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     EternalBright ②


「―――アッシュベルが、星に選ばれた?」


フリーアイゼンがメシア本部攻略戦を開始する直前、フラムの言葉に対してゼノスは思わず聞き返してしまった。

しかし、こんな状況で冗談を言うはずもないしフラムが根拠もなしに断言するはずもない。


「うむ、機密事項には星の記憶に関する記述がいくつも見受けられた。 星の記憶は神の源と名付けられた無人島からあの男が発見した鉱石だ。

その鉱石こそが後程、我々がエターナルブライトと呼ぶ事となる、言わば原石のようなものだ」


「話が繋がらん、星に選ばれたとはどういう意味なんだ?」


「さあな、その意味を知っているのはそれこそアッシュベル本人以外わかるはずもあるまい。

ただ、私は仮説を立てる事は出来る。 アッシュベルは何らかの理由で星の記憶の力を得ることが出来た。

機密事項によれば星の記憶はアッシュベルの体内に埋め込まれている、確か右胸のはずだ。

アッシュベルは星の記憶から数多くのエターナルブライトを生み出し、後にE.B.Bという凶悪な生物を生み出す事となった……ここまではいいか?」


「ああ」


「しかし、機密事項には奇妙な事が書かれている。 E.B.Bは星の意志によって生まれた生命体だと。

星の記憶がエターナルブライトだとすれば、あの男の主張は何も間違っていないだろう。 少なくとも星の記憶から生まれたというのは事実なのだからな」


「何故、E.B.Bが生まれた?」


「……そうだな、彼の言葉をそのまま借りるのであれば星の意志としか言いようがあるまい。

だが、私は何となく気づいてしまったよ。 恐らくあの男も気づくのにそんなに時間はかからなかっただろうな」


フラムは悲しい目をしながら、静かに語り続ける。

いつものように仏頂面で淡々と語るフラムとは違っていた。


「E.B.Bは人類の天敵として生まれた。 そう、星の記憶から生み出された異形なのだよ」


「―――まさか」


「君も察したようだな。 星の記憶は、E.B.Bを使って人類を滅ぼそうとした。 これが私が導き出した結論だよ」


「そんな事が―――」


ゼノスは思わず言葉を失った、だがフラムの言葉は不思議と説得力がある。

何故星の記憶がそのような事を?

