汝、人を愛せるか ~ 無関心聖女と強欲な聖騎士 ~
ヒトが好きだ。
全てのヒトがとんでもない偶然を重ねて生まれていることに気が付いたときは嬉しくなったし、1つの受精卵が何度も分裂してヒトを形作ると知ったときは感動しすぎて言葉が出なかった。
人間が好きだ。
他の人と交わりながら嬉しくなったり悲しくなったり、自分の上手くいかなさに葛藤して悩んで悩んで頑張っているところは凄いと思うし、少しでも手助けできたらと思う。
だから私は人が好きだと思っていたのにーーー。
「こんにちは。今日はどうしましたか?」
どうやら私は人にあまり興味がないらしい。
ーーーーーーーーーー
大なり小なり多くの人が魔法を使えるこの世界では、神聖魔法という特別な魔法がある。
その魔法は命ある全てのものを癒せる魔法だが、発現する人がとても少ないらしい。なので発現した人は聖女と呼ばれ、国に保護され神殿で守られながら生活する。
聖女はこの世界を見守る母なる女神の代行者だそうで、よくわからないけど凄いんだそうだ。
ん? なんでそんなに伝聞なのかって?
「まぁ、前世の記憶があればねぇ……」
「記憶がどうかしたか」
「いえ、なんでもないです」
そう、私リタはなぜか前世の記憶があった。
小さいころに思い出したものだから、なんとなく「この世界」とか「この国」といった客観的思考になってしまうことがある。女神ってのも……、「いたらイイネ」くらいの感覚だ。
「今日のお勤めは清掃活動ですね」
「ったく、何の足しにもならん仕事を……。前から違う仕事をとってこいって言ってるだろ、祈祷とか治癒奉仕とか」
「いやですよ。それこそ他の聖女様方と取り合いになるじゃないですか」
で、なんでこんな話をしているのかというと。
実は私がその「聖女」だからである。
小さな村で料理屋を経営している両親からありがたくも神聖魔法という銀の匙を持って生まれた私は、幼いころに走って転び、できたケガを泣きながら摩っていたら両手から光が溢れ神聖魔法が使えていた。
神聖魔法の使い手が発見された場合は国への報告義務があるのだが(後で知った)、当時驚いた私が両親に報告すると両親は悩んだ末に「その魔法はどうしてもってとき以外、使っちゃいけないよ。使うとお母さんたちと一緒にいられなくなるからね」と言い、隠ぺいした。
しかしいろいろあって、里帰りの途中で村に寄ったらしい王宮騎士に神聖魔法を使っていたところを見られ、あれよあれよと神殿に連れてかれてしまったのである。ちなみにその時の騎士は私を連れて王都にUターンしたので帰省できなかったらしい。ごめん。
「お前くらいだぞ清掃活動とか僻地の巡礼とか、なんっっっの、旨味もない仕事を取ってくるのは! 他のやつらがおいしい思いをしてることに腹が立たないのか!!」
「いや別に……。 移動は面倒ですけど、あまり思うことはないです」
「 俺 は 腹 立 つ んだよ!!!」
「……そうですか」
聖女になると身の回りを世話してくれる神官が付けられたり、悪漢に襲われないように専属の聖騎士が付いたりする。
聖騎士は神殿に仕える騎士の中でも特に優秀な能力そして女神に仕えるにふさわしい人格を兼ね備えた人がなれる役職で、出生問わず女神に認められればなれるものなのだが……。
さっきから人格者とは思えない発言をするこの男。この人が私につけられた聖騎士…だったりする。
普通、聖騎士になる人たちは女神に忠誠を誓い女神の代行者たる聖女を守ることに心身尽くすのだが、ーーーこの男はとんでもない強欲で、私についていた神官にいつの間にか!すべて!勝手に暇を出していたのだ。理由は私の給付金から従者の給金が出るので、その分を独り占めしたかったらしい。…バカでは?
付き合いはそれなりになったが未だに聖騎士認定は間違いだったのではないかという疑いを禁じ得ない。
「でも、しょうがないじゃないですか。汚れるのは私もイヤですけどそこで揉めて他の人に敵視されるのもイヤですし。 もう私がそういう人間だって諦めてくださいよ……」
「わかってはいるんだよ、わかってはな…! ただ、割のいい仕事に行くときの他の聖女の顔を見ると腹が煮えくり返るほどの苛立ちがな…!」
「なんで聖騎士になれたんですか貴方……」
「女神が認めたからだが?」
はぁ?という顔でこちらを見てくるクリストフ・グリフィス。
この確固とした存在感を感じさせる金色のウェーブがかった髪に透き通るようなグリーンアパタイトの瞳、鼻筋の通った造形美は粗野な言葉遣いのわりに出生は確かで、この国の宰相の息子のうちの一人だそう。
だからか今はこんな感じでも対外的にはきちんと体面を取り繕うので周りからは美貌の聖騎士として高い評価を受けている。
始めのうちは私にも丁寧な言葉遣いだったのだが、少し砕けてきて仲良くなれたのかな?と思っていたらコレである。女神様も選定を間違えることはあるんだな。
「くそ、 …行くぞ、時間だ」
「そのぎりぎりまで悪態ついてても一瞬で切り替えられるとこは凄いと思いますよ」
「俺もお前の他人事みたいな薄っぺらい誉め言葉は凄いと思う」
「機嫌悪すぎません?」
実際他人だしな……、と思いながらクリストフが開けてくれた自室のドアを通り過ぎ転移盤がある広間へ向かう。外へ出るためには聖女が暮らす宮から神殿へ転移しなければならないのだ。
ふわふわとした絨毯の落ち着いた赤色を見ながら足を進め広間に着くと、ちょうどお勤めに出ようとしたらしい他の聖女と鉢合わせした。
「あら。ごきげんよう、早いのね」
繊細なガラス細工のように光を反射する金色の髪に白い陶器のような肌、一見してオーダーメイドとわかる豪華なでも清楚さを失っていない聖女の白を身にまとい、つけている宝飾品もすべて彼女のためにあるようなキラキラした女性ーーー序列第一位、筆頭聖女。カロライナ・バザルゲティ様だ。
高位貴族のご令嬢だがその立場をひけらかすことのない彼女は今日もとても美しい。
「おはようございます、カロライナ様。今日もお綺麗ですね」
「ふふ、ありがとう。あなたは今日も清掃活動かしら」
「はい。カロライナ様は祈祷ですか?」
「そうなの。女神様の御心に少しでも添えるよう、あなたの分まで祈ってくるわ。あなたも清掃活動、頑張って。 クリストフ様もお体にお気をつけて、ともに国のために尽力しましょう」
「過分なお言葉痛み入ります。カロライナ様もお気をつけて」
「今度お茶会しましょうね」
クリストフが頭を下げるとカロライナ様はにっこりと笑って聖騎士達とともに転移していった。
ちなみに序列第一位ともなれば護衛も増えるらしく、彼女に帯同していた聖騎士達はみな専属になるらしい。どの人も私の斜め後ろにぴったりと張り付くこの男より職務に忠実そうな顔をしていたので羨ましい限りである。いや、クリストフもはたから見れば女神に忠誠を誓った忠実そうな聖騎士だったか。
朝からいいものを見た、とにやつく口元を隠していると、背後のクリストフがささやくように口を開く。
「朝からケチがついたな。あの女、お前の分まで祈ってくると言ったぞ。どこまで意識過剰なんだ?まるで既に王妃になったような気じゃないか」
