第30話 EternalBright ①
新生メシア本部隊による、フリーアイゼンの制圧が始められていた。
内部に送り込まれた武装部隊は次々とフリーアイゼンを制圧していく。
通路には銃声が響き、次々とクルー達が射殺されていく。
彼らは、艦を守ろうと艦に残りメシア兵と最後まで戦い続けていた。
だが、抵抗も虚しく仲間は次々と倒れて行き、ブリッジルームの入り口に敵部隊が集結していた。
もはや艦が制圧されるのも時間の問題、それでもクルー達は艦から降りようとせずに諦めずにいた。
「―――すまないな、お前達」
自らも武装をして身を隠していた艦長は、ブリッジルームに残ったヤヨイ、ライル、リューテの3人にそう告げた。
新生メシア兵の侵攻に気づいたライルとリューテは真っ先に艦の要であるブリッジルームへと駆けつけてくれた。
だが、今度こそ奇跡は起きない。
外での戦いも激闘が繰り広げられていて、世界中から集められたメシア兵達も苦戦を強いられている状況。
HA部隊も今、プロジェクト:エターナルを阻止すべく戦っているはずだ。
「ヘッ、確かに今度ばかりは終わりかもしれねぇな」
「おい、ライル―――」
「だが、後悔はしてねぇさ。 それにまだ終わってもいねぇ、だから最後まで……生きる為に戦うさ」
山積みになった銃の調整を続けながら、ライルは呟いた。
あの強い意志の籠った瞳は、全てを受け入れる覚悟に満ちた瞳だ。
もはやこれ以上の言葉は必要あるまいと、リューテは口を閉ざした。
すると、突如ブリッジルームに銃声が響き渡り扉がぶち破られた。
ダダダダダッ、と一斉に何十人もの兵の足音が耳に飛び込む。
「……ったく、人を撃つってのは―――そんないい気分じゃねぇんだけどなぁっ!」
ライルは身を乗り出し、メシア部隊へと向けて銃を放つ。
バババババッ! 銃声が鳴り響き、モニターが破壊され、制御機器が次々と破壊されていく。
バァンッ! ライルの右肩を銃弾が一発貫通すると、即座に身を隠しライルは右肩を押さえつけたまま苦しんだ。
「おい、大丈夫かっ!?」
「チッ、一発貰っちまった……だが、まだやれ―――」
右肩を抑え続けていたライルは、ふと右肩に何か違和感を抱く。
つい数秒前まで激痛が走っていた右肩から、何故か痛みが消えたのだ。
恐る恐る左手を離していくと、掌は真っ赤な血がべっとりとついていた。
だが、右肩を見てみると―――
「ライル、その腕はっ!?」
「……俺の身体に、何が起きたってんだ?」
ライルの右肩は、一瞬のうちに真っ黒な異形へと姿を変え始めていたのだ。
禍々しい腕の色といい、この特徴はE.B.Bと共通点が多い。
――エターナルブライトを埋め込まれた人間に見られる、E.B.B化そのものであった。
しかし、ライルは過去にエターナルブライトを埋め込まれた記憶がない。
いや、仮に埋め込まれていたとしても驚異的な再生力を実感したことがなかった。
掠り傷が一瞬で治るような事もなければ、どんな病気も一瞬で治癒される事もない。
一般人と何ら変わりのない身体だったはずだというのに。
「まさか……プロジェクト:エターナルの影響だというのか?」
いよいよ動き出したアッシュベルの恐るべき計画の前兆を目の当たりにしたリューテとライルは、背筋が凍りつくかのような寒気を感じた。
メシア本部のコアルームに不気味な静けさが漂う。
ラストブレードの一撃により、アインズケインは完全に機能を停止していた。
壁に激しく叩きつけられ、光の刃で抉られた箇所からバチバチッとスパークを散らす。
晶は木葉を通じて、ι・ブレードの最大限のスペックを引き出す事に成功した。
父親が生み出したした対アッシュベルの切り札は、ι・ブレードのムラクモにあった。
ιシステムによりι・ブレードの一定距離内にある全てのエターナルブライトに干渉し、ムラクモに力を集結させる。
それによりムラクモ解放を超える凄まじい一撃を解き放つ事に成功したのだ。
