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エピローグ


アッシュベルが強引にプロジェクト:エターナルを決行しようとした事は、全世界に報道されていた。

世界中のメシア支部を始めとした部隊が神の源へと集い、メシア本部と命を懸けて戦い……ついに勝利を掴んだ。

戦いを終わらせたのは、一本の巨大な白い刃であったという。

あの光の刃が一体何なのか、メシアの新型兵器という者もいればフリーアイゼンの白紫輝砲だという者も、

或いはHAから振り下ろされていたと主張する者もいたが、結局は曖昧なままであった。


メシア本部との戦いの後、世界中のHAが同時に動かなくなった。

一時的に世界はパニック状態に陥ったが、その後世界からE.B.Bという存在が消え去った事に気づかされるのはそう時間はかからなかったようだ。

E.B.B化が進んでいた者達も、その日を境に身体が元通りに戻ったという。

おまけに元から抱えていた病気も完治し、叶う事がなかった健康体をついに手にする事ができたという。


しかし、世界がE.B.Bから受けた傷痕は深すぎた。

多くの人々が失われ、家族や帰るべき場所を失くした者は決して少なくはない。

戦いが終わった世界でも、未だに苦しみ続ける人々を救う為に、メシアは世界を復興する為の組織として新たに生まれ変わった。

今度はHAを使わずに、世界各地の復興活動を支援する組織となった。


「あーあ、最近休む暇が全くありゃしねーぜ。 どういう事だよ、E.B.Bと戦ってた頃より遥かに忙しくねぇか?」


「文句を言わずに黙って働け、職を失わなかっただけ有難いと思うんだな」


ライルとリューテは機材を運びながらブツブツと話していた。

二人はメシアの隊員として今、街の復興作業の支援に回されていた。

この地はE.B.Bの被害が特に大きく、人手がいくらあっても足りない場所だという。

戦いが終わって既に一か月近い時が流れている、二人はあの日から休む暇もなく世界各地で支援活動を続けていたのだ。


「全く……こんな肉体労働ばかりとはしんどすぎるぜ。 はぁ、全てが終わった時は故郷に帰る気満々だったのによー、これじゃあ当分帰れそうにねーな」


「酒場を継ぐのと今の仕事、お前にとってはどっちの方が大事なんだ?」


「んーま、そりゃ今の仕事だろ。 お前はどうなんだ、彼女が浮気したりしないのか?」


「……実は来月籍を入れる事になった」


「お、おいおいおいおいマジかよっ!? 」


「おいバカ、ライル――」


ライルは思わず興奮して声を荒げると、ガラガラガラッ……と機材を落としてしまう。


「あーあ、やっちまったな。 これ積むのに何十分かけたと思ってんだよぉ……」


「私の所為ではあるまい、お前が勝手にやった事だ。 ……つべこべ言わずに手を動かせっ!」


「ヘイヘイ、あーあ……俺も幸せな家庭の一つや二つ持ってみたいもんだな」


「二つはやめろ、二つは」


ライルとリューテは二人でため息をつきながらも、機材を詰み直す作業を続けた。

何かと愚痴り続けるライルではあったが、何だかんだで幸せそうな顔をしていたのは確かだ。

ようやく戦いが終わって掴んだ平和。

……だが、ライルとリューテは知っている。

人類がこの先、世界を滅ぼしかねない存在になるという事を。

しかし、今の復興活動を続ける人達を前にすれば、当分そんな事態は起きそうにないだろうと呑気に思っていたそうだ。









旧メシア本部は海の底へ沈んでしまった影響で、メシア支部の中から新たなメシア本部が生まれていた。

選ばれたのは第7支部だ。

世界中にアッシュベルのプロジェクト:エターナルの全貌を報道したイリュードは、今や世界を動かした英雄と呼ばれる程の存在となっている。

イリュードはカリスマ性を買われ、メシアの頂点に立ちこれからのメシアを引っ張っていってほしいと大きな期待を抱かれていたが、イリュードはその座を辞退した。