「あの、流れるような罵倒やめません? あと普通に不敬では」
「不敬なのはどっちだあの売女。俺にまで声かけてきやがった。お前がいる前でだぞ? 第一位とはいえ仮にもまだ聖女として同格であるお前の前で、お前のものに声をかけてきたんだ。これでくそったれと叫ばないお前はさぞ聖女だろうよ」
「……。」
火力が強すぎるのだが。
なぜかクリストフは以前からカロライナ様を嫌っている。彼的には他の聖女が私の前で私の専属聖騎士に直接声をかけることはタブーなんだそうだ。
そのあたり、私は前世の記憶もあってあまり重要には感じていないが、他の人は確かにしていないもののカロライナ様は他の聖女の専属聖騎士にも労りの言葉をかけているし、それを誰も咎めないどころか柔らかい表情で対応しているので彼女だけはみな特別だと思っているのでないかと伝えたところ、クリストフからは蔑んだ目で見られた。
私からすれば品があって優しくてお勤めに真面目なカロライナ様は序列第一位で妥当だと思うし、歴代の筆頭聖女はこの国の王太子と結婚して王太子妃になっているので、いま王太子決めでざわついているらしい城の状況が落ち着けば新たな王太子とカロライナ様が結婚するのだろう。
「でもほら、他の聖女様方より良くないですか」
「分別のつかないガキと一緒にすんな」
「いや、適齢期の女性ですけども」
確かに聖女という立場は国や神殿がなにかと希望をすべて叶えてくれるので、カロライナ様以外の聖女はひとりを残して全員漏れなくわがままだ。
でも小さいころに神聖魔法が発現して何でも要望が叶う環境にいれば致し方ない気もする。
王太子が決定するまで聖女の序列がお勤めなどによる貢献度で変動するにしても、一位はカロライナ様一択だろうな。
「まぁほら、私たちも行きましょう」
「……そんな欲がないからお前はいつまでたってもドベなんだよ」
「なんで後ろから刺してきました?」
ーーーーーーーーーー
「リタ様、今日もよろしくね~」
「来てくれていつも助かってるよ」
「聖女さま、これ作ったの!あげる!」
「よろしくおねがいします~。 ありがとう、きれいな花冠だね」
城下町に出ていつものように集合場所へ行けば、なんとなく見知った顔が挨拶をしてくれる。
どこかで見たことがあるような子供から花冠を受け取ると、頭から落ちないようにクリストフに編み込んでもらった。
「サーニャさん今日も主ともども、よろしくお願いします。マルシェさん先日はパンをありがとうございました。エミーリアちゃんもーーーー。」
クリストフがみんなに話しかける声に耳を澄ます。
他の聖女の専属聖騎士は護衛が仕事だからか普段あまり住民とコミュニケーションを取ることはない。しかしクリストフは毎回いろんな人に話しかけるので『話しやすい専属聖騎士』として親しまれていた。
……まぁすべて、私が人を覚えられないことから編み出された対策なのだが。
申し訳ないことに、どうにも私は人を髪の色や長さ、体格で判断してしまう傾向があり、人の名前や顔をなかなか覚えられない。一人と長時間話していても会わない日が続けば顔を思い出せなくなってしまう。なので1発で人を覚えられるクリストフーーなにせ聖騎士に選ばれるくらい能力が高いーーが先に相手の名前を呼び、それを聞きながら私は「ああ、そういえばサーニャさんって名前だった。ああ、パンもらったのはあの人だったっけ」と思い返すのである。
前世からそうだったので「もはや私、病気……?」と疑ったこともあったが、家族や村にいたころの近所の人、クリストフなど長期間一緒にいた人たちは覚えていられるので、クリストフからは「人に興味ないだけだろ」と言われてしまった。そんなつもりは全くないのだが、みなさん本当にすみません。
「少しは覚えられたか?」
「んえぇ……、顔が、顔がたくさんで覚えられません……」
「はぁ…、 まぁ聖女たちでさえ覚えるのに1年かかったからな、仕方ない」
クリストフを交えながら住民と清掃をしつつ時折会話に花を咲かせ、作業終わりには前世の知識から目に見えない雑菌を除去するように住民へ神聖魔法をかける。
以前冗談で「神聖魔法は雑菌も命あるものとしてカウントして大量増殖させているかも」と何気なくクリストフに話したら、その理由を根掘り葉掘り聞かれた後、鬼気迫る形相で何度も除菌目的の神聖魔法をかけさせられた。そもそも雑菌という概念がなかったこの世界でいくら神聖魔法を使おうとイメージできなければ影響は出ないと思うのだが……。なにかトラウマでもあったのだろうか?
「よし、これで最後だな。帰るぞ」
「うん。 みなさん今日もありがとうございました。皆様のご健康とご多幸をお祈りします。女神様に感謝を」
「「「 女神様に感謝を 」」」
「リタ様すみません。少しお時間をいただいても…?」
お勤めを終え帰ろうとすると背後から男性に声をかけられた。
こらクリストフ、面倒だからって笑顔で威圧しないでください。
「どうされましたか?」
「実は村にいる母から以前にはいなかった魔物が出たり以前より凶暴になった魔物が出たりするという話を聞きまして…。聖女様方に見ていただきたいので今日にでも申請書を出しに行こうと思っていたんですが、こういったものはいつ頃見てくださるものなのでしょうか……」
ふむ、と思案げに視線を飛ばす。
聖女は女神様に代わり民の不安を解消する仕事をしているが、その仕事は民が神殿に申請し神殿が内容を吟味したうえでお勤めとして各聖女に割り振ったり聖女が自ら選んだりしている。まぁ女神像に祈りを捧げて女神様に邪神や邪神にゆかりのあるものから守るための結界を張ってもらう「祈祷」や貴族たちの治癒を行う「治癒奉仕」は見返りがすごいらしいので毎回争奪戦なのだが。いや、カロライナ様にはみんな譲るな……。
ちなみにこの世界には昔、邪神なるものがいたらしい。聖書や子供の寝物語の中でしか語られることはないが、その存在を証明するように『邪神のかけら』という、あるだけで周囲の生き物を凶暴化するものは存在するのだとか。その封印と浄化のために聖女が各地に派遣されていたのが当初のお勤め「巡礼」の理由だったそうだが、1000年以上前に国に結界が張れるようになってから『かけら』は国に入り込めなくなったらしい。神殿教育で聞いたときは「RPGかな?」と思ったが、魔物も魔法もある世界なのでどこかにはあるのかもしれない。
「通常であれば神殿が確認してからになるので派遣される聖女が決まるまで暫くかかりますが、聞いたところその村は明日私が伺う村の近くなので、一緒に見てきましょう。申請書は今日中に神殿に出しておいてください。 いいですね?クリストフ」
「…、もちろんです。 安心してお待ちください」
「ああ…!ありがとうございます!」
ぺこぺこと頭を下げて去る男性に微笑みを向けて帰宅する。
後でクリストフに怒られるだろうなーとは思っていたが、やはり当然のごとく怒られた。
「急に仕事を入れやがって…!」
家出るのは一緒なんだから途中用事が一つ増えたって手間は同じじゃない。ねぇ……?