だが、ラストブレードと名の如く、ι・ブレードはたった一撃で限界を迎えていた。
一撃を解き放った後に、ι・ブレードの出力が不安定となり、地上へと不時着していたのだ。
「終わった……のか?」
晶は注意深く周囲を確認しながら呟く。
アッシュベルの反応はなく、周囲のリビングデッドも動く気配はない。
既に決着はついた、しかし―――命の柱は未だ稼働を続けている。
「命の柱が―――」
「……クッ、止めないと」
晶は木葉を片腕でギュッと抱えながら、スロットルを掴んだ。
ι・ブレードはまだ機能を完全に停止させたわけではなく、僅かながらその身を動かすことが出来た。
当然、満足に戦える状況とは言えない。
晶にできる事はせいぜいブラックホークを命の柱に向ける事が限界だった。
『晶、聞こえるか?』
「ゼノス? 無事だったのかっ!?」
ι・ブレードからゼノスの通信が届くと、晶は声を返した。
しかし、ゼノフラムは既に大破しており、身動きを取れる状態には見えない。
辛うじて通信だけを行うことが出来たのだろう。
『アインズケインは沈黙した。 だが、俺達にはまだやるべき事が残されている。 ……制御室へ向かうぞ』
「制御室?」
『そうだ、命の柱を止めるにはこの先にある制御室から操作するしかあるまい。 時間がない、急ぐぞ』
「ああ、わかった」
晶は通信を切ると、コックピット内から対E.B.B用の武装を取り出し、身に着ける。
「木葉はここで待っててくれ、外よりもι・ブレードの中の方が安全だ」
「ううん、私も行くよ」
「ダメだ、木葉は―――」
「もう、一人は嫌なの……足をひっぱうちゃうかもしれないけど……晶くんの傍に、いちゃダメかな」
木葉は俯きながら呟いた。
確かに木葉を一人置き去りにするよりかは近くにいた方が安全かもしれない。
それにここまで言われてしまって、木葉を置き去りにする事は晶にはできなかった。
「わかった、行くぞ」
「……うん、ありがとう」
晶は木葉に手を差し伸べると、木葉はニッコリと微笑んだ。
バァンッ! バァンッ!
フリーアイゼンの一室に潜入した新生メシアの兵達が、次々と中に撃たれて倒れて行った。
そこはフラムが機密事項の解析に使っていた部屋だった。
兵の大半がブリッジルームの制圧へ向かっている中、残りの兵達はフラムの捜索を平行させていたのだ。
未乃 健三が用意した機密事項のコピーと言えど、アッシュベルはそれの解析を行ったフラムを危険視していたのだろう。
メシア本部の制圧を行うと同時に、新生メシア兵達にフラムの暗殺を命じていた。
このような修羅場を何度も乗り越えてきたフラムは、全てのメシア兵達を銃一つで返り討ちにし続けた。
だが、既に何発か銃弾を受けており、脇腹から血がドクドクと流れ続けている。
白衣の上から傷口を抑えながらも、フラムはデータの解析を続けていた。
命の柱を止める鍵は、メシア本部の制御室にある。
直接的な操作が外部からは不可能な以上、頼れるのはゼノス達しかいない。
これからゼノスと連携を取りながら、命の柱を止める為の最終作業に入らなければならない。
それまでは、倒れる訳には行かなかった。
「命の柱さえ止めれば、奴の計画は―――」
端末の操作を続けていたフラムは、ふとその手を止めた。
メシア本部と繋がっている厳重なセキュリティがかけられたデータベース。
フラムは過去にメシア本部で働いていた事もあり、本部内のデータベースについては全て把握しているつもりであった。
しかい、このようなものは見たことがない。
何者かにより新たに作られたのか――いや、考えるまでもない。
アッシュベルが用意したという事実は間違いない。
問題は、そこが何のために作られたのか? という事だ。
アッシュベルの計画は全て機密事項に残されており、その情報についてはメシア本部内に厳重に保管されているはず。
「……神の源」
何故、アッシュベルはわざわざ神の源にまで訪れてプロジェクト:エターナルを始動させたのか?
