不死の軍団 ⑤
銃声が鳴り響く中、ブレイアスは必死でリビングデッドのライフルを躱し続けていた。
ガジェロスとの戦闘で損傷したブレイアスでの戦闘継続は想像以上に厳しい。
しかし、それでもゼノスは遥かに扱いの難しいゼノフラムと比べればマシなレベルとさえ感じている。
シリア達が相手にしていた赤色のリビングデッドと違い、青いリビングデッドにはオーバーブースターは搭載されていないようだ。
ブレイアスでも動きについていく事は出来るが……近づけばグレネードを撒かれて距離を置かれ、
遠距離戦ではライフルを始めとした射撃武装の火力差で優位に立たれてしまっているのが現状だ。
万能機であるブレイアスは距離を選ばずに戦えると言えど、相手のリビングデッドは遠距離に特化した武装である。
出来る限り接近を試みるが、先程から何度も何度も上手く躱され続けていた。
「……あの動き」
リビングデッドの戦い方を見て、ゼノスは直感で感じ取った。
グレネードを利用したリスクの高いかつ強引すぎる回避手段。
数分戦っただけで感じ取れる『天才』としか思えない操縦センス。
「名乗れ、お前は誰だ?」
確かめなければならない。
ゼノスは自ら導き出した答えを確認すべく、相手のリビングデッドに通信を送った。
しかし、通信は返ってこない。
まさか無人? いや、あれは明らかに人が操作しているはずだ。
「ならば、確かめさせてもらうっ!」
ブレイアスはサーベルを片手に、ブレイアスへと向かい一気に距離を詰めていく。
ライフルの弾を掻い潜り、徐々に距離を詰めていくとようやく目の前にまで辿り着いた。
先手を取られる前に、仕掛ける。 ゼノスは一気にブレイアスを加速させてサーベルを力強く振るう。
だが、次の瞬間……リビングデッドがほぼ至近距離でミサイルを全弾発射し始めた。
「クッ……!」
ブレイアスの足を止めたが、ライフルで迎撃する暇もなく止むを得ずゼノスは後退する。
ガァンッ!! 突如、コックピットが激しく揺れた。
広範囲に渡り放たれたミサイルの嵐を交わしきれず、ブレイアスは直撃を受けてしまう。
バランスを失いながらも、ゼノスは制御を取り戻し、何とか海へと墜落せずに済んだ。
リビングデッドに仕掛けようとライフルを構えたが、上空からは既に姿を消している。
回り込まれたかと、機体を振り向かせた瞬間――猛スピードでリビングデッドがサーベルを片手に迫って来ていた。
ガキィィンッ! 辛うじて反応できたが、サーベルで一撃を受け止めきるので精一杯だった。
反動で吹き飛ばされ、リビングデッドにライフルを向けられる。
やられる――直感で悟ったゼノスは覚悟を決めた。
……しかし、何故かリビングデッドはライフルを構えたまま突如動かなくなった。
『―――俊ちゃん』
リビングデッドはライフルを降ろすと、ブースト全開でその場を立ち去っていく。
「俺を見逃した、ワケではないな。 あのパイロット、やはり……」
最後に送られてきた通信の一言で、ゼノスの中に秘めていた答えが確信へと変わった。
リビングデッドの大群の中、2機のブレイアスWが次々とリビングデッドを落とし続ける。
かなりの数を落としてきたが、それでもリビングデッドの数が減る気配はない。
やはりあの黒船を落とさない限り、リビングデッドの大群から逃れる事は出来ないのだろう。
「姉貴、まだいけるか?」
『ええ、問題ないわ』
一度気を失ったにも関わらず、ラティアは平然とそう答える。
ラティアへの負担を避ける為にドッキングを解除したと言えど、それでも完全に負荷が消えるわけではない。
やはり、あの時の赤い光が何らかの影響を及ぼしたと考えるのが自然だろう。
……フィミアが二人を守ってくれたのだ。
『シリア、ラティアっ! フリーアイゼンの護衛へ回ってくれ』
「艦長?」
突如、シリアに艦長から直に通信が届くと……フリーアイゼンが全速力で前進していく姿が目に移った。
まさかこのまま、リビングデッドの大群を切り抜けるつもりなのだろうか?