ーーーーーーーーーー
翌日。
私たちは凶暴化した魔物が出現するという村に来ていた。
農業や養鶏といった牧歌的な光景が広がるその村の村長は、昨日話しかけてきた男性の両親だったようで聖女を名乗る私に恐縮しながら最近の状況を話してくれる。
曰く、森からズルズルと何かを引きずるような音がする。
曰く、突然木が倒れたかと思ったら締め潰されたような跡があった。
曰く、魔物が凶暴化している。
もう聞いた時点で「何か大きいものじゃないですかー!」と思ったが仕方ない。凶暴化している魔物であればクリストフが抑えている間に私が神聖魔法で浄化すればいい話である。しかしこれがまた中々に怖い。なにせ我々、2人なので。
……。
騎士の同行すら拒否するクリストフ。バカじゃないの~~~!?(ヤケクソ)
「これは……なんですか?」
「……ッチ、めんどくせぇな。」
森に入った私たちが見た光景はこれまで見たことないものだった。
倒れていた木には確かに締め潰されたような跡があったが、それはともかく倒れた木や残った根本に黒い靄がまとわりつき、グズグズと分解された一部が宙に舞い上がっている。
周りの草にも黒い靄は広がっており、靄にさらされた草は枯れ始めその後分解されているようだ。
ぽかんと口が開いていた私を下がらせたクリストフは眉間にものすごい皺を寄せながら靄に近づく。
そして靴でザッと草を蹴るとしゃがみこんで指を伸ばした。
バチバチバチッ!
彼と草の間で雷が激しく鳴る。
クリストフの魔法は雷属性で、いつも彼の体の表面にはうっすらと魔法が展開されているらしい。ずっと魔法を維持しているのはさすが聖騎士と言えるが、彼曰くそのほうが目に見えない攻撃を察知したり攻撃魔法を展開する際にコンマ数秒早く展開できたりと良い点が盛りだくさんなんだそうだ。
ただその彼の魔法が今反応したということはーーー?
「なんだこれーーーーーーッ、 リタ!!!」
「っえ、 うわあぁぁぁぁ!!!」
クリストフのとんでもない声量にビクついたとたん体がぐるんっと上下逆さまに浮き上がる。
そして私の足をつかんでいた黒い触手のようなナニカは、そのまますごい勢いで森の奥へと私を引きずり込んだ。
「ううう浮いてる……! 勢いよすぎて私浮いてる!!」
「リタァァァ! どっかに摑まれぇぇぇ!!」
「むりむりむり! ってか追いかけられてるのコワッ!」
「っ、 お前の騎士だぞ! 手ぇ伸ばせ……!」
バチバチと体中に魔法を展開し、同時に触手にも魔法を放ちながら珍しく焦っている彼に私も必死に手を伸ばす。
それでも触手は木々を避けるようにグネグネと私で彼を煽り、幾度となく私の手を掴み損ねた彼をあざ笑うかのようにさらに速度を上げて私を森の奥へ私を引きずり込んだのだった。
「……ん、 んん……?」
空中を引きずられる恐怖と今までにない状況に失神した私が目を覚ましたのは暗くて少し肌寒い場所だった。洞窟のようにも見える天井に、背中にある固くてぼこぼこしたものは石かと判断する。
ぼやける視界をぱちぱちと瞬きして慣れさせていると、ふと左側に何かの気配を感じた。
「ーーー、ーーー ーーーーー、ーー」
茶色の髪の人が一人、何か話しているが聞き取れない。
声からして男性だが、私は触手に引きずられていたはずなので、その私が寝ていたということはこの人が助けてくれたのだろう。
あの人が話している言葉を理解できないことだけが不安だが、お勤めの最中に起きたこの事態、神殿に報告するために私はボディランゲージをなんとか駆使してでもあの専属聖騎士と合流しなければならない。
ぼんやりとした頭でやるべきことを明確にすると、体を起こしながらぶつぶつ呟いている男性に「あの」と声をかける。
するとその人はバッ!と私のほうを振り向いたかと思うと、ギョッとしたように目を丸々と見開き。
ザッ!とコートをなびかせて脱兎のごとく走り去っていった。
…………え?
「えぇ!? 困るんですけど!! ちょっ待っーーー、え」
立ち上がった足に絡みつくナニカを感じる。
ふと目を落とすとそこにはあの触手が未だに巻き付いていた。
思わずブンブンと足を振るも外れる気配はない。
ハッと周りを見回せば私と同じように触手に巻き付かれた魔物が何体も倒れており、その触手は目の前の黒い靄に覆われて見えない何かから伸びていた。
どうしよう、となるべく離れてみるも触手は際限なく伸びる。
かといって外すために触りたくないしな……と途方に暮れていると触手に巻き付かれていた魔物の一体がブジュウゥゥウ、と音を立てて黒い靄が噴出した。
「こっっっわ……!! っつ!」
あまりの怖さに瞬間的に自分の足を掴む触手に神聖魔法をかける。
次は私がああなるとか考えたくもない。
気持ちは処刑台のギロチンのごとく! このぶにぶにの触手を断ち切って!みせる!!
魔法を触手の上から切断するがごとく波状でたたきつける。
やったことはない展開方法だったが、神聖魔法は私の願いを聞き届けた。
ぶつ、と音とともに足に巻き付いていた触手は私の足から外れ、地面でびちびちと跳ねる。
「めがみさま ありがとう!!!」
思わずガッ!と手を組んでかつてないほど全力で女神に感謝を捧げてしまった。
地面で跳ねる触手の気持ち悪さに、足を全力で振りぬき靄をまとう何かの元に蹴り返してやる。きっっもちわるいんだよ……!
