
『アッハッハッハァッ! ようやく、私と愛し合ってくれる気になったぁぁ?
ウヒヒ、楽しみ楽しみぃぃ……どんな風に愛でてくれるのぉ?』
「アンタみたいな女、例えアタシが男だとしてもお断りだねっ!」
シリアはライフルを発砲させた。
だが、敵機は俊敏な動きで弾を交わし前進してくる。
『嫌い? 嫌いなの? 私の事、大嫌い?』
「そうだよ、だからさっさと消えてくれっ!」
『アーーーッハッハッハッハッハァッ!!』
2本のソードを手に、シリアは黒いHAを切り裂こうとする。
ガキィンッ!!
だが、瞬時に2本のソードは弾き飛ばされてしまった。
「なっ――」
一瞬で、シリアは無防備となってしまう。
危険を察して後退をするが、ワイヤーのせいで行動が制限されてシリアは自由に行動できずにいた。
『嫌いなんて、ウソウソッ! 照れなくていいの、私達ちゃーんと繋がってるんだからぁぁっ!!
今度は、私の番だね。 たっぷり、たぁぁぁっぷり愛してあげるんだからぁぁっ!』
黒いHAはソードを片手に、突進をしてきた。
瞬時に両手で受け止めてみせたが、コックピット内に激しく揺れる。
腕の損傷は予想以上に大きい、そう何度も受け止めていては両腕が壊れてしまう恐れがあった。
「クッ……」
距離を離そうとしても、ワイヤーが邪魔をして上手く機体を制御できない。
その条件は相手も同じであるはずなのに、敵機は平然と動き回っていた。
『アッハッハァッ! ねぇ、好きって言ってよ? 大好きなんだよね、嫌いなんてウソでしょ?
ほらほら、いっぱい愛してあげるんだからっ!! 愛してるって言ってよぉぉっ!』
俊敏な動きでソードを振り下ろし、ギリギリのタイミングでシリアは避ける。
だが、何度も避け続けることは難しく、一撃を腕で何度も受け止めていた。
コックピット内には警告を告げる機械音が響く。
このままでは、やられてしまう――
『こんなに愛しているのに……どうして、わかってくれないの?』
「……一方的な愛は、『暴力』にしかならないっつーのっ!」
黒いHAが動くを鈍らせた隙に、シリアはライフルを一発ぶち込んだ。
ズガンッと、鈍い一撃と共に弾丸は、黒いHAの胴体部を見事貫いた。
『アッハッハッハッハッ! やっぱり、やーっぱりわかってくれない……
だぁぁぁれも、私を愛してくれない……愛してくれない人、私、いらない――』
ググッ、とイエローウィッシュが強い力で引っ張り出された。
「ま、まだ動くのか?」
『いらない、いらないいらないいらない……愛してくれない人はゴミ、ゴミなの。
ゴミは、ゴミ箱に、捨てないと。 お姉さん、大好きだったよ、ありがとう、幸せにね』
「な、なんだ……?」
フィミアの一言一言に、シリアは寒気を感じた。
その度に、引っ張る力が強まっていき……徐々に機体が引きずられていく。
突如、黒いHAの背中のバーニアが信じられない程吹き上がった。
黒いHAからは紫色の煙が吹き出し、装甲が徐々に剥がれ落ちていく。
イエローウィッシュは強い力で、砂漠の上を引きずられた。
「クッ、なんだってんだ――」
ふと、イエローウィッシュが宙へと浮いていたことに気づく。
モニター越しからは、赤いワイヤーが黒いHAから外された瞬間を確認した。
その後ろには、巨大なE.B.Bの姿が映る。
『アッハッハッハァッ! バイバイ、お姉さんっ!!』
黒いHAは、その身をボロボロにさせながら撤退していく。
ワイヤーから解放されたイエローウィッシュは、そのまま成す術もなく落ちて行った。
地面に叩き付けられたと思ったら、思ってた以上に衝撃が少ない。
砂漠の為、クッション代わりになったのだろうか。
だが、モニターを確認すると……シリアは自分が置かれた状況に早くも気づいた。
「……あちゃー、やられちゃったなこりゃ」
流され続ける砂の中心地には、巨大なE.B.Bの姿があった。
そう、ここは一度入ったら脱出不可能である……大型E.B.Bの巣穴だった――
高台の上から広がる光景が、まさに地獄絵図だった。
小型のE.B.Bが入り乱れ、黒いHAがウィッシュに向けて発砲を繰り返し、攻撃を仕掛け続ける。
撤退命令が下された今でも、味方機は黒いHAのせいで退くことができずにいた。
「クソッ……離れろよっ!」