そして、イリュードの推奨によって……メシア本部の総司令に選ばれたのは、『ゲン・マツキ』であった。

これまでのフリーアイゼンの戦いはイリュードから語られ、世界に大いに貢献したことがようやく認められた。

イリュードは告げた。


『彼らがいなければ世界は今頃アッシュベルの手に落ちていた、本当に英雄とされるべきは私ではなく、フリーアイゼンである』


そう言った経緯があってこそ、フリーアイゼンの艦長であった『ゲン・マツキ』が今、総司令の座についているのであった。

山積みとなった資料を総司令室で目を通していると、コンコンと小さなノック音が耳に飛び込む。

どうぞと艦長が告げると、そこにはヤヨイの姿があった。


「お茶をお持ちしましたよ、艦長」


「今の私は艦長ではないぞ」


「ごめんなさい、どうしてもまだ癖が抜けきってなくて」


ヤヨイはそのまま艦長の推薦で秘書を務める事となった。

今までオペレーターとして働いてきたが、それを感じさせない程彼女は仕事を覚えるのが早い。

だが、未だに艦長……もとい総司令の事を、『艦長』と呼ぶ癖は抜けきっていなかった。


「しかし、月日が経つのは早いですね。 あの戦いからもう、一か月が経過しているんですよ」


「……そうだな」


「あの子達、今どうしているんでしょうね」


「きっと立派にやっているはずだ、もう私がどうこう言う立場ではないよ」


「寂しいって、感じません?」


「少し、な」


艦長はお茶を啜りながら、小さくそう呟く。

そして、黙々と資料を目に通し続けていた。


「では、失礼します」


ヤヨイは一礼すると、静かに総司令室を後にした。

すると艦長はため息をつき、お茶をもう一度啜る。


「……アッシュベル、お前が犯した罪は確かに重すぎたのかもしれない。

しかし、私はお前が世界の為にプロジェクト:エターナルを決断したという事実がわかっただけで、少し安心してしまったよ。

やはりお前は優しいままだったのだな。 だが――何故お前は、歪んでしまったのだ?」


艦長は後悔していた。

アッシュベルを救う事が出来なかった事を。

古い付き合いであったはずの自分が、どうしてアッシュベルの苦しみに気づくことが出来なかったのか。

もし、あの時アッシュベルの異変に気づいていれば……今回の長き騒動は未然に防げたかもしれないというのに。

だが、後悔しても仕方ない。

今はただ、一日でも早く世界からE.B.Bの傷跡を取り除いていかなければならない。

その為に艦長は、総司令の座につく事を承認したのだから。

せめてもの、罪滅ぼしの為に―――






旧メシアD支部。

第S級汚染区域に指定された地域に配置されていたメシアの支部は、最もHAの技術が盛んであった支部だ。

アッシュベルですら利用しに来るほど設備が整ったD支部も、HAが動かなくなった今はその役割を終えていた。

D支部は今となっては、HAの技術を他の技術に転用させようとした科学者が集まり、日々様々な技術の研究が続けられていた。

その中で最も注目されているのは、宇宙開拓だ。

過去に人々は様々な技術を用いて外宇宙へ飛び立とうとしていたが、E.B.Bの侵攻が始まってからは宇宙技術はピタリと止まってしまっていた。

だが、ようやく訪れた平和に人々は再び宇宙へ憧れを抱き、研究を再開させている。

その噂を聞きつけて、シリアはラティアと共にD支部へ所属を決意した。

二人はHAパイロットとしての技術を買われて、宇宙飛行士の候補生として新たなスタートラインへと立ったのだ。

そして二人は今、D支部の入口へと立ち、施設の全貌を見上げる。

過去に何度か訪れた事はあるものの、改修されて外見が変わった影響もあるかもしれないが、とても新鮮に感じた。


「あー懐かしいな、アタシが初めてメシアの入隊試験を受けた時を思い出すよ」


「ええ、そうね。 でも今考えると異常よね、貴方ほどの子供ですら戦場へ出なきゃいけなかった事態なんて」


「細かい事は気にするなよ、世界はこうして平和になったんだからさ。 それにさ、アタシはHA動かすの楽しかったよ」


