束の間の休息 ②
フリーアイゼン内に存在する艦長室。
一応私室ではあるが、大半が作業場として使用されていた。
仕事が山積みとなった場合は、この部屋に籠りっきりで作業することも多い。
今回もまた、ι・ブレードに関する報告資料を艦長自らが作成していた。
ι・ブレードの回収任務が指示されたのは、数週間ほど前だ。
優秀な遊撃部隊として名高いフリーアイゼンに、ι・ブレード回収の指示が上層部より出された。
しかし、フリーアイゼンの部隊内にι・ブレードを知る者はいなかった。
艦長クラスでさえも、その名については初めて聞かされるほどだ。
そこまで秘密裏に開発されていたHAが、何故一般的な教育施設に眠らされていたのか。
そして、アヴェンジャーはどうやってι・ブレードの存在を知ったのか。
謎は深まるばかりだが、今はこれからもι・ブレードを狙ってくるであろうアヴェンジャーの対策は必須だ。
いつか大規模な戦闘に発展することも十分あり得る。
アヴェンジャーは全世界で、もはやテロ行為としか思えないほど非道な行為を行い続けた。
特に今回のE.B.Bを襲撃に利用したアヴェンジャーの手口は、あまりにも衝撃的過ぎた。
彼らとの戦いは、避けることはできないだろう。
ピピピピピッ
突如、静かな部屋に電子音が響き渡る。
どうやら、外部からの通信のようだ。
「……私だ」
『久しいな、松木君』
「失礼、何方だろうか?」
『私だよ、わからないかね?』
艦長はディスプレイを確認すると、そこにはシルエットが移されているだけで相手の外見は確認できなかった。
しかし、声自体には聞き覚えがある。
「……アッシュベルか」
『ご名答、いかにも私が『アッシュベル・ランダー』だ』
アッシュベル・ランダー。
それは全世界に向けてエターナルブライトの存在を公にした世界一有名な科学者だ。
彼が発表するエターナルブライトの研究成果は、実に耳を疑いたくなるような内容だった。
『私は名も無き無人島で不思議な鉱石を発見した。 その鉱石には未知なるエネルギーが含まれている。
それは人類に新たな可能性を示すものだ。 たった少しのかけらから生み出されるエネルギーは莫大なものだ、次世代のエネルギーとして成り立つのは間違いない。
だが、このエネルギーはただのエネルギーではない……まさに、人類に輝かしい未来を約束させる力を持つのだ。
鉱石に含まれるエネルギーは、何と生命体に異常な治癒能力を与えることのだ。 頭が砕かれようと、足が切断されようと……体を元に戻す力。
それだけではない、今まで不治の病と呼ばれた病気でさえも、最初から健康体だったかのように完治させてしまうのだ。
私はこの鉱石の力を、是非人類に役立てたいと考えている。 しかし、使い方を誤れば恐ろしい鉱石として化けることも事実、場合によっては『不老不死』も夢ではないのだ。
私は世界の良心を信じている、人類はこの鉱石により輝かしい未来を手にする事であろうと。
まさに、人類の為に『永遠に輝き続ける』だろうと、信じているっ!
人類よ、今こそ進化の時だっ! 我々は、『エターナルブライト』により、革新を迎える時がやってきたのだっ!』
当時の者なら、誰でも印象に残る演説だった。
常人であれば笑い者にされてもおかしくはない内容だ。
初めは、誰もが信じなかった。
そんな夢のような鉱石が、存在するはずがないと。
だが、エターナルブライトが実在することが証明されてから、世界は大きく変わってしまった。
それは、アッシュベルが望んだ世界の形ではなく……アッシュベルが想定した『最悪』の形となってしまったのだ。
今ではアッシュベルは、メシアの一員としてHA開発の研究を行っているという。
そんな人物から、何故フリーアイゼンの艦長である『ゲン・マツキ』に通信が入ったのだろうか?