「……アタシ達、よほど頼られてるのかね?」
『行きましょう、モタモタしてたらフリーアイゼンが落とされてしまうわ』
「それだけは勘弁だねっ!」
2機のブレイアスWは、ほぼ同時に飛行形態へと変形してフリーアイゼンの後を追った。
銃声と金属音が鳴り響く中、ι・ブレードとクライディアの激しい戦いが繰り広げられていた。
危険察知で回避をしながらもブラックホークで迎え撃ち、その隙を狙われてはムラクモで受け止める。
クライディアの持つレイジングクローに捕まってしまえば、ι・ブレードの装甲と言えど無事では済まない。
いつも以上に神経を尖らせながら、晶は戦い続けていた。
近距離に特化したクライディア相手では、接近戦は分が悪い。
だが、中距離を保っているだけではあの男に勝つ事は出来ない。
ムラクモで接近戦を仕掛けるか、或いはロングレンジキャノンで一撃で仕留めるしかなかった。
クライディアの機動性を前にロングレンジキャノンは隙が大きすぎる為、使う事は出来ない。
多少リスクを負ってでも、相手の懐へ飛び込んでいくしかないだろう。
『落ちろ、ιぁぁぁぁっ!!』
危険察知が発動し、背後からクライディアが仕掛けてくる映像が映し出される。
そのタイミングを狙うしかない、晶はムラクモを構えてクライディアを待ち構えた。
すると、信じられない速度でクライディアはι・ブレードへと迫り来る。
早めに回避を行えば、相手に動きを読まれて返って反撃を貰う危険性が高い。
だが、あの速さを前にしてそんな事が可能なのかと不安になった。
晶は出来る限り相手を引き付けようと下がる。
既にクライディアは目の前にまで迫っていた。
予想以上に早いが、今やるしかないと晶は腹を括った。
「ソードコアっ!!」
ι・ブレードの左右から、クライディアを囲むようにソードコアが射出される。
「行けよっ! ι・ブレードォォォッ!!」
ι・ブレードはムラクモを構え、前進する。
このままクライディアの一撃を受け止めきれれば、左右からソードコアで仕掛けることが出来るはずだ。
咄嗟に思いついた晶の作戦ではあるが、思っていた以上に有効な戦法であると確信していた。
この距離であれば、いくら俊であると言えど……例えιシステムを搭載していようが回避は難しいはず。
猛スピードで突進してきたクライディアの一撃を、晶はムラクモで受け止めきった。
しかし、ムラクモと衝突した時の衝撃を利用して、クライディアは強引に軌道を変えて、ι・ブレードの真横を突っ切っていった。
やはり交わされたかと、晶は仕切り直そうと一旦距離を離す。
『親父を奪われた気分はどうだ? 俺を憎いと思ったか?』
「……当たり前だ、憎いに決まってんだろうがっ!」
バァンッ! ブラックホークをクライディアに向けながら、晶は叫んだ。
『だが、俺の痛みはこんなもんじゃねぇ。 ソノ姉は俺の全てだった。 生きる希望でもあり、俺の唯一の肉親でもあり、母親よりも母親に近い存在だった。
いいか、テメェがソノ姉を殺したというのは……俺の全てを奪った事と同じなんだよ。 だから俺は、テメェの全てを奪ってやると誓ったんだぁぁっ!!』
「だからといって、誰もかも巻き込んでいいのかよっ!? そんな理不尽な復讐があってたまるかっ!」
『恨むんならソノ姉を奪っちまったテメェ自身を恨め……すぐには殺してやらねぇぞ、じわじわとなぶり殺してやろうか? イヒヒィッ!!』
「お前が俺の全てを奪うって言うんなら、俺はお前を倒すっ! 皆を守る為にも、親父の仇を取る為にもっ!!」
『やってみろよ、ビリッケツゥゥゥッ!!』
晶に頭痛が走り、クライディアが仕掛けてくる映像が目に入る。
あっという間に距離を詰められ、止むを得ずムラクモで一撃を受け止めようとするとコックピットから青い光が灯された。
