束の間の休息 ③
「さあ、買い物の定番と言えばお洋服ですよっ! まずはバッチリとオシャレをしてフリーアイゼンのアイドルを目指しましょうっ!」
商店街に存在する洋服店に、晶は強引に連れてこられていた。
木葉も同様に引っ張られてきたが、午前中の件もあってかあまり元気がない。
やはり口では大丈夫だと言っていても、不安があるのだろう。
だが、晶は相変わらずどんな言葉をかけてあげればいいのかと戸惑うばかりで、結局一言も会話を交わせずにいた。
「ボサッとしてちゃダメですよーはい、まずはこれを試着してくださいっ!」
シラナギが片っ端から何着もの服を抱えて、ボーッと立っていた木葉を引っ張っていった。
相変わらずの強引っぷりだ、本当にリューテが言っていたように癒しになるのかと疑問に感じる。
周りを見渡す限り、訪れている客層はほとんどが女性。
家族連れ等はそんなにいないようだ。
このような平和な光景を見ていると、襲撃前の故郷の事を思い出してしまう。
いつも見慣れているはずの光景なのに、どこか懐かしさを感じた。
「お兄さん、独り?」
「ん?」
ふと、晶が携帯に手をかけようとしたとき、赤髪の少女から声をかけられた。
面識はない、フリーアイゼンのクルーにはこのような子はいなかったはず。
「ちょっと、見てほしいの」
「へ?」
晶が返事をする暇もなく、少女は晶の腕を引っ張り出す。
小さい体の癖にやたらと引っ張る力だけはあった。
「これ見て、これ」
「な、なんだよ……」
わけもわからず連れてこられると、少女は二着の服を手にしている。
両手で見やすいように、持ち上げてニコニコとしていた。
一体何だというのか?
「どっちが、いい?」
「え、選べって言ってるのか?」
「アハハッ、そうだよ」
突然連れてこられたと思えば、まさか服を選ばされることになるとは。
晶は思わずため息をついてしまった。
「なんで俺に選ばせるんだよ」
「ウヒヒ……実はね、好きな人がいるの。 とってもとっても大好きな人」
奇妙な笑い方をしながら、少女はそう言った。
どうやら、服選びに付き合わされてしまったようだ。
好きな子ができたから気を引こうと一生懸命なのだろう。
これぞ青春というものか。
しかし、だからといって見知らぬ男に服を選ばさせるのはどういうことなのだろうか。
悩むぐらいだったら身内でも連れてくれば良かっただろうに。
だが、断れそうにもない空気だったので晶は仕方なく服を選んだ。
「そっちの、赤いのがいいんじゃないか?」
晶は少女が持っていた真っ赤なドレスを指さした。
この子なら、赤はきっと狙うだろうという直感でしかないが。
「お兄さんいいね、私と趣味が合ってる。 私もこっちがいいと思ってた、アッハッハッハッハッハッ!」
少女は、狂ったかのように大声で笑いだす。
晶は思わず顔を引きつかせてしまった。
「ありがとうお兄さん、愛してあげられないけどちょっとだけ好きでいてあげる。 また、戦場で逢おうね」
「戦場……?」
少女が口にした『戦場』という単語で、晶は表情を一変させる。
既に少女の姿はなかった。
メシアの関係者とも思えない。
一体何者だったのか、晶は気味の悪さを感じた。
「ダメですよー晶くん、他の女の子をナンパするなんてっ!」
「え? ナ、ナンパ?」
背後を振り返ると、シラナギが頬を膨らませていた。
どうやら一部始終を見られてしまったらしい。
「あれ、違いますよ。 あっちから勝手に――」
「言い訳は駄目です、男らしくありませんっ。 ということで、大人しくこっちきてくださいっ!」
またズルズルとシラナギに引っ張られていく。
今日はやたらと引っ張られる回数が多い。 とはいっても、晶を引っ張っていたのはシラナギとさっきの少女だけだが。
「じゃじゃーん、見てください一発目から素晴らしい掘り出し物ですよっ!!」
晶が連れてこられた先には、木葉の姿があった。
真っ白なワンピースに麦わら帽子、束ねていた髪をほどいている夏を感じさせる服装。
木葉の白い肌と見事にマッチしていて、似合っていた。
恥ずかしそうに頬を紅潮させている姿を見ると、晶まで気恥ずかしさを覚える。
髪型と服装を変えただけで、ここまで変わってしまう者なのだろうか。
晶はいつも違う雰囲気の木葉に驚かされた。
「に、似合ってるかな」
「あ、ああ……似合ってる、だろ」
「晶くん、ここは正面からはっきりと言ってあげないとダメですよっ! 男の子なら堂々とですっ!」
背後からドンッと押されると、晶は木葉の前へと立たされた。
そうは言われても、一体何を求めるというのか。
木葉もただ、恥ずかしそうにもじもじとするだけであった。
「に、似合ってるぞ」
「……あ、ありが……とう」
改めて言い直すと、木葉は顔を真っ赤にさせてそう呟いた。
その仕草を見て、純粋にかわいいと思ってしまう。
ただ外見を変えただけでここまで木葉を意識してしまうとは思ってもいなかった。
「それじゃ、これはお買い上げですね。 あ、大丈夫です私のお金で買ってあげますからっ!
