黒き反逆者 ②
机の上に散乱された教材の数々。
フリーアイゼンの中にあったものを片っ端から集めだした。
メシア入隊にはありとあらゆる知識が要求される。
求められる知識は、それこそ配属先によって異なるが、
HAの知識は、たとえパイロット志望でなくとも必須ではあるし、E.B.Bについても同様。
最低限の時事知識は求められるうえに、健康管理やコミュニケーション能力までありとあらゆるものが要求された。
晶のように、パイロットとして実績で腕を示した例とは違い、やはり木葉の入隊には壁が多すぎるのも事実だ。
専門的なコースで知識を得たわけでもなく、ただの学生だ。
学校での成績は確かに優秀だったものの、それがメシアにて通用とするとは限らない。
だが、木葉はそれでも一生懸命メシア入隊に向けた勉強を始めていた。
「さあさあ、木葉ちゃんっ! 何としてでも戦況オペレーターの地位を狙いますよーっ!
なんといっても、晶くんのためですからねーっ!」
「すみません、なんだかずっと付きっ切りで見てもらって。 シラナギさんも忙しいはずなのに……」
「とんでもないでーす、今クルーは休暇期間なんですよっ!
まぁ、あのうるさい男からは仕事押しつけられましたけどサボってきましたから大丈夫です」
「サ、サボっちゃったんですか?」
「いいのいいの、今はあんなどうでもいい雑用より木葉ちゃんのほうが大事だからっ!」
本当にいいのだろうか、と思いつつも木葉は教材を手に取る。
ウィッシュが表紙となっているこの教材、晶が学校で使っていたものと同じだ。
何度か木葉も見せてもらったことがあり、嬉しそうに解説していたことを思い出す。
その時だけ、晶は生き生きとしていたように見えた。
なんだかんだで、HAが好きなのだろう。
人類を守るために開発された巨大ロボット、男の子なら誰もが憧れるはずだ。
「そうだそうだ、せっかく女同士なんですし色々と聞いちゃいますかー」
「え?」
シラナギが頭に電球マークを浮かべながら、何故だかニヤニヤと木葉に詰め寄ってくる。
「どうです? 晶くんとはキスぐらいまではしちゃってますかー? それともその先まで……?」
耳元でシラナギにそう囁かれると、木葉は顔を真っ赤にさせた。
「な、なななな何言ってるんですかぁっ!? そ、そんなんじゃ……ないですよ、私……達」
「あれー? 違ったんですか? おっかしいですねぇ、ここまで親密な関係でありながら全く進展がないと?
全く最近の若い子はダメダメですねぇ……思えば確かに晶くんは鈍そうですから……やっぱり木葉ちゃんから攻めて行かないと」
「せ、せめ……だ、あ、あの――」
シラナギが追い打ちをかけると、木葉は更に顔を真っ赤にさせて口をパクパクとさせる。
ついにはピークに達して頭から煙を上げてしまう始末だ。
「でも羨ましいです、私はその年の時に好きな子なんていませんでしたからね」
「え?」
ふと、木葉はシラナギの言葉に違和感を覚える。
どうみても外見は自分と同じぐらいの年齢だというのに。
「……シラナギさんって、いくつなんですか?」
「乙女の秘密、なのです。 晶くんには絶対余計なこと言っちゃダメですよ、夢を壊しちゃいますからっ!」
「わ、わかりましたっ!」
あっさりと受け流されてしまった。
しかし反応から見てもやはり同い年ではなかったようだ。
一つぐらい年上だと思っていたというのに。
「あれ、木葉ちゃんそれなんです?」
「あ……」
シラナギは、ふと木葉の白いブラウスの内側から細長い四角のでっぱりを指さす。
よくみると首の紐から繋がっているようだが、それにしても妙だ。
アクセサリーであれば、普通は見えるように表に出すはずなのに。
「……」
木葉は俯いたまま、何も答えない。
ブラウス越しから、その四角い物体をギュッを握りしめるだけった。
「ペンダントですかー? みせてくださいよー」