「私に何の用だ」
『うむ、君達の部隊が『ι・ブレード』を預かっていると聞いてね。 是非、ιの性能について聞かせてもらおうと思ったのだが』
「やはりιか、その研究熱心なところは相変わらずだな。 報告資料なら今作成している、時期にメシア上層部から展開されろうだろう」
『それを承知の上だ、私は今すぐに知りたいのだよ。 『ι』の名を使うHAが気になって仕方がないのだ……これも研究者の性なのかね』
「あくまでも機密事項だ、私自ら通信で報告することはできんよ」
『残念だよ……君に頼めばすぐにでも知れると思ったのだがね』
メシアの最先端技術をすべて掌握しているアッシュベルでさえも、ιについて知らされていないことには驚かされた。
あのHAは、やはり『未乃 健三』が独自で開発を続けていたのは事実らしい。
しかし、メシアの上層部だけがその正体を握ったいたと考えられる。
ますます、謎が深まるばかりだった。
『ところで君は……今の世界に、満足しているかね?』
「……私はかつての平和な世界を取り戻すために戦っているさ」
『それは私も同感だ、どっかの阿呆共が勝手なことをしてくれたおかげで『E.B.B』が生まれてしまったのだからな。
だが、私はある意味この世界も悪くないと思っているのだよ、どういう意味かわかるかね?』
「私は凡人でね、天才の言うことは理解できないさ」
『うむ、それもまた正しい回答と言えるだろう。 私は、これを機に人類は『新たな進化』を遂げると考えているのだよ。
確かにE.B.Bによって失われた命はあまりにも多すぎた、悲しいことに……。
しかし、何も悲観する事ばかりではない。 そのおかげで、人類は『HA』という新たな力を手にしたのだから。
これもある意味では、『進化』をしたと言えるだろう? だから私は、人類がこの試練を乗り越えた時に……新たな進化を遂げると考えているのだよ』
小難しいことを、アッシュベルは長々と語っていた。
傍から見れば不謹慎な言葉としか思えないほどの極論だ。
しかし、昔からアッシュベルと馴染みが深い艦長にとっては、この手の話は聞きなれている。
昔から『進化』という言葉に拘っていた男だ。
こんな事で気分を害してはキリがない。
「私は進化よりも、幸せを望むがね」
『ふむ、では進化が必ずしも幸せに繋がることがないと? 確かに進化の先に人類の不死が確立されてしまえば、倫理的概念そのものが破壊されてしまう可能性もあるだろう。
しかし、逆に言えば新たな概念が生まれるということにもなるのだよ。 つまり、今の我々から不幸せと思える事項が、進化の先では幸せになるのかもしれない、ということだ』
相変わらず、論理的にアッシュベルは回答を返す。
しかし、艦長はその言葉を聞いてニヤけた。
「ハハッ、その鬱陶しい口調を聞くのも本当久しぶりだな。 元気そうで安心したぞ、アッシュベル」
『始めは私に気づかなかった癖によく言う、しかし君も相変わらずだな松木君。
さて、残念ではあるが私は新型HAの開発に追われているのでね、失礼させてもらうとしよう』
アッシュベルはそう言い残すと、即座に通信を切ってしまった。
艦長は、アッシュベルとは昔からの付き合いだった。
初めて逢ったのは、あの衝撃的な演説を行った後だ。
一方的に世界から批難を浴び続けていたアッシュベルは、いつしか日陰者と成り果てていた。
エターナルブライトの存在が公になり、初めて研究施設へ足を運んだ時、アッシュベルは偶然そこにいた。
かつて天才科学者と名高かったが、当時の彼は世間からのはみ出し者と化かしていた。
そんな有名な人物に、興味を持って声をかけたのだ。
それがきっかけとなり、艦長はアッシュベルに絡まれるようになった。
始めははっきり言って迷惑だった、わけのわからない主張を繰り返され続けていたのだから。
顔を合わせる度に、『世界』がどうこうや『人類に進化』等熱心に話す人物は、はっきり言えば危ない人物以外何でもない。
だが、彼に毒されたのかわからないが、次第にその話に興味を持ち、純粋に面白いと感じてきてしまったのだ。
それ以降、息がすっかり合ってしまって今では古き友人の一人となっていたのだ。
「少し、気が楽になったな」
様々な問題を抱えていた艦長は、久しき友人との再会に少しだけ気が楽になった。
正午を過ぎた頃、晶は訓練を受ける為にフリーアイゼン内を移動していた。
気が付けば、フリーアイゼンは何処かの施設に着艦しているようだ。
やたらと廊下ですれ違う人が多いのも、それが理由だろうか。
あまり気分は乗らないが、訓練を受けるのはパイロットの義務。
昨日の事は、訓練中の時だけでも忘れるべきだ。
晶はそう意気込んで、訓練所へと向かっていた。
「あー、やっと見つけましたよ晶くんっ!」
「げ……」
出来れば逢いたくない人物と遭遇してしまった。
今まさに、遠くから大きく手を振りながらピョンピョンと飛び上がっているシラナギの姿が見える。
せっかく午前中は切り抜けたというのに。
流石に訓練があると言えば見逃してもらえるだろう。
「さあー、レッツゴーですっ!」
例の如く、シラナギは強引に両手で晶の手を握る。
いつものダッシュで、晶を強引に連れ出そうとした。
「ちょ、ちょっとシラナギさんっ!」
「何ですか? これから晶くんは私とお出かけに行ってもらうんです、木葉ちゃんも一緒ですよ?」
「い、いや俺訓練があるんで――」
「えーっ!? せっかくの休めるチャンスなのに訓練ですかーっ!? ダメですよ、ちゃんと休んでくださいっ!
