お人好し令嬢は、殿下の特別になりたい~擬態スキルで迷惑な異母妹を撃退したら、なぜか王子様にだけ正体を見抜かれています~
【第一章 何も持たない令嬢】
春の朝。
王都のローゼンベルク子爵邸では、今日も一人の少女が庭の花に水をやっていた。
銀色の髪。
透き通るような碧い瞳。
整った容姿をしているにもかかわらず、彼女はいつも目立たない場所にいた。
レティシア・ローゼンベルク。
皆からはレティと呼ばれている。
「お義姉様ー!」
屋敷に響く甲高い声。
振り返ると金髪縦ロールの少女がこちらへ歩いてくる。
異母妹のマリアンヌだった。
「わたくしのお茶会用のドレス、まだ直してませんの?」
「もう少しで終わるわ」
「遅いですわ!」
レティの手からドレスを奪う。
その拍子に指先が切れた。
赤い血が滲む。
それでもレティは怒らない。
「ごめんなさい」
謝る。
いつも通り。
母が亡くなってからずっとそうだった。
継母もマリアンヌもレティを使用人のように扱う。
それでもレティは誰も恨まなかった。
なぜなら。
人の優しさを知っていたから。
レティには秘密があった。
【擬態】
相手に触れることで、その人物と全く同じ姿になれる能力。
髪色も。
瞳も。
声も。
体格すら。
完全に再現できる。
だからこそ誰にも知られてはいけなかった。
知られれば利用される。
そう分かっていたから。
【第二章 階段で出会った王子様】
放課後。
学園の石造りの階段を降りていたレティは足を滑らせた。
視界が傾く。
落ちる。
そう思った瞬間。
温かい腕が腰を支えた。
「大丈夫?」
金色の髪が夕日に輝く。
澄んだ碧眼。
柔らかな微笑み。
第一王子アルベルトだった。
学園中の憧れの人。
「す、すみません」
「怪我は?」
「ありません」
「良かった」
その笑顔は噂通り優しかった。
いや。
噂以上だった。
指先が触れた瞬間。
アルベルトの表情が一瞬だけ固まる。
頭の中に流れ込んできた。
銀髪の少女。
傷ついた指。
謝る声。
泣きそうな笑顔。
レティシアの記憶。
アルベルトは知っていた。
自分には人の記憶を覗いてしまう力がある。
そして。
この少女が想像以上に苦しい日々を送っていることも。
「君の妹……マリアンヌ嬢だね」
レティが驚く。
「なぜご存知なのですか?」
アルベルトは苦笑した。
「実は困っていてね」
数日後。
王子は真実を打ち明ける。
マリアンヌが毎日のように追いかけてくること。
婚約者気取りで振る舞うこと。
話を聞いたレティは頭を抱えた。
「あの子ならやりかねません……」
そして。
二人の秘密作戦が始まる。
【第三章 偽物の王子様】
レティはアルベルトに擬態した。
完璧だった。
誰が見ても王子本人。
待ち合わせ場所へ現れたマリアンヌは歓喜する。
「殿下ぁ♡」
しかし。
次の瞬間。
「七歳の頃、池に落ちて泣いたそうだね」
「え?」
「十二歳のとき騎士見習いに恋をしたとか」
「え?」
「厨房のお菓子を盗み食いして――」
「やめてぇぇぇぇ!!」
公園中に響く悲鳴。
作戦は大成功だった。
【第四章 特別な人】
それから。
アルベルトとレティは親しくなる。
図書室。
中庭。
放課後の帰り道。
二人は静かに話すようになる。
レティは無口だった。
けれどアルベルトは知っていた。
彼女が誰より優しいことを。
誰より他人を気遣うことを。
そして。
本当は傷ついていることも。
ある日。
アルベルトが聞く。
「君は怒らないの?」
レティは首を傾げる。
「怒ります」
「見たことがない」
「怒っても何も変わりませんから」
少し寂しそうに笑った。
その瞬間。
アルベルトは強く思った。
守りたい、と。
【第五章 欲しいものは全部】
だがマリアンヌは諦めない。
レティが王子と親しくなっていることに気付いたからだ。
許せなかった。
昔からそうだった。
お義姉様の持つものは全部欲しかった。
綺麗な髪も。
優しい先生も。
友達も。
そして今は。
アルベルト殿下も。
ある夜。
マリアンヌはレティを脅す。
「わたくしの姿になりなさい」
「え?」
「殿下の前ではわたくしがお義姉様になりますの」
計画は完璧だった。
レティがマリアンヌになる。
マリアンヌがレティになる。
誰も見抜けない。
そのはずだった。
だが。
翌日。
アルベルトは会った瞬間に言った。
「偽物だね」
マリアンヌが凍りつく。
「な、何を仰っているのですか?」
「君はレティじゃない」
笑顔のまま断言する。
本物のレティが現れる。
マリアンヌは叫んだ。
「どうして!?」
アルベルトは静かに答えた。
「簡単だよ」
そして。
本物のレティを見る。
優しい眼差しで。
「レティは人の悪口を言わない」
「レティは使用人にもありがとうと言う」
「レティは困っている人を放っておけない」
「だから分かる」
微笑む。
「姿が同じでも、君じゃない」
レティの瞳が揺れた。
人生で初めてだった。
誰かが。
自分自身を見てくれたのは。
【最終章 君だから好きなんだ】
卒業式の日。
アルベルトはレティに告白する。
「擬態なんて必要ない」
「君が誰になっても分かる」
「だって私は」
王子は微笑んだ。
春風が銀髪を揺らす。
「レティシア・ローゼンベルクを愛しているから」
レティは泣いた。
嬉しくて。
幸せで。
初めて自分が認められた気がして。
その後。
マリアンヌは王都の寄宿学校へ送られ、更生教育を受けることになる。
継母も失脚した。
そして数年後。
レティシアは王太子妃となる。
誰より優しい王子の隣で。
誰より幸せそうに微笑みながら。
アルベルトは生涯変わらず言い続けた。
「姿じゃない」
「私は君を見ている」
そう。
どんな姿になろうとも。
彼だけはいつだって。
本物のレティシアを見つけ出してしまうのだから。




