プロジェクト始動 ②
フリーアイゼンの個室でフラムは籠りっきりで機密事項について解析を続けていた。
食事も睡眠もろくにとらず、人ともほとんど関わらずにひたすら研究に没頭する毎日。
ゼノフラムを開発していた当時も、似たような生活を送っていた事を思い返した。
それだけ健三が残した機密事項というのは、フラムにとって興味深い事項であったのだろう。
端末を操作していると、背後からコンコンとノック音が飛び込んでくる。
「君かね、来る頃だと思っていたよ」
フラムがそう告げるとゼノスが扉をゆっくりと開く。
メシア本部攻略戦の直前であるせいか、ゼノスは険しい表情であった。
「聞きたいことがある」
「わかっている、どうせ君がメールで送ってきた件だろう。 この機密事項とガジェロスの持つ機密事項の違いを知りたいのだな?」
「ああ」
「答えはシンプルだよ、我々が持つ機密事項は情報が欠けている。 故に、私が解析できなかっただけにすぎん」
「情報が欠けていた?」
「この機密事項は、未乃 健三が我々の為に作り出した複製なのだよ。 だが、厳重に守られていた機密事項を完全に複製する事は出来なかったのだろう。
そこで未乃 健三は、自らが知る限りの情報を全てまとめて……それを我々に機密事項として渡していた。 だから、彼が知らない情報はここには記録されていない」
フラムが淡々とゼノスにそう告げた。
健三は自らリスクを負ってまでアッシュベルの野望についてフリーアイゼンに知らせようとしていた。
メシア本部に眠る機密事項の在り処も知っていたが、何らかの理由でフリーアイゼンの手に渡らなかった時を考慮して複製を用意したと考えるのが自然だろう。
健三が直接確保できなかったのにも何らかの理由は考えられるが、健三が亡くなった今は考えるべきではない。
「ガジェロスは機密事項で世界の未来を見た。 何故、機密事項で世界の未来がわかったというんだ?」
「……そう、か」
ゼノスがそう告げた途端、フラムは突如歯切れを悪くそう答えた。
まさかフラムも、何かを知ったのではないか?
「さて、こんな薄暗いところで話していても仕方あるまい。 ゼノフラムの最終調整も必要だ、このまま格納庫へ向かうぞ」
「ああ、そうさせてもらう」
フラムは気怠そうに重い腰を上げて、椅子から立ち上がる。
多少足がふらついてはいるが、フラムは堂々と先陣を切って部屋を出ていく。
その後ろをゼノスはついていこうとすると、フラムが足を止めて振り返った。
「隣に来たまえ、君が後ろにいては話し難いだろう」
「……ああ」
指でビシッと隣を指されると、ゼノスはそのままフラムの隣へと移動する。
よろしいと、強く頷くと二人は再度歩き始めた。
「君、最近の事はどう思うかね」
「E.B.Bの活性化の事か?」
「違うな、我々の技術の進歩だ」
「HAの事か、確かにここ数年HAに関する技術は急激に発展し始めている……それも、異常な早さでな」
「その通りだ。 アヴェンジャーのレブルペインは勿論の事、メシアではブレイアスやその技術を元に派生した新型HAの数々。
量産化されたι・ブレードや、ιシステムを搭載した機体の増加。 私が発案した圧縮砲もロングレンジキャノンに流用され、今では当たり前のようにHAクラスが主砲クラスの武装を持てるようになっている。
ま、本当の意味での戦艦クラスというのはゼノフラムほどの一撃を持ったHAを指すのだろうがね」
フラムは自慢げにそう語るが、何故か浮かない表情を見せている。
何処か自分を追い詰めているかのような、そんな表情にも見えた。
「ゼノフラムの専売特許が奪われて嫉妬でもしているのか?」
「何を言うんだ? いいかね、技術の進歩というのは我々技術者にとっては喜ばしい事だ。
私の技術が認められたのは素直に嬉しいし、誇りに思うべきだろう?」
冗談のつもりでゼノスは言ったが、フラムは真に受けたのかそう返されてしまう。
いつものフラムであれば独特な口調で適当に受け流すなりするはずだ。
「何を隠している、フラム?」
「……私もまた、あの男と同じ技術者だという事だ」
「何?」
「いや、忘れてくれ。 君はただ君の信じる道を進めばいいだけだ」
「――ああ」
フラムが何を伝えようとしたか、ゼノスは今の一言で何となく理解できた。
だからこれ以上フラムを問い詰めるような真似をするつもりはない。
「ところで君は、あの男の言葉と私の言葉……どっちを信用するかね?」
するとフラムは突如、おかしな事を聞き始めた。
あの男というのは恐らくアッシュベルの事を指すだろう。