さあ次はボーリングでも楽しんじゃいましょう、その後は喫茶店でおいしいデザートを平らげるんですっ!」
目をキラキラとさせながら、シラナギはそう言った。
少しだけモヤモヤしていた気分が晴れてはきたが、さっきの女の子が気になってしまう。
彼女の言った『戦場』とは、何を示しているのか。
……何か、嫌な予感がする。
「ほら、ボサッとしないでください。 時間は待ってくれないんですからっ!」
「う、うわちょっと――」
またしてもシラナギに掴まれた晶と木葉は、そのまま強引に外へと連れ出されていくのだった。
「さあ、仕上げはこのジャンボチョコレートイチゴデラックスパフェを平らげて笑顔になりましょうねっ!」
ボーリングを楽しんだ後、晶と木葉は喫茶店へと連れてかれた。
目の前には、目線と同じぐらいを位置するサイズのとてつもなく巨大なパフェがあった。
器が大きい上にイチゴが10個ぐらい山積みにされており、これを食べるだけでも一食分に値すると思えるほどだ。
「しっかし晶くん、ものすごくボーリング下手だったんですねー。 木葉ちゃんだって凄くスコアよかったのに」
「や、やったことないんだよ……そんなに」
晶はシミュレーターの訓練や勉強に時間を費やしていた為、友達と外で遊ぶといった機会はあまりなかった。
ボーリングなんて数える程しか行ったことがない。
「駄目ですよー、木葉ちゃんの前で恥かいちゃうなんて幻滅しちゃいます。 男の子はもっと逞しくあるべきですっ!」
「そ、そうですね、はぁ」
ビシッとスプーンを突きつけられて、晶はため息をつく。
やはり今日は無理にでも訓練をするべきだったと、後悔するだけだ。
木葉はボーリング中はそこそこ楽しそうにしていたものの、やはり元気がない。
いつもと違って、悲しそうな表情を浮かべているだけだった。
「そうだ、晶くん。 聞きました? 木葉ちゃん、もうすぐ艦から降りることになっちゃうみたいなんですよ」
晶はピタリ、と固まった。
ここでその話をするかこの人は、と心の中で叫んだ。
チラリと、木葉に目線をやると更に辛そうな表情を見せてる。
「え、ええ、聞いてます……けど」
「寂しいですよねー……せっかく幼馴染同士生き残れたというのに、こんな形で離れ離れになってしまうのは。
避難地区には同じ境遇の人は多いとは言えど、やっぱりその年で一人というのはまだまだ不安があると思うんですよ」
シラナギの言葉に反応して、木葉は顔を上げた。
何故か、晶の事をジッと見つめている。
何か伝えたいことでもあるのだろうか。
「……俺だって木葉とは一緒にいたいですよ、でもワガママなんて言ってられませんから」
「うんうん、流石は晶くん。 やっぱり木葉ちゃんとは離れたくないですよねー?」
「そ、そりゃ木葉にはお世話になって……いるし」
本人の目の前では言いづらい事ではあるが、やはり本音としては木葉と離れ離れになりたくないという思いはある。
あの襲撃以来、日常はすっかりと変わってしまったのだが、木葉だけは唯一晶の日常を保ってくれていた。
それすらもなくなってしまうのは、とても悲しい事だった。
「よかったですねー木葉ちゃんっ! やっぱり私が言った通りですよ、晶くんは木葉ちゃんのことしっかり考えているんですっ!」
「へ?」
一体何の事を言っているんだろう、と晶は木葉へと目線を向ける。
すると木葉が慌ただしく立ち上がった。
「ち、ちちち違うのっ! そ、そんなつもりはなかったの、えっと、その――」
「……な、何の話?」
「木葉ちゃん、ちょっと寂しがってたんですよー。 さっきチラッと私に晶くんが構ってくれないとか言ってたんですからー」
「ち、ちちちち違いますっ!!」
木葉は顔を真っ赤にさせながら否定するが、正直何の話をしているかわからない。