クライディアから離れようと上昇していくと、まるでそれを予測していたかのようにクライディアが先回りをする。
そのまま右手を突き出し、クライディアは急降下をし始めた。
迎え撃とうと晶はムラクモを構えて、全速力で飛び掛かる。
お互いが衝突する直前、クライディアはギリギリのタイミングで軌道をずらしてι・ブレードの背後を取った。
『終わりだ、ビリッケツゥゥゥッ!!』
「終わるのは、お前だっ!」
俊の動きを完全に読み切れた晶は、ソードコアを事前に背後へと射出していた。
しかし、クライディアはソードコアをクライディアで弾き飛ばし構わず突進を仕掛けようとする。
その隙を狙って晶は、思い切り高く上昇し、ロングレンジキャノンを取り出した。
「この距離なら……」
晶は照準を合わせると、エネルギーの充電が始まる。
赤い電子の照準が動きが止まっているクライディアに合わさっていく。
『遅ぇよっ!!』
しかし、俊はすぐにロングレンジキャノンに気づき、猛スピードで迫ってきた。
予想以上に早い……だが、やるしかないと晶はただエネルギーの充電が終わるのを待つ。
徐々に距離を詰められていき、晶は額に汗を流す。
まるで相手の動きがスローモーションのように遅く見える。
まだかまだかと晶が待ち続けると、ようやく赤色の照準が緑色へと変化し、ロックオンのメッセージが出力された。
「いっけ―――」
晶がトリガーを引こうとした瞬間、危険察知が発動する。
クライディアに先手を撃たれたのか? それとも間に合わなかったのか?
そのどちらかを見極める為に、晶は生唾をごくりと飲み込む。
だが、映像に映し出されたのはそのどちらでもなかった。
青色のリビングデッドから突如、ι・ブレードの横からサーベルで斬りかかってくる映像だ。
周囲のリビングデッドの邪魔をされたのだろうか?
いや、それにしては色も形状も異なっている。
あのリビングデッドは一体何だ?
止むを得ず晶は、ι・ブレードは空高く上昇し2機のHAから逃げ切ろうとする。
バァンッ! すると、追いかけてきたのはクライディアではなくリビングデッドの方だった。
ライフルを放ちながら距離を詰められ、晶がムラクモを振るおうとした瞬間―――グレネードが投げ込まれて、爆発した。
激しい爆音と共に周囲は煙に包まれ、一気に視界が悪くなる。
「何だ、あのHA……他の奴と動きが違う?」
突然現れた第3のHAに戸惑いながらも、晶は周囲を警戒し続ける。
『テメェ、俺の復讐の邪魔をするんじゃねぇぇっ!!』
ガキィィンッ!! すると煙の中から激しく金属音が鳴り響き始めた。
恐らく俊と例のリビングデッドが戦っているのだろう。
すると、突如ι・ブレードのコックピットから赤い光が灯された。
「ιが……何かを伝えようとしているのか?」
『―――俊、ちゃん』
「え――」
晶は思わず、言葉を失った。
リビングデッドからの通信から、何処か懐かしいとさえ思える声が聞こえたのだ。
もう二度と聞けるはずのない声。
「シラナギ、さん?」
間違いなく、シラナギの声だった。
だが、シラナギはあの時俊を庇って死んでいったはずだ。
生きているはずがない、一体どういう事だというのだろうか?
だとすれば、俊をあのHAと戦わせてはいけない。
「やめろ俊っ! そのHAと戦ってはダメだっ!」
『あ? テメェに指図される覚えはねぇんだよぉっ!!』
「そのHAにはシラナギさんが乗っているんだっ!!」
『笑えねぇ冗談だなビリッケツよぉ? ソノ姉は死んだ、あの時確かに目の前で……テメェが殺したんだろうがぁぁっ!!』
俊の叫びと同時に、晶に頭痛が走り危険察知が発動する。
ダメだ、半ば予想していた答えだったがまるで信用していない。
俊はあの声に気づいていないというのか?