「あ、ま……ままままって――」
「いいじゃないですかー、ほらほらー」
シラナギは強引に木葉の胸元に手を突っ込んで例のアクセサリーを取り出した。
表に出してみると、それはアクセサリーと呼べるような代物ではなかった。
黒い柄に少し丸みを帯びた木造のカバー。
「え? これって」
不思議に思ったシラナギは、黒い柄をゆっくりと引っ張り出してみる。
すると、そこからが銀色の刃が徐々に姿を現していった。
……アクセサリーだと思っていたものは、ナイフだった。
「……」
「ど、どうしたんですこれ?」
流石のシラナギも目を丸くして驚きを隠せなかった。
どうして木葉がナイフを持ち歩いているのだろう。
木葉は俯いたまま、何も語ろうとしない。
「……大切なもの、なんですよね? 大事にしてくださいね」
シラナギは静かにナイフを木造のカバーに戻し、木葉に返した。
木葉は両手で、ギュッと木造の飾りに戻ったナイフを握りしめる。
「これは、晶くんを守るために持っているの」
「晶くんをですか?」
「ただ、持ってるだけでいいの。 きっと、この子も一生使われないことを望んでいると思うから」
そう呟きながら、木葉はナイフをブラウスの内側へと戻した。
その瞳は悲しそうというよりも、何処か思いつめた表情に見える。
シラナギはただ、木葉を心配そうに見つめることしかできなかった。
砂漠の中心地。
全部で20機近くのHAが集結していた。
大型E.B.B討伐の際には何が起こるかわからない。
出来る限りHAが多く設置されるのが基本だった。
今はレーダーを見ても静かだが、あの大型が地上に顔を出した瞬間に仲間が集まってくる可能性も否定はできない。
むしろ、地中奥深くに眠っている小型が今レーダーに反応していないだけの可能性だってあるのだ。
作戦開始の合図は、砂のくぼみにグレネードが投げ込まれた瞬間だ。
その音に驚き、大型E.B.Bが顔を見せるはず。
狙撃主の3機は、その瞬間を狙ってコアの狙い撃ちを行う予定だ。
晶はじっとレーダーを見つめる。
まだ、大型E.B.Bの反応が一つ。
このまま、何も起こらなければいいがと願う。
モニターに目を移すと、そこからは地上で待機するたくさんのウィッシュを見渡せた。
高い位置へいると、ι・ブレードを初めて発進させたときのことが脳裏に過ぎる。
最悪な光景だった。
街が破壊しつくされ、味方のHAがボロボロにされて、人々が逃げ惑っている姿だってはっきりと見えたのだから。
「ん……?」
突如、レーダーに赤い点がポツポツと出現し始めた。
E.B.Bを示す反応だ。
しかし、肉眼で確認をしてもE.B.Bの姿はない。
『地中だ、地中から来るぞっ!』
「まさか――」
晶が地上を確認すると、地中から一斉にE.B.Bが姿を現した。
黄土色のボディと尾に巨大な針を持つ姿、間違いなくスコーピオンだ。
だがやはり、E.B.B独特の禍々しい外見は健在だ。
体の一部が紫色に変色しており、背中はもはや原型を留めておらずイソギンチャクのようなものがウネウネと蠢いていた。
「シリアさんっ!」
『わかってるっつーのっ! アンタは絶対そこから動くんじゃないよ』
地上のウィッシュが、一斉にE.B.Bの討伐を開始した。
無駄のない動きで次々とE.B.Bが消滅されていく光景は、流石はメシアの部隊と言わざるを得ない。
晶はその姿を見て、自分の未熟さを思い知った。
しかし、レーダーの反応は増える一方だ。
このままでは埒が明かない、晶も援護へ向かおうと思うが狙撃主は待機を命じられている。
歯痒い思いで、晶は地上のウィッシュが戦っている様子を見守る事しかできなかった。
『大型E.B.Bから小型E.B.Bの反応を確認。 どうやら、生み出されているようです』
『大型E.B.Bを炙り出せ、ボムを投入しろ』
通信機から艦長の指示とヤヨイのオペレーションが聞こえた。
