恋人と神子2
しまった、と思った。
聞きたくない声を聞いてしまったということは、ぼーっとしている間に避けていた場所に足を向けてしまったということ。
戻らなければ。姿を見る前に戻らなければ。
なのに遅かった。見てしまった。侍女を後ろに花を眺める少女を、見てしまった。
少女は可愛らしかった。
微笑む姿はほんわかと癒される。
その少女がなずなを見ると罪の意識にだろうか、目を伏せることを知っている。
その少女が国王を見ると花が咲き綻ぶように笑うことを知っている。
少女は国王が愛する恋人だった。
少女は決して悪い人間ではない。
なずなから国王を奪おうとしたわけではない。結果がそうなっただけのことだ。
どうして国王と少女が想いを通わせたのか、なずなは知らない。
けれど見つけたのは国王だと聞いた。想いを抑えられなかったのは国王だと聞いた。そしてそれを最後まで拒みきれなかったのが少女だと聞いた。
その結果が今だ。
なずなは名ばかりの王妃となり、少女は妻を名乗れず愛人と呼ばれる。
そのことを民は知らない。知らないけれどいつまでも知らないままではいられないだろう。いつかは知る。
そうなれば国王は少女を守るために動くだろう。宰相も動くだろう。そしてなずなも恐らくは王妃として少女を許容している姿勢を見せることになるだろう。
ぎり、とドレスを握る。
嫌だ、とか、したくない、だとか、そういうことではなく。
許したのは本当のことだ。身を引いたのは自分なのだから、少女を守ることを厭うわけではない。
ただ。
押し込めている負の感情が暴れだそうとしている、だけ。
帰ろう。
少女に見つからないうちに、帰ろう。
見つかれば少女はまた目を伏せる。少女の侍女達は憐れむようにこちらを見る。そしてこの胸はきしむ。
そうなる前に、帰ろう。
踵を返してその場を後にしようとして、聞こえた少女の声。
「レガート様!」
肩が震えた。
振り向きたくなくて、なのに足は止まって。
聞こえてくる少女と国王の声。
以前は自分に向けられていた優しく甘い声が少女の名前を呼んで。少女が嬉しそうに答えて。
一人、見つからないように息を潜めている自分はなんて、なんて。
口を手で覆う。
震える体をもう一方の腕で抱きしめる。
ああ、ああ、ああ。
なんて、惨め。
思わず涙が頬を伝った。