シリアらしい前向きな意見にラティアは思わず笑ってしまう。

シリアの足は、完治していた。

あれだけE.B.B化が進んでいたにも関わらず、最初から事故すらなかったのように元に戻っている。

星の記憶には全生命体の情報が含まれているという、そう考えれば身体が元の形に再生されても不思議ではないが

それでも、奇跡としか思えない事であるのは確かだ。


「でもシリア、どうして貴方は宇宙飛行士を目指す気になったの? 最初は地球がいいだの空を飛びたいだの言っていたのに」


「んー、アタシはこの星が大好きだけどさ。 それよりも、この大空の向こうにある未知なる世界には何があるんだろうって気になったんだよ。

そうなったらもう、何だかワクワクしてきちゃってさ。 それにこんな狭い星よりも、広い宇宙で飛び回れた方がずっと面白そうじゃないか」


「……そうね、貴方らしい素敵な答えよ」


「姉貴は何だよ? アタシと同じなのか?」


「私? 私は―――」


ラティアは少し口に出すのを躊躇って、チラリとシリアから目線を背ける。


「おーい、シリアじゃないかーっ!」


「お、おお? エイトっ!? 久しぶりだなっ!」


D支部の施設の中から、作業着姿のエイトが大声を出しながら手を大きく振っていた。

フリーアイゼンが解散してからしばらく連絡を取れていなかったが、どうやら無事D支部へ所属することが出来たのだろう。

整備班の中心となっていた彼ならば、D支部の面接は通ると誰もが疑わなかったが、それでも彼の願いが叶った事は喜ばしいという事実は変わらない。


「ラティア」


「――イリュードっ!?」


突如、背後からポンッと肩に手を置かれたかと思い振り返れば、そこには赤髪の長髪の男……元ソルセブンの艦長であるイリュードがいた。

もうメシアの制服を身に纏ってはおらずに、何やら大きな荷物を持っている。


「妹の為に一緒にD支部へ所属したのか? 全く、お前は何処までも妹の事が大好きなんだな」


「そ、そうじゃないわよ。 ただ、あの子をもう……放っておくなんて、したくないから」


ラティアは俯きながらそう告げる。 一体何がどう違うのだろうかとイリュードは首を傾げるが、あえて突っ込まなかった。

長年シリアから逃げ続けたせいで、結果的にシリアを傷つけてしまった時期があった。

今でこそシリアはラティアの事を許してはいるが、ラティア自身はまだまだ罪を引きずったままだったのだ。

もう二度とシリアを悲しませるようなことはしない、だからラティアはシリアと共に行動する事を決意した。


「そういえば貴方、メシアを辞めてどうするつもりなの? まだ次の職も決まっていないんでしょう?」


「ん、そうだな。 俺は自分自身の未熟さに気づかされてな、ゲン艦長から学ばされることは多すぎた。

それなのに私は英雄だの何だのと称えられる事に疑問を感じた。 だから、俺はしばらく世界を回ってもう一度自分自身を磨き直すつもりだ」


「……そう、旅立つというのね」


「念の為に言っておくが、お前が俺についてくる必要はないぞ。 そんな事をしたらまた妹を悲しませることになる」


「わかっているわ、貴方の意志だもの。 別に、止めるつもりも……ないわ」


「では、俺はそろそろ行くとする。 頑張れよ、妹と共に、あの広い宇宙へ飛び立ってくれ」


「ええ、貴方も元気でね」


ラティアが微笑むと、イリュードは背中を向けてゆっくりと立ち去っていく。

去りゆく男の背中を見て、ラティアは何処か不安を抱いてしまう。

このまま、イリュードがもう帰ってこないかのような錯覚に襲われた。


「ちゃんと、帰ってくるのよね? 時々手紙をよこしなさいよ、シリアも貴方がいなくなると寂しいと思うわ。

だ、大丈夫よ……当分はD支部にいるんだもの、私がここから移動する事になったら真っ先に貴方に連絡するわ。 そ、それと……えっと――」


「ラティア」


イリュードはピタリと足を止めて、振り返る。

優しく微笑みを見せると、再びラティアの元へと歩み寄った。

