第4話 束の間の休息 ①
フリーアイゼン内のとある一室。
薄暗い部屋には山のように積んである資料の数々と、最新の情報端末やデータ媒体が乱雑されていた。
電気はつけられておらず、唯一モニターから出力されている映像だけが明かりとなっている。
資料の山に囲まれながら、ゼノスはその映像に釘付けだった。
フリーアイゼンの外部カメラ、ι・ブレードのメインカメラの映像データから、昨日の戦いの様子をじっと観察し続けている。
ι・ブレードには危険察知が備わっているはずなのに、相手のウィッシュは何度か攻撃に成功しているのだ。
昨日、晶は戦意を喪失しているように見えたが……始めはかつてのクラスメイトとの思わぬ再会にショックを受けていると思っていた。
だが、映像を確認すると……それ以外の理由が確実に存在していることがわかる。
この映像が、全てを物語っていた。
……ここまで一方的に押されてしまっては、あの晶の事だ。
かつて落ちこぼれだった自分を引きずり、当時のトラウマを蘇らせてしまうことも考えられる。
しかもその相手は、学園内で成績トップを誇っていたというのだから。
はっきり言えば、ウィッシュ単機でι・ブレードを相手にするのはゼノスでさえも厳しい。
正直ここまで戦えるのは相当熟練したパイロットか、文字通り天才のどちらかしか有り得ないだろう。
だが、おかげでι・ブレードの持つ危険察知の『制約』が存在することが判明した。
その制約を明確にする為に、ゼノスは一人で何度も何度も映像を見直している最中だったのだ。
「ゼノス―、こんなところにいたんですかー?」
「……用がないなら帰れ、今はお前の相手をしている暇はない」
ふと、シラナギの声を聞きとるとゼノスは間髪入れずにそう返す。
「あーひどいですっ! 私が暇だからとりあえずゼノスにかまってほしいだとか、そんなこと考えてると思ったんですかー?
違います、断じてっ! 何故ならば晶くんが助けを求めているからなのでーすっ!」
「要は晶に追い出されてきたんだな」
「はいー、正解です……彼、凄く元気なくなってましたよ」
ゼノスに図星をつかれると、シラナギは声のトーンを落としてそう呟く。
大方、いつものテンションで行ったら追い出されたんだろう。
晶がシラナギを追い出す様子が、ゼノスの頭の中では自然とイメージできた。
「ってことで、助けてくださいっ!」
「お前が俺に泣き付いてどうすんだ、パイロットのカウンセリングもお前が担当じゃなかったか?」
キラキラと目を輝かせながら、シラナギは訴えるが冷たくゼノスはそう言い放つ。
「そんな言い方しないでくださいよ、まるで義務でやってるみたいじゃないですか。
私、本当に晶くんのことが心配なんですよ?」
シラナギの声にはいつものような元気の良さがなかった。
どうやら晶に追い出されたのがよほど効いたらしい。
顔を俯かせながら、何処か悲しげな眼をしている。
別に今回が初めてということではない。
以前にもシリアに怒鳴り散らされてゼノスに泣きついてきたことがあったぐらいだ。
「もうすぐメシアの基地に到着するだろ、あそこには多少だが商店街やら娯楽施設が存在する。
気分転換に、晶でも連れて行ったらどうだ? 艦長も休暇を出すと話していただろ」
「ほほー、なるほどっ! 要は白衣の天使である私とのデート権をプレゼントってことですねっ!」
「少しは年を考えろ」
「あーっ! ダメ、ダメですっ! 年齢は絶対に言っちゃいけないですよっ!」
シラナギは顔を真っ赤にさせながら慌てているが、ゼノスはまるで見向きもしていない。
話しながらもやはり、映像に映し出されているウィッシュとι・ブレードの戦いに着目し続けていた。
いつもなら強引に追い出すが、シラナギといえど落ち込んでいる相手にそんなマネはできない。
だが、声の様子で多少でも元気を取り戻してきたのを感じ取れた。
「そうだ、せっかくだし木葉ちゃんも誘っちゃいましょうっ! 両手に花なんて男の子ならきっと憧れますよっ!
