魔法使いと神子12
激しい雨が降った翌日は晴天だったらしい。寝込んでいたから知らないけれど。翌々日もまた、晴天。その後もずっと晴天。
窓の側に椅子を置いて腰かける。窓枠に両腕を寝かせてその上に顎を乗せて澄み渡った空を眺める。
いつものように窓から帰っていった男は、ここ二日ほどきていない。一人で考える時間が必要だろうと言って、しばらくこないと言った男は多分、寝込んでいる。
「くしゃみしてたよねえ」
帰る間際にしていた。
よく考えればあんな激しい雨の中、きてくれたのだ。なずなだって一晩熱を出した。男も同じ状態になっていても可笑しくはない。
「独り立ちしたって言ってたし」
一人暮らしだろう。大丈夫だろうか。
…男の家を知らないし、勝手に城から出ることもできないのだから、どれだけ心配してもどうにもならないのだけれど。
「悪いことしたなあ…」
まさかきてくれるなんて思っていなかった。
衝動的に雨の中に飛び出した。誰にも会いたくなかった。そしてあの雨だ。誰もなずなに気づくはずがなかった。なのに男はきた。
堪えていたものを関係ない男に叩きつけたのに、男はなずなを責めなかった。失望しなかった。こんな神子は願い下げ。そんな視線すら向けなかった。
頬に触れた手は冷たかった。
撫でてくれた手は大きかった。
抱きしめてくれた腕は優しかった。
『よくがんばった』
思い出して、ぽふっと腕に顔を埋める。泣きそう…。
だって、あれはずっと欲しかった言葉だ。誰かに言ってほしかった言葉だ。ずっとずっと、多分神子になると決めてからずっと。
褒めてほしかったわけじゃない。ただ認めてほしかった。がんばったことを認めてほしかった。神子じゃない、なずなががんばったことを。
神子としてがんばって戦って、国民を勇気づけて、癒して。
平和になってからもそれは同じで。それに王妃という肩書きがついて、貴族との裏と裏の探りあいが加わって。
名ばかりの王妃となってからは、胸の内を渦巻く負の感情を表に出さない。王妃として神子としてなずなを隠して。そうする毎日が加わって。
苦しかった。
辛かった。
心も、体も。
それでもやめられなくて。
やめたら終わりだと言い聞かせて。
痛くて。
怖くて。
がんばって。
それが全部、全部、あの一言ですうっと温かいもので包まれた気がした。耐えたもの全てがあの一言で報われた気がした。
だからだろうか。考える余裕ができた。選べ、と言われた意味を考える余裕が、できた。
神子だから選べないのではない。神子だからこそ選べる道。それが何なのか。そして、神子ではない自分はどうしたいのか。
腕に埋めた顔を滑らせるようにして横に寝かす。
そうして思い出す。聞かされた話を。魔法が使えないというだけで、一族から蔑まれ、追い出された人の話を。神子だから必要とされ、受け入れられた自分とは逆の人の話。
「私の居場所は、ここだけじゃない」
男はそう言った。
だから選べと。神子だから選べないのではなく、神子だからこそ選べる道があるのだと。
「考えて、選べ」
ここじゃない居場所。
目だけ上げて空を見上げる。
片手を顔の下から抜いて高い空へと手を伸ばす。
男が帰るたびに伸ばしていた手。
その手が求めていたもの、は?
ぐっと手を握った。