命の柱、ι・フェザー、アインズケインの三つが揃っていれば―――理論上、地球上の何処にいても計画を実施する事は可能だというのに。
「まさか―――」
そう、フラムは完全に見落としていた。
星の記憶が眠っていたと記録されていた、『神の源』という存在を。
その時に、既に手遅れであったと気づくのはそう遠くない未来だった―――
晶は木葉の手を握りしめながら、慎重にι・ブレードから一緒に降りていく。
瓦礫やリビングデッドの間を抜けながら、走り続けるとシリアとラティアの姿があった。
「シリアっ!」
シリアが無事だったことに安心した晶ではあったが、ラティアはシリアの肩に身を寄せて倒れている。
よく見ると頭から血を流していた。
幸いシリアは重傷を負っているようには見えないが、恐らく再生力に助けられたのだろう。
「晶? よくやったなっ! ちゃんと取り戻せたみたいだな」
「ラティアさん――ひどい傷じゃないか、大丈夫なのか?」
「……一応意識はあるんだけどよ、何処かで安静にさせねぇと――」
「私に構わないで……早く、命の柱を―――」
心配そうな表情を見せるシリアに対して、ラティアは声を掠れさせながらもそう呟くだけだった。
このままではラティアの身が危ないというのは、恐らく自身もわかっているはずだ。
だが、それ以上に世界が危機に陥っている状況であるのも事実。
ラティアは状況を理解しているからこそ、そう告げていた。
「とにかくここは危険だ、こんなところでHA部隊に狙われちゃ敵わないからな。 制御室まで行けば姉貴を休ませることもできるだろ」
「……ああ、そうだな」
晶は不安そうにしている木葉の手をギュッと強く握りしめた。
大丈夫だと安心させようとした意志が伝わったのか、木葉はコクンと強く頷く。
シリアと共に、晶は制御室へと向かっていった。
コアルームの奥にある長い階段を上っていくと、そこには小さな扉がポツンと用意されている。
扉にはロックがかけられていたようだが、何者かによって破壊された跡がある。
恐らくゼノスが先に向かっているのだろう。
念の為晶は銃を握りしめつつ、薄暗く細長い通路を周囲を警戒しながら進む。
カタカタカタと、キーを叩く音が聞こえ始めると、その先はブリッジルームのような光景が広がっていた。
巨大なスクリーンに制御機器の数々の中心に、ゼノスが一人通信を取りながら作業を続けていた。
「どうなんだ、ゼノス?」
「ああ、フラムのおかげで命の柱については何とか片付きそうだ。 これを止めることが出来れば、奴の計画を完全に阻止する事が出来るだろう」
作業を続けながら、ゼノスはシリアに問いに答えた。
どうやら制御については順調に進んでいるようだ、一安心したシリアはラティアをしばらく休ませようと静かに横にする。
晶は何か不安を抱きながらも、周囲をしきりに気にしていた。
「……っ!」
すると、ゼノスが突如作業を中断して晶の前へと立つ。
バァンッ!! 一発の銃声が響くと、ゼノスの左肩から血が噴き出す。
「ゼノスッ!?」
「クッ―――」
左肩を抑えながら、ゼノスは膝をついてカクンと倒れた。
「大丈夫か、ゼノスっ!?」
「俺の事なら後にしろ、それよりも奴から目を離すな」
ゼノスはギロリと何かを睨み付けながら顔だけはしっかりとあげている。
その目線の先には、不気味に笑う白衣の男……アッシュベルの姿があった。
「やはり、あの時君をすぐにでも殺しておくべきだったよ……未乃 晶、はっきりと告げよう。 私は君と君の父親の事を侮っていたよ」
「アンタが撃ったのか、ゼノスをっ!?」
「私は君を狙った、あの男が勝手に庇っただけにすぎん。 なぁに、エターナルブライトを埋め込まれた体だ、銃弾の一つや二つでは死ぬことはあるまい。
大した痛みではないだろう、ゼノス・ブレイズよ」
「アッシュベル……ッ!!」
「よくもまぁノコノコとアタシ達の前に姿を現したもんだね、観念しなっ!」
晶は両手に銃を握りしめ、アッシュベルへと向けた。
続いてシリアも銃を向けるが、アッシュベルは平然と笑うだけだった。。
「命の柱は活動を停止した、後はお前を残すだけだ……アッシュベル」
ギロリと睨んだまま、ゼノスはアッシュベルにそう告げるが、アッシュベルはやれやれと呟く呆れた表情を浮かべていた。
「君達は確かにアインズケインに勝利したよ、まさかあのHAが破壊されるとは夢には思わなかったがね。
しかし、はっきりと告げよう。 君達は私を殺す事も出来ないし、プロジェクト:エターナルを阻止する事も出来ない」
「どういう、ことだ?」
「君は真実を知りたいかね、それとも……このまま全てを闇に葬り去り、その銃で私を撃ち抜いてみるかね?」
アッシュベルの言葉に惑わされるなと、晶は自分に強く言い聞かせていた。
銃のトリガーを引けば、長き不毛な争いに終止符を打つことが出来る。
ここでアッシュベルが倒れれば、全てが終わるはずだった。
―――だが、晶の手は震えて引き金を引くことが出来ない。
ただ単にアッシュベルを恐れているのではなく、人を殺す事に怖気づいたワケでもなかった。
