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2/12

ついに隣の席にヒロインが座りました

 月曜の朝。総務課の空気が、どこかざわついていた。

 年齢層高めの職場に、かすかな浮足立ちが混ざるのは――

「キャリア採用だから、まあ実務経験豊富なバリキャリかな」

 というのが大方の予想だったが、どこかにほんの少しだけ、期待のようなものも混じっていた。


 わかっているのは、名前だけ。

「水野良美」――それ以外の情報は一切なし。

 最近はコンプライアンスだのプライバシーだので年齢すら開示されない。


 とはいえ、期待はする。

 誰だって、“若くて可愛い”に賭けたい気持ちはある。

 それは総務課の平均年齢を15歳は上げているオジサンたちも、同じだった。


 数分後、課長がやってくる。

 その背後に現れた人物を見て――


 ……えっ?


 本気で「誰かの娘さんが迷い込んだのでは」と思った。

 背は小柄で、全身のバランスが取れていて、無駄のない動き。

 前髪を揃えた黒髪のショートヘア。ノーメイクにも見える清潔な顔立ち。

 そして――顔つきが、どう見ても中学生だった。


 14歳。どんなに良く見積もっても15。

 成人しているようには、どうしても見えない。


「今日からこちらの総務課に配属になります、水野良美さんです」

「水野良美です。よろしくお願いします」

 彼女は声まで小さく澄んでいて、丁寧にお辞儀をした。


 総務課の空気が、フリーズする。


「えーっ、若く見えるわねー」と、おばちゃんが思わず声を漏らす。

「この子が……キャリア採用?」

 誰の目にも疑念と動揺が浮かんでいた。


「じゃあ水野さん、今日からよろしくね。業務のことは――」

 課長の目が、ピタリとひとりの男に止まる。


「高瀬くん、頼めるかな?」


 ──高瀬ゆら、スリープモード解除。


「は、はい……」

 咄嗟に口から出た声は少し裏返った。

 運命、起動。アップデート中。


「じゃあ、高瀬くんの席の隣ね」

「はい……」


 態度には出さないが、嬉しくないはずがない。


「よろしくお願いします」


 ……声まで、可愛い。


 良美は隣のデスクにちょこんと腰を下ろし、身の回りの備品を丁寧に整える。

 すべての動きが、静かで、正確で、淀みがない。


 そして彼女は――ゆらを、じっと見る。


 高瀬ゆらは、確信した。

「……惚れられたかもしれない」


 だがその実態は、別のものだった。


 ──観察ログ:

 対象番号A-1094:高瀬ゆら

 特徴:接触困難型

 学歴:Fランク大学

 エンゲージメント可能性:D-

 優先順位:無視


 良美は即座に、総務課の定型業務を淡々とこなし始めた。

 電話対応(社内内線の取次ぎ)、備品在庫の確認と発注表の整理、スケジュール掲示板の更新、共用PCのデータ整理。

 マニュアルには軽く目を通しただけ。

 にもかかわらず、水野良美はすぐに操作を理解し、エクセルの関数入力まで滞りなく進めていた。

 誰かに尋ねることもなく、詰まることもなく、ミスも一切ない。

 そのリズミカルなキーボード音だけで、同僚たちも「できる子だ」と察したほどだ。


「終わりました」

 彼女は課長の机にさりげなくファイルを差し出した。


 高瀬ゆらは、やはり自分は最底辺だと思った。

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