一旦詳しく話を聞いてみると、どうやら午前中に木葉とシラナギが晶について話していたらしい。
その時に木葉が
『晶くんがパイロットに集中する為には、私はいない方がいいんです。
晶くんだってきっと、私が艦内に居続けると迷惑しちゃいます』
とか、そんなことを話していたようだ。
全然違うじゃないか、シラナギさん。 と、心の中で突っ込んだ。
「全く素直じゃないですねーこの二人は。 だったらこうしましょう、木葉ちゃんを正式なクルーの一員にしますっ!」
「へ?」
「え?」
晶と木葉は、ほぼ同時に声をあげた。
一体この人は何を言い出すんだろうか。
「実はヤヨイさんがもう一人補助してくれる人がほしいだとか言っていたんですよー。
木葉ちゃんならきっと優秀なオペレーターさんになってくれるはずです」
「で、でも木葉は――」
「なんなら医療班として私の配下に入ってもらう事だってできます、艦内にはたっくさんの仕事があるんですからっ!
私に任せてくれれば、仕事ぐらいくらでも提供できるんですよ? こうしちゃいられません、すぐにでも取り掛かりましょうっ!!」
「ま、ままま待ってくださいっ!」
立ち上がって今すぐにでも走り出しそうなシラナギを、晶が強引に止めた。
「そ、そんなことできるんですか?」
「晶くんだってパイロット研修生として採用されてるんですよ、木葉ちゃんもなんとかしてくれるはずですっ!」
それとこれとは話が全く違うんじゃないか、と突っ込みたいが強くは言えない。
それに木葉自身がそれでいいのかもわからない。
彼女は晶と違ってパイロットを目指したりメシアの部隊に入ろうとしていたわけではないのだから。
本当はもっとやりたいことだって、たくさんあるはずなのに。
「……や、やります。 私、頑張りますっ!」
「え? こ、木葉?」
木葉の意外な反応に、晶は思わず耳を疑った。
あの木葉がここまで、力強く返事をしたことは聞いたことがない。
本当に、それでいいのだろうか。
「フフフ、やはりそうではないといけませんね。 大丈夫です、私にすべて任せてくれれば強引にでも艦長に『うん』と言わせますからっ!」
「そ、それはそれで問題があるような……」
相変わらず思い切りの強い人だ、と呆れはするが今回ばかりは心強く感じる。
なんだかんだで、パイロットとして認められたのはシラナギの強引さがあってのことだ。
ひょっとしたら、木葉がフリーアイゼン内で採用されるのも夢ではないとさえ思ってしまう。
「さあさあ木葉ちゃん、今日から忙しくなりますよー。 次の避難地までに何としてでも採用してもらわなければなりませんからねっ!」
「は、はいっ! が、頑張りますっ!」
すっかり木葉もやる気になってしまっている。
気が付けば、木葉には自然と笑っていた。
「……が、頑張れよ。 こ、木葉」
「う、うん。 頑張る、よ」
晶が一言告げると、木葉も短くそう返す。
たった二言ぐらいではあるが、お互いの意思確認はできた。
「それじゃ、まずパフェを食べちゃいましょうねっ!」
ちゃっかり、パフェの存在を忘れていないシラナギに思わず呆れてしまう。
先程は無視してまで立ち去ろうとしていたというのに。
その後、3人は楽しく雑談をしながらパフェを平らげるのであった。
話し込んでしまって気が付いたら、日が落ちていた。
すっかり暗くなってしまっており、3人はそのままの足でフリーアイゼンへと戻る。
夕飯はそんなに食べれる気がしない、あれだけのパフェを平らげてしまえば。
しかし明日からの訓練を考えると、やはりちゃんとした食事をとっておきたい。
晶は一人で食堂へと足を運んでいた。
「戻ったか、晶」
「ゼノスさん?」
食堂へ向かう途中、ゼノスとばったり出会った。
「今すぐ格納庫へ来い、ιを発進させろ」
「へ?」
まさかE.B.Bが?
