最後の剣 ②
ソルセブンを中心に、メシア本部周辺では激しい戦いが繰り広げられていた。
世界中から集められてきた各地の新生メシア支部の部隊とアヴェンジャーの残党でメシア本部の部隊を抑え込んではいるが
それでもメシア本部の勢いが止まる事はない。
敵部隊は数を増加させる一方で、ソルセブン側が不利へと陥ってしまっていたのだ。
アッシュベルは個人でこれだけの戦力をメシア本部に抱えていたという事なのだろう。
敵機の数は旧メシアにおける本部隊よりも圧倒的な数だったのだ。
「クッ……アッシュベル、これ程の戦力を蓄えていたとは……。 だが、彼らが戦っている以上、ここで弱音を吐くつもりはないっ!」
フリーアイゼンは世界を守る為に、あれ程巨大なメシア本部をたった一隻で落とそうとしていたのだ。
そんな無謀な事を本気で決行した彼らを見捨てる訳には行かない、世界が危険に晒されている以上……メシアが動かなくて誰が動くというのか。
イリュードもフリーアイゼンに続こうと必死で戦い続けていた。
「艦長っ! これを見てください……っ!」
「何……? あれは―――」
オペレーターがモニターにメシア本部の映像を映し出すと、建物全体から何やら紫色の霧のようなものが吹き出し始めていた。
ただ霧のようには見えない、あの禍々しい紫色は何処かE.B.Bと似た雰囲気をイリュードは感じ取る。
「――あの霧、一体何だというのだ?」
メシア本部から噴きだされる紫色の霧を見て、イリュードはただ呆然と立ち尽くすだけだった。
晶はモニター超しからアインズケインを睨み付けていた。
神々しく輝く巨体は、従来のHAとは違い小回りが利かないタイプであろう。
そうなると、フェザークイーンやゼノフラムのように重武装の火力に特化した構造のはず。
大きさに騙されるな、決して勝てない相手ではないと晶は自分に言い聞かせ続けていた。
ズキンッ、その瞬間晶の頭に激しい頭痛が走る。
アインズケインから多量のフェザーコアが飛ばされる映像だ。
先程とは比べ物にならない数を前にして、晶は思わず背筋をゾクッとさせる。
振り切れるか? 映像が終わると同時に、スロットルを押し込んでι・ブレードは空高く急上昇する。
映像の通りに凄まじい数のフェザーコアが飛ばされると、一斉にバラバラに飛び散って周囲を無差別に攻撃し始めた。
予測不可能なフェザーコアの動きに、コックピットから青い光が点滅され続ける。
ガァンッ! ガァンッ! 一発、また一発と死角からフェザーコアが襲い掛かりコックピットがグラリと振動する。
ブラックホークで撃ち落そうとするものの、一つ一つの動きが不規則すぎて捕えることが出来なかった。
『下がれ、晶っ! 圧縮砲を使うっ!』
晶はゼノスの通信を確認すると、フェザーコアをムラクモで斬り払いながらゼノフラムの背後へと非難する。
ι・ブレードの隣をギュンッと高速で2機のブレイアスWが通り過ぎていく。
ι・ブレードにも負けない機動性を活かし、ブレイアスWはライフルでフェザーコアを上手く撃ち落し続けていた。
『狙いは……貴様だ、アッシュベルッ!!』
圧縮砲の充電を終えると、ゼノフラムの砲台からカッと赤き閃光が走る。
バチバチィンッ!と激しく火花を散らすと、フェザーコアはまとめて大破されていった。
圧縮砲はそのままアインズケインへと目掛けて発射されていったが、突如周辺に真っ赤な光の壁が出現し、圧縮砲をいとも簡単にかき消してしまった。
「あれは……ι・フィールドかッ!?」
『ククッ、その通りだ。 ι・フェザーの共鳴反応がある以上、アインズケインでι・フィールドを起こすことぐらい容易い事。
あの力はもはや君だけのものではないのだよ、未乃 晶よ』
『チッ、そうやって余裕かましてられるのも今のうちだぜ? 姉貴ッ!』
『ええっ!』
再度フェザーコアが出される前にと、シリアはラティア機とのドッキングを果たすとライフルを構え始めた。
だが、狙いはアインズケインには向けられておらず……メシア本部の動力源である『命の柱』へと向けられた。
『シリア、いつでもいいわよ』
『ああ。 こいつさえぶち壊せば、アンタの計画もおじゃんだよッ!!』
ブレイアスWは圧縮砲を構えて、命の柱へと照準を合わせる。
ターゲットが固定されたところで、シリアはトリガーを間髪入れずに引く。
バシュゥンッ! 火花を散らし、赤き閃光が走ったが―――命の柱の周囲が一瞬だけ真っ赤な輝きを放つと、何事もなかったかのようにグルグルと稼働を続けていた。
『ふむ、君達はどうやら学習をしないようだね。 アインズケインがι・フィールドを展開できるというのに、何故命の柱が出来ないと思うのかね?