私なんだかメラメラしてきましたね、ここはやはり晶くんに不死鳥の如く復活を遂げてもらいましょうっ!
さー今すぐプランを立てますよーっ!」
すっかり元通りになったシラナギは、例の如くマンガのようなグルグルダッシュで部屋の外へと走り出していった。
相変わらず、嵐のような奴だと、ゼノスはため息をつく。
「相変わらず、マイペースな奴だ」
ゼノスは黙々と、映像の解析を続けた。
真っ白な壁と天井にベッドが一つ。
フリーアイゼンの一室に、殺風景な部屋が存在した。
空き室だった部屋を、晶が私室として使っていたが、家具の類はほとんど置いていない。
あるのはι・ブレードに関する資料と、フリーアイゼン内の地図、そして訓練のスケジュールだ。
昨日の夜の戦いの影響か、午前中の訓練は中止となった。
晶はベッドの上で横になり、呆然と天井を眺めていた。
昨日の戦いを振り返った。
ι・ブレードの危険察知があったというのに、ほぼ一方的にやられてしまった事。
実力の差を見せつけられたことに、ショックを受けていた。
やはり成績トップは嘘ではなかった、本当に成績通りの腕をしていたのだ。
それも、十分実戦で通用するクラスであった。
もし、俊が本当にアヴェンジャーの一員となったのであれば、再びι・ブレードの目の前に現れるだろう。
あんな非道な連中に、ι・ブレードを渡すわけにはいかない。
戦えるのか? あんな連中と。
圧倒的な実力差は、機体の性能差だけでは埋められない。
今度もまた単機で来るとは限らない、仲間を連れてくる可能性だってあった。
「どうすりゃ、いいんだよ」
コンコン
ふと、控えめなノック音が聞こえた。
シラナギではない、先程強引に入ってきて追い出してきたばかりだ。
「どうぞ」
ガチャリ、と晶の合図と共に木葉が入ってきた。
今はできる限り、独りでいたかったのだが、そうもいかないようだ。
「……昨日、平気だった?」
「……」
晶は何も答えない。
今はできる限り触れないでほしかった。
ただでさえ昨日の出来事を思い出して、こうやって苦しんでいたというのに。
「あのね、晶くん……私、もう少ししたら船から降りないといけないの」
「え?」
晶は思わず声を漏らした。
「晶くんは正式なパイロットになったけれど、私はメシアに保護されているだけだもんね。
いつまでも危ない艦に乗せたままにしてはおけないんだって」
「ど、どうするんだよ、これから?」
「避難地区で引き取られるみたいなの、手続きのほうは全部メシアがしてくれるみたいなんだけど」
「……そう、なのか」
木葉が艦を降りる、あまり考えたことがない事態だった。
冷静に考えれば当然だろう、晶だってパイロットでなければ同様の扱いをされているはず。
「大丈夫だよ、寂しくなんてないんだから。 晶くんがいっぱいいっぱいメシアで活躍してくれることを、応援するからね?」
「あ、ああ……」
笑顔で木葉はそう告げるが、本当は寂しく思っているはずだ。
いや、それだけじゃない。 誰も知らない土地に一人で生活することになるのだから。
たくさんの不安を抱えているはずなのに、どうしてそんなに笑っていられるのか。
「いいのかよ、木葉はそれで。独りは不安じゃないのか?」
「不安じゃないと言ったら、嘘になる。 でも、だからといって私はここに留まれないし、晶くんの邪魔だけはしたくないの」
「邪魔ってなんだよ、俺は……近くにいてくれたほうが嬉しいよ」
「ううん、違うの。 私がワガママを言って、晶くんに迷惑をかけたくないだけだよ。
せっかくパイロットになれたんだもの、一生懸命頑張ってほしいの」
「木葉……」
