沈没
意識下の暗闇で予感があった。目が覚める。スマーフォンに目をやる、目覚ましの一分前。フウ、一息ついて目覚ましを切った。考えるべきことがある、しかし、すぐ出勤しなければならない。さっさと支度をはじめた。
帰宅してポストを開けると、水道メーター検診時のお知らせ、が入っていた。漏水の疑いがあるという。やはりそうだ「あの時期」がやってきたのだ。具体的には五月末から七月初めにかけて。その月の水道料金が跳ね上がっていた。
「あの時期」が来ると、おおよそ水道料金が三倍になる。約一か月間だけの現象なので漏水ではないと思う。水道会社に診てもらったことは無い。料金が三倍になるだけではない。私の身の回りに「ちょっとした変化」も起こる。今朝の、目覚ましの一分前に目が覚める、などは典型的な例だ。
ドアを開ける。ピイー、チュチュチュ、チュルチュル。鳥の鳴き声がした。アパートの二階の廊下、その突き当りにツバメの巣はある。声の主は巣にひしめき合う四羽のツバメのヒナ。みなずいぶん大きくなった、巣立ちはもうすぐだ。近づくと鳴くをやめ身をひそめる。ひそめるようなスペースはもはやないのだが。
スーパーマーケットに買い物に行った。数日分の食料をカゴに詰める。会計は4183円。財布の中には83円分の硬貨がちゃんとあった。偶然ではない。これも「ちょっとした変化」の一つだ。スーパーだろうがコンビニだろうが、会計時、金額下二ケタの端数がかならず財布に入っているのだ。三日に一度くらいなら偶然で済まされるかもしれない。これが約一か月間毎日となれば、もう偶然ではない。「あの時期」は十年前からこの身に降りかかるようになった、抗えない運命みたいなものだ。
予感。目が覚める。スマートフォンに目をやると3:33だった。と、カタカタカタ、パソコンのモニターが微かに揺れている。ああ、今日は「あの日」だった。予言は的中するのかもしれない、ボンヤリそう思った。
「〇〇年〇月〇日、太陽の上る島国が二つに引き裂かれ、天の使いが飛び立つ」このような陳腐な予言が、インターネット上に現れるようになったのは半年前といわれている。どこの誰が言い出したのかは分ってない。もちろん当初は誰も見向きもしなかった。が、間もなくしてこの国で地震が頻発するようになる。これまで大地震と呼ばれるものは十回を超えた。予言の「あの日」が近づくに連れ、小さな地震は加速度的に増えていった。予言について、この国はもちろん海外でも論争が起こった。
「太陽の上る島国」はこの国で疑いようがない、その見方が大勢を占めた。「二つに引き裂かれ」については諸説あり、富士山が噴火する、中央地溝帯を境に国土が真っ二つになる、が主なものだ。メディアはもちろん政治家までもが予言を口にせざるを得なくなっていった。「天の使い」はあまり取り上げられなかった。語句があまりにオカルトすぎる。サブカルチャーのコミュニティーには随分歓迎されたようだが、その方面の情報は得ていないので何とも言えない。
・・・「あの時期」について語ろう。十年前の六月。私の生家のある地域で局所的な大地震が起こった。一晩に三度、立て続けに。近くの山(標高216m)の活断層が一気にズレたのが原因。おかげで山の形が歪んだほどだ。地域の殆どの家屋が倒壊、或いは半壊した。その中にあって、生家だけは奇跡的に無事だった。今でも親が暮らしている。その反動かどうかはわからない。が、その年を境に六月ごろ、その時期のみ三倍の水道料金を請求されるようになったわけだ。親がちゃんと生活出来ているなら安いものだが。睡眠中、地震が始まる前に目が覚める、それもまた「ちょっとした変化」の一例なのだった。
予言は的中した!頭がハッキリしてきた。思わず起き上がり、身構える。カタカタ、カタ、それきり揺れは終息した。観測されたとしても震度一ぐらいの。半年前から震度一の地震を予言していたとは、精度が高いのか低いのか、どうも判断しかねる。再び身を横たえると、久しぶりにグッスリ眠れた。
ピピピ!目覚ましに起こされる。「あの時期」も過ぎてしまったらしい。追い立てられるように部屋を出る。チュチュチュ、チュチュ。目の前の電線に、ツバメが四羽止まっていた。思わず廊下の突き当りに目をやる。巣の中は空だった。雛たちは巣立ちを迎えたのだ。
それから三日間、四羽のツバメはアパートの周りを飛び回っていた。時には巣に戻ったりして。ツバメが天の使いとするなら、天の使いはずいぶん甘えん坊だ、思わず笑みが零れた。予言はこうして終息した。「あの時期」における抗えない運命もまた終息しただろうか、未だ継続中なのか、それは来年の今ごろ判明するだろう。