最後の順番
この町では、すべてに順番がある。
バスに乗る順番。仕事に就く順番。結婚する順番。
そして――死ぬ順番も。
役所の窓口で配られる白い紙には、名前と番号が印刷されている。
生まれたときに一枚。例外はない。
「順番があるから、争いがないのよ」
母はそう言って、紙を戸棚にしまった。
番号は見えなかった。見る必要もないと思っていた。
人は皆、いつか呼ばれる。
ただ、それが「いつか」か「すぐ」かの違いだ。
街角の掲示板には、毎朝番号が貼り出される。
今日の番号。
その数字を見て、人々は胸を撫で下ろすか、静かに帰宅する。
僕は今まで一度も、自分の番号を確認したことがなかった。
怖かったわけじゃない。
ただ、知らなければ今日を普通に過ごせると思っただけだ。
その日、掲示板の前に人だかりができていた。
珍しいことだった。
番号は、ひとつだけだったからだ。
「……一番?」
誰かの声が、風に溶けた。
掲示板に貼られた紙には、大きく太字で「1」と書かれていた。
それだけ。名前はない。
家に帰ると、母が珍しく紙を机の上に出していた。
白い紙。少し角が折れている。
「見なさい」
声は、驚くほど穏やかだった。
そこには、僕の名前と、番号。
――1。
「ごめんね」
母はそう言った。
「本当は、教えない決まりなの。でも……最後くらい」
最後、という言葉がやけに軽く聞こえた。
夜になると、町は静まり返った。
誰も外に出ない。
順番を邪魔してはいけないからだ。
ノックの音がした。
規則正しく、三回。母の目から涙がこぼれた。
ドアの向こうに立っていたのは、黒い服の人だった。
顔は、見えなかった。
「順番です」
それだけ言って、手を差し出す。
僕は少し考えてから、靴を履いた。
思ったより、心は落ち着いていた。
「ねえ」
玄関を出る前に、母に聞いた。
「もし順番がなかったら、どうなってたと思う?」
母は少し考えて、笑った。
「みんな、毎日を大事にしたかもしれないわね」
外は、いつも通りの夜だった。
星も、街灯も、何ひとつ変わらない。
ただひとつ違うのは――
明日の掲示板には、番号が貼られないということだ。