シリアがやるっていったんですか? 私、文句言ってきますっ!」
「いや、あの……その」
「大丈夫です、パイロットの健康管理は私の仕事ですっ! 過度な訓練は絶対に許しませんからっ!!」
この様子だと話を聞いてもらえそうもない。
むしろ、このまま強引に連れてかれたらシリアやゼノスに怒られるんじゃないかという不安が生まれた。
相変わらずの強引っぷりに、晶は思わずため息をついた。
「じゃ、一緒に行きましょうっ! シリアをブッ飛ばす勢いでっ! あ、もちろん晶くんがですよ?」
無理、絶対に返り討ちにあう。
と、心の中で即答するが晶は強引にシラナギに連れて行かれるのであった。
手を引かれながら、あっという間に訓練所までたどり着く。
一応、ここに連れてこられたのは救いか。
後はシリアがちゃんと止めてくれるのを願おう。
訓練所では、既にシリアが待機をしていた。
何処か浮かれた表情を見せている、何かいい事でもあったのだろうか。
「シリア、聞きましたよ。 皆休んでる時に訓練なんてひどいじゃないですか、晶くんは私とデートの約束があったんですよっ!?」
「へ?」
突如シラナギから出た『デート』という単語に、思わず晶は声をあげてしまう。
いや、そんな話初耳だ。
いつデートの約束をしたのかさっぱり記憶にない。
「おお? なんだよ、いつの間にかお前らそんな関係だったのか?」
「はいそうで――」
「ち、違いますからっ! 俺、ちゃんと訓練しますってっ!」
これ以上話をややこしくされてはたまらない。
晶は必死になって間に割り込んで、シリアにそう主張した。
「いいーんだよ、そういうことならアタシは目を瞑ってやるさ。
だーいじょうぶ、シラナギは家事も大得意だしいいお嫁さんになるぜ?」
「そ、そういう問題じゃないですって!」
なんでこの人は真に受けているんだ、と晶はため息をつく。
「ってことで、今日は中止で遊びましょうっ! さあ、こうしてはいられませんよっ! 時間は待ってくれないのですからっ!」
「ちょ、ちょっと――」
「さあ、次は木葉ちゃん探しますよーっ!」
「あの、だから訓練――」
晶の主張も虚しく、再びシラナギに連れて行かれるのであった。
午後を迎えても、ゼノスは昼も取らずに部屋へ籠りっきりだった。
同じ映像を何度も流し、ただ解析を続けている。
しかし、疲れを全く見せていなかった。
昔、ゼノフラムの設計に関わっていたこともあり、この手の作業には慣れている。
『ゼノス、応答しろ』
「……艦長か、どうした」
部屋内に直接、通信が入った。
『昨日の戦闘データの解析を続けていると聞いた、何か分かったことはあるか?』
「ιシステムには制約が存在する、詳しくは現在解析中だ」
『すまないな、お前には世話になりっぱなしだ』
「それはお互い様だ、それに解析は個人的に興味がわいただけだ。 別にアンタのためじゃない」
『未乃 晶の様子は、どうだ』
「不安定な状態にあるとシラナギから聞いている」
午前中の話を聞く限りでは、晶はやはり昨日の事を引きずっているように思える。
艦長もそのことを察していたのだろう。
『そうか……』
「アンタが心配する事ないさ、シラナギが何とかしてくれるだろう」
『お前自身はどうだ、少しは休んだらどうだ』
「まさかアンタに言われるとはな。 俺の心配より自分の心配をしろ」
『……無茶だけは、するなよ』
通信は、そこで途切れた。
自分が多忙な身でもあるにも関わらず、クルーへの考慮は忘れない。
だが、クルーの者にとっては休暇をしっかりとってほしいと思う者がほとんどだ。
少しでも艦長の負荷を抑えるためにも、最近では作業を分担してきてはいるが、まだまだ解決には程遠い。
「アンタこそ、無茶しすぎてるんじゃないのか」
通信は繋がっていないが、ゼノスは静かに呟いた。
メシア基地の近くに存在する街。