それに伴い、数機のウィッシュが砂のくぼみへと向けてグレネードを投入する。
もうすぐ大型が姿を現す……晶は身構えて待った。
コアの位置は資料を目に通して把握している。
分析結果、頭部そのものがコアであるようだ。
的は小さいが、ιの精密射撃を信じるしかない。
それにまだ、2機の狙撃主だって存在するのだ。
『狙撃主各位、私の合図で一斉に狙撃を開始しろ』
「了解……やるぞ、ι」
『精密射撃モードに、移行します』
コックピットが赤く点灯すると、晶の頭上から精密射撃用のスコープが出現する。
ιの武装にはロングレンジキャノンのような長距離射撃武器は存在しなかったが、開発時点では想定していたのだろう。
晶はスコープを装着して、照準を砂地のくぼみへと合わせた。
その瞬間、一斉に投げ込まれたグレネードが爆破する。
「くるっ!」
一瞬、煙で周辺が見えなくなるが、大型E.B.Bの姿はすぐに確認できた。
巨大なハサミを全開にしながら、砂をかぶった本体が姿を現す。
「やれるか?」
ピピピピ、と電子音と共に晶は照準を大型E.B.Bの頭部へと合わせる。
地上へ姿を現したが、動きは鈍いようだ。
これならば、狙撃をすることは容易い。
機械による誤差計算が始まり、徐々に照準は合わさっていく。
「動くなよ……」
ピー、電子音が変わった。
全ての計算が終わり、照準が赤色に変化した。
狙撃可能を告げる合図だ。
『各位、撃てっ!』
「え……?」
晶は艦長の合図と同時に、大型E.B.Bに生じた変化に気づく。
何やら、紫色の光のようなものが浮かび上がっていた。
バシュンッ!!
先行して、他の2機がロングレンジキャノンを発射させた。
「しまった……い、いけっ!!」
遅れて晶は、トリガーを強く引いた。
凄まじい轟音と共に、コックピット内が強く揺れだす。
僅かに遅れたが、三つの紫色の光は見事、大型E.B.Bへと直撃した。
「……やれた、のか?」
棒立ちする大型E.B.Bは、その場で動きを止めている。
だが、妙だ。
肉眼で見る限りでは、大型E.B.Bは傷一つ負っているように見えない。
確かに直撃したはずなのだが。
『生体反応あります、目標活動継続中です。 いえ……むしろ、狙撃が通っていません』
狙撃が、通っていない?
その時晶は、大型E.B.Bが見せた紫色の光を思い出す。
あれは、何処か『ιフィールド』と似ていた。
『カイバラ、解析しろ。 狙撃主は再狙撃に備えろ』
『はい、目標周辺にエターナルブライトの反応を確認。 恐らく、フィールドが発生したと思われます』
『……まさか、ロングレンジキャノンを防ぐとはな。 奴ら、新たな力を身に着けたようだな』
「そんな……どうすんだよ、あれ」
これまでに大型E.B.Bにおいて、ロングレンジキャノンが通用しない相手が現れたことはなかった。
前回の『レーダー』から身を隠すE.B.Bといい、やはりゼノスの言う通り『進化』をしている可能性が高い。
「い、ι・ブレードのムラクモならコアを貫けますっ! 俺にやらせてくださいっ!」
晶は艦長に向けて力強く叫んだ。
今までも例外なく、ムラクモは大型E.B.Bのコアを貫いてきた。
ならば、ιが直接大型E.B.Bの懐に入るしかないと考えたのだ。
『ダメだ、あの砂地の中へ足を運んだら終わりだ。 指示があるまで待機をしていろ』
「クッ……わ、わかりました」
待っていることしかできないのか、と晶は悔しさのあまりスロットルを握りしめる。
ιには多少の飛行機能が搭載されているとしても、所詮疑似的なものにすぎない。
万が一あの穴へと突き落とされてしまえば、命はないだろう。
晶が上手くやれれば別だが、パイロットにリスクの高い真似はさせたくない。
『――ι―――ロングレンジキャノン―――』
「……?」
ふと、ι・ブレードが不思議な通信を拾った。
ここの部隊の人間ではない……メシア基地からの音声を拾ったのだろうか?
