第28話 プロジェクト始動 ①
メシア本部のコアルームの中心に聳え立つ巨大な柱。
無数のエターナルブライトが連結された柱は休む事無く稼働し続けている。
その稼働を見守るかのように、アインズケインが眠っていた。
コックピットで端末の操作をし続けながら、アッシュベルは稼働状況をしきりに確認する。
プロジェクト:エターナルの要となるのは、アッシュベルが『命の柱』と名付けたメシア本部の動力源。
コアルームに眠り続けていた謎に満ちたHA『アインズケイン』。
そして、最後のパーツとなるHAが今、コアルームに姿を現した。
「―――無事に戻ったようだな、木葉君」
木葉の駆る『ι・フェザー』だった。
「ふむ、やはり君の覚悟は本物だったようだな。 こうして戻って来てくれたのが何よりも証拠だと言えよう。
万が一君を失うようなことがあれば、プロジェクト:エターナルに大きな遅れが出てしまう所だったな」
『私、貴方の言う事を信じてますから』
「うむ、素晴らしい。 人類が皆、君のような賢さがあればいいのだがな。 だが、人類の大半は残念ながら愚かで無能だよ。
だからこそ、我々は進化を迎えなければならない。 死すらも超越した、究極の存在となるべくな」
『……あの、一つだけ聞かせてください。 私が貴方の計画の要である事はわかっています。
ですが、どうして私が戦場に出る事を許したのですか? 万が一にでも、私が落とされる事だって……あったかもしれないのに』
不安そうな声で、通信機からは木葉の声がアッシュベルに届いていた。
木葉の疑問は当然の事、現時点ではアッシュベルの口ぶりから言ってもプロジェクト:エターナルは木葉なしでは実現できない。
そうでありながらも、何故アッシュベルはそのようなリスクを負ってまでも許可したというのか?
「私は君を試しただけに過ぎない。 もしこの戦闘で、君の意思が本物ではないと分かった時……私は迷うことなく君を切り捨てていたよ」
『ど、どういう事ですか?』
「そう簡単に心変わりするような者に、私の計画を任せる事はできんよ。 だが、君の意思は確かに本物であった。
君の大切な『未乃 晶』を前にしても、例え彼と敵対しようとも君の意思は変わらなかった。 だから、私も君に安心してプロジェクト:エターナルを任せることが出来る」
『……』
アッシュベルが淡々とそう告げると、木葉は返事をしないままただ黙り込んでしまった。
「君を試すような真似をした事には謝罪しよう、私の周りには昔から敵だらけだったものでな。 それ故、人を容易く受け入れる事ができないのだよ」
『―――いえ、そうではないんです。 私、貴方が言うほど……強くありませんから』
「だが、君はここに戻ってきた。 それだけで十分なのだよ。
ふむ、どうやら頃合いのようだな……君も丁度戻ったところだ、そろそろ始めるとしよう」
端末のキーを叩き続けていたアッシュベルは、命の柱の様子を確認するとキーから手を放した。
グルグルと稼働し続ける柱のエターナルブライトが、心なしか赤みがかってきている。
「いよいよ、プロジェクト:エターナルの始動だ」
不敵な笑みを浮かべながら、アッシュベルがそう告げると同時に、アインズケインの瞳部が怪しく赤色に輝き始める。
巨体が立ち上がろうと動きだし、コアルーム全体にゴゴゴと地鳴りが響く。
長年に渡り計画していたアッシュベルの『プロジェクト:エターナル』が今、始まろうとしていた。
謎のHA『リビングデッド』の部隊を、フリーアイゼンは強引に切り抜けた。
性質がE.B.Bに近い謎めいたHAは、フリーアイゼンの戦力に大きな痛手を負わせてしまう。
艦は損傷しながらも、まだ飛行を継続する事は可能だ。
このままメシア本部へ突入を果たしたとしても、フリーアイゼンが無事帰還できるとは思えない。
だが、それでも艦長はアッシュベルを止めなければならないと決意していた。
それは他のクルーも同様だ。
プロジェクト:エターナルは、事実上……人類に死をもたらす事と同義。
あの計画に賛同する者はその真実を知らない者がほとんどであろう。
しかし、アッシュベルの計画に『人類の意思』は存在しない。