星の記憶というのは生命の始まりから終わりまでが記録されたものだと聞く。

それが鉱石なのかどんな形をしているのかはわからないが、少なくとも星の記憶の中に人類を抹殺しなければならない理由が眠っているという事だろう。


「星の記憶は全生命体の情報が詰まった、いわゆるこの星の命そのものだ。 アッシュベルは生身の人間でありながらも、星の記憶の力を引き継いでしまったのだよ。

機密事項には星の記憶による破壊と再生の繰り返しにより、アッシュベル自らが新たな生命体に進化したと記録されている。

常人であれば触れるだけで死に至るほどの莫大な情報を持つ『星の記憶』に、唯一取り込んで生き残ったのが『アッシュベル・ランダー』という男だ。

だからアッシュベルは、自らが世界に選ばれた存在であると主張している。 だから、アッシュベルはプロジェクト:エターナルを実行に移した」


「………」


ゼノスは目を静かに閉じた。

これまで繰り広げられてきたE.B.Bとの激しい戦いは、アッシュベルではなく『星の記憶』その物が元凶であったとすれば……

アッシュベルに逆らう者は―――世界そのものを否定する事になる。

すると、フラムはゼノスの両肩を握りしめ、鋭い目付きでゼノスと目を合わせた。


「君は、この事実を知っても尚戦う事を選ぶかね?」


人類は星の記憶、つまり星の意志によって滅ぼされようとしている。

アッシュベルはただそれに従い、プロジェクト:エターナルの決行を決意しただけに過ぎない。

しかし、ゼノスの答えは揺るがなかった。


「俺は生きる為に戦い続ける。 例え相手が『星』そのものになろうが、俺は最後まで諦めるつもりはない」


「いい返事だよ、それでこそ君だ。 ならば、最後の君に一つだけ告げよう。

君がその意志を貫く覚悟があるのならば、覚えておいてほしい。 ―――アッシュベルもまた、人間であるという事をな」


「どういう意味だ?」


「いや、今は胸に留めておけばいい。 最初にも告げたが、もしも『その時』が訪れたら、君はただ何事にも惑わされずに私の言葉を思い出してくれ。

おっと、長く話しすぎてしまったな。 そろそろ時間だ、急いでゼノフラムの最終調整を済ませよう」


横並びでゆっくり歩いていたフラムは、歩くペースを早めてワザとゼノスから離れていく。

ゼノスは足をピタリと止めた。


「何故、俺にだけ事実を教えた?」


その言葉を耳にすると、フラムはピタリと歩みを止める。

フラムは振り返って、いつもの仏頂面で告げた。


「責任をあのパイロットばかりに押し付けてられんだろう? 君ならば、一緒に重たい物を背負ってあげられるだろうしな。

世界の一つや二つ……君が背負っても何も問題あるまい」


「―――ああ、そうだな」


フラムと目を合わせると、ゼノスは強く頷いた。








バァンッ!!

迷うことなく、ゼノスはトリガーを引いた。

銃声だけが鮮明に響き渡り、アッシュベルの右胸から鮮血が飛び散る。

辺りは不気味な程の静けさが生まれていた。

まるで時が止まったかのように、晶は言葉も出せずに呆然とした。

甲高い笑い声はピタリと止み、アッシュベルは身体を仰け反らせながら膝をつき、ドサッと倒れる。

ドクドクと赤い液体が広がっていき、晶は思わず腰を抜かして座り込んだ。


ゼノスは何をした? まさか、アッシュベルを、撃った?

何故? アッシュベルが今口にした言葉を、ゼノスは聞いていたはずだ。

星の生命情報と繋がったアッシュベルが死に至った時、世界に何が起きるか?

晶は顔を真っ青にしながら、ゼノスを見上げるが……その決意に満ちた瞳はしっかりと倒れたアッシュベルを捉えていた。


「アッシュベル・ランダー、アンタの負けだ」


「ゼ、ゼノス……?」


ゼノスの言う通り、確かにアッシュベルは撃たれた。

しかし、世界はどうなる? 星の記憶はどうなってしまう?

アッシュベルに死が訪れる事によって、世界中の生命体は―――


「クク、クククッ! クハハハハッ!! ゼノス、ゼノス・ブレイズッ!

そうか、貴様は世界に死が訪れようと……私を殺す事を選んだか……クククッ! 実に面白い男だよ、君はッ!!」


しかし、アッシュベルはまだ死んでいなかった。

フラフラと身体を立ち上がらせ、ゼノスを睨み付けながら銃を突き付け叫んだ。

アッシュベルは先程までとは打って変わり、豹変していた。

口の端を裂ける程つり上げ、目を血走らせて怪しく笑うはまさに狂気そのものを現している。

ゼノスはアッシュベルから目を逸らさずに、銃を構えたまま警戒し続ける。


ダァンッ! ゼノスの背後からもう一発銃声が響いた。

アッシュベルの腕を銃弾が貫き、カクンッと再び膝をつかせる。

ポタポタと血を流しながらも、アッシュベルはギロリとゼノスだけを睨み付けていた。


「……手伝うわよ、ゼノス」


「お前は寝ていろ、ラティア」


「あら、こんな非常事態に寝ていられないわ」


身体をふらつかせながら、ラティアは銃を構えていた。

しかし―――


「姉貴、安静にしてろって―――」


シリアはラティアの顔を見て、言葉を失う。

顔の半分が、既に人の形をしていなかった。

E.B.Bのような赤き瞳に真っ黒な肌に禍々しき紫色が混じりこんでいる。

ラティアの身体にはエターナルブライトは埋め込まれていないはず、なのに何故……E.B.B化が進んでいる?