ι・フィールドとはエターナルブライトの力が高ければ高い程強靭なフィールドとなりうる。 つまり、エターナルブライトの塊である命の柱は事実上、破壊する事は不可能なのだよ』
『……弱点丸裸にしてると思ったらそんな小細工をしかけてやがったのかッ!』
『命の柱は制御室からコントロールするしかあるまい。 だが、アインズケインには命の柱程の強力なフィールドは展開されていないはずだ』
『ほう、君は鋭いなゼノス。 だが、それでも君達に破る事はできんよ。 ……さて、私はいつまでも君達と遊んでいる暇はないのでな。
君達が何処まで粘る事が出来るのかは確かに見物ではあるが……あまり粘られても困るのでな』
アッシュベルが口の端をニヤリと釣り上げていくと、コアルームから突如無数のリビングデッドが出現し始める。
リビングデッドはまとめて晶達へと襲い掛かっていった。
「なっ――こんなところにっ!?」
晶はムラクモを構え、襲い掛かるリビングデッドの猛攻を防ぎ続けた。
『うろたえるな、全て落とせッ!!』
ゼノフラムはガトリングを乱射し、周囲に飛び掛かるリビングデッドを片っ端から潰していく。
だが、驚異の再生力を持ったリビングデッドの前にはどれも致命傷とはならずに、すぐに傷を完全回復させてしまった。
あっという間に囲まれたゼノフラムは、やむを得ずブーストハンマーを切りだし上空へ向けて飛ばし、何とか上空へと逃げ切る。
『姉貴、分離するぞっ!』
『ええ、手分けしてリビングデッドを落とすわよっ!』
瞬時に分離したブレイアスWは、飛行形態へ変形すると上昇したゼノフラムへと向かう。
すると、ゼノフラムを追いかけて飛び上がってきたリビングデッド達がまとめて触手を伸ばし始めていた。
『援護するぞ、ゼノスッ!!』
『コアさえ撃ち抜けば、ただのHAと大差ないわッ!』
シリア機が人型へ変形した瞬間、オーバーブースターを解放させると両手にサーベルを握りしめて突撃していく・
バギバギィンッ!、と鈍い金属音を響かせると、周囲のリビングデッドがパーツを破損させ、動きを止めた。
その瞬間、バァンッ! バァンッ! と何発もの銃声が響き渡る。
ラティア機のライフルがリビングデッドのコアを捉え、確実に撃ち落して見せた。
コアを撃ち抜かれたリビングデッドは、機能を停止させて墜落していった。
『晶、アンタは早く木葉を助けに行けよッ!』
「でも、この数じゃ――」
『行け、雑魚は俺達が引き止める』
『私達の言葉が届かなくとも、貴方の言葉なら届くはずよ』
リビングデッドと戦う仲間達をその目で捕えながら、晶は一瞬だけ目を閉じて考えた。
ゼノスやシリア、ラティアまでもがせっかく作ってくれた時間だ。
ここで何もしないわけには行かないと、晶は目を静かに開く。
「―――木葉、今行くぞッ!」
晶はスロットルを握りしめ、全力でアインズケインの元へと向かう。
邪魔するリビングデッドは全て薙ぎ払い、ひたすら前進していくとあっという間にアインズケインの目の前へと辿り着いた。
『ほう、死の軍団を振り切ったのかね』
「今はアンタに用はないっ!」
