宰相と神子2
変わった。そう思った。宰相の様子が変わった。
会うたびに申し訳なさや罪悪感を見せていた宰相が、そういうものを見せなくなった。
何があったのだろう。どういう心境の変化が訪れたのだろう。けれどそれにほっとした。
嫌だった。
傷ついたような様子を見せる宰相が。それを厭う己の心が嫌だった。
傷ついたのはあなた。でもそれ以上に傷ついたのは私じゃないのと。私を縛るそのことを罪と感じるなら感じればいい。でもそれを私に見せないで。苦しくなる。辛くなる。叫びだしたくなる。
そんなふうに思う自分が嫌だった。だからほっとしたのだ。
そしてもう一つ、安堵したこと。
「それでは神子様。本日はこれで…」
「そういえば、カーシェ様が教師を雇ったって聞いたんだけど」
本当?
聞けば宰相が目を見開いた。
カーシェ。レガートの恋人。彼女が教師を雇って勉学に励んでいると聞いた。そして多くの人と言葉を交わすようになったと聞いた。彼女はレガートにただ寄り添っていた頃とは違って、レガートを支えるために動き出したのだ。
安堵したもう一つ。それがこれだった。
おそらく以前までの自分であったらショックを受けただろうと思う。残された居場所までも奪われる。王妃として国を国王を支えるという居場所が。そう思っただろう。けれど今のなずなは違う。
カーシェは足を一歩踏み出した。なずなも違うものを見ようと視界を広げた。
ならいいんじゃないだろうか。なずなにはなずなの、カーシェにはカーシェのできることがあって。これは私のものだと頑なにならなくても。
神子だからこそできること。
居場所は自分で作れるもの。
「思ったんだけど、もしカーシェ様がその気なら私の仕事も少しずつ覚えてもらってもいいんじゃないかなって」
「な…」
「カーシェ様のこと、いつまでも隠してはおけないでしょ?」
神子である王妃がその存在を認めている、という姿勢を見せても、国民が納得するかどうかは分からない。
国を救った神子。その神子から国王を奪った。そんな解釈をされれば、なずながいくら庇ってもなずなの美談にされかねない。
「なら、せめて味方は作っておかないと」
何かをしたという実績。それがあるとないとでは違う。
「ですが、神子様。逆にカーシェ様が神子様の仕事を奪った、という解釈もできます」
「だから私が一緒にいればいいじゃない。私の仕事なんだから私が教えるわ」
「は…!?」
今なら大丈夫。そう思う。
個人的な話はまだできそうにないけれど、仕事の話ならできる。それだけの余裕を今は持っている。
言いたくてでも抑え込んでいた言葉を吐き出したからか。よくがんばった。そう言ってもらえたからだろうか。
全然辛くないかと言われたらきっと違うけれど、それでも。
「カーシェ様に伺ってみてくれる?あ、レガートの許可もお願い」
気分はすっきりと晴れているから。
*
神子と寵姫が会って、二人揃って傷ついて。そうして部屋に閉じこもっていた寵姫が、ふわりと柔らかかった目が強く輝いて。不安定だった雰囲気がしっかとしたものに変わって。そうして寵姫に教師をつけてほしいと言われた時も驚いたけれど、神子にも驚いた。
決して寵姫と関わろうとはしなかった神子。実際会ってしまえば傷を負って。なのに今度は自ら関わろうとしている。
変わっていく。
誰も何もできずに現状に甘んじていた。なのに当事者である二人だけはそこから抜け出そうとしている。
神子も寵姫も何を思い、何を見たのか。二人だけが未だ戸惑う周りを置いていこうとしている。
「陛下」
神子からの言葉を伝えた瞬間、驚いて言葉を失くした国王を呼ぶ。
彼は変わらない。けれど見ようとしなかったものを見た。神子を解放しない理由。それをしっかと見た。そうして更に動けなくなった。
「なずな、が?」
「はい。カーシェ様さえ望まれるのならば、と」
神子の、ではなく、王妃の仕事を分け合おう。そう解釈しても可笑しくはない提案。
寵姫が国王の支えになろうと励むのならば、協力するにやぶさかではない、なんてどこの王妃が提案するというのだろうか。
「カーシェ様に窺う前に陛下の許可をと仰ってますが、いかがなさいますか」
「…っ」
寵姫は変わった。
それは国王が一番よく知っている。
神子も変わった。
変わらないのは…。
「……カーシェには私から話す」
「かしこまりました」
苦しそうな国王に一礼した。