コートの内ポケットに手を突っ込むと、そこから紺色の小さな箱を取り出す。

そして片手で、ラティアへと差し出した。


「どうやら勘違いをされているようだからな……本当は、旅が終わったら渡すつもりだったが」


「……これは?」


「この先は、俺が無事帰ってきたら伝えるとしよう。 では、失礼する」


今度こそとイリュードは背中を向けて、先程よりもやや速足で歩みだした。

思わず呆然としてしまったラティアは、受け取った箱をそっと開く。

そしてその中身を目にして、ハッとするともう一度イリュードの背中に顔を向けた。

もうイリュードの背中はほとんど見えなかった。

ラティアはパタンと箱を閉じて、両手で大切そうにギュッと抱える。

目を閉じると、頬を伝って涙がポツリと流れ落ちた。


「……バカ、もっと雰囲気考えなさいよ。 ――待っているから、私ずっと、貴方の帰りを……待っているから」


風で綺麗な金髪を靡かせながら、ラティアは止まらぬ涙を拭いながら呟く。

その別れがどれだけ長くなるのか、それとも案外短いのかはわからない。

だけど、ラティアは信じた。

必ずイリュードが自分の元へ返ってくると。

決して置き去りにはしないと信じて、ラティアはしばらくその場に立ち尽くしていた。










D支部から少し離れた場所は海に面している。

この地はかつて観光地とされていたが、汚染区域指定されてからは誰一人立ち入る事がなかった。

皮肉なことに、人が立ち寄る事もなくゴミ一つない砂浜は美しかった。

ゼノスは砂浜で一人ポツンと座り、海を眺めていた。

近くには船が停めてあった。 4,5人程乗れる漁師が使うような小型の船だ。

スッとゼノスは立ち上がると、ズボンについた砂を振り払う。

そしてもう一度果てしなく続く海を見つめると、静かに砂浜を歩き始めた。


「何処へ行くつもりかね?」


ふと、背後からフラムの声が聞こえるとゼノスは足を止める。

振り向くと、この砂浜とはアンマッチな白衣を身に纏ったフラムが相変わらずにしかめっ面でゼノスを睨んでいた。


「こんなちんけな船では何処にも行けないぞ、精々数メートル進んで波にさらわれるのがオチだ」


「そうだな」


「……君、一体その船で何処へ行こうとしたんだね?」


「俺の役割は終わった。 俺はこれから俺の生き方を探す」


「君、まさか死ぬ気だったのか?」


「わからない、だがお前との約束もある。 死ぬつもりはなかったが、ただ無性に……この海を自力で渡ってみたくなった」


「やれやれ、君は飢えているのだな」


フラムはゼノスの行動に思わず呆れてため息をついた。

しかし、当の本人は真顔のまま海を見つめている。

その瞳は血に飢えた獣のようにも見えた。


「所詮、俺は戦いの中でしか生きられない。 この世界からHAが消え去り、E.B.Bが消え去った。

その時、俺は俺の役割を終えたと感じた。 その途端……俺は、虚しくなったんだろうな」


ゼノスは再び砂浜に座り、フラムに本音を語る。

戦いの最中はあれほど平和を望んでいたはずなのに、実際平和になってみるとゼノスは何か物足りなさを感じてしまった。

何だかんだでゼノフラムを操る事はゼノスの生き甲斐であり、ゼノスの人生そのものでもあった。


「奇遇だな、私も同じだよ。 あれだけ苦労して作り上げたゼノフラムが動かないと思うと、無性に悲しくてな。

他の者が新たな研究に明け暮れている中、私は何一つ手がつかなくてどんどん置いて行かれている……全く、これではアッシュベルの事を否定できんな」


「人は戦いを求める、技術を持つと試したくなる。 だが、奴の言葉は正しい。 それが人の性なのかもしれん」


「―――しかし、そんな我々も合法的に争う事は出来る。 どうだね、君に一つ提案があるのだが……乗ってみないかね?」


「提案だと?」


「君、レーサーになってみないか?」


「レーサー……?」


一体こいつは何を言い出すんだ、と言わんばかりにゼノスは首を傾げた。