アインズケインの後ろへ回り込もうとするが、アインズケインからは無数のミサイルが発射され、晶は迂闊に近づくことが出来なかった。
それだけではない、フェザーコアが飛び交い続け、ι・ブレードは何度も何度も被弾してしまう。
晶は必死でムラクモとブラックホークを用いて、ι・フェザーを全て落とした。
するとアインズケインの両肩に積まれていた砲台から赤い光が集い始める。
『さて、君達ご自慢の技術……圧縮砲とやらを存分に味合わせてやろうではないか』
「クッ、やめろぉぉっ!」
後ろでは仲間が必死で戦っている、撃たせるわけには行かないとι・ブレードはムラクモを構えて必死で前へと突き進む。
だが、アインズケインの周辺にはι・フィールドが展開されてしまい、ι・ブレードは弾かれてしまう。
更に追い打ちをかけるかのように、フェザーコアがι・ブレードへと向かって襲い掛かろうとする。
晶はソードコアを射出し、必死でフェザーコアを振り払い続けた。
一旦上空へと避難した晶は、ロングレンジキャノンをアインズケインへと向ける。
「発射させる寸前を狙えば……ッ!」
ι・フィールドを展開したまま圧縮砲を放てば、圧縮砲がフィールドによってかき消されてしまうはず。
ならば仕掛けるときにアッシュベルはフィールドを解除するはずだと、晶はロングレンジキャノンを構えたまま機を待った。
リビングデッドやフェザーコアが周辺に集い始めても、晶はアッシュベルから目を離そうとしない。
『晶っ!!』
シリアがアインズケインの圧縮砲に気づいたのか、晶に向かって叫んだ。
目にも留まらぬ速度で周囲のリビングデッドを切り裂いていき、フェザーコアを見事撃ち落すと
間髪入れずにシリアはラティア機とドッキングをして圧縮砲を構えた。
『左はアタシ達に任せろっ! アンタは右だっ!』
「シリア……ごめん、助かった」
『二人とも、今よっ!』
アインズケインの圧縮砲のエネルギーが最大限までチャージされた瞬間、晶とシリアは一斉にトリガーを引く。
ι・ブレードとのロングレンジキャノンと、ブレイアスWの圧縮砲がほぼ同時に発射された。
バチバチィンッと火花が散らされ、一瞬だけ視界が真っ赤に染まると――ズガァァァンッ!! と凄まじい爆発が引き起こされた。
煙で視界が悪くなった中、晶は一度地上へ降りようと下降していくと、危険察知が発動し無数のフェザーコアがι・ブレードへと襲い掛かる。
ブラックホークで撃ち落し続けると、徐々に煙が晴れて行き、両肩の圧縮砲が大破したアインズケインが目の前に姿を現す。
『流石幾度も危機を乗り越えただけはあるようだな。 あの男が選んだというのも納得が出来る』
「お前に用はない……木葉を出せッ!!」
『ふむ、なるほど。 ククッ、あの小娘を求めて私に歯向かうか……いいだろう、ならば君の目で確かめるといい、彼女の意思をな』
アッシュベルが不気味な笑みを浮かべると、ι・ブレードに通信が届いた。
映像を受信すると、そこには木葉が映される。
『……晶、くん』
掠れた声で木葉は晶の名を呟く。
木葉は俯いたまま晶と顔を合わせようとしなかった。
だが、見なくてもわかる。
木葉は笑っていない、今にも泣きそうな顔をしていると。