…………おっと、クリストフが移ってしまったようだ。よくないよくない。
軽く息を整えながら「人間らしくていいんじゃないか」と鼻を鳴らす脳内聖騎士をかき消し、改めて黒い靄を見る。
あまりの事態に気づくのが遅くなったが、この目の前の靄はきっと森で見た現象の原因だ。靄の密度が明らかに他より濃い。
これが何かはわからないが触手の感覚からして神聖魔法は効きそうだと判断し、遠くから狙い撃つように手を構える。何もしないで放っておくのは目覚めが悪い。村の人たちが困ってるのもそうだし、仮にも聖女と呼ばれている私が引くのも…という「役目」が私の足を引き留める。
息を殺して展開した神聖魔法はぱぁんっという小さい反動とともに指先から離れ、黒い靄に当たる。
しかし靄は何もなかったかのようにグズグズと黒い靄を上に飛ばしーーーー。
瞬きをした瞬間、たくさんの触手が目の前で涎を垂らしていた。
「え」
ーードォオオンッ!!
「さっっわんじゃねぇよ……!くそったれがぁ!!」
固まった私の背中にドンッと雷が落ちたような音とともに衝撃が走る。
前のめりに倒れていく私の体には引き留めるように鍛えられた腕が回され、目の前ではバチバチと怒声を上げる見慣れた剣が触手を切り裂いていた。
「、」
目を見開いたままその腕を辿る。
見慣れた袖口。堅苦しいのは苦手だといって崩されたままの襟ぐり。その上はーーー、
汗が滴っている。金色の髪もぼさぼさだ。いつも悪態つく口も、すましてバカにしてくるグリーンアパタイトの瞳も、いまは苦痛に歪んでいる。私なんか後ろに投げ捨てれば動きやすいだろうに、その腕はがっちりと私を抱えて離さない。
ああ。ああ。なんて綺麗なんだろうか。
私はいま、初めて「聖騎士」というものを認識したと思う。
女神に忠誠を誓った、聖女を守る騎士。この人はほんとうに「聖女」を守る聖騎士なのだ。
もっと見ていたいのに、視界が潤んで歪むのは何故だろう。私はいま、この人の本当の姿を見ているのにーーー。
は、と息とともに笑いが漏れる。この口元に浮かぶ笑みはなんだろうか。
嬉しさ? 悲しさ? 諦め? 羨望?
私は自分が皆に望まれるような聖女だとは思っていない。それなりに面倒くさがりだし、人の名前や顔だって覚えられない。なんなら女神様なんて居るかどうかもどうでもいい。
あるのは生まれ持った銀の匙と、だれかの幸せを願う、ささやかな気持ちだけだ。
「リタ!! 無事だな!?」
「っはい!」
「なら剣だけでいい!魔法を付与しろ!お前の魔法じゃないと切っても再生する!!」
クリストフが触手を切り飛ばすも端から次々と再生していく。
対して再生しないまま断面が見えている触手が1本あるのは私が神聖魔法で切り落としたからだろう。
その触手と目が合ったような気がした視界の横で、ずるり、と触手に巻き付かれた魔物たちの体が持ち上がる。
ダラリとした魔物と触手、傍にいる彼の体温を察しながら、私は手を組み目を閉じた。
私はただの人だ。でも祈ることについては「この世界」の誰よりも真摯でありたいと思う。
これは「よろずの神の国」の記憶が影響しているのだろう。
あの世界にもこの世界と同じ一神教の国はあったが、私の国は多神教だった。
「いただきます」「ごちそうさま」「ありがとう」。
挙げたらきりがないくらい日常に溶け込んだ神への祈りや感謝は、もはや誰へ捧げているのかもわからない。でもその相手を意識すらしないまま、ただただ私は伝えていた。
神様がいるとは思っていない。でもいないとも思っていない。いたらいいね、くらいなものだ。
ただ、「神」はいてもいいと思う。
神に見守られ、神に感謝を返す。そんなことができる日常が、最も尊いものだと思う。別にいなくてもいい。私たちが感謝を捧げることに変わりはない。だがもしそれで神様が、気まぐれにでも私たちの感謝や願いをさらってくれたらどうだろうか。ーーそれでいい。そんな些細な幸せでいいのだ。
だから私は伝えよう。
既に命のない亡骸の安寧を。荒ぶっている触手の鎮魂を。隣の人の、献身を。
祈りが力になるこの世界なら、前世よりは多少なりとも意味はある。
あの子を。この子を。この人を。
どうか、どうか。女神さまの救済をーーー。
ぽわ、と手の間で生まれた光が一瞬弱まったかと思うと、カッ!と爆発的に洞窟を照らす。
お腹に回されたクリストフの腕に力が入ったのを感じながら、私は瞼越しでも網膜に焼け付くほどだった光量が収まるの待って目を開けた。
「なん、だと……」
は、と驚いたような声が聞こえて光をまとった剣が見える。
目の前まで迫っていた触手は痛がるように悶え、釣り上げられていた亡骸はほろほろと浄化されていた。
その中を我に返ったらしいクリストフにぐんっと引っ張られて進んでいく。
彼が切り捨てて道を開く。
その傍らには私だ。他に護衛がいないのだから仕方ない。
だから前言ったのに。もっと護衛を付けたほうがいいって。いつか貴方一人じゃ手に負えない事態が起きるかもしれないって。
ぼんやりした頭を、重い体を、必死にかき集めて彼へ意識を向ける。
でもあんな大規模魔法は初めてで、もう意識が落ちそうだ。
「寝るな!! まだ仕事は終わってないだろ!! オイ!!」
わかってる。わかってるよ。
靄の大元を浄化しなきゃいけない。
それまでは頑張る。
「オイ…ッ、 寝んなって、言ってんだろ……っ!!」
なんで泣きそうなの。そんなに揺さぶらないでよ。
起きてるよ。
目は閉じちゃってるけど、起きてる。祈れるよ。
「魔力不足で寝んじゃねぇ…! 死ぬぞ!!」
なに……?
………ああ、これ…?
これをいのれば いいのね。 これを いのれば 。
「!、 やめっーーー」
たぶん私はこのとき何も考えていなかったと思う。
ただただ靄を浄化する「役目」しか意識になかったし、クリストフの声の意味も分かっていなかった。
だからこの時の私が今の光景を見てもその意味を理解できなかっただろう。
私が目をつぶったまま祈り始めたとき、ーーークリストフが私を抱きかかえて魔力を流し込んでいたなんて。
何もわからないまま、私は祈って、意識を落とした。暖かい何かが体の中に吹き込まれるのを感じながら。
……ばかだなぁ。
聖騎士の魔力は女神様に捧げられるものなのに。
そんなことしたら、女神さまに怒られちゃうよ…?