晶は高台からブラックホークで、何度も何度も小型E.B.Bを撃ちぬく。
だが、その数は減ることはない。
1機のウィッシュが無事、戦場から脱出をしたかと思えば
地中から発生したE.B.Bへと囲まれてしまった。
「……誰も、死なせないからなっ!」
コックピットが赤く点滅すると、晶はブラックホークで見事数匹のE.B.Bを撃破した。
しかし、その混乱に乗じて2機の黒いHAが、2台のロングレンジキャノンに目掛けて向かっている姿を確認する。
「渡してたまるかよっ!」
晶はスロットルを押し込み、黒いHAへと向けて全力でιを発進させる。
「行けよ、ι・ブレードっ!」
瞬時にムラクモを抜刀させ、2機の間を高速ですり抜けた。
バキィンッ! と、鈍い音が響くと、2機の黒いHAは煙を上げて地上へと墜落していく。
「や、やれたのか?」
ズキンッ――
その瞬間、危険察知が発動した。
2機の黒いHAが、ιに向けてライフルを発砲させる瞬間だった。
「う、うわっ!?」
慌てて晶は、スロットルを戻して後退させる。
だが、上手く高台へと戻れなかった晶は虚しくも地上へ向けて落下を始めてしまった。
その間に、残りの黒いHAが一気に二つのロングレンジキャノンを狙って飛び掛かっていく。
「こ、このっ!」
晶はブラックホークを発砲させるが、流石に数が多すぎて全てに命中させることができなかった。
2機の黒いHAがロングレンジキャノンの配線を強引にちぎり、運んでいく姿を捕える。
だが、同時に危険察知が発動し、晶が黒いHA3機に囲まれるという映像が出された。
相手の狙いは勿論、晶のウィッシュを奪取することも含まれている。
落とされるわけには、いかない――
「ι、頼むっ!」
コックピットが赤く光を放つと、ι・ブレードの周りにフィールドが展開された。
3機のHAは、一斉に弾かれていく。
その間に晶は、ロングレンジキャノンを追いかけようとするものの、再び危険察知が発動する。
地中から複数のE.B.Bが姿を現し、一気に襲い掛かってきた。
「退け、退いてくれっ!」
晶はムラクモを振り回し、地中から出てきたE.B.Bを一刀両断させる。
怯まずに、スロットルを押し込み続けた。
だが、目の前に移った大型E.B.Bの姿を確認し、晶はスロットルを戻す。
……巨大なくぼみ、大型E.B.Bの巣穴が広がっていた。
黒いHAは上手くそれらを避けて、どんどん距離を離していく。
今からでも再度発進させようとするが、大型E.B.Bが暴れだして道を妨げてしまった。
「クッ……奪われ、ちまった」
せめて残りだけでも死守しようと、晶は後退しようとした。
『晶、聞こえるかっ!?』
「シ、シリア……さん?」
その時、通信が入った。
シリアの声であったが、何処か緊迫した様子だ。
『アヴェンジャーの奴らにはめられた、悪いけど手伝ってくれ』
「はめられたって……ど、何処にいるんですか?」
『お前の目の前だ、見えるだろ?』
晶はモニターを確認すると、そこには大型E.B.Bの姿しかない。
後は絶対に近づくなと言われた例の巣穴――
そこで、晶は気づいた。
黄色いHAが、砂に流されて行く姿を捕えてしまったのだ。
「そ、そんな――い、今助け――」
『来るな、アンタまで巻き込まれちまうだろ。 アタシに策があるんだ……頼む、ロングレンジキャノンを運んできてくれっ!』
「え、ロングレンジキャノン……ですか?」
『そうだ、今すぐだっ! 配線は千切るなよ……使える状態で持ってきてくれっ!』
シリアの通信から聞こえてきたのは、とんでもなく無茶な依頼だった。
ロングレンジキャノンは元々持ち運びは容易ではなく、ここまで運ぶのにも時間がかかってしまう。
一体何に使うのかはわからないが、断るわけにもいかなかった。
「わ、わかりました……待っててください」
迷っている暇はない、晶はすぐに後退して残りのロングレンジキャノンの元へと向かう。
辺りには何機かのウィッシュの残骸が散らばっていた。
E.B.Bにやられたのか、黒いHAにやられたのかわからない。
……また、あの時と同じ悲劇が起きてしまっているのか。
既に残りの2台については、他の黒いHAが運び出そうとしていた。
この状況でありながら、何故E.B.Bを無視できるのか。
どうして、同じ人類を助けようと思わないのか?
