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ジブリと阿鼻叫喚

おそらく印象に残らないであろう地方都市。そこで性格を営む高校生の拓馬。彼は本屋さんで気になった本を立ち読みしていた。

「すいません。隣り合っている本を取ってもらえますか?」

活字に意識を集中させている拓馬の元に声が掛かる。

紅葉谷さんは本屋さんが好き。勿論読書も好き。

そんな彼女と拓馬はありふれた場所で何気ない特別な時間を過ごすことに。


僕が紅葉谷由里さんと出会ったのは何処にでもある地方の本屋さんだった。

「すいません。隣の本を取ってもらえますか?」

人文書のコーナーで最近出た新刊を立ち読みしていたところ声をかけられた。

声をした方を振り返ってみると、僕の肩ぐらいの身長の両目がやたらくりくりしている女の子が両手を胸の上に組んで僕を見つめている。

「あ、あの聞いてますか、、?」

少し不安そうに聞き返してくる両目が丸い女の子。

拓馬は問いかけられている疑問符よりも彼女がどれくらいの年齢なのかに意識を囚われていた。

見た目は僕よりも若い気がする。僕が今年で18歳だから。2個下くらい。いや、下手したら中学生くらいかもしれない。

「聞いてますか!聞、い、て、ますか!」

両目が丸い女の子がいよいよ痺れを切らして声を張り上げた。

「あ、す、すいません」申し訳なさそうに顔をうつ向かせて、恥ずかしそうにする。

意外と恥ずかしがり屋なのかもしれない。

「あ、ごめんね。別のことを考えていて。本を読んでいると他のことを考えちゃって周りの音とか聞こえなくなっちゃうんだ」

立ち読みしていた話題書を元にあった本と本の隙間に戻して隣にあった本を手に取り彼女に手渡す。

女の子は嬉しそうにはにかみながら「ありがとうございます。せっかくの休日だったので本屋さんを回ってたんです。そこで、偶然面白そう本を見つけたので読みたくなっちゃて」とお礼交じりのこれまでのいきさつを話してくれた。

「偶々読みたい本を見つけたはいいもの本に没頭している男がいて

とれなかったと」

「その通りです。私が見たところ一生懸命読書に没頭していたので中々声をかけづらくて」申し訳なさそうに目配せをされる。

「僕はそんなに読書に集中していたの?」

どれくらい僕は活字に目を通していたんだろう。確かに両足に適度な疲労感は感じるけれど。

「大体2時間くらいですかね」

平坦な口調で彼女は淡々と口にする。別に怒っている様子はない。

「2時間?え?その間君はどうしていたの?」

あっけに取られて尋ねる。

「他の本棚に行って時間をつぶしたり、あなたの後ろで私に気が付いてくれるまで待っていました。」

彼女は何でもないといった口調だ。こんなことはいつものことですよと言わんばかり。

「そんなことしなくても読みたい本を見つけた時点で僕に声をかけてくれれば良かったじゃないか。そうすれば長時間本屋をうろちょろしなくても良かったのに。」

彼女は腕を組むと、大袈裟に胸を張って「その点に関しては大丈夫ですよ。私は本屋さんに居るだけで楽しいですから。」喜びに満ちた表情を浮かべている。

「まあ、わかるけどさ。」彼女の意見は読書好き、もとい本屋好きには大いに共感できる部分がある。本に囲まれているだけで楽しかったりするもんだよな。

「とりあえずごめんね。はい、読みたかった本はこれで大丈夫?」

「はい。ありがとうございます!」

大切に本を受けとる女の子。本当に本が好きなんだな。

「ところでそんなに読みたかった本はなんていう本なの?」

彼女が2時間もかけて手に取って見たかった本はどんな本なのか。

彼女は受け取った本の表紙を見せてくれる。『猫の恩返し。徹底考察』

、、、。なんとも言えないタイトル。猫の恩返してジブリの猫の恩返しだよな?

「ごめん。何の本を読むかは個人の自由だと思うけど中々独特なタイトルだね」

正直2時間もかけて読むようなタイトルか首をひねりたくなるような、、。

彼女は首を傾げてしばらく黙考してから、何かにひらめいた表情を浮かべる。

「私がこの本を選んだ理由は本のタイトルや内容に惹かれたわけではないんです。」

じゃあ、何を基準に本を選んだんだろう。

「匂いが素敵だなて思ったんです」

突拍子もない発言に拓馬は大きく目を見開く。

「匂い?新書独特の匂いみたいな感じ?」

「うーん、、。それもありますが。私が感じたいのは本が持っている本来の匂いです。」

本が持っている本来の匂い、、?