ーーーーーーーーーー
ふわりと意識が浮上して自分が寝ていたことを察した。
背中の感触からしてベットの上だろう。
なんだか気だるい体をころりと転がして横を向く。腕を伸ばした感じ、だいぶ広そうなベットだ。
肌触りのいいシーツに手を滑らせ、ふと思う。
ーーーあれ? 私なにしてたっけ……?
「クリストフ!!!」
「ヒィッ!」
「ぇ……?」
ガバッと跳ね起きた私が見たのは洞窟ではなく綺麗な広い部屋だった。
横を見れば若い男性が目をかっぴらいて私を見ている。
え、だれ?
「……ぇ、ぁ」
「あの…?」
「! う、うわああああ!! 起きましたああああ!!!」
「うるさっ! って、また!?」
何なのもう!また逃げられたんだけど!?
バァン!と部屋を飛び出していった見知らぬ男性に起き抜けから辟易していると、扉の外からドタバタとたくさんの足音がしてくる。
な、なになに!?私なんかしました…?と思いながら戦々恐々と扉を見つめていると、出て行ったときと同じくバァン!と扉が開いてどかどかと男性女性諸々の人が入ってきた。
その中からひとり、お年を召した男性が若い男性の背中から降りてゆっっくりと進み出てくる。
「おはようございます聖女様。私は城仕えの治癒士ですじゃ。聖女様はー、なんじゃったかな 「魔力欠乏症です」 そうそう魔力欠乏症で、えー何日じゃったか 「3日です」 3日ほどお目覚めにならなかったのですが、今のお加減はいかがですかな?」
いやあなたが大丈夫か…? とは言えないので頷き「は、はい。大丈夫だと思います」と答える。
すると治癒士の先生ーー医者のようなものだーーは皮と骨のようなこちらが心配になるくらい細い腕を持ち上げて私の触診を始めた。
ぷるぷる、ぷるぷる。
先生の震えに私の気が気じゃない。何が起こっているのか全くわからないが、この先生だけは労わらなければならないと本能的に感じた。だからこんなにもギャラリーがいるのだろう。心なしか周りも私と同じ顔をしている気がする。
「あ、あの……私と一緒にいた専属聖騎士は無事ですか? クリストフ・グリフィスというんですが……」
「聖騎士……? いたかの? 「一昨日、先生が治療されましたよ」 そうだったかのう……」
「……グリフィス様は無事ですよ。昨日まで聖女様のお傍に控えていましたが今は用務で一時的に席を外しております」
はて?と首をかしげる治癒士の先生から自然に視線を切った男性がこちらに微笑む。
その笑みになんとなく哀愁を感じてしまったが、私は彼が無事だったことに安堵の息を吐いた。
……彼の無事がこんなに嬉しいなんて自分でも驚きだ。
ぷるぷるした触診を終えた先生から健康体のお墨付きをいただいた私は、また若い男性に背負われて部屋を出ていく治癒士の先生をなんとも言えない笑みで見送ると、部屋に残った人たちに目を向ける。
残った人たちはいわゆる騎士と呼ばれる人たちだった。
騎士は騎士でも神殿の騎士ではない。神殿騎士は女神に仕えることを決めた戦士であるが、こちらは国に使え、王に仕える王宮騎士。私のなかの騎士中の騎士である。黒い制服がかっこいい。
その騎士の中の一人が前に進み出て私の前に立つ。
「お目覚めのところ申し訳ありませんが、緊急のためこのまま着いてきていただけますか」
え、はい。
険しい表情で問われた雰囲気では「はい」一択しかない。
緊急ってなに?とは思うがそれを問う口は当然開かない。怖い。
部屋から出ると騎士たちに周りを囲まれ、ぞろぞろと大きな廊下を移動すると大きな扉の前にたどり着いた。
私の前を歩いていた騎士が扉の両サイドに立っている騎士に頷くと扉が開かれる。
その先にはなんか豪華で品のある服を着て渋い顔をした年配の男性と、同じく渋い顔をした貫禄ある男の人たち。それから神殿服っぽいものを着ているお年を召した男性に筆頭聖女カロライナ様とその専属聖騎士が。
………っえ、なんで?こわ。
円卓の正面に座る豪華な服の男性が私を見て「第五聖女リタで間違いないな」と言うので、黙って頷く。
ただ目は泳いでいるし、なんならカロライナ様に向ける目は縋っていると思う。それを受けたのかどうか、カロライナ様は私に申し訳なさそうに笑った。すみません。
「それでは聞き取りを始めます。 聖女リタ。あなたが巡礼に行き、森であった出来事について報告しなさい」
なにがなにやらわからないが、渋い男性のうちの一人の質問に答える。
触手に足を掴まれたこと。洞窟で目が覚めたこと。黒い靄の塊から触手が出ていて、触手に捕まっていた魔物の亡骸が黒い靄を発していたこと。駆け付けた専属聖騎士とともに浄化したこと。
全てを話して気絶したところまで話し終えたところで渋い男性がまた声をあげる。
「あなたが目覚めてから聖騎士が駆け付けるまでに他に誰かいませんでしたか」
「……茶髪の男性がいました。私が洞窟で目が覚めた時です。でも声をかけたら驚いてこちらを見て、すぐに逃げていきました」
「その男の顔は見たことある人でしたか」
「…わかりません。周りも暗かったのでよく覚えていません」
本当に申し訳ない気持ちになり頭が下がってしまう。
状況はわからないが、たぶん国の偉い人たちが集まっているのであろうこの場に私が呼び出されたということは、あの件は国にとって重要な内容だったに違いない。
だから他にも関わっていた人を探している。
でもそれがわかっても私には肝心のその人が思い出せない。茶髪だったことしか、男性だったことしかわからない。……本当に、申し訳ない。
目は何色だったか。耳は尖っていたか。似顔絵を作成できるか。
何を聞かれても首を横に振るしかできない私は無力感に苛まれながら目の前のテーブルを眺めることしかできない。
男性陣が諦めて言葉少なになるなか、私の耳にこの場の紅一点の声が届いた。
「リタ様。 こんなことは言いたくないのだけど、……リタ様は誰かを庇っていたりしませんか?」
ざわり、と空気が変わる。周りの目が私に向けられる。
私は呆気に取られて声の元に目を向けた。
そこにはカロライナ様ーーー筆頭聖女が申し訳なさそうに微笑んでいた。もうしわけ、なさそうに。
「庇って、ません。そんなことしてません」
「まぁ、そんなことなんて。 私はリタ様は日ごろから巡礼や清掃活動など、他の聖女の方々よりも積極的にお勤めを果たされていることを知っています。そんな優しいリタ様だから心配になってしまったのです。
……普段から住民たちと触れ合い『一度会ったらすぐに覚えてくれる心優しい聖女』と言われているリタ様が、その男性については覚えていない、なんて。おかしいと思いませんか?」