勿論、ゼノスは即答で返した。
「あの男を信用するつもりはない」
「ほう、私の言葉を信じるか。 ならば迷う事はない、私も自分の言葉を信じるとしよう」
「どういう事だ?」
「我々は世界を本気で変えようとする一人の男に立ち向かう訳だ、そして我々も本気でプロジェクト:エターナルを止める為に立ち向かう。
だが、あの男は万が一の可能性……それが例え1%未満であろうとなんだろうと、彼にとって最悪なケースを想定した上で計画を遂行しているはずだ」
「それでも俺達は立ち向かうしかあるまい、このまま指を加えて世界を奴の好きにはさせん」
「うむ、いい返事だ。 なら、君にアドバイスをしよう」
「アドバイス?」
「だが、約束してくれ。 もしその時が訪れたら、君は何事にも惑わされずに……私の言葉を信じると」
フラムは真剣な眼差しでゼノスにそう告げる。
心なしかフラムの声は少し震えていて、体も僅かにだが小刻みに震えていた。
何かに対する恐怖なのか、はたまたアッシュベルとの決戦を前にした武者震いなのか。
「言ったはずだ、アンタの言葉を信じると」
「……そうだったな、ならば――君に私の全てを託そう」
ゼノスの言葉を聞くと、緊張が緩んだのかフラムの顔から自然と笑みが浮かんだ。
それは普段から仏頂面で淡々と語るフラムからは想像がつかない程の笑顔であった。
ブリッジルームの入り口前で、艦長は立ち止まっていた。
帽子を深くかぶり直し、顔を少し俯かせる。
目を閉じると、頭の中には今まであった激しい戦いの数々が走馬灯のように廻っていく。
日々繰り返されていくE.B.Bと人類の不毛な争い。
多くな人々が犠牲になり、たくさんの仲間を失いながらも……いつか必ず、この世界に平和が訪れる事を信じて戦い続けてきた。
そして、ついに世界を陥れた元凶に辿り着き、今……僅かな戦力でありながらも、その元凶を討つべくフリーアイゼンは立ち上がった。
例えそれが『親友』であろうとも、艦長の決意が揺らぐ事はない。
「……いかんな、この私が感傷的になっていてはクルーを引っ張る事は出来ん」
「いいじゃないですか、それって凄く人間らしいですよ」
ふと、後ろから声が聞こえてくると艦長は振り返る。
そこにはヤヨイの姿があった。
「どうやら、聞かれてしまったようだな。 まさかお前がブリッジルームの外に出ていたとは」
「ちょっとだけ私室に戻ったんです、これを取りに」
ヤヨイは両手で大事そうに胸に当てていた写真立てを、そっと艦長に見せた。
映されていたのはヤヨイと、その隣に同じ黒髪をした青年。
何処かヤヨイと似た雰囲気の青年だ。
楽しそうに笑う二人の笑顔は、とても幸せそうに見えた。
「家族か?」
「ええ、私の兄なんです。 もう、死んじゃってますけどね」
「……すまない」
「いいえ、昔の事なんでいいです。 今だから言いますけど……私、実は兄の仇を取る為にメシアに入隊したんです。
私達は孤児として育ってきたのに、兄はとても強くて頼りになって、私の事をいつも助けてくれました」
悲しそうに語るヤヨイから、艦長は思わず目を背けてしまう。
理不尽にE.B.Bに全てを奪われていった、彼女のような者は数多くいる。
メシアの多くの者は、E.B.Bへの復讐心を理由に入隊した者がほとんどといっても過言ではない。
「だから、この写真があると心強いんです。 兄が私の事を、守ってくれるんじゃないかと思えて」
「――私も、お前のお兄さんに負けてられんな。 艦を守るのは艦長である私の務めだ……これ以上、誰一人死なせはせん」
「はい、頼りにしてますよ艦長」
ヤヨイが笑顔でそう告げると、艦長は顔を上げてブリッジルームの扉を開く。
ゆっくりと開かれていく扉の先には、既に大きなスクリーンに映像が映し出されていた。
「遅かったな艦長、どうやら俺達は相当歓迎されてるようだぜ?」
「覚悟はしてましたが、実際目の当たりにすると……恐怖という感情すら吹き飛んでしまいましたよ」
モニターに映されていたのは、小さな無人島の上空に浮かぶ巨大戦艦、メシア本部の全貌。
そして周りに展開された圧倒的な数のHA部隊であった。
先程のリビングデッドの部隊とは比較的にならない程の圧倒的な数。
ブレイアスから量産型ι・ブレード、中には大型タイプのHAもいくつか展開されていた。
『ククッ、まさか不死の軍団を突破するとはな』
フリーアイゼンにアッシュベルから通信が送られてくると、サブモニターにアッシュベルが映し出される。
どうやらHAのコックピット内にいるようだ、まさか自らアインズケインを動かしているというのか?