誰かが止めなければ、人類は滅亡を迎える事になるのだった。
艦長は今、ゼノスと晶を艦長室へ呼び出していた。
ゼノスが艦長に報告すべき事があると伝えた時に、晶もその場に呼び出されたのだ。
報告した点は、ガジェロスから得た情報と……リビングデッドに乗っていたパイロット達について。
先程仕掛けてきたアヴェンジャーの部隊は、アッシュベルとつながりを持っている可能性が高い事。
いや、恐らくそれ以前からアヴェンジャーとアッシュベルは繋がっていたと考えるべきだ。
アヴェンジャーの新型HA、リビングデッドは……文字通り死者がパイロットである可能性。
フラムによって解析が続けられているが、機密事項の情報と照らし合わせれば―――エターナルブライトの力によって死者が蘇る可能性は考えられるというのがフラムの回答だった。
エターナルブライトの再生力により、死んだはずの人間を再構成しているのだが……全てが完璧に戻るわけではない。
腕がない者や足がない者、そういった中途半端に再生される状態がほとんどであるのだ。
アッシュベルはそれをE.B.Bで補わせることにより、リビングデッドというHAを開発したと思われる。
「アッシュベルは、そんな非人道的な事に平然と手を出したというのか? 死者を蘇らせて戦争の道具にするとは―――」
「中にはシラナギの姿もあった。 敵から得た情報だと言えど、信憑性は高い。 そうでなければ、シラナギの出現に説明がつかないからな」
「量産型ι・ブレードを始めとしたリビングデッドの部隊、奴が保有する戦力は計りしれん……我々に勝ち目は、もしかするとないのかもしれないな」
「だが、付け入る隙は存在する」
「……メシア本部を、落とす事か」
艦長が導き出したプラン、それは神の源に滞空しているメシア本部の内部へ潜入し、動力源を破壊するプランだ。
白紫輝砲とゼノフラムの圧縮砲を使い、内部へ潜入した後にHA部隊により動力源の破壊。
そして、プロジェクト:エターナルの要とされるHA、『アインズケイン』の破壊だ。
「最後の報告となるが……アヴェンジャーの部隊に『早瀬 木葉』の姿があった」
「何?」
艦長はゼノスからその言葉を聞くと、思わず晶へ目線を合わせようとする。
だが、晶は俯いたまま顔を上げずにいた。
「……木葉は言っていました。 プロジェクト:エターナルは人類に永遠の命を与えると。
木葉はアッシュベルに自らの寿命を告げられ、『死』を恐れていました。 だから、死という概念を消そうとしているんです」
「死の概念を消す? ――それが、プロジェクト:エターナルの真相だとでもいうのか?」
「わかりません、ですが木葉はそう言っています」
プロジェクト:エターナルがもたらす永遠の命、人類全てがエターナルブライト化をする事によりそれが実現可能となるのは確かだ。
しかし―――
「我々がエターナルブライトへ変化する事、それは本当に生きていると言えるのか?
確かに死という概念は消えるかもしれん……しかし、それは同時に生きている事さえも放棄する事となる。
我々はこの体を持って、痛みを感じて苦しんで……死に行く恐怖を抱いているからこそ、生きている事を実感するのではないか?」
「その通りだ、早瀬 木葉はアッシュベルに上手く言い包められているだけだ。 ……あの子の目を覚ましてあげられるのは晶、お前だけだ」
ゼノスは晶の左肩に手を乗せてそう告げるが、晶は顔を俯かせたままだった。
「―――無理だ」
「何?」
「余命が後半年の人に、一緒に生きようだなんて……そんな無責任な事言えるわけないだろうがっ!!」
感情的になった晶は、ゼノスの胸倉を掴んで怒鳴り散らした。
だが、ゼノスは顔色一つ変えずに平然としている。
「なら、あの子を殺すのか? 今のあの子は俺達の敵だ、戦わずに避けるという選択肢はないだろう」
「何でそうなるんだよ……木葉を殺すなんて、出来る訳ないだろ? アンタは極論すぎるんだよっ!!」
「だったら助けるしかあるまい、それがプロジェクト:エターナルを否定する俺達のやるべき事だ」
「簡単に言うなよっ! アッシュベルを止めたとしても、世界からE.B.Bが消えるわけではない……木葉の寿命が延びる訳でもないっ!