「姉貴――どうしたんだよ、その顔っ!?」


「今はあの男にだけ集中するのよ」


ラティアはアッシュベルから一切目を離そうとしない。

自分の身体に異常が起きていようが、今優先すべき事はプロジェクト:エターナルの阻止なのだ。

シリアもその意図を理解し、目を閉じて迷いながらも……アッシュベルに銃を向けた。


「アッシュベル、アンタは一つ見落としている。 星の記憶が人類を滅ぼそうとしているのが事実であれば……お前も抹殺されるべき対象である事を。

たかが人間一人が消えうせた程度で、星の生命情報が喪失する事はあり得ない。 プロジェクト:エターナルは、最期にアンタが死を迎える事によって成立するはずだ」


「ククククッ! 未乃 健三が残した劣化コピーで、よくもまぁそこまで辿り着いた物だ。

君の言う通りだ、私という個体が死を迎えようが……世界は何も変わらない、君達がこの場で死ぬのと同じようにな。

だがな―――私の役割は、既に終わっているという事に気づかなかったようだな」


「何……?」


アッシュベルの役割が終わっている?

ゼノスはただの負け惜しみかと思ったが、アッシュベルはそのような事を口にするようには見えない。


『――ス、ゼノス。 応答したまえ、ゼノスッ!!』


制御室からフラムの通信が届いた。

命の柱は既に稼働を止める事に成功したはず、だがフラムは何かを伝えようと必死でゼノスの名を呼んでいた。


「こちらゼノスだ、どうした―――」


ゼノスが映像を受信すると、モニターには身体の半分をE.B.B化させたフラムの姿が映されていた。


「その身体は―――」


『構うな、それよりも聞け。 私達はまんまと奴の罠にはまっていた』


「罠だと?」


『そうだ、プロジェクト:エターナルに必要な者はアインズケイン、ι・フェザー、命の柱の三つだと確かに言った。

しかし、私は見落としていた……何故メシア本部が神の源へ移動する必要があったのかを』


「神の源……」


『命の柱は一つではない、神の源にも存在する……ッ!!』


「何っ!? まさか、神の源から――」


ゼノスは端末を操作し、神の源の全体像を映し出す。

小さな無人島には紫色の光の柱が作られており、その光の柱はメシア本部へと繋がっていたのだ。


「クククッ! 君達がコアルームへ訪れたあの時から、既に私の役割は終わっていたのだよ。

ι・フェザーを通して共鳴反応を引き起こし、私は再び星の記憶へと触れた。

私がここで生み出したエネルギーは既に神の源に眠る『命の柱』――いや、『星の記憶』へと送り込んだ。

後はただ……世界中の人類がエターナルブライト化していくのをただ待つだけなのだよ……クククッ! クハハハハッ!!」


「何という事だ、ただの時間稼ぎだったというのかっ!?」


「君達はまんまと私の策略にはまってくれたよ。 おかげで苦労なく計画を遂行できた……だが、君達は恥じる事はない。

君達は文字通り、世界を救う為に私と戦ってくれた。 そして見事、この私を討ったという事なのだよ。

ま……私を殺す事にもう、意味はないだろうがな」


ゼノスは銃を構えてアッシュベルに放とうとしたが、止めた。

これ以上、アッシュベルの相手をする意味は何もない。

まだ何か打つ手は残されているはずだと、思考をフル回転させていた。


「アッシュベル博士……本当にこれで、いいのですか? 貴方はそうやって、人の優しさを思い出せないまま終わるのですかッ!?」


木葉は死にゆくアッシュベルに、力強く叫んだ。

一時的とは言え、アッシュベルと行動していた木葉にはわかっていた。

アッシュベルは最初から人類に絶望していたわけではない。

だが、未来は変えることが出来ないとわかり―――それでも人という存在を消さないために生み出したのがエターナルブライト化だった。

本当に人類をただ抹殺させるだけならこんな回りくどい真似をする必要はない。

星の記憶の力を持つ以上、他にもいくらでも手段はあるはずだったのだ。


「生命は人の手により終わりを迎える、君達はその事実を受け止める事が出来るのかね?