「アッシュベル、貴様の目的はなんだ? プロジェクト:エターナルで人類をエターナルブライトにし、その先どうしようというのだ?」
『ふむ、まさか君達がそこまで辿り着いていたとはな。 いや、そうでなければ……君のような賢い男がこのような暴挙には出るはずがないか。
だが……やはり君達は真相に辿り着いていない。 私はただ、この世界を救いたいだけなのだよ』
「世界を救う? ふざけるな、貴様が生み出したE.B.Bで、罪亡き多くの人々が犠牲になっているのだぞっ!?
それだけではあるまい、エターナルブライトの人体実験により、E.B.B化してしまった人々や、身体が異形に変化していく恐怖と戦いながら生きていく者達――
挙句の果て、人類同士の戦争が始まりその中でも多くの人々が犠牲となっていったっ! お前がやってきたのは世界の救済ではない、単なる破壊にすぎんっ!!」
『どうやら色々と調べたようだがね、残念ながら君達とは分かち合えないようだな。
いいかね、そもそも……何故E.B.Bは人類だけを襲うのか、考えた事はないのかね?』
「何?」
E.B.Bが人類を襲う理由、アッシュベルは突如そのような事を口にした。
E.B.Bはエターナルブライトによって生物が突然変異した姿に過ぎない。
異形となり凶暴性を持った生物達が無差別に襲い掛かっているだけのはずだ。
だが、アッシュベルの口ぶりからして何か裏があるのは間違いない。
まだ、知り得ない真実が隠されているというのか?
『まぁいい、君達が何をしようが……プロジェクト:エターナルを阻止する事は出来ん。 アイゼン級一隻で何が出来るというのかね?
例え仲間がいたとしても、私の部隊を突破する事は不可能だよ』
「それでも私は戦う、人類を守る為に」
『なるほど、人類を守る……ふむ、それが君の答えかね。 クク、やはり愚かしいな君達は。
だが、もう遅いっ! 既にプロジェクト:エターナルは始動した、もはや誰にも私を止める事は出来んよ』
「道を踏み違えたお前を正すのは友である私の役目だ。 お前の野望は必ず阻止して見せるぞ、アッシュベルッ!」
『面白い、やってみるがいい』
アッシュベルは不敵な笑みを浮かべながら、通信を切った。
もはやアッシュベルを説得する事は叶わない、わかっていた事であったがやはり昔の友と戦う事には抵抗がある。
しかし、やらなければならない。
人類が生き残る為には、アッシュベルの野望を打ち砕く以外の道はないのだ。
「カイバラ、HA部隊は出せるか?」
「はい、パイロット各位出撃準備は整っています。 なお、ゼノフラムは予定通り甲板で待機中です」
「ならば……出撃だ」
目の前に立ちはだかるHAの集団を前に、艦長は恐れる事無く立ち向かう事を決意した。
例え無謀だとしても、誰かがやらなければならない。
最後の最後まで戦い抜いて見せると、誓った。
ι・ブレードのコックピット内で、晶は出撃の指示を待っていた。
外の状況はフリーアイゼンからの中継映像で確認できる。
アヴェンジャーと戦った時の数にも驚かされたが、やはりメシア本部というだけあって想像を絶するHA部隊が展開されていた。
量産型のι・ブレードには、晶が乗るι・ブレードと同じくιシステムが搭載されている。
自分のような技術力が低いパイロットでも恐ろしい性能を引き出すιシステムを搭載した機体が数百機いると考えるだけで、思わず晶は背筋をゾクッとさせた。
だが、戦い抜かなければならない。
この戦場の何処か、或いはメシア本部の中に木葉が待っているはずだ。
木葉は今、迫り来る死を前にして自暴自棄になっている。
そんな木葉をどうやって説得すればいいかは、いくら考えても思いつかなかった。
『おい、晶。 まだあの子の事を悩んでいるのか?』
心配してくれたのか、シリアが晶に通信を送ってそう尋ねて来る。
今更ではあるが、自分は顔に出やすいタイプなのだろうと自覚した。
「……俺、自信が無いんだ。 もし本当に木葉の余命が半年だとしたら、その間木葉は明るく笑顔で暮らしていけるのか?