晶はそう思って、形態のレーダーを確認するが何も表示されていない。
それに艦内もそれほど騒がれている様子はなかった。
「行くぞ」
「は、はい」
理由はわからないが、前回のようにレーダーに感知されないE.B.Bの存在もある。
晶は急ぎ足で、格納庫へと向けて走り出した。
格納庫へ着くと、整備が完了しているι・ブレードのコックピットへと向かう。
ゼノスもレッドウィッシュへと乗り込んでいた。
ιシステムを起動させ、準備を整わせてから機体を発進させた。
基地の外には広い砂漠地帯が広がっている。
前も見た光景ではあるが、何度見ても美しいと感じた。
『俺についてこい』
「あ、ああ」
モニター越しから移るレッドウィッシュの姿と、レーダーを確認すると晶はスロットルを押し込む。
ギュンッと加速させて、砂漠の上を移動し続けた。
『ここでいい』
ゼノスの通信音声を確認すると、晶は機体を停止させる。
辺りを見渡しても、そこにはただの砂漠地帯が広がり続けるだけだ。
どこにも敵のようなものは見当たらない。
一体、何を始める気なのだろうか?
すると、レッドウィッシュが両手にライフルを構えてι・ブレードへと向けた。
ズキンッ――
その時、危険察知が発動した。
「え?」
晶は一瞬状況を理解できなかったが、映像の情報を元にライフルの弾を器用に避ける。
更にまた、危険察知が発動した。
わけもわからず、晶は危険察知を元に攻撃を避け続ける。
レッドウィッシュは距離を縮めようと、ιへ向けて突撃してきた。
両手の銃を捨てると、今度は剣を構える。
そして背中に装着させていたキャノン砲を発射させた。
間髪入れずに発動され続けた映像を元に避け続けると
突如、コックピット内が青く点滅した。
前にも見たこの青い光。
嫌な予感がした。
晶は機体を避けさせようとすると、背後にはレッドウィッシュが迫っていた。
容赦なく、剣が振り下ろされるとコックピット内に強い振動が伝わる。
言うまでもなく、機械のアナウンスが機体が損傷したことを告げた。
また、危険察知が発動しなかった。
……相手は俊ではない、ゼノスだというのに。
「……ゼ、ゼノスさんっ! どういうつもりですかっ!?」
何故、自分にいきなり攻撃を仕掛けてくるのか?
それも手抜きではない、明らかに本気だ。
晶は理解できずに、ただゼノスに向けて力強く叫んだ。
『最後の一撃、見えていたのか?』
「え?」
『見えたのか、と聞いている』
ゼノスは突如、そのようなことを言い出した。
今はお互いに止まっており、仕掛けてくる様子もない。
「いえ、危険察知は作動しませんでした」
『やはりな……俺の推測は正しかったようだ』
「な、何のことですか?」
『ιシステムの制約だ。 最初、俺は間隔を上手く調整しながらお前に仕掛けた。
その時、お前の動きは晶に敵の動きを理解しているかのように動けていた。
だが、最後にはお前の避ける位置を誘導させて……間隔がほぼ開かないように、攻撃を仕掛けた』
「せ、制約……?」
突然攻撃を仕掛けてきたかと思いきや、次にはゼノスはそのようなことを語りだす。
ιシステムの制約……もしや、コックピットの青い光と関係があるのだろうか?