人が生きる限り、その未来は我々の手で変える事は出来ん、何故それがわからんのかッ!?」


アッシュベルは怒鳴り散らすと息を荒くして、身体をドサッと横に倒す。

星の記憶を目の当たりにしたアッシュベルは、やり方はどうであれど人類を守ろうとしたのは事実だ。

例えどんな手段を使ってでも、人という存在を残そうとした。

だから、プロジェクト:エターナルが生まれた。

状況に困惑していた晶であったが、晶は耐えきれずに体を起こして叫んだ。


「―――アッシュベル、アンタ哀れな奴だよッ!!」


銃を突き付け、晶はアッシュベルを睨み付けた。

だが、アッシュベルは既に横になってほぼ意識を失いかけている。

それでも、晶は続けた。


「アンタは星に選ばれたって言ったな? その時点で間違っているんだよ……アンタは星に選ばれたんじゃないッ!

アンタが見た未来は……ただの警告なんだよッ! 人類によって生命が終わる可能性もあるという、警告なんだッ!」


「警告、だと? クククッ―――何を言う、事実技術の進歩は異常なほど進んできたではないか。

人類は進化しすぎたのだよ、我々の想像を超える程……危険な力を持ってしまったのだッ!

未来を変える事が出来る? 無駄だ、人類が生き続ける限り―――星の未来は変わらんよ」


「何言ってんだ……俺は今まで、何度も未来を変えてきた。 ι・ブレードが見せた『危険察知』でっ!」


「貴様も父親と全く同じことを口にするか……何処までも目障りな男だ、やはり君は――ここで死ぬべきだ」


最期の力を振り絞り、アッシュベルは晶に銃を向けた瞬間――ダァンッ! と一発の銃声が響く。

ゼノスはアッシュベルに向かって、銃を放っていた。


「人類は、学習しない――愚かな、存在―――君達がここで何をしようが―――正しいのは、この私――なのだよ。

ま、精々……あがくがいい……クククッ、クハハハハッ! ハーッハッハッハッハッハッハァッ!!」


最期にアッシュベルは甲高い笑い声をあげると、そのまま息絶えた。

警戒しつつゼノスは銃を突き付けながらアッシュベルへと近づく。

息がない事を確認すると、隠し持っていたナイフを右手に握りしめアッシュベルの胸へと突き刺す。

グチャリ、グチャッと肉を剥ぐ音がすると晶は吐き気を催し両手で口を塞いだ。

カランとゼノスはナイフを捨てると、真っ赤に染まった右手には石のようなものが取り出されていた。


「フラム、命の柱を止めるにはどうすればいい?」


『……方法は一つだけ残されている。 君が握りしめているそのエターナルブライトの原石、『星の記憶の欠片』があれば、何とかなるかもしれない―――』


フラムは突如口を抑え込むと、激しくせき込み始めた。

抑えた右手からは真っ赤な血がポタポタと垂れ落ち、フラムは身をガタンと崩しながらもゆっくりと立ち上がる。


「フラム……」


『すまないな、君は私との約束を守ってくれていたが……私がもう、持ちそうにない。

