友人と神子2
召喚された神子の世話係を仰せつかったのは、神子と年が近いからだ。
それはただの建前だと知っていた。
普通ならば神子という尊い存在の世話係は古参の侍女がするものだ。
なのに行儀見習いとして城に上がった自分に白羽の矢が当たったのは、神子は誰もが思い描いていた神子ではなかったからだ。この人がいればもう大丈夫。そう思わせてくれる神子ではなかったからだ。
泣いていた。
家に帰してと泣いていた。
誰が何を言ってもそんな調子で。
誰もがうんざりしていた。これが神子か、という目で見始めた。
だから誰もが嫌がった。こんな神子の世話などしたくはない、と。
だが誰かが世話をしなければいけない。どうする。
そうした理由から押しつけられた世話係。
初めはどうして、と思った。嫌だと思った。けれど逆らうこともできずに側に上がって。
家に帰してと泣くのだと聞いていた。
神子なのに。
この国を救ってくれる神子なのに。
けれどこの目で実際に見てみれば、大きな衝撃がこの身を襲った。
自分と年がそう変わらない少女がお母さん、と泣いている。お父さん、と泣いている。家に帰りたいと泣いている。
その姿は自分を殴りつけたくなるほどの衝撃だった。
当然だ。当然ではないか。
神子にも両親がいるのだ。親しんだ世界があるのだ。そこから引き離されたのだ。泣いて当然ではないか。
その心情を思いやることもなく、この国を救ってくれなどと。思い描いた神子ではないから、と厭うなどと。
ああ、神子の目に自分達は一体どういうふうに見えているのだろうか。悪魔のように見えているのではないだろうか。
そう思えばたまらなくなった。
自分達の傲慢さが、神子の孤独がたまらなくて、神子の側にいるようにした。
返事がなくても話しかけて。泣く神子の背を撫でて。
そうしていつしか神子がこちらを見て、相槌を打って、笑って、友人と呼べる仲になって。
神子として国のために働いていた時も、結婚して王妃になった時も、与えられた部屋から離れた時も、ずっとずっと側にいた。一緒にきて、と言ってくれた時、どれほど嬉しかったか。
…最後の時だけは、嬉しさよりも悲しさと悔しさの方が上回っていたのだけれど。
「なずな、ケーキ食べる?」
「食べる!」
王の居室の隣にいた頃とは違って、なずなと二人っきりの部屋は静かだ。
なずなと一緒に移ってきた人間はまだいるけれど、こうしてなずなを直接世話するのは自分だけだ。他は皆別の仕事をしている。
静か。
「そうそう。あの馬鹿から伝言があるのよ」
「…馬鹿って」
苦笑するなずなに、だって馬鹿だもの、とケーキを差し出す。
馬鹿。国王親衛隊に属する幼馴染。そのせいで自由に動けない現状を思い知ったなずなの友人。
「また相談に乗ってほしいって」
一体何を相談していたのやら。
そういえば時々二人で何やら話していた。なずなも幼馴染も真剣な顔をしていて。けれど幼馴染が仕事に戻れば、なずなは楽しそうにこちらを見ていた。それだろうか。
そんなことを思っていると、きょとん、としたなずなが、嬉しそうに笑った。
「そっか」
うんって伝えて。
そう言って機嫌よさそうにケーキを頬張る姿に、ああ、妬けるかも、と思った。
笑うことが減った。
微笑むことが増えた。
全ては夫である国王の心変わりゆえ。
そしてそれでも神子を手放すまいとする国ゆえ。
耐えて、耐えて、耐えて。
そうして昔ほど大きな感情を見せなくなった。
だからこんなに機嫌がよさそうな姿は久しぶりに見る。
もっとずっと笑っていて。
そんな願いは今は難しいことを知っていて、それでも願った。