そんなの知らない、と言いたかった。
私は一度も『会ったら覚えられる』なんて言ったことはない、と言ってやりたかった。
……でも一方で、周りがカロライナ様がそう思われるのも仕方ないと納得してしまう自分もいた。
『一度会った人をすぐに覚える』なんて、そんなすごいことがそうそうできるわけがない。
でもそれができてしまう聖女が、いた。
いや正確にはそれができてしまう聖女の専属聖騎士がいた。
でもそれを知らない人々は表だけを見て評価するのだーーー「大勢の中から"自分"を見てくれる聖女がいる」と。
「そんなこと、いわれても……」
ぎゅ、と両手を握る。
私は私のままでいたかっただけだ。
人の区別がつきにくいことは「ただの私」なら問題ではない。でも母なる女神の代行者である「聖女」にとっては違った。
母なる女神はすべての人を見守り、ひとりひとりに無償の愛を注いでいる。
だからその代行者である聖女にも、同様のことが求められる。
頭ではわかる。心でもわかる。ーーーでも、つらいのだ。
私はヒトが好きだ。人間も好きだ。でも「人」が、ひとりひとりがわからない。
わからないものは愛せない。愛せないなら女神ではない。女神でないなら聖女ではない。でも私は聖女だ。聖女は人を愛するものだ。
…………じゃあ、私はどうしたらいいのだろうか。
周りの聖女たちが当たり前のように人を区別していることが羨ましい。
その当たり前に胡坐をかいて人を蔑ろにしている聖女たちが妬ましい。
それでもなんとかやってきたボロボロな仮面を拾って綺麗に直してくれたのが、クリストフだったのだ。
ふっ、と私の顔から表情が抜け落ちる。
もう全てがぐちゃぐちゃだ。
カロライナ様から謂れのない疑いをかけられるのも。今までの自分の葛藤も。聖女としての世間体も。
段々とどうでもよくなってきた自分に気づき嘲笑する。表情はぴくりとも動かなかったが。
ーーーなんだ、私って「わたし」じゃだめなんだ……
「失礼いたします」
そのとき、聞きなれた男の声がした。
喧騒を背負ったその声は私の斜め後ろで足を止める。
「火急の用にて参りました。報告のご許可をいただきたく」
「……聖女リタの専属聖騎士か。 宰相」
「許可する。簡潔に報告せよ」
「はっ。 国を守護する結界に一部欠損が認められました。早急に聖女様による祈祷が必要かと存じます」
「なっ、結界に…!?なぜ……!」
「陛下! すぐに祈祷の準備を…!」
「魔物対策本部を立てねばなりません!」
クリストフの声は一瞬にして場を騒然させた。
男性陣が腰を浮かせ、神殿服を着た男性とカロライナ様は目配せをする。
そんな光景をぼんやりと眺めていると、陛下と呼ばれた正面の男性がクリストフに問いかける。
「聖騎士、直答を許す。その報告に間違いはないのか」
「ありません。神殿騎士と辺境伯の家臣が確認しています」
「そうか……。 では聖女カロライナ、すまないが早急に頼む」
「かしこまりました」
先代の筆頭聖女だった王太后が亡くなって以降、ずっと祈祷を行っていた今代の筆頭聖女のカロライナ様が席を立つ。
聖女は不思議な存在だ。
その代の筆頭聖女が亡くなると国内各地で神聖魔法を授かる少女が現れる。その少女たちが女神の代行者として国や民に奉仕し、なかでも一等秀でた能力を持つ筆頭聖女が王族に嫁ぐと他の聖女は魔法が使えなくなるのだ。
役目を果たした聖女たちはそれまでの奉仕をかわれて貴族の伴侶となり、唯一神聖魔法を使い続けられる王妃が祈祷の任を担う。そしてその正妃が亡くなればまた新たな筆頭聖女候補が現れる。この国はそのサイクルを繰り返してきた。
ただ、聖女には絶対に無視できない『資格』がひとつある。
「お待ちください」
クリストフが彼女を呼び止め、陛下に向き直る。
「私、聖騎士クリストフ・グリフィスの名をもって、聖女カロライナ・バザルゲティ様に『聖女の資格』がないことをここに告発します」
聖女の資格ーーーそれは処女性である。
「っ! 何を言われるのです!クリストフ様!!」
「グリフィス!! それはカロライナ様への侮辱だ!撤回しろ!!」
「ッ陛下の御前だ弁えろ!! ……っ、貴殿は自分が何を言っているのかわかっているのか?しかもこの有事の際に……」
「だからこそです。バザルゲティ様に『聖女の資格』はありません。一部の神殿騎士が証言しました。資格のない方に祈祷していただいても事態の解決には至りません。したがってリタ様に祈祷を」
「っお前は何を言ってるんだ!!こんなときに妄言を言うんじゃない!!」
「神殿長、妄言ではありません。実際バザルゲティ様の専属聖騎士でもない者が『祈祷の間』の内部を知っていました。ーー本来、聖女と専属聖騎士しか入ることのできないはずの間で、何が行われていたか。それも踏まえたうえで私は報告しています」
クリストフの言葉を聞いた陛下は少し目線を下げたかと思うと、神殿長に目を向ける。
「……神殿長。祈祷の間への出入りは貴殿が確認していたな。どういうことだ」
「そのようなことは決してありません…! 私たちは国のために祈祷をッ、そうだよな!」
「その通りです…! 陛下、私は今までずっと国のために聖女様へ祈りを捧げてまいりました。それを神聖な間でそのようなことをしているなどと……っ クリストフ様!なぜそのようなことをおっしゃるのですか…!私は貴方のことを職務に忠実な方だと思っていましたのに…っ!」
「……バザルゲティ様。神殿騎士は女神様に忠誠を誓った身です。貴女様はその忠誠を見誤った。それに最近は人前で神聖魔法を使うことがなかったようですが、今使えば魔法が弱まっていることは明白でしょう。 ……貴女は女神様を裏切られた。残念です」
冷めた目で告げられるクリストフの言葉にカロライナ様は怯えるように顔を振り後ずさった。
血の気を失った彼女を守るように構えた専属聖騎士から視線を切ったクリストフは陛下を見据える。
「…聖女リタなら遂行できるか」
「確実に」
「………わかった。では事実確認は後だ。 まずは聖女リタ、君に祈祷を願いたい。君の普段の奉仕は私も聞いて知っている。先日の村での浄化も見事だった。…君が民を想うように、我が国にもその想いを注いでもらいたい」
「……はい」
「クリストフ・グリフィス。聖女を確実に祈祷の間まで守護せよ」
「はっ」
頭を下げるクリストフにつられるように私も頭を下げる。
「急ぐから抱える」と言った彼に頷きながら、私は扉が閉まるまでこちらを見ていた陛下と目を合わせていた。
「………お前、俺が行くまでに諦めただろ」
「………」