「……俺は、納得できない。 何で木葉は、あの男の言いなりになっているんだよ……あいつが何をしようとしているのか、わかっているのかっ!?」
『晶くんこそ、何もわかっていないッ!!』
木葉の力強い叫びと同時に、アインズケインから無数のフェザーコアが出現し始める。
すると、フェザーコアは一斉にι・ブレードに向かって襲い掛かった。
『見たまえ、これが現実なのだよ。 フェザーコアを動かしているのは私ではない、彼女自身なのだ。
これでわかったかね、もう君の言葉では彼女は動かない……ククッ!』
アッシュベルは嘲笑うが、晶は気に留めなかった。
「止めろ木葉っ! アイツは世界から人類を消し去ろうとしているんだぞ、木葉は本当に……本当にそれでいいのかっ!?」
『違う、違うの。 世界は生まれ変わるの、争いのない世界に』
「争いのない、世界?」
『そう、人は進化をしすぎたが故に他人を思いやる心を失くしたんだって。 プロジェクト:エターナルは、誤った進化を正す事が目的だって』
「……誤った進化」
ι・ブレードの動きが一瞬止まった瞬間、危険察知が発動する。
無数のフェザーコアがι・ブレードに向かって襲い掛かろうとしていた。
木葉はただ、自暴自棄になっていたわけではない。
世界のあるべき姿を、本気で望んでいた?
アッシュベルの考えが間違っている、正直なところ晶は本気でそう思えなかった。
だけど、否定しなければいけない。
アッシュベルの望む世界、それは晶にとって望ましい世界ではない事は確かだ。
晶だけではない、恐らく人類のほとんどがそんな世界を望んでいるはずがない。
―――どうやって、アッシュベルを否定すればいい?
晶は悩み、苦しんだ。
何が正しくて、何が間違っているのか?
誰が正義で、誰が悪なのか?
もはや晶にはわからなくなってしまっていた。
――― ………信じて ―――
突如、頭の中に誰かの声が響き渡る。
この優しい女性の声は―――
「かあ、さん?」
間違いない、ι・ブレードで眠る母親の声だった。
ラストコードも発動させていないというのに、何故声が聞こえてくるのか?
……いや、決して初めてではない。
ラストコードが解放される前にも、晶は同じような場面に遭遇したことがあった。
『確かにエターナルブライトとなった事によって、こうして貴方と言葉を交わせる事はとても素晴らしい事だと思うわ。
でも、よく聞いて。 こんなにも近くに愛しい晶がいるというのに、私は貴方に語りかけてあげる事しか出来ない……見届けてあげる事しか出来ない。
私の声が貴方に届かない事だって、たくさんあるのよ?』
「……っ!」
鮮明に聞こえてくる母親の声は、とても悲しそうだった。
母親の表情は決して見えないが、その言葉だけでも晶は鮮明に母親の表情を想像できる。
顔すらも全く覚えていないはずだったのに、何故こうもはっきりと見えるのか疑問ではあった。
『貴方はあの子をどうしてあげたいか、きっとその答えが……あの子が望む答えでもあるはずよ。
迷って慎重になる事はとても大事な事よ、でも……迷いすぎてしまうほど大事なものを見落としてしまうのよ?