そんな状態で生かされて、木葉は笑っていられるのかよっ!?」
「それでも俺達は、前へ進むしかない。 少なくとも、俺は今までそうしてきた」
「――アンタ無責任すぎるんだよっ! 誰もがアンタみたいに強くない……そのまま越えられない壁にぶつかって、何もできずに進めなくて……力尽きる奴の方が多いんだ」
晶はゼノスを開放して、力なく項垂れる。
ずっと一緒にいてあげたい、守り続けたい。
絶対に離さないと誓ったはずなのに、晶は結局木葉に何もできずにいた。
だから木葉は、プロジェクト:エターナルという最後の希望にすがってしまった。
それが唯一残された、自分が死なずに生き残り続ける手段なのだから。
「その通りだ、人は誰もが多くの人に支えられながら生きている。 お前自身が一番、わかっているんじゃないのか?」
「……だけど、それとこれは――」
「あの子は昔、自らの死を望んでいたはずだ。 それが今は、生きる事に固執するようになってしまっている。
だが、そうして生きる事に固執できるようになったのは……晶、お前が彼女を支え続けた結果だ」
「生きる事に、固執だって?」
「あの子の願い、お前にはわからないのか? 早瀬 木葉は何故そうまでして生きようと思っている? 答えは考えるまでもないはずだ」
「―――俺と、同じ?」
晶はハッと、顔を上げてそう呟く。
あまりにも理不尽すぎる人生を送ってきた木葉の、唯一の生きる希望となっていたのは……晶自身だ。
木葉は晶と離れたくない、ずっと一緒にいたいと願っていた。
だから、死ぬのが怖いと思い、必死で生きようとし続けているのだ。
ゼノスは晶の両肩を掴み、目を合わせて告げた。
「晶、俺と誓え。 お前はこれから先、何が何でもあの子を救い……必ず生きて帰ると」
「生きて……帰る?」
「あの子の為にも、絶対にお前は死ぬな。 ガジェロスが手に入れた本物の機密事項さえ手に入れば、世界を何とかできる可能性を見つけ出せるかもしれん。
……それまでの間は、俺達のような兵士がHAでE.B.Bと戦い続ければいい。 だから……お前は、世界の為に死ななくていい」
父親の残した『ι・ブレード』による世界の救済、ゼノスはそれを放棄しろと告げているのだろう。
未だに晶の中からは迷いが消え去る事はない。
世界に猶予が残されているかどうかもわからないのに、無責任に晶は返事をすることが出来なかった。
木葉を助けたい、救い出したい。
しかし、晶自身にも自らの命を犠牲に世界を救うという役割が残っている。
仮に救えたとしても……その事実を、どう木葉に告げればいい?
ゼノスの言う通りに、他の方法を探す手段も確かにある。
だが、世界にそんな猶予が残されているのか?
少なくとも、アッシュベルがプロジェクト:エターナルを急ごうとするのには理由があるはずだ。
直感ではあるが、晶は世界に猶予が残されていないと感じていた。
「我々の最終目標は確かに、E.B.Bの殲滅だ。 それにはまずアッシュベルを止めるというのは必要不可欠とはなるだろう。
しかし、私はそれ程世界に猶予が残されていないと考えている。 アッシュベルは、我々が知らない何かを掴んでいるというのも事実なのだろうからな」
二人の会話を目を閉じて黙って聞いていた艦長が、ようやく口を開く。
まるで晶が頭の中で考えている事を読み取ったかのように、そう告げた。
「―――未乃 晶、よく聞け」
艦長は帽子を外し、息をふぅとついてから晶と目を合わせた。
ついに艦長の口から、晶に命令が下されるのだろうか。
世界の救う為に、命を捨てろと。
だが、それでいい。
恐らくそうでもしなければ、晶は決断することが出来ない。
誰かに強要されなけえば、成し遂げることが出来ないだろうと思っていた。
「お前はまだ、死ぬべきではない。 いくら世界を救う為と言えど、お前の命は……世界を救う代償としては重すぎる。
だから、命令だ。 死ぬな、絶対に死ぬな。 必ず生きて帰って来い……良いか、これは艦長命令だ」
「艦長っ!?」
晶の予想とは正反対の言葉が、艦長から口にされた。
まさか世界ではなく、晶の命を優先するというのか?