あっちもこっちも上へ下への大騒ぎになっている城内を駆け抜けるクリストフに抱えられていた私は、彼の言葉になんとなく居心地が悪くなってもぞりと動く。
すると彼は私にちら、と目線をよこしたあと、前を見て眉間に皺を寄せた。
「大体なんで俺がいないのに部屋を出た。護衛なしに出歩くなと言ってただろ。……それができないから、今回こんなことになった」
「………」
「お前は嘘がつけない。人を見る目もない。だから前から注意しろと言ってたあのクソ女に今回してやられるとこだった」
「………」
「すぐ諦める癖も止めろ。お前はーーーー、いや、とにかくお前はそういうやりとりに向いてない。二度と俺がいないとこで動くな」
「…………、クリストフが、無事だったと聞いたんです」
ぽつり、と零れる。彼の首に回した手に力を込めると彼の私を抱く力が強くなった。
「それで少し仕事で席を外してる、って。 だから、無事ならいいかと思いました。貴方が無事なら、あとは私の問題で、どうにかなる…って」
「………どうにもなってなかっただろ。お前は馬鹿だ馬鹿だと思ってたが本当の馬鹿だったか」
「……、ふふ。そうかもしれません」
「、否定しろ少しは。 ……まぁ、王宮騎士に見とれてついてくほどアホじゃなくてよかったな」
「……、」
「は? オイ、目をそらすなオイ」
まさかそんなに心配してくれてたとは思わず、ちょっとだけ申し訳なくなった。
そしてちょっとだけ、笑ってしまった。
遠慮がちに彼の顔を見ると彼は器用にも走りながら半目をしていたが、祈祷の間の前に着くと表情を引き締める。
私もクリストフのおかげでだいぶ平常心が戻ってきた。今なら彼が表情を引き締めた風を装っているということもわかる。
扉の前に騎士たちが控えていたが、クリストフが「王命だ!開けろ!!」と声を上げると止められることなく扉が開かれた。
揺らめく灯りに描かれた下へ続く階段は無機質な神聖さを帯びていたが、クリストフは一足飛びで駆け降りる。その勢いのまま、その先の(たぶん)精密な絵が彫られていた(と思う)鉄の重そうな扉をタックルで押し開けた。
ぽかんとした私を抱えたままのクリストフは部屋を見渡して一言。
「ふぅん? あいつらが言ってたのは間違いじゃなかったか」
「え、今すごい音ーーー、いや、というか、あいつらとは?」
「うちの騎士があの女の証言したって言ったろ。そのときに此処のことも言ってたんだが俺は入ったことなかったからな。嘘つかれてもわからなかったわけだが……、見た限り本当のことを話してたみたいだな」
「え……、ハッタリってこと…?」
「『駆け引き』と言え」
祈祷の間は真っ白な石壁に細やかな動植物のレリーフが彫られ、金の燭台の灯す火が生きているかような陰影を生み出していた。部屋の中央には粗削りな、でも微かに金色の光を放つ女神像が安置されている。
クリストフはつかつかとその像へ近づき少し眺めると、私を振り返り像を軽くたたきながらニヤッと笑う。
「ではよろしくお願いしますよ、セイジョサマ」
「! ふふっ……!不敬ですよ…!」
「ははっ、お前も笑ってんだろ。 ……安心しろ。お前の力は俺が保証する。全力でやれ。
お前が失敗しても、俺がどうにかしてやるよ」
口元に笑みが浮かぶ。 彼なら本当にどうにかしてしまいそうだ。
どうしてこんなにも女神様に不敬な彼が聖騎士をしているのだろう。
どうしてそれに笑ってしまう私が聖女なのだろう。
でも、結局彼が聖騎士で、私が聖女で。世の中とは面白いものだ。
「じゃあ、始めます」
それでも私にも、誰かの幸せを祈るささやかな気持ちはあるので。
女神像の前に膝をつき、手を組む。
目を閉じれば後ろでクリストフも膝をついた気配がした。
ーーーどうか聞き届けてくれますように。
祈れば答えてくれるなんて都合のいい勘違いはしてはいけない。我々はただ伝えるしかない。
ーーーどうか守ってくれますように。
でも祈ることはできる。私の想いを、私の願いを。
私の知っている人が、知らない人が、この国の全員が。
危険に晒されるかもしれない未来から守るために。
私の手だけでは届かない、この国の「全て」を守るために。
貴女がこの世界の母ならばどうかーーー。
「(どうか女神さま、あの人たちに加護を……ッ!)」
体の内側から魔力がせりあがる。
予想以上の感覚に制御が利かなくなった瞬間、ドッ…!と部屋中に間欠泉のように吹きあがった私の魔力は後ろから爆発的に吹き上がった魔力に押されて女神像に叩きつけられた。
「………っ、」
女神像が私とクリストフの魔力に当てられて眩さを強め始める。
正直なところどこまで魔力を注いだらいいのかわからない。
でも並大抵の魔力ではすまないことは確かだ。なにせクリストフの言うことが確かなら、ここしばらく結界はカロライナ様からの魔力を十分に受け取っていないのだから。
「っ……!」
像が煌々と虹色の光を放ち始めたころには最初叩きつけたに近かった魔力が逆に吸い出される形で供給を維持される。
ガクガクと体が震え、組んだ手を外したくなる。
でもまだ、まだだ、と半ば地面にうずくまりながら引きずり出される魔力に耐えた。 …ひとりじゃなかったから耐えられたのかもしれない。
どのくらい時間が経ったのかわからない。
長かったのか短かったのか、女神像が一際強く輝いたかと思うと巻き取られていた魔力がふっ…と解かれた。
途端、私はくたりと蹲ったまま脱力し、床に流れ落ちた自身の汗に額をつける。
荒い息を吐いていると、背後の男は俯いたまましばらく沈黙した後、ゆっっくりと立ち上がり、
鬼神のごとき形相を女神像に向けた。
「なんっっっだこれは!! これが祈祷!? これが女神!? とんでもなく食い意地のはった女神じゃないか!!」
同意である。
同意ではあるが、やっぱりこの男、聖騎士としては不正解じゃなかろうか。
しかも元気すぎやしないか……騎士ってやっぱ凄いのか……、と蹲ったまま無言のまなざしを送ると、それに気がついたクリストフは口をへの字にして私を引き起こした。
「なんだ、お前だってそう思うだろ。 …それより、結界が修復できたかわかるか?」
「……なんとなく、大丈夫な気はしますけど……、なんかすごく光ってますし…。念のためもう一回魔力注いでみますか?私もう魔力ないので他の聖女様方になりますが…」
「ちょっと待て。先に辺境に確認する」
「通信具……。まだ魔力あるなんてすごいですね」
「あるわけないだろ。お前の制御ミスを庇ってやったのでからっけつだ」
「すみません…。 でも、魔力不足でも元気ですね」
「鍛え方が違うからな。 でもな、いいか、ひとつ良いこと教えてやる。