彼女はいったい何を言っているのだろう。僕は彼女の方をちらりと見る。見た目は可愛らしい女の子。少し茶色がかったショートボブにくりくりとした両目。

まだまだ幼さを感じさせる表情。何か闇を抱えているわけではなさそう。

「ひょっとしてその顔は疑っている顔ですね」

彼女は僕の方に詰め寄って怪訝な顔をする。

かと思えば、「まあ、あなたみたいなリアクションを取るのが普通ですから。両親だって私が匂いに対して持っている感覚を理解してくれたのは随分と時間が経ってからですから。」

彼女はあきれ交じりに「あはは。」と笑った。

正直彼女が言っていることは理解が出来ない。でも、それでも彼女に寄り添いたい自分がいる。どうしてそう思うのかは正直分からないけれど。

「正直キミの言っていることは理解できない。ごめん。」

彼女は両手と同時にぶんぶんと首を横に振る。「とんでもないです。誰だってこんな話を真面目に信じて見ようなんて人はいませんから。私がキミの立場でもきっと同じようなリアクションをすると思います。」

大げさなリアクションに申し訳なくなった。

「でも、、」

「でも、、?」

彼女は持っていた本を持ち直して聞き返してくる。

「分からないなりに。理解ができない代わりに。寄り添うことは出来ると思うんだ」


ある男の子と女の子の昔話。

「ねえねえ、何の本を読んでいるの?」夕日が少しずつ傾き始める日没。男の子は女の子に話しかけた。女の子は横顔を夕日に照らされながらベンチにちょこんと腰掛けている。

彼女はバームクーヘンくらい厚い本を開いている。「冒険の本を読んでるの。」と女の子はサラッと口にする。一言だけ口にすると彼女は再び本に視線を移す。

男の子は女の子の隣に腰掛けた。女の子は男の子には視線を移すことはせず、もうすぐ終わりが来るであろう夕暮れの中、本を読み続けている。

男の子は女の子に話しかけることなくただ沈み行くであろう夕日を眺め続けている。

二人のなんでもない時間。男の子は女の子と過ごす何気ない時間がすごく好きだった。

パタンと女の子は本を閉じた。表紙を優しくなでたあと「あれ、まだいたんだ?」と男の子に向けて無機質な感情を含ませながら口を開く。

「うん、夕日が沈むのを見てたんだ」

「ずっと?」

「うん。ずっと。」

「何のために?」

「好きなんだよ。夕日を見ている時間が」

「ふーん。そういうもんなんだ。変なの。」

女の子はあきれ交じりに少しはにかんだ。

「一つ聞いていいかな。」

「何。」目線だけ男の子に向けて話の先を促す。

「なんでいつも。本を読んでいるの?みんなゲームをしたり、外で遊んだりしてるのに。」

いつも女の子は周りの子どもたちと遊ばずに一人で本を読んでいた。

そんな周りと決して交わらず、黙々と一人で活字に視線を向け続ける女の子に対して男の子は気になったのだ。

「おもしろいから。」女の子はきっぱりと言い来た。

男の子は思いのほか淡白な女の子の回答に面を食らった。

男の子が口を開こうとすると、、「本を読んでると色んなことを知れて面白い。」

彼女は男の子に被せてから、抱えていた本をリュックサックの中に入れて帰っていった。

男の子はただその場に立ち尽くしていた。


「そうかもしれない。理解できないかもしれない。でも、分かろうとすることは出来るもんね。」彼女は持っている本を優しくなでながら昔を懐かしむように言葉を紡ぐ。優しく、忘れないように。

「ありがとう。そんなこと言ってくれたのはキミが初めてだよ。誰にもこんなこと言えなかったから」僕はゆっくりと首を左右に動かしてから彼女に向けて笑顔を向ける。

「まあ、友達の受け売りだけどね」

「たまたま偶然出会っただけなのに。始めてあった気がしないね。なんてね。」

「正真正銘初対面だよ。」

「知ってる。」

苦笑交じりに答える彼女。

「でもね、始めてあったとしてもこの瞬間、この場面に会えたのがキミで良かったよ」

「最後に一つだけ聞いてもいい?」

「何?」

「僕はどんな匂い?」

「素敵な匂い」


後日談


僕はしばらくしてからもう一度本屋さんに向かった。

紅葉谷由里さんとはあの後、簡単な自己紹介をしてありがとうとさようならを言い合って別れた。

驚いたことに紅葉谷さんは今年で20歳の大学生らしい。

ため口でずけずけと話してしまって申し訳なかったな。

どうやら人は見た目では判断できないらしい。

電車が駅のホームにゆっくりと停車する。改札をICカードをタップして向ける。駅の地下一回から本棚の羅列を目指す。

彼女と出会った人文コーナーへ。

いろいろな本の匂いを感じながら。


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