ガキィィンッ!! 視界が悪い中、晶は辛うじてムラクモでクライディアの一撃を受け止めきる。
何か気付かせる方法は、ないのか。
晶の聞き間違いである可能性もゼロではないが、それはない。
あれは間違いなくシラナギであると、晶の直感が告げていた。
すると、ι・ブレードのサブモニターにメッセージが出力されていた。
「……ラストコードだって? そ、そうかっ!」
何かを閃いたのか、晶はムラクモでクライディアを退けて煙の中から脱出する。
「ι・ブレード、お前の力でシラナギさんの声を聞かせてくれっ!」
晶がラストブレードを発動させた瞬間、ι・ブレードは真っ白な輝き放ち始めた。
共鳴反応の影響か、晶自身に激しい頭痛が襲い掛かるが何とか堪えきる。
「シラナギさん、貴方なんですよね? 答えてくださいっ!!」
コックピットから晶は必死でシラナギの声をかけたが、返事が返ってこない。
すると、クライディアが仕掛けてくるのを感じ取り、晶はムラクモを構えて一撃を受け止める。
『テメェはソノ姉を踏みにじりやがった……許さねぇ、殺す……殺してやるよぉぉぉっ!!』
「クッ……シラナギさん、シラナギさんっ!!」
『―――俊ちゃん、ダメですよ』
『なっ――』
頭の中に直接響いてくるかのように、シラナギの声が届く。
その瞬間、クライディアの動きが止まった。
『もう、私との約束を全然守ってないんですね。 お姉さんとの約束を破るなんて、いけない子ですよ?』
『ど、どういう事だ? ソノ姉の、ソノ姉の声が―――』
俊は動揺を隠しきれずにいた。
当然だ、死んだはずの人間の声がはっきりと聞こえてしまえば俊でなくてもそうなってしまう。
だが、妙だ。 一か八かで試したラストコードであったが、これはエターナルブライトの声を聞く事ができるだけのはずだ。
ジエンスのようにE.B.B化したのならともかく、どうしてシラナギの声がしっかりと届いたというのか?
『晶くん、久しぶりですね。 こんな形で、また再会しちゃうとは思いませんでしたが』
「……あのHAに乗っているのは、シラナギさんなんですか?」
『そうですよ、私自身が操っています。 ――とは言っても、実はほとんど私の意識はないんです。 何せアッシュベルに無理やり生き返らされましたからね』
「無理やりだってっ!?」
『エターナルブライトは時には死者を蘇らせる事もあります、但しそれが生前と同様の姿とも限りませんし……意識がはっきりあるとも限りません。
私から言えるのはただ一つです、ここに展開されたリビングデッドは全てエターナルブライトを埋め込まれた死体とHAが融合した姿なんですよ』
「そんな――」
だからHAにそのような名前が付けられているというのか?
しかし、死者すらも蘇らせるとはエターナルブライトの力は想像以上であった。
どんな病気でも直し、死者すらも蘇らせる。 メシアが血眼になって研究していた理由にも納得がいくだろう。
『私はまだマシな方です、こうしてコアを通して晶くんと会話できますしね。 中には全く意識すら残っていない人も――いえ、そんなに長く話してる暇はありませんね。
晶くん、実は私は貴方にお願いがあるんですよ』
「お願い?」
『先程も言った通り、私は今意識も持たずに闇雲に戦闘するだけの……ただの戦闘マシーンになっているんです。
もっと言うならば、E.B.Bと何ら変わりがない生物なんですよ。 これ以上戦い続けると、晶くんや俊ちゃんを傷つけてしまうかもしれません。
だから……私を殺してください』
「シラナギさんを、殺す?」
晶はその言葉を耳にして、背筋をゾクッとさせる。
またあの時と、同じ思いをしなければならないのか。
いや、今は状況が違っている。
あの時はシラナギが俊を庇って、結果的に晶がシラナギを殺してしまったが……今回は違う。
自らの意思で、殺せと言っているのだ。
『うふふ、また俊ちゃんに恨まれちゃうかもしれませんが……あの子、根は悪い子じゃないんですよ?