……プロジェクト:エターナルの真の意味、それを知っているのはアッシュベルただ一人なのだ。
それを知らずにこのままアッシュベルを撃つなんてことは、できなかった。
晶は静かに銃を降ろして、ただアッシュベルの事を睨み付けた。
「おい、晶? コイツの言う事を信用するのか?」
「―――ごめん、ちょっとだけ話を聞かせてほしい」
アッシュベルが語る言葉が真実とは限らない、だけど……アッシュベルは気になる言葉を何度も繰り返し続けていた。
人類は愚かであると。
何故、人類の進化を求めるはずのアッシュベルが……そこまで人を見下すのかが、気になっていたのだ。
「うむ、君は父親と違って素直なようだね。 ならば全てを語ろう、真実を知れば君達は……いかに自分達が愚かであったことを知るはずだ」
ニヤリとアッシュベルは笑うが、晶は表情一つ変えずにただアッシュベルの事を睨み付ける。
思わずアッシュベルはため息を交えながら続けた。
「星の記憶は全ての生命の始まりから終わりまでの生命情報の事を指す。 本来であればその力は具現化するはずもなく、表向きに姿を現す事はなかった。
……生命の危機を知った星は、自らの世界の運命を変える為に動き出したのだよ」
「世界の、運命?」
「私はかつて名も無き無人島で、ただ一人研究に没頭していた。 人類を新たな進化に導くにはどうすればよいのかを?
世の中には優れた人間というのは一握りしか存在しない、そう……私のような天才というのは、数億人と存在する人類の中で……たったの一握りしか存在しないのだよ。
私はその事が疑問で仕方がなかった、何故人間というのはここまではっきりとした能力の差が生まれるのかというのを。
だから私は進化を求めた、世界中の人間が私を超える存在にする為にはどうすればよいかを、ひたすら研究し続けた。
しかし、答えは見つからなかった。 人類を進化させる方法は、天才の私にでも思いつかなかったのだよ」
アッシュベルは淡々と語り始めた。
自らを天才と名乗るが、それが事実である事には変わりがない。
アッシュベル・ランダーは世界的にも有名であり、誰もが認める天才科学者であったのだから。
「そして、私はついに運命の出会いを果たした。 ……私が求めていた力を、『神の源』で見つけたのだよ。
始めはただの綺麗な色をした石ころのように見えた、だが私はそれをただの石ころだとは思えなかった。
私の長年の夢を叶えてくれるに違いないと、私は研究を続けた。 ……そして私は、選ばれた」
「……その石が、星の記憶なのか?」
「その通りだ。 私は舞い上がって喜んだよ、この力があれば人類を進化させることは容易いと。
超人的な肉体に天才的な頭脳、そして死ぬことのない身体を持つ事により人類は新たな時代を迎えると信じていた。
―――だが、私は星の記憶に触れて、自らの過ちを知ったのだよ」
「星の記憶に、触れた?」
フラムの話と矛盾している、星の記憶に触れた人間は莫大な情報量を受け止めきれずに死に至る事があると。
ところがアッシュベルはそうではない、星の記憶に触れながらも……現に生きているのだから。
「そうだ、私は星の記憶に触れて何百回、いや何千回にも及ぶ生と死を繰り返し続けた。
星の持つ膨大な情報量に体中が破壊し尽くされ、星の記憶が持つ驚異の再生力により私は肉体と記憶の再生を強制的に繰り返されてきた。
――そして私は、星の記憶を通じて生命の終わりをこの目で見てしまったのだよ」
「生命の終わりだって……?」
「そう、この星の生命は―――人類の手によって、絶滅してしまった」
「え―――」
晶は言葉を失った。
人の手によって、星の生命が絶滅した。
とてもじゃないが、そんな事を晶は信じられなかった。
「人類の手によって……? 何を言っているんだ―――」
「信じられないかね、自らの文明がこの星の生命を破壊する『未来』を。 今もこうして外では激しい戦争が繰り返されているのではないかね?」
「そ、それは……お前がそう仕向けたから―――」
「ほう、私が仕向けたから戦争は起きたと? ふむ、ならば君は過去に起きた全ての戦争も何者かの意志によって引き起こされた者だと主張すると?」
「過去の話が関係あるものかっ!」
「何故過去が関係ないのだ? ククッ……やはり君のような阿呆に話しても無駄だったようだな」
必死でアッシュベルの言葉を否定しようとするが、アッシュベルはただ嘲笑う。
晶はこれ以上何も言葉が出ずに、ただ悔しそうに歯を食いしばるだけだった。
「いいかね、過去の歴史から見ても……世界は戦争によって動かされてきた。 その度に世界は傷つけられ、多くの命が失われ続けている。
なのに、人は平然と同じ過去を繰り返すのだ。 多くの命が失われようとも、目先の欲にとらわれて争い続ける……それが人の性なのだよ。
そう、人は戦争で『進化』しすぎてしまったのだよ。 このまま人が戦い続けて、技術ばかりが進化し続けてしまえば―――この星は死の星と化す」
「何言ってやがるんだ? いくら人と言えど、地球上の生物を絶滅なんてできるはずねぇだろ?