相変わらず、自分よりも他人を優先したがる。
木葉のいいところでもあり、悪いところでもあった。
今まで当たり前のように二人は近くにいた。
少し前までは、竜彦だってそこにいたというのに。
あの襲撃で、大きく日常が変化してしまった。
このままでは、木葉は本当に不幸になってしまうんじゃないか。
いや、既にもう不幸は始まっているのかもしれない。
……最後の竜彦の言葉を、思い出す。
木葉を守ってやれ、と。
それはE.B.Bやアヴェンジャーから、木葉の身を守れという意味ではない。
純粋に、木葉の助けにやってやれという、意味も含まれていた。
だが、現実はどうか。
晶は何一つ、木葉の力になれなかった。
何も言葉をかけてやれずに、木葉が決めたことにただ頷くだけ。
「ごめんね、大変な時にこんな話しちゃって。 私、もう部屋に戻るね」
「あ……いや、気に……しないでくれ」
木葉は、とても寂しそうな表情をしていた。
何か励ましの言葉をかけたいが、何も言葉が浮かばない。
何を言っても、笑顔で誤魔化されそうな気がした。
一言も告げることないまま、木葉は静かに部屋を立ち去った。
晶は歯を食いしばり、拳を強く握りしめる。
「……竜彦、悪い」
親友との約束を果てそうにない。
ただ、悔しさを抱きながら晶はその場で横になるだけだった。
格納庫では、整備班が数人がかりでι・ブレードのチェックを行っていた。
昨夜の戦いで受けた傷は大して大きいものではなく、異常な高度を誇る装甲に驚かされている。
昨日の戦闘については、シリアもデータを確認していた。
危険察知が発動しているにも関わらず、ιがダメージを負ってしまっていた。
晶が危険察知を過信していたといえど、万が一ιに故障があった可能性もある。
その為、シリアは格納庫へと足を運んで様子を、退屈そうに伺っていた。
「で、どうなんだよエイト。 ι・ブレードどっか故障してっか?」
「わかるわけないだろ、ιシステムの設計はブラックボックスだし俺らで解析できるもんじゃねぇさ。
少なくとも外傷はなく、システムに異常がないぐらいしか判断できねぇさ」
頭にバンダナを巻いた作業服の緑髪の男が、シリアにそう告げた。
彼はフリーアイゼンの整備班チーフを務める『エイト・クリスト』だ。
フリーアイゼン内の全4機のHAを整備している。
一つはι・ブレードに二つ目はゼノフラム、三つ目はイエローウィッシュに四つ目はレッドウィッシュだ。
ウィッシュに関しては整備が比較的に楽だが、ι・ブレードやゼノフラムはそうもいかない。
特にゼノフラムは複雑な設計構造であり、メンテナンス性が非常に悪く整備にはものすごく時間がかかる。
今はパーツの関係上、修理が行えないため、整備がされてない状態ではあった。
「役立たない奴だなー、ちゃんと解析しろよ」
「あんだとぉ? テメェも少しは整備手伝いやがれっ! ただでさえこっちは人手不足で参ってんだっ!」
「嫌だね、アタシはめんどくさいのは嫌いさ」
「ったくよー……もうじき可変機の新型だって支給されるかもしれねぇんだぞ。
そしたらこっちの仕事が更に増えちまうぜ……」
ガクリ、と頭を垂れ下げながらエイトはシリアに愚痴った。
「新型だって? どうしてアタシ達の部隊に支給されるのさ?」
「細かい話はしらん、多分試験機のテストをしてほしいんだろ。 ったくよ、ι・ブレード保護の件と言い
俺達を何でも屋だと勘違いしやがる奴らがいるからな」
「へぇ……パイロット決まってんのか?」
新型と聞き、シリアは思わず顔をにやけさせた。
「そこまで聞いてねーさ、ただ機体だけよこしてもパイロットはたりねーしなぁ」