きっと、話せばわかってくれますよ。 俊ちゃんに私を殺させるのも酷な事だと思いますし……どうか、引き受けてくれませんか?』
シラナギは生前と何も変わらない様子で、晶に語りかけていた。
まるでシラナギの笑顔が浮かぶかのような、その明るい言葉に逆に晶は戸惑ってしまう。
一度死んだはずの人間を、もう一度殺さなければならないのか。
だが、それをやれるのは今、晶しかいない―――
「……やります。 俺が、貴方を責任持って――」
『させねよぉッ!!』
その時、クライディアが凄まじい速度でι・ブレードへと仕掛ける。
ガキィィンッ! ι・ブレードはムラクモで一撃を受け止めて見せた。
『ソノ姉には指一本触れさせねぇ……今度こそ、今度こそ俺が守る……テメェなんかに、やらせねぇんだよぉぉっ!!』
「やめろ、俊っ! シラナギさんは、もう―――」
『黙れ……黙れ黙れ黙れぇぇぇっ!!』
クライディアは闇雲にι・ブレードに攻撃を仕掛け続ける。
晶はひたすら重い一撃を受け止め続けるだけで、反撃はしなかった。
一撃を受ければ受ける程、俊の悲しみが伝ってくる。
目の前にいるのは父親の命を奪った張本人だというのに、晶は憎み切れなかった。
俊の痛みが、どれ程苦しんでいたかがわかってしまったから。
「――俺を恨んでくれても構わない。 だけど、今の状態のシラナギさんを放っておくことは俺は出来ない。
このままシラナギさんが罪のない人々の命を奪ってもいいのかよ? E.B.Bに成り果てて、世界の外敵となってもかまわねぇのかよっ!?」
『黙れよビリッケツ……ソノ姉は、ソノ姉は俺の……俺の全てだった。 テメェなんかに、やらせるぐらいならぁぁっ!!!』
クライディアは翼を大きく広げて、空高く飛び上がっていく。
風を裂く音が、まるで叫び声のように虚しく響き渡る。
クライディアが向かった先には、シラナギが乗るリビングデッドの姿があった。
『ソノ姉、逢いたかった……俺はずっと、ソノ姉を探し続けていた』
『……』
シラナギは何も答えなかった。
目の前に突如現れた弟に困惑しているのか、或いは自意識を制御できなくなって声を伝えることが出来なくなったのか。
だが、それでも俊は続けた。
『ソノ姉を失った時、俺はどうすればいいかわからなかった。 ただ、ソノ姉にもう一度会いたくて……だけど、二度と遭えねぇと知って……絶望した。
だけど、ソノ姉は再び俺の前に帰って来てくれた。 ヘヘッ、笑っちまうな。 あんだけソノ姉を求めてたのに、俺は――それだけで、満足しちまった』
クライディアは右手を突き出し、目にも留まらぬ速さでリビングデッドへと向かっていく。
サーベルを構えて抵抗しようとするが、あまりにも早すぎる機動性についていけなかったのか……クライディアの右腕は、呆気なくリビングデッドのコアを貫いた。
『俺はソノ姉の弟だ、ソノ姉が……今その状態で生きている事がどれだけ苦しいかが、わかっちまう。
ソノ姉を苦しみから解放するのは、ビリッケツなんかじゃねぇ……血の繋がった家族である、俺しかいねぇだろうが』
「――俊」
俊は驚くほど冷静になって、静かにそう呟いた。
恐らく俊にも、シラナギが晶に語りかけていた言葉が聞こえていたのだろう。
明るく振る舞うシラナギであったが、その裏に悲しみが隠されていたのは晶にもわかっていた。
リビングデッドから煙が吹き出し、火花が散り続ける。
だが、そんな状態でリビングデッドは、まるで抱き抱えるかのようにクライディアへとしがみ付き始めた。
『――俊ちゃん、ずっと……ずっとこうしてあげたかった。 俊ちゃんに再会したその日から、私はずっとこの感情を抑え込んできました。