ーーー魔力ってのはな、いくらでも絞り出せんだよ。出るまで絞れば、な」
「こわ」
にやにやと横暴な『卵が先か鶏が先か』理論を言った聖騎士はスンッと真顔になると、握った通信具を起動する。
一言二言確認しているクリストフを待つあいだ床をぼんやりと眺めていたが、耳に入る彼の声に「やっぱりおかしいよなぁ……」と疑問が過った。
通常、魔力が底をついた人は嘔吐や意識混濁、気絶などする。
今回彼の協力もあってぎりぎりで耐えた私ですら体が鉛のように重いのに、それをこんなに元気のまま、しかも大した反動もなく魔力を絞り出せるなんで聞いたことがない。一時の感情の起伏で魔力が増加することはあるらしいがそれも反動あってのことである。でも、ほんとに出してるんだもんなぁ……。
いろいろ考えた後、「まぁそのへんは後でもいいか」と怠い体を労わるように腰を下ろす。
クリストフからは目だけで『床に座るな、汚い』というお言葉をもらった気がしたが気にしない。
もうクタクタだ。許して。
「、結界は修復されたらしい。終わりだ。 床に座んな」
「無理です……。 じゃあ、この後は陛下に報告して終わりですか?」
「………、ひとまずはそうだな。 まぁ、しばらくここで休んでてもいいだろ。あとは上のやつらにやってもらおう」
がしゃり、と剣を床に置いて彼が座り込む。
珍しいものだ。彼は綺麗好きだから座らないと思っていたのに……。
思わずじっと彼を見てしまうと、こちらを見た彼が珍しく躊躇うような素振りを見せたあと口を開く。
「……それで、体調の方はどうだ。頭痛とか、気持ち悪さとかはないのか」
「大丈夫です。 …なんか、貴方が優しいとちょっと違和感があります。どうしたんですか?急に」
「……別に。 少し、反省しただけだ。悪かったな、守り切れなくて。…次からは他の護衛もつける」
「…………」
「…なんだその顔は」
「いえなんでも」
しまった。殊勝な態度に思わずガン見してしまった。
でもそれくらいの驚きである。あの金にがめつい強欲な男が、まさか護衛の増強を申し出てくるなんて。金はもういいのだろうか?
「でも護衛を増やしたらクリストフの給料は減りますよ?それが嫌だったのでは?」
「……別にそうじゃねぇ」
「いや、唸り声みたいな声出てますけど」
「うるせぇ。 それよりもそれが原因でお前が死んだら元も子もないと思っただけだ。別にお前のためじゃない。俺が、っ、俺の能力が疑われるからだ。いいな」
「わかりました。クリストフがそれでいいならいいです」
「……お前、聞き分けがよすぎるのもどうかと思うぞ。もし俺が『護衛は増やしても専属はつけるな。専属手当として色を付けろ』って言ったらどうするんだ」
「そのようにしますが? クリストフが私の専属です。貴方が私に危害を加えるとは思ってませんし、あれもこれも手に入れたくなる貴方が私を傷つけてでも手に入れたくなったものがあれば、私にはどうにもできないと思います。 私はそうならないよう祈るしかないですが、……もしそうなったら、その時は教えてください」
「…………」
「なんですか、頭を押さえて。どういうことですかそれは」
「なんでもない……。 とりあえず専属は俺だけにしろ。いいな」
「はい」
頷いた私に何とも言えない目を向けてくるクリストフ。
だからなんですか。まだなにか言いたいことでも?
「いや……。 それより今回のことだが、お前が気絶一歩手前で浄化したあの触手の大元、あれは『邪神のかけら』が埋め込まれた子供だったらしい。その子供もまだ目を覚ましてない。だからまずはお前から、早急に話を聞こうと査問会が開かれていた。 ……あの女は自分のことを有耶無耶にするためにお前をスケープゴートにしたかったみたいだけどな」
「そうですか……」
「これから国は対策に動く。『かけら』を持ち込んだ犯人を見つけなきゃならない。 その中で犯人と結託していると疑われたお前ができることは犯人捜しに協力し、捕まえることだ。それしかない」
「…わかりました、けど、クリストフが来る前にひとり男性がいたんです。声かけたら逃げちゃったんですけど、茶髪だったことしか覚えていなくて……。……そんな人を捕まえるだなんて」
「……問題ない。相手からすれば自分の顔を見た『一目で人を覚える聖女』は何が何でも始末したいはずだ。 お前に寄ってきたとこを、叩き潰す」
「『一目で覚える聖女』の半分は貴方なんですけど……」
「だから俺が必要だろ?」
フンッと鼻を鳴らして見下ろしてくる彼に苦笑を浮かべる。
でもなんだかんだ彼とならいいかと思える自分にも笑ってしまった。
「私の専属護衛は他の聖女様方より大変だと思いますが、お願いしてもいいですか?」
「当たり前だろ。俺以上にお前の護衛をできるやつなんているわけがない。 ……俺がお前の専属だ。いいな、絶対に他に誰も入れるな」
「ふふっ、どれだけ念押しするんですか」
「はっ、いくらでもするさ。お前はホイホイとどこぞの騎士にもついていくやつだからな」
「それは……って根に持ちすぎです」
「リタ様!グリフィス殿!ご無事ですか!!」
扉の向こうから聞こえてきた声にクリストフと目を合わせる。
そして彼の手に引かれ立ち上がった。
「さて、 …行くか、時間だ」
「私、クリストフのその一瞬で切り替えられるとこ、結構好きですよ」
「……………、俺も、お前のそういうとこ、結構買ってるよ」
「? 買ってるってなんですか?」
「…なんでもない。 少し待ってろ」
扉へと歩いていくクリストフの背を眺める。
女神に忠誠を誓い、聖女に心身を尽くす聖騎士の姿。
いろいろあったが今はこの背中が見れたことに、この背中の後ろにいられることに感謝しよう。
誰ともわからない神よ。
願わくば彼と一緒に、彼とともに歩いて行けますようにーーー。
「まぁ、私7歳なんだけどね」
私はまだ知らない。
クリストフの「買ってる」の意味を。
この先、なぜか王太子決めに介入することも。
『ん……? え? 何言ってるんですか…?』
『だからこのままだとお前が王太子妃になるだろうが。
……まさか、なりたいとか言うんじゃないだろうな……?』
彼が精霊王に私の成長した体を創るよう迫りに行くことも。
『前世の記憶……。 ふぅん……』
『え、それだけですか』
私を「役目」から降ろすために聖女様の元へ向かうことも。
『待っていましたよ、私のクリストフ』
『ッ、 お前は、俺が一番嫌いなタイプだよ……ッ!!!』
彼の言葉を、私はまだ知らない。
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