ついに隣の席にヒロインが座りました
月曜の朝。総務課の空気が、どこかざわついていた。
年齢層高めの職場に、かすかな浮足立ちが混ざるのは――
「キャリア採用だから、まあ実務経験豊富なバリキャリかな」
というのが大方の予想だったが、どこかにほんの少しだけ、期待のようなものも混じっていた。
わかっているのは、名前だけ。
「水野良美」――それ以外の情報は一切なし。
最近はコンプライアンスだのプライバシーだので年齢すら開示されない。
とはいえ、期待はする。
誰だって、“若くて可愛い”に賭けたい気持ちはある。
それは総務課の平均年齢を15歳は上げているオジサンたちも、同じだった。
数分後、課長がやってくる。
その背後に現れた人物を見て――
……えっ?
本気で「誰かの娘さんが迷い込んだのでは」と思った。
背は小柄で、全身のバランスが取れていて、無駄のない動き。
前髪を揃えた黒髪のショートヘア。ノーメイクにも見える清潔な顔立ち。
そして――顔つきが、どう見ても中学生だった。
14歳。どんなに良く見積もっても15。
成人しているようには、どうしても見えない。
「今日からこちらの総務課に配属になります、水野良美さんです」
「水野良美です。よろしくお願いします」
彼女は声まで小さく澄んでいて、丁寧にお辞儀をした。
総務課の空気が、フリーズする。
「えーっ、若く見えるわねー」と、おばちゃんが思わず声を漏らす。
「この子が……キャリア採用?」
誰の目にも疑念と動揺が浮かんでいた。
「じゃあ水野さん、今日からよろしくね。業務のことは――」
課長の目が、ピタリとひとりの男に止まる。
「高瀬くん、頼めるかな?」
──高瀬ゆら、スリープモード解除。
「は、はい……」
咄嗟に口から出た声は少し裏返った。
運命、起動。アップデート中。
「じゃあ、高瀬くんの席の隣ね」
「はい……」
態度には出さないが、嬉しくないはずがない。
「よろしくお願いします」
……声まで、可愛い。
良美は隣のデスクにちょこんと腰を下ろし、身の回りの備品を丁寧に整える。
すべての動きが、静かで、正確で、淀みがない。
そして彼女は――ゆらを、じっと見る。
高瀬ゆらは、確信した。
「……惚れられたかもしれない」
だがその実態は、別のものだった。
──観察ログ:
対象番号A-1094:高瀬ゆら
特徴:接触困難型
学歴:Fランク大学
エンゲージメント可能性:D-
優先順位:無視
良美は即座に、総務課の定型業務を淡々とこなし始めた。
電話対応(社内内線の取次ぎ)、備品在庫の確認と発注表の整理、スケジュール掲示板の更新、共用PCのデータ整理。
マニュアルには軽く目を通しただけ。
にもかかわらず、水野良美はすぐに操作を理解し、エクセルの関数入力まで滞りなく進めていた。
誰かに尋ねることもなく、詰まることもなく、ミスも一切ない。
そのリズミカルなキーボード音だけで、同僚たちも「できる子だ」と察したほどだ。
「終わりました」
彼女は課長の机にさりげなくファイルを差し出した。
高瀬ゆらは、やはり自分は最底辺だと思った。