しかしフラムの目は真剣そのもの、決して茶化しているようには見えない。


「D支部にはな、私のようにHA一筋で生きてきた科学者は腐るほどいるのだよ。 勿論、その中には私のように虚しさを振るいきれずに腑抜けた連中も多かった。

しかしだな、私は彼らにある提案をしたのだよ。 HAの技術を活かせる娯楽を、我々の手で生み出さないかってな」


「……何を言っている?」


「うむ、簡単に言えば皆で楽しくモンスターマシンを開発してレースを楽しもうじゃないかって事なのだよ。

どーせ金なら腐るほど余っているし、そのマシンの技術はいずれ世の中に役立つ技術へと発展するかもしれん。

どうだね、素晴らしい案だと思わないかね?」


「アンタ、自分で言ってて恥ずかしく思わないのか?」


「なぁに、娯楽から生まれる技術は腐るほど存在すると思うがね。 少なくともアッシュベルが言うように、戦争で技術が発展するよりかは余程可愛いとは思わんか?」


ゼノスは思わずため息をついた。

世界は今、復興へと向けて動き続ける中、フラムは娯楽に熱中しようだの言いだしたのだ。

フラム程の技術者であれば、その技術をいくらでも世界の為に役立てる事は出来るだろうに。

だが、ゼノスは怒る気分にもなれずに、むしろニヤリと笑ってしまった。


「こんな世の中で、娯楽に熱中しようというのか?」


「逆だよ、こんな世の中だからこそ娯楽という者が必要だ。 うむ、レースが本格化したら全世界に向けて報道も検討しているぞ。

実はD支部の連中も巻き込んで様々な検討が進んでいるところだ、そのうちメシア本部へ正式に話も通すつもりだ。

マシンはカートを基盤にはするが、HAの技術も盛り込まれるぞ。 そこらの普通のレースとは違って迫力満点は間違いあるまい。

レースは武装は禁止だが、相手に体当たりをすると言った事は許可されている。

ライバルを全滅させながら一位をもぎ取るか、はたまた圧倒的な速さでライバルに差をつけるか……うむ、想像しただけで私は涎が垂れそうなほど興奮してきたぞ」


「涎を垂らすな」


「勿論、私は究極のスピードに挑戦するつもりだ。 人の限界を最強にして最悪なモンスターマシンを生み出し、圧倒的なスピードで上位に立つ。

ま、その為にはそのモンスターマシンに乗ってくれる優秀なレーサーを探さなければならないがな」


「アンタのマシンに乗せられるだなんて、気の毒な奴がいたもんだな」


「うむ、そうだろう。 しかし、私は本当ならスーパーロボットでも開発して大迫力な戦闘を繰り広げたかったのだがな。

巨大なリングを用意してロボット同士の格闘技に必殺技と決めて行って相手を破壊し尽くす……なんてのを提案したら、即却下されてしまったよ。

戦いは戦争を生むだのわけのわからない事を言い出してな、辛うじてレースが認められたという経緯があるのだよ」


フラムの止まらないマシンガントークに聞きながら、ゼノスはやれやれと呟きながらスッと立ち上がる。


「最強のレーサーに、最強のマシン。 それが次の、アンタの夢なんだな?」


「うむ、そうだ」


「なら、俺がアンタの夢を叶えてやる。 他の奴じゃ、命がいくらあっても足りないだろうからな」


「流石私の見込んだ男だよ、なぁに君ならエターナルブライトがなくともそのタフさは健在であろう。 君は生まれながら不死身の体質を身に着けていると、私は確信している」


「……アンタの無茶な設計に、期待しているぞ」


ゼノスはニヤリと笑みを浮かべながら、フラムに手を差し伸べるとフラムはうむと頷くながら握手をする。

相変わらずフラムはとんでもない話を持ち込んでくるな、と思いながらもゼノスは内心嬉しかった。

何故ならば、何もかも失ってしまった自分がまた、生き甲斐を持つことが出来たから。

一か月に渡る長き呪縛から、ゼノスはようやく逃れることが出来た。











とある木造の小屋があった。

第A級汚染区域に指定されていたその地区には、まだ村が存在している。

E.B.Bに全て襲われて、人は全滅したかと思われていたというのに、その村の者達はE.B.Bから上手く逃れて生活を続けていたのだ。