自分が半年で死ぬとわかってるのに、笑って暮らせるはずがない……だから俺、木葉に拒絶されるんじゃないかって――」
『そんなの関係ないだろ? 未来なんて誰にもわからないさ、人が人の寿命を定めるなんておかしな話だろ?
アタシ達だって明日死ぬかもしれないし、100年ぐらい生きる可能性だってあるかもしれないしね』
「そんなの屁理屈じゃないか」
『理由なんてただの飾りだって事だよ、大事なのは自分の気持ちを素直に伝える事さ。
大丈夫、晶なら出来るってアタシは信じてるよ。 何せフリーアイゼンのエースだしな』
「まだ、それ言うのか? その冗談もそろそろ聞き飽きて――」
『何言ってんだよ、冗談じゃないさ。 本気でアンタの事、エースだって思ってるさ。 アタシ達は何度晶に救われたと思ってるんだ?』
「……だけど、守れなかった事もあった」
晶は悲しそうに呟いた。
故郷や親友を始めとした、アヴェンジャーのテロ行為による犠牲者達。
テロ行為を阻止する為とは言え、同じ人間同士で殺し合いをしてきた事。
ι・ブレードの暴走によって、無関係な人々の命を奪ってしまった事。
裏切り者だったとは言えど、いつも本気で木葉や晶の事を想ってくれていたシラナギ。
晶の力不足の所為で歪んでしまった俊。
そして、自分の未来に絶望してしまった木葉―――
『そりゃ、誰もが全てを守るはずはないけどさ。 少なくとも晶はフリーアイゼンの危機を何度も救った実績がある。
だからもっと自信を持ちなよ。 これが上司のアタシがしてあげられる、最後のアドバイスだよ。 これで晶は一人前だなっ!』
シリアはグッと親指を立てながら、ニカッと笑った。
晶にはない、シリアの前向きな姿勢。
シリアも辛い過去を背負っているというのに、どうしてそこまで前向きに生きることが出来るのか。
少し晶は羨ましく感じた。
だが、その前向きな言葉で晶は何度も励まされて立ち上がってきた。
今回もまた、その言葉を心に刻み込もうと目を閉じた。
「そうだ、俺は何度も決意したはずだ……もう、迷わないって」
『パイロット各位、直ちに出撃してください。 これよりメシア本部攻略戦を、開始します』
コックピットからヤヨイからの出撃要請が通達された。
『二人とも準備はいいわね?』
『アタシはいつでもオッケーだよ、姉貴』
「俺も行けます」
晶はスロットルを握りしめ、深呼吸をする。
迷いは断ち切った、今はただ木葉を救う為に戦うだけ。
――その先の事は、それから考えればいい。
そう自分に言い聞かせ続けた。
「ι・ブレード、出撃しますッ!」
晶は一気にスロットルを押し込み、ι・ブレードを発進させた。
危険察知を持つ晶のι・ブレードは、先陣を切って敵をかく乱させるのが役割だ。
出来る限り回避に専念し、敵の注意を上手く引き付けつつシリア機とラティア機が迎撃し、進路を確保していく。
最も危険な役割ではあるが、機体の性質上晶しか適任者がいないのは確かだった。
大丈夫、上手くやれると言い聞かせて晶はひたすらブーストを全開にさせて敵陣の中へと飛び込んでいこうとする。
すると、ふと目の前から黒きHAが敵軍の中をかき分けて接近してくる。
メシアのHAに黒いHAは存在しないはずだ、もしやアヴェンジャーの部隊が混じっているのか?
だが、謎のHAの正体はすぐに明らかとなった。
あの悪魔のような翼に、獣を連想させるかのような姿―――
その瞬間、危険察知が発動した。
先端が紫色に煌めく右手を突き付けて、驚異の速度でι・ブレードに迫り来る。
ガキィィンッ! 激しい金属音が鳴り響く。
咄嗟にムラクモを構え、晶は何とか重い一撃を受け止めきった。
『待っていたぜぇ、ビリッケツゥゥゥッ!!』
「―――まだ戦うつもりなのかよ、お前はッ!!」
まるで晶の事を待っていたかのように、そこには俊の駆る『クライディア』が待ち構えていた。