『ιシステムの危険察知には、約1秒の時間が必要とされる。 恐らくパイロットに伝えるまで、それほどの時間が要するのだろう。
だから、計算中に全く別の危険が身に迫った場合は、それを察知できない。 いや、正確には察知することができないのだろう』
「い、1秒だって?」
ふと、あの時の事を振り返ると、ゼノスの言う通りかもしれない。
危険察知が発動されない時は、決まって映像通りに攻撃を避けた直後……。
コックピットが青い光が灯り、間髪入れずに衝撃が襲い掛かってきたのだから。
『その穴は、どうしてもパイロット自身が埋めなければならない。
ならば、自身の危険察知を身につけろ。 俺の攻撃を予測して、受け止めて見せろ』
「……わかり、ました」
ゼノスが突如、ここへと呼び出した理由を何となく推測できた。
恐らく、体でιシステムの『制約』について叩き込もうとしているのだろう。
シリアではなく、ゼノスが直々に実践向けの訓練プランを用意したのだ。
しかし、ゼノスは明らかに手を抜いていない。
このまま一方的にやられ続けたら、いくら圧倒的な装甲を誇るι・ブレードでも持たない可能性があった。
『いくぞ』
「はいっ!」
晶はレッドウィッシュの動きを観察する、その途端に危険察知が発動した。
映像の通りに、弾を避け続けていると早くもレッドウィッシュが懐へと入り込んだ。
再び危険察知が発動すると、晶はその通りに攻撃を避けようとする。
その瞬間に、コックピットに青い光が灯った。
「どこ、だ――」
ズガンッ! 再度、コックピットに強い振動が伝わった。
早い……早すぎる。
レッドウィッシュは素早く死角へと入り込み、ι・ブレードを斬りつけた。
あまりにも考える時間がなかった。
とてもじゃないが人間が反応できるレベルを超えている。
あんな攻撃を、危険察知なしで受け止めることができるのだろうか?
『制約に気づけば、ιを対処することは容易い。 奴らも恐らく、この制約に気づいてしまえばお前は簡単にやられてしまう。
だが、それはお前がいつまでも『未熟なパイロット』であったの話だ』
「……無理に、決まっているじゃないですか」
『無理は承知だ、だがやって見せろ。 本来HAパイロットは、自身の危険察知のみで戦うものだからな』
「どうせ、俺は……落ちこぼれですから」
晶は愕然として、力なくそう呟く。
結局、ιのような高性能に乗っていても『自身の能力』が足を引っ張ってしまっている。
ゼノスの言葉でまさにそれが、証明されてしまった。
やはり、自分にはパイロットは無理だったのだ。
あの俊という男に、このままでは勝てるはずがない。
無残にも、ιを奪われる結末が待っているだけだ。
『だったら降りるか? パイロットの夢を、捨てるか?』
「……もし、誰かの足を引っ張るというのなら……降りますよ」
『他人のことはいい、お前自身がどうしたいかを聞いているんだ』
ゼノスの言葉は深く胸に突き刺さる。
昔、竜彦にも似たようなことを言われたことがあった。
いつまでも最下位であったことに嫌気がさして、学校を辞めたいと思ったことも何度かあった。
その時に、晶はいつも木葉や竜彦に迷惑をかけたくない、と口癖のように言っていた。
『お前自身が続ける気が、あるのかどうかだ。 夢を全て投げ出して、逃げ出すのか……少しでも夢に近づくために、努力を続けるのか
俺は別にお前が続けるというなら協力はするし、お前をバカにしたりはしない。 それでももう、限界が近いというのなら……俺に言えることは、もうないさ』
その後は結局、学校を辞めずに勉強を続けてシミュレーターも動かし続けた。
あの日から、何一つ成長をしていないのか。
『お前は確かに落ちこぼれだったかもしれん、だが……それがどうした?
いつまでも過去を引きずっていては前へは進めないぞ。 お前には間違いなく、パイロットとしての素質が備わっているんだ。
操縦センスだって悪くない、ただ状況判断能力に欠けているだけだ。 だからお前は、ιを上手く扱えたんだ』
「……でも、俺は負けたんだ。 アイツに――」
『一度の敗北を引きずってどうするんだ、最後に勝てばいいだけの話だ。 あの男は、必ずもう一度お前の前に姿を現す。
見返してやれ、成長したお前を見せつけろ。 そうでもしなければ、ιを守ることもフリーアイゼンを守ることもできん』
「ιを……守る?」
『ιはパイロットであるお前を、危険察知で守ってくれている。 しかし、それにも限界があった。
なら、残りの穴はお前自身でカバーしろ。 お前の父親が開発したHAに、傷をつけたくはないだろう?』
ιを守る。
そのような発想は、晶の頭の中にまるでなかった。
確かに晶は、危険察知によって身を守り続けた。
それは言い換えれば、確かに『ι・ブレード』によって守られ続けていたようなもの。
こんなところでも、守られていたのか。
このままではいけない、パイロットになった以上……『守る立場』になることを望んだはずだ。
「……やります、もう一度来てください。 守って見せますよ、『ι』を」
『いい返事だ、それでこそメシアの一員だ』
ゼノスは機体を大きく後退させる。
晶は両手のスロットルを強く握りしめて、深呼吸をした。
「……悪い、頼りっぱなしだったよな。 俺も、ちゃんとお前を守ってやるから」
その時、コックピット内が赤く灯った。
……本当に、言葉を理解しているように見える。
やはり、ι・ブレードは意思を持っているのだろうか?