今から一か月ほど前、その村に一人の男が訪れた。

村の者が見た事もない不思議な機械と一緒に、打ち上げられていた男。

まだ辛うじて息をしており、男は村人の懸命な看病により一命を取り留めていた。


「……何故、俺は生きている?」


ベッドで上半身を起こし、自分の両手を眺めながら男が呟く。

紫色の髪をしたその男は、ガジェロスだった。

バケモノと化していた腕は、すっかりと元に戻っており、身体は既に元に戻っている。

一体何が起きたのかは理解できなかったが、一つだけわかった事がある。

あの男達が、成し遂げやがったのだと。


「お兄さん、具合はどう?」


バケツとおしぼりを持った小さな女の子が、無邪気な笑顔でガジェロスに尋ねた。


「気分は最悪だ、頭が痛い」


「またそうやって意地悪言うんだから、ぶーっ!」


「俺は本当の事を言っているだけだ」


女の子は頬を膨らませながら文句を言うが、ガジェロスはへいへいとただ聞き流した。

この子は一体何者なのかわからない。

だが、ガジェロスが目を覚ました時からずっと看病をし続けてくれたのはこの子だ。

あの時の記憶は微かに残っている、まだ右腕は『G』のままだったはず。

それなのにこの子は怖がりもせずに、優しく腕を撫でながら大丈夫大丈夫と囁いてくれた。

この子がいなければ、ガジェロスは恐らくあそこで死んでいただろう。

いや、そもそもHAと共に海へ沈んだはずなのに、こうして近くの島に打ち上げられていた事自体が奇跡としか言いようがない。

ガジェロスが身体を少し動かすと、窓辺のカーテンが少しずれて日差しが顔に直撃する。

思わず眩しいと感じたガジェロスは、近くに置いてあったサングラスを手に取って身に着けた。


「ねぇねぇ、どうしてお兄さんはサングラスをかけるの? そんなに大事な物なの?」


「……俺には光は眩しすぎる、ただそれだけだ」


サングラスをかけ、ガジェロスはずれたカーテンを戻しながらそう返す。

子供の相手は苦手だ、どうでもいい事をしつこく聞いてくる。

だからガジェロスは適当にいつも返事を返していた。

すると、女の子は突如ガジェロスからサングラスを取り上げ、カーテンを一気に開いた。


「うおっ―――な、何をするっ!?」


女の子は頬を膨らませたまま、プイッと顔を背けてサングラスをその辺にポイッと放り投げた。

思わず怒鳴り散らしたくなったが、相手は子供だとガジェロスは何とか堪える。


「お日様が怖いだなんて、いつもそんなのかけてるからだよ? ほら、ちゃんとお日様を浴びてっ!」


「チッ、うるせぇな……俺は日差しなんざ浴びたくねぇんだよ」


「なら少しずつ慣らさないとね。 これを機にサングラスなんてやめちゃいなよ、だってお兄さんにはすっごく似合ってないんだもの」


何だと、と怒鳴り散らそうとした時、ガジェロスはふとある言葉を思い返した。

かつて似たようなセリフを言われた事がある。

あの男に―――


「どうしたの、お兄さん?」


「……チッ、サングラスなんざやめてやるさ。 どーせ何度も壊して新品買い直してんだ、いい加減買い直すのも面倒になったんでな」


「じゃあ、本当に捨てちゃうよ?」


「さっさと捨てやがれ、ほら出て行け、シッシッシッシッ」


やけになったガジェロスは、子供を無理やり追い返した。

頬を膨らませながらブーブー文句を垂れていたが、最後はまた来るねと笑顔で部屋から出ていく。


「―――ったく、俺の復讐はどうなっちまったんだか。 ……いや、もうどうでもいい、か。 もう考えるのも、面倒だ」


何もかも疲れたかのように、ガジェロスは横になるが……内心は何処かこの生活に安心感を抱いていた。

今まで忘れていたものが埋め尽くされるような、昔家族と過ごしていた事を思い返す暖かい生活。

この家に訪れてから、あの子以外の姿を見たことはない。

ひょっとしたら、一人で暮らしていたのだろうか。

だとしたら、あの子はずっと寂しい思いをして過ごしてきた?