『我々の力……見せ付けてやろう』
「な、なんだこの通信?」
男の声から、そんな単語が聞こえた。
一体何の事を指すのだろうか。
何か嫌な予感を感じる。
『おい晶、どうしたんだ? あの大型ちっとも効いてないみたいだぞ?』
「……あ、ど、どうやらエターナルブライトによるフィールドが展開されてるみたいなんです」
『なんだって? ロングレンジキャノンでぶち抜けばいいじゃねぇか、そんぐらい』
「そ、それが弾かれたみたいで……」
『チッ、こりゃ出直しか?』
レーダーを確認すると、E.B.Bの反応は増えていくばかりだ。
このままでは埒が明かない。
すると、突如レーダーに乱れが発生した。
「ん……?」
気のせいかと思って、レーダーを凝視していると、徐々に乱れが強まっていく。
E.B.Bの位置情報も、乱れのせいでまともに確認することができなくなってしまった。
「な、なんだよこれ……壊れたか?」
晶は目線をモニターへ向けると
丁度大型E.B.Bの向こう側に、何やら黒い影が見えだした。
HAのように見える。
遠目から見て、その形がウィッシュとは違うHAである事がわかった。
だが、方向は基地とは明らかに真逆だ。
増援……とは考えにくい。
『こちら№8、レーダーに異常が発生した』
『こちらNo2、同様にレーダーの異常を検知した』
通信を確認する限り、現象はιのレーダーだけではないようだ。
各機からレーダーの異常が次々と告げられていた。
……晶はふと、先程拾った通信を思い出す。
そして目の前に迫る黒い影。
連想するものは、一つだった。
「あいつら……っ!!」
砂漠地帯の中心地に、メシアの部隊が集結していた。
複数のHAが大型E.B.Bと交戦中だ。
黒いHAに搭乗している、赤髪の少女はその様子をニヤニヤとしながら眺めていた。
『ιが出撃していることを確認、またロングレンジキャノンの所持をしていることも確認した』
『E.B.Bは無視をする、目標はιとロングレンジキャノンのみだ』
通信からは明らかにιを狙う旨が告げられていた。
……そう、彼らは『アヴェンジャー』の部隊だ。
彼らにとっては作戦行動中にメシアはまさに恰好のエサ。
当然、騒ぎに嗅ぎ付けて兵器の類を奪いに来たのだろう。
「アッハッハッハッ! アッハッハッハッハッ!!」
コックピット内から聞こえる仲間の通信を耳にして、少女は狂ったかのように笑い出す。
「ι? ロングレンジキャノン? そんなもの、どうでもいいの。 ウヒヒ、今日はあのお姉さんに告白するんだ……
私達の愛を、確かめ合うんだからぁ……アーッハッハッハッハッハッ!!!」
奇声に近い声をあげながら、少女……『フィミア・アミネス』は笑い続けていた。
「ウヒヒ、お姉さんこの子と私の強さに惚れちゃうかなぁ? あまりに興奮しすぎて失禁しちゃったりしてぇっ!!」
フィミアの眼は血走っており、もはや基地内でみたフィミアとはまるで別人のようだ。
おまけに奇妙なことに、彼女はパイロットスーツではなく『真っ赤なドレス』を身に纏っている。
普通に考えれば自殺行為に近いのだが、フィミアに常識という概念は存在しない。
ただ、己の欲望に素直に従うだけだったのだ。
「ウヒヒィッ! 楽しみ楽しみ楽しみぃぃ……アーッハッハッハッハッハァッ!!」
ガンガンガンッと叩き付けるようにフィミアはスロットルを押し込み続けた。
グングンと加速を続けていく『黒いHA』は、一人列を乱して先陣を切っていった。