だから手短に話すぞ……この状況を打破するには―――』


「―――ι・ブレードと星の記憶、ですね」


フラムより先に晶はそう口にした。

不思議と晶は何を告げようとしたのかを理解することが出来た。

今までも散々迷ってきていた、でも艦長やゼノスを始めとして、皆引き止めてくれようとした。

だけど、ついに事態は収拾がつかないところにまで陥っている。

アッシュベルとの戦いを経て、プロジェクト:エターナルの意味を理解した晶は、ついに決断した。


『そうだ、ι・ブレードとアッシュベルが持つ星の記憶を使い、神の源に眠る『星の記憶』本体へと干渉する。

そして、この世界から消し去るんだ。 『エターナルブライト』を、な』


「―――晶、お前ッ!?」


「おい、冗談だろッ!?」


ゼノスとシリアがほぼ同時に叫ぶと、晶は顔を背けて目を閉じた。

父親が残した最後の切り札、アッシュベルのプロジェクト:エターナルを阻止し、世界をE.B.Bの脅威から守れる唯一の手段。

しかし、それが星の記憶の膨大な情報量に触れる事を意味し、人は情報量を受け止めきれずに死を迎えてしまう。

アッシュベルという例外はいたものの、晶はただの一般人であり、身体にエターナルブライトが埋め込まれている訳でもなかった。

そのアッシュベルも身体に星の記憶の欠片を埋め込めていたからこそ、星の記憶本体に生きたまま触れることが出来たのだろう。


「晶、くん? 一体、何をしようというの?」


隣で不安そうな表情で、木葉が晶の腕を抱きしめた。

晶は戸惑った、木葉の前で今自分がしようとしている事を……とてもじゃないが口には出せない。

せっかく一緒に生きようと救い出したというのに、結局残された手段はただ一つだったのだ。

晶の命を犠牲に、世界を救う。 ついに晶は、決意した。


「ごめん、木葉。 俺、どうしてもやらなければならない事があるんだ」


「……やらなければ、ならないこと?」


「―――世界を、人類を救うためにはι・ブレードと俺の力が必要なんだ。

だけど……俺が生きて帰れる保証は何もない、ひょっとしたらそのまま……俺は死んでしまうかもしれない」


「晶くん……? そんな……嘘だよねっ!?」


木葉は目に涙を浮かべながら、晶に向かって叫んだ。

その悲しそうな瞳を、直視できなかった。

あれだけ散々生きろと説得し、命を懸けてまで木葉を助け出したというのに。

今度は自分が、命を投げ出して人類を救おうとしている。


「嫌だよ……せっかく一緒になれたのに、やっと二人になれたのにっ! こんなところで、お別れなんて……絶対嫌だよっ!?」


「木葉――」


木葉の言葉が胸に強く突き刺さる。

晶も同じ気持ちだ、木葉や仲間達と離れ離れにはなりたくない。

だが、ここで動かなければこのまま人類はエターナルブライトと化してしまう。

ここで晶が動かなければ、今まで一体何の為にι・ブレードで戦ってきたのか?