人類はバカばっかりじゃねぇ、自分の住む星が危険とわかれば―――」
アッシュベルの言葉に納得が出来なかったシリアは、頭を掻きむしりながら告げた。
ゼノスはただ顔を俯かせるだけだった。
「E.B.Bを倒す為に急激な進化を遂げたHAの技術を目の当たりにしても、同じ事を言えるかね?
「E.B.Bが力を増す以上、仕方がない事だろ?」
「本当にそうなのかね、君達は今まで誰と戦ってきた?」
ニヤリとアッシュベルが尋ねると、シリアは思わず目を背けてしまう。
確かにメシアはE.B.Bと戦い続けたが、そのうち標的はアヴェンジャーやメシア本部と『人』へ変わってきたのだ。
「そもそもだ、君達は何故E.B.Bが人にしか襲い掛からないのか疑問に思わなかったのかね?
あれは星の記憶が生み出した自己防衛の手段だ。 意図的に人類の天敵を作り出す事により、星は自らの運命を変えようとした。
つまり人類の抹殺は星の意志なのだ、私は星の代弁者に選ばれただけに過ぎない。
君達の好きな言葉を使うのなら、私は『救世主』として選ばれたのだよ、星の記憶によってな」
「―――だからと言ってッ!!」
晶は耐えきれずに、アッシュベルに銃を向けた。
人類が自らの技術で生命を絶滅させる、そんな事有り得ない。
何故なら晶はι・ブレードで確かに感じたのだ。
人の持つ『想い』そのものを―――
「待って、晶くんっ!」
木葉は晶の両手を必死で抑えて、銃を無理やり下げさせる。
晶はハッとすると、頭を冷やそうと深く深呼吸をした。
「アッシュベル博士、貴方も最初は私達と同じだったはずですよね?
例え星の記憶が見せた未来が真実であろうと……その未来を変える為に、皆に過ちを気付かせる為に動いていたはずです」
「小娘が生意気な事を言うな、私は人類に絶望していた。 だから星に変わって、人に裁きを下すと決意をしただけに過ぎん」
「違います……貴方は人が自らの過ちに気づくと信じていたはずです。 最初から人類を滅ぼすつもりなら……どうして、HAなんて開発したんですかッ!?」
「HA? ククッ、おかしな話だ。 私は確かにHAの開発に携わっていた。 だが、最初にHAを発案したのは私ではない」
「そんな事ありません、人類を導く星となる為につけられた『エターナルブライト』
E.B.Bによって絶望していた人類に希望を持たせる為に生み出された『ホープアームズ』……その名をつけたのは、貴方のはずです」
木葉は真っ直ぐな瞳でアッシュベルと目を合わせながら、力強く告げた。
人類の切り札として生み出されたHAを開発したのは、アッシュベル。
確かにアッシュベルは過去にエターナルブライトを世間に公表していた。
得体の知れない未知なる力を何よりも理解していたアッシュベル以外に、エターナルブライトを動力源とした兵器を生み出すとは考えにくい。
だが、木葉の話には矛盾がある。
アッシュベルは人同士を争わせる為に意図的にアヴェンジャーとメシアを戦わせていたはずだ。
木葉の言う通り人類を信じていたというのならば、わざわざ戦争に仕向けるような行為を働くはずがない。
バァンッ!! アッシュベルは木葉に向けて銃を放った。
「木葉っ!?」
「大丈夫、外してくれてる……」
木葉の言う通り、弾はわざと外されている。
木葉は銃を向けられても一切動じずに、アッシュベルから目を決して離さなかった。
「本当に人類を絶滅させるなら、プロジェクト:エターナルなんて回りくどい真似をしなくても……星の記憶と繋がっていた貴方にならいくらでも方法はあったはずです。
貴方は人を信じていた……でも、戦争を繰り返す人類に絶望してしまった。 だけど、貴方は人類の存在そのものを消し去ることが出来なかった。
貴方には人を消す覚悟がなかった……非情になりきれなかった、だから貴方は人をエターナルブライト化させようとした……違いますか?」
「小娘、私は人類を消し去る前に自らの過ちに気づかせてやろうとしただけにすぎん。 無論、愚かな人類は未だに自らの過ちに気づいている事はないがな」
「ふざけんなよっ! アンタが戦争の火種を作り出しといてよく言うっ! 確かにアンタの言う通り、人は過ちを繰り返してきたかもしれない、だけど……人類全てが争いを好んでいるはずがないだろうがっ!
