甘えん坊の遺伝
棺を埋め終えたあと、あたりに残るのは土の匂いと、すすり泣きの声だけだった。
参列していた人たちは皆、夕飯の支度があると言って帰っていく。
静けさを取り戻しつつある墓地に残るのは、奥さんと、まだ小さな女の子と男の子。それと、私。
西の空に傾いた陽が、墓の端を赤く照らす。
もう少しすれば、土の表面も熱を帯びて、手のひらみたいにあたたかくなるだろう。
私はひと呼吸おいて、泣いている奥さんのそばにしゃがんだ。
棺を埋めるために掛けられた土に手をつくと、指先にひんやりとした感触が残る。
その冷たさが、いまの状況が悪夢ではなく現実であることを伝えているようだった。
何か言わなければと思う。でも、言葉が喉の奥で止まってしまう。
「……奥さん」
呼びかける声が、自分でも驚くほど静かだった。
奥さんは顔を上げない。肩が小さく震えて、二人の子どもが心配そうに母親の袖を握っている。
「……実はね、少し前に旦那さんに相談されたんです」
その言葉に、奥さんがゆっくりとこちらを見る。
目のふちが赤く染まって、長いまつげが涙で重たそうに濡れている。
「『妻のことが好きすぎて困っている』って。
……子どもたちも可愛いけれど、最近は奥さんが子どもばかり見ていて、どうにも寂しいんだって」
奥さんの唇が小さく震えた。
笑おうとして、それでもうまく笑えない顔。
「そんなこと……あの人、そんなことを……」
「ええ。だから、私は言ってあげたんですよ。
『あと十年もすれば、子どもは大きくなって巣立ちます。
そうしたら、また貴方だけの奥さんになりますよ』って」
夕陽が沈みはじめ、影が長く伸びる。
まるで旦那さんが照れて背を向けたみたいに。
「……それで、あの人、何か言ってましたか?」
「ええ、『娘が子どもを産む頃に弟妹ができたら恥ずかしいな。それに、生まれた子にまたヤキモチ妬く』って」
奥さんの口から、涙まじりの笑いがこぼれた。
「そんな歳になったら、産めないってば……あは、あははは……っ、うっ……」
私はそっと手を伸ばして、彼女の肩を抱いた。
その震えが、胸の奥まで伝わってくる。
「……やっぱり、あの人の子ですね。
甘えん坊は、ちゃんと遺伝してる」
泣きながら笑う母親を抱きしめながら、母親の袖を握る子供を見る。
村のみんなから頼りにされて、でもその中身は凄く子供っぽくて、甘えん坊だった彼は、病でこの世を去った。
でも、彼の生きた証は確実に残っている。甘えたがりな二人の子供の顔を、夕陽は優しく照らしていた。
きっと、彼は今もこの光の中にいる。
彼の温もりが、まだここに残っている気がした。
自分の書きたいものが見えなくなってきたので
リハビリで書きました。