……大丈夫、貴方になら救えるわ。 何せ、私が愛したあの人の子だものね』
「……木葉―――」
モニターに映る木葉を目にして、晶は呟いた。
木葉は息を切らしながら、必死でコックピットで戦っている。
自分が信じた未来の為に。
だけど、その姿に木葉の笑顔はない。
木葉はただ、必死で生きようと戦い続けているだけだ。
そう、生きる意志は決して変わらない。
晶は深呼吸をすると、キッと鋭い目付きでアッシュベルを睨んだ。
「アッシュベル、俺はアンタの世界を否定するッ!!」
その時、ι・ブレードが真っ白な輝きに包まれ始める。
ラストコードが発動した合図だった。
アインズケインと同じような輝きを放ち、ムラクモを片手に強く握りしめた。
『ほう、ならば殺すかね? あの娘と共に、この私を』
「俺は今の世界を生きたい……親から授かったこの体を……この体を通して感じた全てを……失いたくない」
『肉体を失う事を恐れるかね……愚かだな、所詮あの男の息子だという事だな』
「愚かなのはアンタだよ、アッシュベルッ!!」
『……やれやれ、君がこれ程までに愚かだとは思わなかったよ。 君にならばプロジェクト:エターナルの真意に気づいてもらえると思ったのだがね』
アッシュベルはため息交じりに晶にそう返すが、今はこの男の相手をしている場合ではない。
晶は木葉の画面を見つめて叫んだ。
「木葉、よく聞いてくれっ! 」
『やめて……晶くんの望む世界と私の望む世界は違う。 もう晶くんと、話す事なんてないっ!!』
木葉が力強く否定すると、アインズケインから容赦なくフェザーコアが射出され続ける。
晶は必死で避けながら、アインズケインの背後へと回り込んだ。
だが、周囲のリビングデッドが襲い掛かり、晶は上手く近づくことが出来なかった。
「確かにアッシュベルの望む世界は理想に近いとは思うんだ。
人は死に怯える必要がなくなるし、生きる為に奪い合う事もする必要が無くなる。
人の心は通じ合うし、人の痛みを知りいがみ合う事もなくなっていくかもしれないッ!!」
『……そこまでわかっていながら、どうして晶くんは否定するの?
晶くんもまた、世界に争いを望むの? 人同士で争い続けて、たくさんの死者を生み出す世界の方がいいって言うのっ!?』
「俺だって戦争は望まないっ! メシアやアヴェンジャーのように、E.B.Bを前にしても人類同士で争っていた事には絶望した事もあった。
だけど、人が身体を失うという事は……痛みも何も感じる事が出来なくなるって言う事なんだよっ!」
『それの何が悪いのっ!? みんな痛い思いなんてしたくないよ……私、ずっとずっと堪えてきたのに。
たくさん痛い思いをし続けても、それでもちゃんと生きようって考えたのにっ! ……私はもう、半年しか生きることが出来ないっ!!
こんなのあんまりだよ……酷すぎるよッ! どうして私がこんな目に逢わなきゃいけないのよっ!?』
木葉の感情に反応するかのように、フェザーコアは無数に射出され激しくι・ブレードに攻撃し続ける。
晶はムラクモで弾き飛ばしながらも、必死でι・フェザーの位置を捉えようとアインズケインの周辺を飛び交い続けた。
「確かに生きる事は苦しい事ばかりだよ、木葉の言うように理不尽な人生を送る人だってたくさんいるかもしれないっ!
でも、木葉はいいのか? 身体を失うと……もう、二度と温もりを感じれなくなるんだぞ?」
『ぬくも、り?』
「人は心だけで全てを感じ取ってるわけじゃないんだ、身体を伝って感じる事もたくさんあるんだっ!
躓いて転んだ時、膝を擦りむいた事で痛みを知り、差しのべられた手を握る事で暖かさを知ることが出来る。
当たり前のようだけど、これは生きる上で大切な事なんだ。 ……あいつが望む未来では、これらが一切消えてなくなるんだぞッ!?」
『……いらない、痛みなんて感じたくないっ! 暖かさなんて、感じなくても―――』
「わからないのか木葉っ! 人はこれらを感じなくなった時、生きていると言えるのか?