でも、結果……それが俊ちゃんを傷つけてしまい、歪めてしまったんですね。 ごめんね、俊ちゃん……私は、本当に最低なお姉ちゃんでした。
勝手な理由で貴方を捨てて、一人で戦い続けて……勝手に死んで、貴方を苦しませ続けてました』
『ソノ、姉―――俺はソノ姉を恨んだことは一度もない。 ただ、ソノ姉に逢いたかった……もう、それだけで十分だ』
『うふふ……よく、成長しましたね。 これで本当に……本当にお別れです。 俊ちゃん、大好きですよ――』
リビングデッドは静かに手を放すと、力なく海へと向かい落下を始め……大爆発を起こした。
『ソノ姉、ソノ姉っ!! ―――うおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!』
クライディアは悪魔のような翼を全開まで広げて、まるで天へ向かって叫んでいるかのように見えた。
すると、凄まじい速度でリビングデッドの集団を潜り抜け……姿を消していった。
「……終わった、のか」
晶は沈み行くリビングデッドのパーツを悲しい目で見送った。
『晶、無事か?』
「ゼノス? そ、それはこっちのセリフだっ!」
ゼノスの通信を確認すると、そこにはボロボロとなったブレイアスの姿があった。
まさかその状態で今まで戦い続けていたというのか?
『フリーアイゼンに戻れ、この戦闘領域を一気に突破するようだ』
「……ああ」
晶はゼノスの指示に従い、フリーアイゼンへと帰還していった。
「白紫輝砲の用意はいいか?」
「ああ、バッチリだ」
「私の方も問題ない」
「HA部隊のも回収完了しています。 後は艦長の指示だけですよ」
ブリッジルームには緊迫した空気が流れていた。
リビングデッドの部隊を抜ける為、白紫輝砲で強引に道を作り船を直進させる作戦。
シンプルかつ大胆であったが、他に方法がない以上、決行する以外の選択肢は残されていなかった。
「最悪、フリーアイゼンが落とされた場合……HA部隊だけでも神の源へ向かわせるぞ」
「そんな縁起でもねぇ事いうなよ」
「そうですよ、これまでフリーアイゼンは何度も危機を切り抜けてきているんですから」
「私も信じてますよ、艦長の事」
「――すまない、お前達」
クルーが信じるというのならば、もはや迷う必要はない。
覚悟を決めた艦長は、深く深呼吸をして真っ直ぐとモニターのリビングデッド部隊を目にした。
「白紫輝砲、撃てぇぇぇっ!!」
「うおらぁ、消し飛ばしてやるぜぇっ!!」
艦長の合図と共に、ライルはトリガーを引く。
すると画面いっぱいに真っ白な輝きが発せられる。
「今だ、直進させろっ!!」
ブリッジルームが激しく揺れる中、艦長は指示を続ける。
「わかりました、切り抜けて見せますよっ!!」
リューテが舵を握り、船体速度を最大まで上げるとブリッジルームの揺れは更に激しさを増す。
「左舷部より敵機が接近中ですっ!」
「対空砲を使えっ!」
「あいよっ!!」
白紫輝砲の一撃で多くの敵を片づける事は出来たがようだが、予想以上に早く周囲のリビングデッドが集まり始める。
「主砲を撃て、ミサイルを使って弾幕を張れっ!」
フリーアイゼンは攻撃の手を緩めずに、ただひたすら直進を続ける。
ダァンッ!! すると、艦が凄まじい音共に激しく揺れ始めた。
敵の攻撃を被弾してしまったようだ、それもかなりでかい一撃だ。
「被害状況を知らせろっ!」
「右舷ブロックにて火災が発生っ! 至急消火班を急がせますっ!」
「ですがフィールドに異常はありません、このまま突き進みますよっ!」
ヤヨイが必死で状況を知らせる中、リューテはスピードを緩めることなくただ、ひたすら前へと船を動かす。
「行け、人類の未来を守る為に……アッシュベルの野望を阻止する為に、突き進めぇぇっ!!!」
艦長の力強い叫びは、艦内中に響き渡った。