恋人と神子1
聞こえる歓声に目を伏せる。
あれは神子と国王を慕う民の声。
二人の幸せを信じて疑わない民の声。
それがもう崩されているのだと知っている己の耳には、それら全てが己を糾弾しているように聞こえる。
ごめんなさい。
唇が小さく動く。
声ない言葉は誰にも聞こえない。
己にも、届けるべき人にも。
どうしてこうなった。
どうしてこうなった。
どうして、どうして、どうして。
女は城で働く侍女だった。
上流貴族である女が侍女をしていたのは、いわゆる花嫁修業のためだった。そして花婿探しのためだった。力のある貴族の子息を射止めなさいと、父親の命令だった。
そうして城で侍女をしている令嬢は己の他にもいて。皆が仲間で、皆が敵だった。
そんな環境に何年経っても慣れることができなくて。父親の期待が重くて。そうして一人ふらふらと息抜きのために人気の少ない場所を目指して。
そうして出会った。それで終わりのはずだった。
「カーシェ」
耳に届いた低い声。
振り向けば愛しい人。
すっと胸の内が温かくなる。
「レガート様」
おかえりなさい。おつかれさまでした。
寄り添いあい、微笑みあって、抱きしめあう。
鼻をくすぐる愛しい人の匂いに、安堵したように息をつけば、頭上でも同じ息の音が聞こえた。
抱きしめてくる腕に力が込められた。
抱えた罪悪感から逃げるように。それとも耐えるように?
それはお互い様で、女もまた抱きしめる腕に力を込める。
愛しい人。
先程まで民の前に立っていた人。
神子と共に微笑んでいた人。
神子の夫であるはずの、この国の国王。
女の、恋人。
国王が愛を囁く。
それを受け止め、同じものを返す。
愛している。愛しています。
それが甘く優しいものだけではないと知っていながら、それでも互いの胸の内にある罪悪感をゆっくりと眠らせていく。
また不意に目覚めるのだけれど、今はただ互いを腕に、
多くの人達を裏切る。