そこには商店街が作られており、人でかなり賑わっていた。
様々な店が並べられており、とても基地の近くにあるような街とは思えない。
シェルターのない街は、通常ここまで活気に溢れておらず、人気も少ないのだ。
しかし、緊急時には全体に警報が鳴らされて地下シェルターに逃げ込むことができる。
おまけに基地が近くにあるのでメシアの一員がE.B.B討伐をすぐに行ってくれる。
そういった理由から、安全性が比較的に高い場所であるのは間違いない。
そんな街中を、シリアは一人ぶらついていた。
「ったくよー、物資運びなんて手伝ってられっかってーの」
艦の外へ出ようとしたときに、クルー全員が物資運びを手伝っている光景を目にしたが
シリアはこっそりと逃げ出してきたようだ。
「しかしすっげー活気だなおい、やっぱメシアが近くにいると違うもんだなー」
溢れかえる人と、店の数々を並べながら独り言を呟いていると
とある赤髪の少女と目があった。
髪を赤いリボンで束ねており、綺麗な青い瞳の少女。
少女は、ニコニコとしながらシリアに寄って来る。
何処からどう見ても普通の少女ではあるか、何処か気味の悪さが漂っていた。
「ねぇねぇ、お姉さんお姉さん。 もしかして、パイロット?」
「な、なんだよ。 よくわかったな、お前」
突如笑顔でそう尋ねられると、シリアは顔を引きつかせながらそう答える。
何故、パイロットだとわかったのだろうか。
「アハハ、腕すっごく太い。 鍛えてるんだね、もしかして、強い?」
「ん、まぁね。 腕になら自信あるよ」
「アッハッハッ、じゃあ強かったら愛してあげようか?」
「は?」
シリアは思わず顔をポカーンとさせた。
いきなり何を言い出すのだろうか、この少女は。
「アハハハハ、楽しみだね。 メシアの人? もしかしてフリーアイゼンの人?」
何者なのだろうか、この少女は。
一見純粋にメシアのパイロットに質問をしてきているように見えるが、何かが違う。
そもそも、どうしてフリーアイゼンの名を知っているのだろうか。
別にメシアの主力艦の名前ぐらい一般人が知っていてもおかしくはないのだが、何かが引っかかる。
「アンタ、何者だ?」
「私? フィミア・アミネス。 私もね、パイロットなの。 ウヒヒ、お姉さんと一緒だよ」
「パイロットだって? アンタが?」
「バカにした? 今、私をバカにした? そんな事しちゃうと、愛してあげないよ」
「何言ってんだアンタ?」
随分と変な奴に絡まれてしまった。
適当なタイミングで繰り上げるべきか、とシリアはタイミングを計っていた。
「ねぇ、好きって言って。 私も、大好きって返してあげるから」
「なんでアンタみたいなわけわからない奴に言わなきゃいけないんだよ」
「だって強いんでしょ? 私も強い、お姉さんも強い。 強い人、大好き。 もう、殺しちゃいたいぐらい愛してあげたいの」
その時、シリアの背筋にゾクリと寒気が走る。
今、フィミアと名乗る少女から物凄い殺気を感じ取ったからだ。
冗談を言っていない……一体、何者なのだろうか?
「わかるよ、戦わなくても。 お姉さん絶対に強いもの、決めた……次は貴方を愛してあげるね。
今度、HA同士で逢おうね、お姉さんっ!」
フィミアは軽くおじぎをすると、笑顔でその場を去って行った。
「な……何なのさ、あの子」
何処か異質な雰囲気を感じ取ったが、まさにその通りだった。
あの少女は、危険な人物であるのは間違いない。
「こりゃ、厄介なのに絡まれちゃったな」
頭を掻きながら、物資の手伝いをサボッて外に出てきてしまったことを後悔する。
「ま、気にしなくていいか。 世の中にはいろんな人がいるってことで」
どーせ名前も所属もバレてはいない、もう二度と出会うこともないだろう。
シリアはそう願って、大人しく艦へと戻っていくのだった。