守りたい物を守る為に、戦ってきたはずだ。


「その目、本気なのね」


ラティアがそう呟くと、晶は頷いた。


「俺は人の力を信じる。 例え、人が生き残ることが星の意志に背く事になっても、俺はアッシュベルを否定するって決めたんだ。

だから、証明してやる。 星の記憶を見せた未来、人類であれば変える事が出来ると。 だから俺は、人類の未来を……今ここで繋ぐ」


「―――晶」


身体をふらつかせながら、ゼノスはゆっくりと歩み寄る。

そして、右手に握りしめた星の記憶のかけらを、晶に手渡した。


「それがお前の望みであれば、その意志を貫け。 人類の救世主と、なって見せろ」


「……ああ」


晶の手は震えていたが、渡された星の記憶の欠片をしっかりと握りしめた。

ズキンッ――その途端、晶に激しい頭痛が襲い掛かる。

エターナルブライトとは違い、赤色に輝く鉱石。

触れただけでもこの鉱石がただのエターナルブライトではない事がわかった。

こんな小さな力だけでも、これだけ激しい頭痛が起きるのだ。

晶の身体が無事である保証なんて、なかった。


「だが、最後まで生きる事を諦めるな。 必ず生きて帰って来い、あの子を悲しませない為にも」


「――約束はできない。 だけど、俺は諦めるつもりはない」


星の記憶を握りしめたまま、晶は振り返って歩き出した。

世界を救う為に、ι・ブレードの元へ。


「待って、晶くんっ!」


「木葉?」


木葉は小走りで晶の隣へ追いつき、腕をギュッと抱きしめる。

何も語らずとも、離れたくないという意志が伝わってきた。

だが、ダメだと晶は突き放そうとするが、木葉が泣いている顔を見てしまうと戸惑った。


「少しでもいい、傍にいたいの。 ι・ブレードの前まででいい、私に晶くんを……見送らせてほしいの」


声を掠らせながら、木葉は必死に言葉を絞り出す。

しかし、万が一外でHA部隊に狙われたら元も子もない。

木葉をここから連れ出すのは危険だと思っていたが……突き放せなかった。

晶もまた、木葉を離したくないと思っていたから。


「わかった、ι・ブレードの前までなら……」


「……ありがとう」


晶は木葉の手を握りしめ、一歩一歩ゆっくりと歩み始める。

その決意が揺らぐ前に、アッシュベルと本当の意味で決着をつける為に。

ゼノスはそんな二人の背中を、静かに見守っていた。


「いいのかよ、ゼノス。 本当に、晶が死んじまうのかもしれねぇのにっ!?」


「……晶自身が決めた事だ、俺達がどうこう言っても仕方あるまい」


「アタシ、やっぱり止め―――」


「やめろ」


シリアは晶を引き留めようと走り出すが、ゼノスはシリアの腕を力強く掴んで離さなかった。

よく見るとゼノスの腕は小刻みに震えている、本当はシリアと同じ気持ちではあるのだが……無理やり押さえ込んでいたのだ。


「うっ―――」


すると、ゼノスは突如胸を押さえて倒れこんだ。


「おい、ゼノスっ!? しっかりしろ―――」


倒れたゼノスを抱え込もうとしたが、メキメキッと嫌な音を立てながらゼノスの半身が異形へと姿を変えていく。

E.B.B化の進行が加速し始めていた。


「あ、姉貴……ゼノスが―――」


シリアはラティアが怪我人だという事も忘れて助けを求めようとするが、ラティアもまた……ゼノスと同じ状態に陥っていた。

このままE.B.B化が進めば二人は―――


「クソ、クソッ! どうすりゃいいんだよ……アタシはっ!」


無力な自分に腹を立て、シリアは叫んだ。

何もできない自分に腹立ち、自身の身体を何度も殴りつける。

両手で頭を掻きむしりながら、シリアはその場で膝をついた。


「……晶、アンタならやってくれるんだよな。 皆を、救ってくれるんだよな?