「あいつら、絶対に許さない――」
晶は、スロットルを強く押し込んだ。
ギュンッ! と加速させると、あっという間にロングレンジキャノンへと辿り着く。
「いい加減にしろよっ!!」
力任せに、ι・ブレードはムラクモを振り下ろした。
ズバァンッ! と、黒いHAは真っ二つに切断された。
「メシアが何したってんだよ……人類を守るために、戦ってんだぞ……お前達だって、守られてんだろうがっ!!」
1機、また1機と晶は次々とに黒いHAを切り裂く。
機体は次々と、大破していった。
中には人が乗っている……人の命を、奪ってしまっている。
そんなことは、理解していた。
だけど、こんな非道な連中を放っておくわけにもいかない。
晶は、容赦なく……残りの黒いHAを全機大破させた。
「はぁ……はぁ……」
両手をまじまじと見つめ、今自分が行った行為を思い返す。
E.B.Bは平然と殺せるのに、同じ人となるとここまで違うものか。
今は余計なことを考えなくていい、晶は一刻も早くロングレンジキャノンをシリアへ届ける必要があった。
巨大な砲台をι一機で持ち上げて、不安定になりながらも運んだ。
黒いHAが全滅した後は、他のウィッシュも徐々に後退を始めていく。
何機かやられてしまったが、やはりあのHAが場を混乱させたせいで後退できずにいた味方機が多かったようだ。
『少年、それをどうするつもりだ?』
部隊長から通信が入った。
HA一機でこんな砲台を運んでいれば、怪しまれても当然だろう。
「シリア機が砂に捕まってしまっているみたいなんです、これを運んで来いって頼まれまして」
『なんだと……? ロングレンジキャノンなんてどうするつもりだ? 危ないから下がるんだ、救護は我々の手で行おう』
「た、多分何か策があってだと思います……す、すぐ戻りますんでっ!」
シリアは何を狙っているかはわからないが、あまり話している時間もない。
晶はスロットルを押し込み、最大速で大型E.B.Bの巣へと向かった。
幸いコードは長めに設定されており、E.B.Bの巣まで届いたようだ。
「つきましたよ、シリアさんっ! どうすればいいんですか?」
『……アタシに向かって、投げろっ!』
「はい?」
『いいから、投げるんだっ!』
「わ、わかりました」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまったが、シリアの必死な声に答えて晶は力いっぱいロングレンジキャノンを投げ込んだ。
まさかこのコードを使って登ってこようとしているのだろうか?
そんな無茶苦茶な発想は、何故かシリアならありそうだなと考えてしまった。
しかし、既にシリア機は奥まで機体が流されており、とてもじゃないがロングレンジキャノンはそこまで届くことがなかった。
『クッ……届けっ!』
シリアは機体の背に向けてグレネードを投げ込んだ。
すると、大爆発が発生すると共に機体が爆風で飛ばされる。
何とか、ロングレンジキャノンにしがみついた。
『ありがとな、流石ウチのエースだよ』
「ど、どうするんですか?」
『爆風だけじゃ足りないって思ってね……動いてくれるだろうな』
シリア機は、ロングレンジキャノンを操作して巣穴に向けてセットをする。
「ま、まさか――」
シリアがやろうとしていたことに気づいて、晶は思わず呆れた。
策も何もないじゃないか。
……シリアは、ロングレンジキャノンの反動を使って巣穴を脱出しようとしているのだ。
『アタシはまだ、死ぬつもりはないんでね……行くよ』
シリアがそう言った途端、バシュンッ! という音と共に、銃口から紫色の光が放たれた。
反動で、シリアはロングレンジキャノンと共に強く上空へと打ち上げられる。
だが、大きな音に気付いた大型E.B.Bがシリア機をギロリと睨み付けていた。
「……当たれっ!」
ババンッ! 晶は二丁のブラックホークを、大型E.B.Bの頭部へ向けて発砲させる。
奇声をあげたE.B.Bはハサミを大きく開いて、もがき苦しんだ。
『サンキューッ!』
「は、早く逃げましょうっ!」
晶はシリア機が無事に巣穴を脱出したことを確認すると、機体を後退させた。
砂漠には無数のE.B.Bの残骸と、敵味方を含むウィッシュの残骸だけが残された――