宰相と神子
気にしないで、と微笑む。
誰も悪くないでしょ、と微笑む。
泣いたことが分かる赤い目で。
泣いたことが分かる擦れた声で。
この城に留まってくれと。
王妃のままで、神子のままで国のためにどうかと。
そんな残酷な言葉を紡ぐ己に神子は気遣いの言葉をかける。
責めてくれればよかった。
初めてこの国に現われた時のように、ふざけないでと責めてくれればよかった。
それでも彼女は責めない。責めることではないとそう己に言い聞かせているのだろう。
国王が思いつめた様子で宰相を尋ねてきた時、神子ではない他の女性を愛してしまったと打ち明けた時、責める言葉を呑み込んだ己のように、神子は言葉を呑み込んで。
呑み込んで。
ぐっと拳を握る。
申し訳ありません、と。そんな言葉は何の救いにもならない。何の癒しにもならない。こちらの気が楽になるだけだ。
それでも、神子を前にすればいつだって言葉が滑り出る。そうして神子に気遣われるのだ。気遣うべき己が、気遣われるべき神子に。
申し訳ありません。
申し訳ありません。
申し訳ありません。
それでも、あなたを手放せないのです。
ああ、何て勝手な。
そう思いながら、手に持つものを視界に映して顔をしかめる。
顔をしかめて、それでも歩みを止めない。止めることができない。
国を守りたかった。民を守りたかった。
今でもその気持ちに変わりはない。ない、けれど。
今では宰相である己を厭う気持ちが生まれる瞬間が、必ずあるのだ。