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第6章 今一歩の勇気

真治と窓越しの電話で別れて以来、本当に会えなくなった。学校ではすれ違うことも無く、家に居ても、準備が忙しいらしく、カーテンに写った真治の影はせわしなく動いていた。

真治の出発を二日後に控えた今日、決意を胸に美咲は学校に来ていた。

その手には想いの全てを文字に表した手紙がある。

桃色の可愛らしい封筒に入った手紙。何時間も、何日も考えて、破いては書き、破いては書いた大切な手紙である。

真治には何とか放課後に時間を作ってもらった。後は、放課後までの時間を待つばかりである。

「何それ?」

「ひゃあああ!?」

突然掛かった声に驚き、机から飛び退く。振り返ると、そこには美咲のあまりの驚き方に呆気を取られた麻耶が居た。

「……いや、そんなに驚かなくてもいいじゃない」

「な、何だ……麻耶ちゃんか」

「……何だ、は失礼じゃない?」

「あ、ごめん」

謝って、再び席に着く。

ぜんぜん気づかなかったが、いつの間にか麻耶が登校していた。

「で、結局何んなのこれ……まさか」

いつの間に落としていたのか、手紙は麻耶の手の中にあった。

「ち、違うよ、これは違う! ぜんぜんそんな変な手紙じゃないから! 私が書いたやつだから!!」

「ふーん、つまり美咲のラブレターって訳だ」

「あ、あぅ……」

慌ててしまい、結局手紙の正体を明かしてしまった。恥ずかしくなり、俯いてしまう。

「ま、がんばんなさいよ」

「あ、うん……ありがとう」

特に何かをするわけでもなく、麻耶は手紙を返してくれた。

授業が始まったため、それ以上話す事は出来なかったが、今のやり取りで緊張はほぐれていた。

気づかないうちにガチガチになっていた美咲を見かねて声を掛けたようだ。

つくづく麻耶には敵わなかった。

授業が始まった。

……。

…………。

………………。

今日の授業は本当に頭に入らなかった。

気づけば授業は終わり、いつの間にか放課後になっていた。

「あれ? 美咲まだ居たの?」

「……え? 今何時!?」

「四時半、もう掃除も終わってるわよ」

「えぇ!?」

慌てて手紙を持って、教室を飛び出る。

待ち合わせした時間は四時だった。すでに半時も過ぎてしまっている。

馬鹿馬鹿馬鹿! 私の馬鹿! 何でこんな大事なときに限ってどじ踏むのよ!