なら、アタシは信じてるからな……皆救って、笑顔になって……晶が無事帰ってくるのを、信じてるからなッ!!」


シリアは晶に願いを託し、叫んだ。










時間はそれ程経ってはいない、しかしここに来るまでの距離は随分と長く感じた。

狭い通路を木葉と二人で歩んでいき、瓦礫の山を避けながら進んでいき、ι・ブレードの元へ辿り着く。

二人が立ち止まると、木葉は晶から離れてι・ブレードを見上げる。

何度見てもHAというのは大きな存在だ。

E.B.Bと戦う為に生み出された兵器、しかしその技術力こそが世界中の生命を危険に晒す。

それでも、晶は人類の存続を望んだ。

ι・ブレードを通じて、人の痛みと優しさを知ったから。


「ι・ブレードと星の記憶を使い、共鳴反応を起こす事で星の記憶に干渉するんだよね」


「……ああ。 多分、親父が用意した『ラストブレード』を使えば――」


アインズケインを一撃で葬った力、あの凄まじい一撃を思い返すとアッシュベルの言葉が間違っていないというのはよくわかる。

しかし、道具というのは使い方次第で変わるのだ。

HAを対E.B.Bとして運用する者もいれば、戦争の道具として使う者がいたように――


「ι・ブレードと共鳴できれば……この状況を何とかする事が出来る、そうなんだよね?」


「そうだ、だから――俺は」


何故、木葉は必要以上に何度も聞き返してくるのか。

その時、晶はそこまで疑問を抱かなかった。

そろそろお別れの時も近い、木葉を一緒に連れて行く訳にはいかない。

ここから先は、一人で戦う。

晶は木葉に語りかけようとした瞬間、木葉はキッとι・ブレードを強く睨み付けた。


「私でも、ι・ブレードと共鳴する事は出来るッ!!」


木葉は隙を狙って、晶が握っていた星の記憶を奪い取ってι・ブレードのコックピットへと向かい走り出した。

まさか木葉は――


「木葉、木葉ッ!?」


一瞬の出来事で思わず呆然としてしまった晶は、急いで木葉の事を追いかけた。

木葉はそのままコックピットへと飛び移り、ι・ブレードの出撃準備を始める。

だが、ι・ブレードは晶がいなければ起動するはずがない――と思いきや、駆動音が耳に飛び込んできた。

木葉にもι・ブレードが稼働できた? いや、共鳴する事が出来ると考えれば何も不思議ではない。

このままではまずいと、晶は必死でコックピットに飛び移ろうと飛び上がる。

ハッチが閉められる直前、晶は身体を挟ませながらも何とか乗り移る事に成功した。

勢い余ってコックピットへ転がり込んだ晶は思いっきりコックピットの床面へと頭を打ち付ける。

既に木葉はシートに座り、スロットルを握りしめてι・ブレードを出撃させようとしていた。


「木葉、何のつもりだっ!?」


「……ダメだよ、晶くんはここで死ぬべき人じゃない。 晶くんには私と違って、まだまだ未来が残されている」


「だからと言って―――」


「私、もう十分満足したよ。 最後に晶くんと分かり合えて、本当に嬉しかった。

もし、晶くんが私の事を助けてくれなかったら……きっと、アッシュベル博士と同じように、人を信じられずにいたかもしれない」


「木葉……どうしてだよ、木葉ッ!?」


木葉は晶の代わりに死のうとしている、世界の為に。

しかし、晶は認めることが出来なかった。

せっかく助け出したのに、こんな形で木葉に命を失ってほしくはない。

それに世界を救うのは、父親の意志を引き継いだ晶の役割でもあるはずなのだから。


ガァァァンッ!! コックピットが激しく揺れると、ι・ブレードはメシア本部の外へと飛び出していた。

外では未だに激しい戦闘が繰り広げられている、敵HAの間を切り抜けながら、木葉は神の源へ向かってι・ブレードを進め続ける。

モニターには、先程コアルームの制御室から見たのと同じ光景が繰り広げられていた。

メシア本部の真下に浮かぶ小さな島から、紫色に輝く光の柱が伸ばされている。


「晶くん、私の分まで……しっかり生きてね。 晶くんが守ったこの世界を、どうか見届けて……」


「木葉……待ってくれッ!」


木葉が星の記憶を両手で強く握りしめると、星の記憶は赤い輝きを放ち始める。

そしてι・ブレードもその光に反応し、コックピットを赤く灯し始めた。

晶は木葉から星の記憶を取り返そうと手を伸ばすが、バチィンッ! と、強い力に弾き飛ばされてしまう。


「母さん……ダメだ、木葉を止めてくれっ! お願いだッ!!」


必死で晶は叫ぶが、木葉はひたすら目を閉じて精神を集中させ、ι・ブレードは白い輝きに包まれていく。


「クッ、どうすれば――っ」


ガァンッ!! 突如、コックピットが激しく揺れて、晶は壁に叩き付けられた。

敵機に気づかれたのか? と体を起こし、モニターに目をやると……そこには信じられない光景が広がっていた。


「―――何だ、あれは?」


光の柱から、紫色の粒子が飛び出し徐々に何かを形成していく。

グルグルと綺麗な紫色は徐々に、黒き巨大な異形を形成し始める。

その姿は巨大な影のようにも見えて、何処か人の形のように見えた。

E.B.B、とは違う。 ι・ブレードの前に、一体何が現れたというのか?

晶は目の前に現れた巨体を、呆然と眺めていた。


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