レッドウィッシュが、動き出した。
通常通り危険察知が発動され、映像通りに動き出す。
ゼノスが先程口にした言葉を頭に過ぎらせた。
『最後にはお前の避ける位置を誘導させて……間隔がほぼ開かないように、攻撃を仕掛けた』
ならばゼノス自身も、決して動きを読み切れているわけではない。
そうさせるように、晶を動かしたのだ。
見てから反応しようとするのは不可能かもしれない。
だが……こちらも『予測』する事ならできるはずだ。
「やってやるよ……俺だってっ!」
銃撃が終わると、ゼノスは機体を前進させて距離を縮めてくる。
その間にも危険察知は発動された。
映像で出たものが全てではない、映像から相手の動きを更に予測することだってできる。
もっと、危険察知を活用するんだ。
徐々にゼノスが距離を縮めて、ついに接近戦の間合いまで迫りこんだ。
来るならこのタイミングだ……。
ズキンッ!
頭痛が襲い掛かり、危険察知が発動した。
ゼノスが近距離で銃を放つ映像だ。
この時、ゼノスは晶をどう動かそうとする。
銃で相手を避けさせようとしたときに、避けた方向の死角へ入り込んで仕掛ける。
危険察知にここまで映像化されないのは、ゼノスが晶の避ける方向を確認してから動くからのはず。
死角となり得る場所は、背後のはずだ。
つまり避けた瞬間に背後へと向けてムラクモで、攻撃を受け止めればいい。
……だが、反応できるだろうか。
ゼノスはそれを短期間でやってのける、やることがわかっていても晶の腕ではそこまでできるかどうかがわからない。
方法はそれしかない。
映像が終わった途端、晶は機体を右へスライドさせる。
その瞬間に、コックピット内が青く灯った。
これは恐らく、危険察知に失敗した合図なのだろう。
だが、それでも『危険察知』として成り立っている。
同時に自分の予想が正しいという確証にもつながった。
晶は瞬時に、機体を背後へと向けた。
「……!」
だが、赤いウィッシュの姿はなかった。
もしかしたら、正面をそのまま突っ切ってきたのか?
晶は咄嗟に機体を振り向かせると、レッドウィッシュの姿があった。
既に剣を大きく振り上げており、今にもι・ブレードに直撃しそうな位置だった。
……裏の裏をかかれてしまったのか。
だが、晶は諦めなかった。
まだ防ぐ方法はあるはずだ。
あの時のように、『フィールド』を出せれば――
「ι・フィールドぉぉぉっ!!」
力任せに、晶は強く叫んだ。
コックピットが、赤く灯った。
その瞬間に、ι・ブレードの前に赤い光の壁が出現する。
レッドウィッシュは、フィールドに弾かれて横転した。
……やはり、出てくれた。
『……気づいていたか、『ι・フィールド』はお前の意思で好きなタイミングで展開することができる。
そのトリガーについては、俺自身からはわからないが……お前は、理解できたようだな』
「……まだ、はっきりして、ませんけど」
初めてフィールドを発動させたとき、晶は力強く叫んだ。
『やられてたまるか』、と。
それは、この程度で死んでたまるかという強い感情が晶の中に芽生えた時だ。
もう一つは……昨日の出来事。
圧倒的に力を押されていた時に、最後の突進時に晶は強く叫んだ。
そう、お互いに『強い意志』を示した時に、ιフィールドが展開されていたのだ。
晶の感情が高ぶった時に、何かしらの理由で発動ができたとしか思えない。
まだはっきりとはしていないが、晶はι・フィールドを意図的に展開させることに成功した。
そして……ゼノスの攻撃を見事防ぎきって見せた。
『今日の訓練は、ここまでだ。 よく乗り越えたな、晶』
「……ゼノスさん、ありがとうございます。 俺、ちゃんと次は絶対アイツに負けません」
『いい返事だな、期待しているぞ』
晶の中でモヤモヤしていたものが、全て取り除かされた。
圧倒的な実力差を前に絶望をしていたが、大丈夫だ。
まだ戦える、立ち向かえる。
もう、諦めたりするものか。
晶は自分の中に、そう言い聞かせていた。