「いいね、もし情報が確定したらアタシに教えてくれよ」
「あ? なんでだよ?」
「新型の可変機っつったら、飛行可能なんだろ? アタシね、HAで空飛んでみたいって思ってたのさ。
ワクワクしてきたなー、なぁエイトからもアタシを勧めてくれよー」
「夢みてんじゃねぇよガキ」
「け、つまんねー男だな」
シリアは残念そうな表情を見せる。
もし、新型支給の話が本当であれば是非乗ってみたいと願っていた。
可変機とは、状況に応じて機体を変形させて陸と空の両方に特化した戦いを実現しようとしたHAの構想だ。
始めは空のE.B.Bに関してはHAは射撃で応戦するしか対応手段がなく、残りは戦艦での砲撃でカバーし続けていた。
飛行可能なHAが開発されれば、E.B.B退治の効率化も図られて最近では注目されている技術だという。
何よりもシリアはHAが空を飛ぶことにロマンを感じていた。
「ま、ιについてはよろしく頼むよな」
「ああ、任せとけ。 俺を誰だと思ってやがんだ」
「天才機械オタクだろ?」
「機械オタク言うなっ!」
「冗談冗談、んじゃさっきの話頼むだぞー」
「ヘイヘイ、どーせ話が来るころにはパイロット決まってるだろうけどなっ!」
シリアはご新型に夢を見ながら格納庫を後にするのだった。
ブリッジルーム。
砂漠地帯を向けて、間もなく目的地であるメシアの基地が目前に迫っていた。
モニターからも施設の姿が見えてきているほどだ。
「いやっほぅっ! 久々にのんびりできるぜぇっ!」
「ライル、まだ勤務中だぞ」
「細かい事気にすんなって、今回は艦長からもちゃーんと休暇が出されんだからよぉ」
ライルは大きく伸びをしながら、久々に訪れる休暇に胸を躍らせていた。
フリーアイゼン部隊は、ここのところ仕事が立て続けに発生しており、数か月ほど休む暇もなく航海を続けていたのだ。
艦内のクルーは疲労を見せていて、補給ついでに休暇を取らせたのは艦長の正しい判断と思われる。
「休暇が出ると言えど補給作業には人員が必要ですからね、ライルにはしっかりと手伝ってもらいますよ」
「おいおいそりゃねーぜ、ヤヨイさんよぉ……」
後ろから冷たく言い放つヤヨイの言葉に、ライルは愕然とした。
「いいじゃないですか、みんなでやればすぐ終わりますよ」
「お前も手伝うんだよな?」
「私には別の仕事がありますので、それに力仕事は男の人のほうが向いてますから」
「ケッ、都合のいい時だけ男使いやがってよー」
口をすぼめながら、ライルはぶつぶつを文句を垂れた。
「そう言うな、我が部隊も人員不足だからな」
「わかったわかった、やればいいんだろ」
せっかくの休暇だというのに、重労働が待っていると考えるとやはり納得がいかない。
しぶしぶ、ライルは了解するだけだった。
「あれ? 艦長どこいってんだ?」
「一度私室へ戻っているようですが」
「おいおい、艦長すっかり休暇モードかよぉぉ……そりゃねーぜ」
「艦長だって多忙な身だ、むしろあの人こそ休ませるべきだろう」
「そりゃ、そーだけどよ」
文句を垂れながらも、リューテの言うことは事実だ。
人手不足のこの艦で、艦長は様々な仕事を全て一人でこなしていた。
艦が着艦している間も、他所からの通信でやり取りを行ったり、書類を片づけたりと仕事漬けである様子を何度も見ている。
「そろそろ着陸準備を進めてください、私は基地内の者と連絡を取ります」
「了解、これよりフィールドの調整に入る」
「ドカンッとミスったりすんじゃねーぞ」
「お前とは違うさ」
「チッ、おもしろくねぇ奴だ」
フリーアイゼンは、間もなくメシアの基地に向けて着陸準備を進めるのだった。