痛みも温もりも感じなくなるという事は、やがてその感覚を忘れていくんだぞ。
人は痛みを忘れて感情を忘れていく、それは生きてく為に不要なものとなってしまう……本当に、そんな世界を望むのかッ!?」
『……やめて、やめてよっ! 私は死にたくない、死にたくないだけなのっ!!』
木葉は両手で頭を抱えて苦しんでいた。
迫り来る死を前にして、木葉はどれくらい苦しんでいたのかは多く語らずとも晶に伝ってくる。
だが、晶は木葉を苦しめる為にこんな事を口にした訳ではない。
全ては木葉を助け出す為だった。
「俺は……俺は木葉と一緒に生きたい。 どんなに短い一生でもいい、ずっと一緒にいたい……傍についてあげたいんだ」
『一緒に、生きる……?』
「アッシュベルが望む世界は、決して木葉が笑っていられる世界ではない。 ……だけど、今の世界のままなら、俺が木葉を笑顔にして見せる。
生きていてよかった、悔いがない人生だったと思えるぐらい、たくさんの楽しい思い出を一緒に作り上げていきたい。
木葉が死ぬまで、俺がずっと傍にいてやる。 ……そうすれば、悲しくないだろ?」
『―――晶、くん』
木葉はふと、顔を上げて晶と目線を向ける。
晶はヘルメットを外して、木葉としっかり目を合わせた。
晶の言葉に偽りがない事を証明したかった。
少なくとも晶の思いは、木葉へ届いたのは間違いない。
……後は、木葉次第であろう。
『……あ、アアアアアッ!?』
「木葉ッ!?」
すると、突如木葉は頭を両腕に抱えて苦しみ始める。
この苦しみ方は尋常ではない、一体コックピットの中で何が起きたというのか?
『ククッ、言ったはずだ。 あの娘は決して裏切らないとな』
「何をしたんだ……アッシュベルッ!?」
『万が一敵の言葉に乗せられる事があっても困るからな、ιシステムに少しだけ細工をしておいた。
……君も痛みはわかるのではないかね、ιシステムを起動した時のあの痛みを』
まさか、ιシステムを通じて木葉の脳に負荷を与えているというのか?
そんな事を続けてしまえば木葉が持つはずがない。
『そうだな、君がこのまま何もせずにジッとしていれば止めてやらん事もない。
どうかね、このまま続けてしまえばいくらエターナルブライトが体内にあると言えど、簡単に死んでしまうと思うがね?』
「……木葉を人質に取るのか?」
『私は最初からあの女を完全に信用したわけではない。 ククッ、どうするかね? 私は君がこのまま彼女を見殺しにしても一向に構わんのだが?』
木葉を人質にとられている以上、下手に手出しをする事は出来ない。
しかし、晶が動かなければ命の柱からエターナルブライトが広がり続けてしまう。
『――あ、きらくん………』
木葉は頭痛に苦しみながらもヘルメットを取り外し、晶と目をしっかり合わせて名を呼んだ。
そして、長く見る事がなかった……久しぶりとも言える飛び切りの笑顔を見せるとこう言った。
『―――また……あの時みたいに……助けて、くれるよね?』
晶の頭に、電撃のような衝撃がビビッと走る。
……ようやく、待ち望んでいた言葉が木葉の口から聞けた。
ならば迷う事はないと、晶は首を強く縦に振った。
「ああ、待っていろ……今、助けるッ!!」
『ふむ、どうやら君にとって彼女は死んでもいい存在のようだったな。 これは少し誤算だったな』
「―――黙れよ、アンタどこまでクズなんだっ!? 木葉は何も悪くない、ただ生きようとしただけなんだぞっ!!
その気持ちを踏みにじったアンタを、俺は許さない……絶対にッ!!」
『口先だけでは何とも言える、だがあえて言おう。 その玩具では、アインズケインには絶対に勝てないとな』
「言ってろよ、クソッタレがッ!!」
怒りに身を任せた晶は、ムラクモを構えてアインズケインへと立ち向かっていった。