……いや、自分に親代わりなんて無理だろう。

だが、当分の間はここにいていい。

いつか出ていくその日までは、しばらく厄介になろう。

そう頭に浮かべながら、ガジェロスはそのまま眠った。











カツン、カツン、カツン。

薄暗く細長い通路を、懐中電灯一つで歩く二人組がいた。

晶と木葉の二人だった。

木葉は晶にしがみつきながら、恐る恐る薄暗い通路を進んでいく。

すると、二人は大きな空洞へと出ることが出来た。

中は不思議と明るく、その中心は紫色の輝きが放たれていた。


「……ここ、か」


「凄い……あの遺跡に、本当にこんなところが……」


晶と木葉は、神の源にある遺跡の中へ訪れていた。

アッシュベルはこの遺跡から星の記憶を見つけ出し、そして星の記憶から力を受け継いだ。

そう、全てはここから始まったのだ。

二人は人類が生きる事を望み、星の意志へ逆らった。

結果、世の中からはエターナルブライトが消え去り、E.B.Bそのものが完全に消滅した。

だが、その選択は大きなリスクを背負った事にもなる。

星の記憶が見せたように、人類が将来この星を滅ぼしかねないというのは紛れもなく事実。

その最悪な未来を避ける為に何が出来るのか、と晶は悩み続けていた。


フリーアイゼンが解散した後は、晶は艦長から星の記憶の監視を命じられた。

再びアッシュベルのような者が現れないように、はたまた星の記憶が暴走した時は……その時はすぐにでも晶が動き出せるようにと。

だが、ただ神の源で監視を続けているだけでは何も意味がない。

艦長を始めとした他のクルー達は、今頃皆世界の為にそれぞれ歩み出しているはずだ。

自分だけこんなところで立ち止まっている訳にもいかないと、晶は自分でできる事を探していた。

そこで晶が思いついた事、それは星の記憶への報告だった。


晶は世界中の人類が今、どんな動きをしていてこの世界の為にどんなことをしているのかを、メシア本部を通して監視しようと考えたのだ。

それを星の記憶へ伝える事により、晶は星が導き出す結論その物が変わる事を期待していた。

勿論、一日や二日で星の意志がそう簡単に人類を認めるはずがない。

少しずつ人類は信用を積み重ねていき、星にその存在を認めさせるまで努力をし続ける。

そうすれば、いずれ星は自分達の事を認めてくれるはずだと信じていた。

そして、それが晶が人類の生存を選択した責任でもあった。


「俺達は世界を……いや、人類を守った。 だけど、あの時星はまだ俺達の事を認めてはいなかった。

星が導き出した結論が変わらない限り、俺達の未来は変わらない」


「ううん、世界はきっとわかってくれるはずだよ。 だって、こうして私達が生きているんだし……皆の身体も元に戻ったんだよ?