「勿論、晶だけではない……他のクルー達も同じだ。 私はもう、誰一人仲間を失いたくはない」
「……お、俺は―――」
「間もなく艦は神の源へ到着する。 この長き戦いもいよいよ、終止符を打つ時だ。
いいか、我々の手で必ず……プロジェクト:エターナルを阻止するぞ」
「了解した、いくぞ晶」
「―――わかり、ました」
晶は艦長に一礼すると、ゼノスに引っ張られて艦長室を退室していく。
厳しい表情を見せていた艦長の表情が、少しだけ柔らかくなったように見えた。
そして晶とゼノスはバタンと、静かに艦長室の扉を閉めて行った。
「私は艦長としては失格かもしれん。 だが、後悔はしていない……我々はこれ以上、何一つ失ってはならないのだから」
艦長は帽子を深くかぶり直し、誰もいなくなった艦長室で一人、そう呟いた。
ブリッジルーム。
ひとまず戦域を抜けた艦は、束の間の休息を取っていた。
敵の本陣が近いというのに、周囲は妙な静けさに支配されている。
「なぁ、リューテよぉ」
「何だ?」
「お前さ、もしこの世界からE.B.B消えて平和になったらさ……何したいよ?」
「何故今、そんな事を私に聞くのだ?」
ライルが突如尋ねると、リューテは思わずそう聞き返してしまう。
「いや、ほらよ……いよいよ、アッシュベルの野郎にケンカ売るんだからな。
そういうはっきりとしたもんがあればよ、何となく気が引き締まったりするだろ?」
「考えた事もなかったな。 確かに私は平和を望んで戦いを続けているが……」
「あら、私はあるわよ?」
興味を持ったのか、ヤヨイが二人の会話に割り込んでそう告げた。
「お、マジで? ちょっと聞かせろよ」
「もうそろそろね、花嫁修業でもしようかしらって。 素敵な旦那さんも探さないと、いけないしね」
「……」
「……」
二人は思わず目を点にさせて黙り込んでしまう。
そんな様子をヤヨイは首を傾げながら伺っていた。
「……どうして黙るのよ?」
「ん? あ、いや……なんちゅーか、意外だったっていうか」
「そ、そうだなライル。 お前、失礼だぞ」
「いやいや、な、なんかそんなイメージなかったからよ。 堅物、というか?」
「確かに仕事一筋で……なんだその、キャリアウーマンというべきか――」
「な、何よ? 私だって、恋愛したいんですっ! ただ、ここには出会いがないだけなんですっ! フンッ!」
不貞腐れたヤヨイは、ツンッとすっぽを向くとすぐに自分の持ち場へと戻っていく。
ライルとリューテは、ただポカーンとその様子を眺めていた。
「いやぁ、でもいいよなー。 どんな些細な事でも目的を持つって大事だろ? お前もなんかないのかよ?」
「そう、だな。 故郷にでも帰って静かに余生を過ごす……じゃダメか?」
「おいおい、そこで彼女が待ってたりしないワケ? お前まさかずっと独身でいる気? 童貞でいる気なのかっ!?」
「童貞とは失礼だな、お前とは違う」
「な、なにぃっ!! き、貴様俺を裏切ったなっ!?」
「それはともかく、お前は何があるんだ?」
「お、俺か? 俺はそうだな……実家がなんか代々的に酒屋続けてるらしくてよ。
俺はそれを継ぐ気がなくてメシア入ったんだけどな……もし、全部終わったらそれを継ぐのも悪くねぇなとか思ったりよ」
「ほう……意外にもまともな回答だな」
「俺にどんなのを期待したんだお前っ!?」
ライルは思わず手でべしーんとノリで突っ込みを入れた。
「ま、とりあえずお互いに目標を持ったわけだしな。 その目標を達成する為にも、必ず生きようぜ相棒」
「言われるまでもない、必ずこの手で……世界の平和を掴みとって見せるぞ」
「おうっ!」
激しい戦いを乗り越え、これから先に待つ更なる激しい戦いを前に、二人はお互いの決意を固めた。
プロジェクト:エターナルを必ず阻止する事を。
そしてE.B.Bと戦い続けて、いつか人類が元通りに平和に暮らせる時代を信じて。
格納庫の休憩室で、シリアはラティアは二人で体を休めていた。
オーバーブースターの強烈なGを受けたラティアの身体には大きな負担がかかっていたが、幸い命に別状はないようだ。
今はソファーで横になってスヤスヤと睡眠をとっている。
シリアはお気に入りの炭酸水を片手に、自らの足の状態を確認する。
器具をつけていた箇所を超え、身体がE.B.B化している部分がさらに広がっていっているのがわかった。
思っていた以上に、進行が早すぎる。
これもシリア自身が無茶な戦いを続けている代償だというのだろうか?
これ以上戦い続ければ、シリアのE.B.B化は加速し続けてしまう。
シリア自身もそれは承知の上でHAに乗り続けていた。
「―――この戦いを、最後にしたいもんだね」
恐らく限界が近いのだろう、とシリアは察した。
戦いを止めたからといって、自らの身体がE.B.B化していく運命は変わらない。
だが、それでも何か方法があると信じるしかないだろう。
「アッシュベル、アタシはアンタを許さない。 アイツの命を弄んだ、アンタを」
フィミアは自ら悲しき死を受け入れた。
なのに、それを無理やり生き返らせて……戦いの道具にしたアッシュベルの非道さを許すことが出来ない。
もう二度と、あんな者が作られないようにする為にも――この作戦は成功させなければならないとシリアは誓った。