メシアは人類をE.B.Bの脅威から守る為に命を懸けて戦い続けた、皆それぞれ大切な物を守る為に戦い続けた……俺だって、艦や皆を……木葉を守る為に戦った」
「ククッ、君はやはり父親そっくりだな、君の父もそうやって人の心を信じ続けてきた。
だが……その力こそも、星にとっては脅威であるという事に何故気づかない? 誰かの為に戦う力であれば、例え世界が危険に晒されても構わないというのかね?
だとしたらやはり君は愚かだよ……物事を善と悪でしかとらえていない証拠だ。
君が善と判断すれば、例え莫大な、それこそ世界を壊しかねない力を生み出したとしても……『正しい』力と言えるのかね?」
「俺はアンタとは違う、人の可能性を信じる。 メシアの人達が世界の危機を知り駆けつけてくれたように、力を正しく使う事が出来るという事を証明してやるっ!」
「ふむ、君はあくまでも自分が正しいと主張し、自分の行い全てを『善』と、私を『悪』と決めつけるか。
ならば、君が本気で自分が正しいというのなら……この私を撃ってみるがいい」
アッシュベルは両手を上げて、ニヤリと不気味な笑いを浮かべる。
木葉が隣で心配そうな顔を浮かべながらも、晶は額から汗を流し両手で銃を構えた。
「おっと、撃つ前に一つだけ君に教えてあげよう。 私は星の記憶を受け継いだというのは事実だ、無論それは私が星の記憶その物と繋がっている事を意味指す。
星の生命情報と繋がった私が……ここで死んでしまったら世界がどうなってしまうか、じっくりと考えるがいい」
「――ッ!?」
ようやく、晶はアッシュベルがいつでも余裕を見せた笑いを浮かべている理由がわかった。
始めからアッシュベルを殺す事は出来ない、何故ならアッシュベルの死は全生命体の死と直結してしまうから。
だからアッシュベルは強気な態度で、余裕を見せていたのだ。
最初に告げられたアッシュベルの言葉、「君達には私を殺す事も出来ないし、プロジェクト:エターナルを阻止する事もできない」には、そんな意味が込められていたのだ。
「お、おい……晶」
シリアは困惑したまま、晶の顔を心配そうに覗き込んだ。
銃をアッシュベルへと向け、緊迫した空気が刻一刻と流れる。
「どうしたのかね、君には私を撃つ事は出来ないか? ククククッ、クハハハハハッ!!」
アッシュベルは甲高い笑い声をあげた。
「……晶」
ゼノスは肩を抑えながら、ゆっくりと身を持ち上げる。
ゆっくりと手を放すと、E.B.B化が進んでしまったのか異形へと変化し始めていた。
その左肩はまさに、ガジェロスが持つ異形と似たような形をしている。
「ゼノス、まさかE.B.B化がっ!?」
身体をふらつかせながら、ゼノスは晶の肩に左手をポンッと乗せた。
「―――世界の運命を、お前だけに背負わせん。 俺が……いや、俺達が一緒に、背負ってやる」
「ゼノス? な、何を――」
ゼノスはアッシュベルへ銃を向けて、そう呟いた。
そして晶と顔を合わせて、微笑んだ。
……初めて見せてくれた、ゼノスの笑顔だった。
「ゼノス……ダメだ、ゼノスッ!!」
バァンッ!
メシア本部のコアルーム制御室にて、一発の銃声が響き渡った。