それって、星が私達に猶予をくれたってことなんじゃないかな?」


「……うん、そうだな。 ごめん、弱気になっちゃって」


晶は時々、自分の選択が本当に正しかったのか不安に思う事がある。

その度に木葉は励ましてくれるのだが、これでは学生時代と同じだ。

竜彦は言ってくれた、晶は変わったと……強くなったと。

だから、強さを証明する為にも……晶は世界を変えなければならない。

人類の生存を選んだ責任を、背負わなければならなかった。


晶はメモにまとめ上げた事を、星の記憶に向かって告げる。

人々が今、世界を普及させる為に活動を続けている事。

宇宙への開拓、新技術の活用。

まだまだ新たな世界は始まったばかりだが、当分の間は戦争が起こる心配はないだろう。

いや、これからもずっとそうであってほしい。

人類はE.B.Bによって、散々痛めつけられた、苦しんだ。

こんな苦しい中でも戦争を繰り返した人類だが、その痛みは皆で分かち合えたはず。

勿論、戦争その物が無くなるなんてことはあり得ない。

だけど、その度に思い出すことぐらいは出来るはずだ。

戦争はとても辛く、痛い思いをするという事を。


「……もう行こう、あまり長くいると俺達が危ないかもしれないし」


「うん、そうだね」


晶は木葉の手を繋ぐと、星の記憶に背を向ける。


「わかってくれるといいね、星が」


「時間はかかるかもしれないけど、いつか俺達の事を……認めさせるさ」


晶と木葉はそのまま空洞を後にした。

ふと、星の記憶から放たれる紫色の輝きが赤色へと変化する。

それと同時に、二人はゆっくりと振り返った。


「き、気のせいか?」


「ううん、私も聞こえた」


何か、声が聞こえた気がする。

何て言ったかはわからないが、確かに二人は誰かの声を聞いた。


「……母さん、なのか?」


晶はそう尋ねたが、星の記憶は何も反応を示さず紫色に輝き続ける。

ふぅとため息をつくと、晶は星の記憶に背を向けてその場を後にした。











遺跡を出て、二人は岩場に揃って腰を掛ける。

気が付けばもう、日が落ちかけていた。

遺跡の上で眠るボロボロとなったι・ブレードの背中に、真っ赤な夕日が差しかかる。

あまりにも美しすぎる光景に、二人は思わず目を奪われていた。


「なぁ、木葉はさ……ι・ブレードとかιシステムの……『ι』の意味って考えたことある?」


「……うん、あるよ」


「どんな意味が籠ってると思う?」


「私はね、きっとιって言うのは『私』って言うのを現してると思うの」


「私? つまり、『I』って事?」


「うん。 私だけのシステムに私だけの剣、私だけの強い味方……だとか、色々な意味が考えられるじゃない」


「確かに、そうかもしれないな」


晶はボーっと空を見上げながら気の抜けた返事を返す。

木葉はその様子を見て、首を傾げてしまった。


「どうしたの?」


「いや、俺も……そんな意味なのかなって考えてたんだけどさ。 俺の親父って、結構シャレが好きだったんだよな」


「シャレって?」


「ほら、所謂親父ギャグさ」


「……?」


木葉はますます首を傾げると、晶は思わず深くため息をつく。

あまり口にしたくはないのだが、木葉はどうしても気になるようだ。

自分から切り出したのだし仕方ないと、晶は腹を括った。


「俺は、ι・ブレードに乗ってて母さんを感じていた。 そして親父は、愛する母さんを……どんな思いでかは知らないけど、ι・ブレードの一部として使ったんだ」


「……愛?」


「そう、単純に愛って言いたいだけなんじゃないかなって思ったんだ」


木葉は口をポカーンと開けたままだった。

やはり間抜けな回答だっただろうかと、晶は思わずハァと深くため息をつく。


「愛……うん、きっとそれだよっ! 私も感じたもん、晶くんのお母さんの愛をっ!」


「……そ、そうか。 そう、だよな」


晶は意図的に木葉と目を逸らしながらそう呟く。

……本当は晶の話には続きがあったのだ。

だけど、先に木葉が答えに気づいてしまったから、今更言い出しにくくなった。

木葉が言うように、ι・ブレードには母親の愛情と父親の愛情が詰まったいわば愛の結晶のようなものだ。

だが、晶はその答えに行きついたのはそれが理由ではない。


―――木葉と一緒に、ラストブレードを解き放った時に気づいた。

『ι』が『愛の力』を意味していることに。


「もう遅いし、今日は帰ろうか」


「……うん、そうだね」


晶は木葉の手をギュッと握りしめると、木葉もギュッと強く握り返してくれた。

少し気恥ずかしいと思いながら、木葉と目を合わせると木葉は微笑んでくれる。

晶も同じように微笑み返すと、改めて二人はι・ブレードを見上げた。


「親父、母さん―――俺を愛してくれて、ありがとう」


もういなくなってしまった二人に向かって、晶は呟いた。

不思議と表情がないはずのι・ブレードが笑ったかのように見えた。

流石にただの錯覚であろうと晶は木葉と共にι・ブレードへ背を向けて歩き出す。

いつか朽ち果てるその時まで、俺達を見守っていてほしいと、晶は願った。


ここまでご愛読いただきましてありがとうございました。

約1年間に渡り、ついにエターナルブライトを完結させることが出来ました。

本当は小説でロボット物というのは、あまり気が乗りませんでした。

ロボット物は大迫力の映像とカッコイイメカデザインや兵器といったものがメインですし、それらを文章で伝えるのは大変難しいと思っていましたので。

ですが、何を間違ったかロボット物を手を出してしまい、設定面に苦労しながらも何とか書き続けてきました。

正直設定が甘すぎたので何度も最初から書き直したいと感じたことがありました。

一時的にモチベーションが下がって更新が停滞する時があったり、風邪でダウンする時もありましたが、無事完成にありつけてよかったです。


お気に入りの数、何と77(最終更新日時点)です。

初めての投稿作品が2桁にも達していなかったと考えると凄く大きな進歩です。

まだまだ少ないかもしれませんが、毎日お気に入りが増えてたり減ったりするのを見るのはとても楽しかったです。

今回の反省点を活かして、またロボット物を書きたいなーとさえ今は思っていたり……。


ここまで読んでくださった皆様方、本当にありがとうございます。

また機会があれば別の作品で逢いましょう。

では、お疲れ様でした。


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