叱咤しながら、待ち合わせ場所である中庭にある大きな桃の木まで走る。

「はぁ、はぁ、はぁ!」

忙しい中何とか取り付けた時間。

美咲は涙を堪え、走る。

美咲達の教室は、丁度中庭が見えない側に位置しているため、まだ待ってくれているかどうかも分からない。

たぶん、もう居ない。

そんな嫌な考えが浮かんでしまう。

明後日には、出て行かなければならないのだ、待っている時間など無いはずだ。

美咲はようやく中庭に出た。桃の木までは少し距離がある。

全速力で桃の木まで走る。

そこに真治は―――

「お、遅かったな」

―――いた。

いつもの笑顔で、桃の木に背中を預けてポケットに手なんか入れて、格好つけた格好で待っていた。

待っていた。

その事実が嬉しかった。だが、同時に気が緩んでしまい、美咲は足元を疎かにしてしまった。

「え!?」

視界が傾く。

気をつけていれば確実に気付けたはずだった。美咲は足元に転がる石を踏んでしまい、派手にこけしまった。

「お、おい大丈夫か!?」

真治が慌てて駆けてくる。恥ずかしいが、それ以上に、今はいち早く手紙を渡したかった。

「いたた、大丈……あれ、無い!」

「ん? 何が無いんだ?」

「あ、て、手紙が無いの!!」

辺りを見回すが、それらしいものは無い。

「どこ? どこ!?」

起き上がって辺りを見回す。

「あ……手紙って、もしかして、それ?」

「……え? あ……」

真治が指したのは美咲の目の前、先程まで美咲が倒れていた場所。

そこに、手紙はあった。

無残に破れ、くしゃくしゃになった姿で手紙はあった。

「そん……な」

手紙を拾い上げるが、土で汚れ、桃色だった封筒は見る影も無い。中に入っていた手紙も、封筒が破れたことで、多量の土で茶色に染まっていた。

「……美咲、大丈夫?」

「ふっ……ぅ……っ」

手紙を抱きしめ、泣いた。

堪えていた涙が溢れる。

もう手紙は跡形も無い。この想いも、今の気持ちも、全て詰まった手紙は無くなってしまった。

口には出来ない。素直な気持ちを書いていた。

言えれば、どんなに楽か分からない。

言えないからこそ文字にした。

でも、もう無い。

「ふぐっ……ぁ……っ」

「……」

手紙を抱きしめたまま泣き続ける美咲を、真治はじっと見守ってくれた。

声を掛けるわけでもなく、何かするわけでもなく、ただ見守ってくれた。

それが何より嬉しかった。

惨め過ぎて、今の自分はどんな言葉にも、どんな行為にも反発してしまいそうだったから。真治の優しさに甘えて、目一杯泣いた。

……。

…………。

………………。

「……落ち着いた?」

「……ぅん」

日が暮れてから、ようやく泣き止んだ美咲に、真治はやさしく声を掛けてくれる。

泣き腫らして、真っ赤になっているだろう目を見られないために、美咲は内海居たまま答えた。

「ん、じゃあ、帰ろうか」

そう言うと、真治は美咲の前に腰を降ろした。

突然の行動に訳が分からず、首を傾げる。

「えっと……真ちゃん?」

「膝怪我してるだろ? おぶってやるよ」

「え!? い、いいよ!」

恥ずかしさで咄嗟に断ってしまうが、真治は頑として退こうとしない。

「怪我人が文句言うな、悪化させちゃ悪いから送ってくよ」

「あ……ぅ」

さすがにこのまま言い争っても、どうせ根負けすることは長年の付き合いから分かっていた。

「それじゃ、お願い……します」

「おう」

そっと、真治の首に手を回すと、身体が浮き上がる。軽々と持ち上げられてしまった。

そのまま、恥ずかしさから無言の美咲のかばんを教室から回収すると、学校を出た。

しばらく無言で歩いていく。

幸い人通りは少なく、たまに通る人がぎょっとする程度で済んだ。

「ねぇ、呼び出した理由、聞かなくていいの?」

「聞いたら答えてくれるのか?」

真治の答えに黙り込む。

「あはは、だろ? じゃあ、聞かない。岬のドジはいつものことだからな」

「な、なによ、それ……」

頬を膨らませ、真治の頭を叩く。その間も真治は笑っていた。

なんだか子供時代に戻ったような感覚。自然なやり取りが、少しくすぐったかった。

「んじゃ、一つだけお願いしていいか?」

「え? うん」

「その手紙くれないか?」

制服の胸ポケットに入れた手紙を出そうと

したが、止めた。

「……駄目、帰ったら捨てるの」

「……そっか、残念」

残念そうな真治が本当に読みたかったのかは分からないが、こんな泥だらけになった手紙を渡すのは嫌だった。せっかく素直だった気持ちまで汚れていそうで、渡せるわけが無かった。

「あのさ、長い休みには帰ってくるから遊ぼうぜ」

「あ、うん……」

真治の優しさに甘え、頷いた。

安心したら、急に眠気が襲ってくる。今日一日緊張し続けたからであろう、この幸福な時間をより長く感じていたいのに、睡魔に抗えない。

「ん~まずは海だな、あと映画とかどう……だ? 美咲眠いのか?」

「んぅ……眠く……ない」

だが、言葉に反して瞳と意識は閉じようとしてしまう。まだ、眠るわけには行かなかった。

「見送り……絶対行くね……」

「……ああ」

「ぜったい……だから……」

真治の背中で揺られながら、美咲はゆっくりと夢の世界に落ちていく。

「絶対……だぞ」

真治の声を聞きながら、美咲は心地の良い眠りに就いた。

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