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魔法使いと神子10


混乱するなずなが落ち着いた後、侍女が朝食を持ってくると言って部屋から出た。

残された二人は口を開かない。なずなは未だうう、と唸り、男はくあ、と欠伸をした。もう少し寝たかった。今度はちゃんと横になって。

そんなことを思っていれば、突然なずながぎゃあ!と叫んだ。叫んでベッドに突っ伏した。

何事だ、と見れば、何してるの私。何してるのよ私!とベッドを叩いていた。かと思えば、ぱたり、と手が動きを止め、今度はシーツを強く強く握りだした。白くなった拳が震えている。

何を考えたのか、それに気づいた男は軽く眉を寄せる。


言ってしまった。そう思っているのだろう。ずっと誰にも言わずに押し込めていた言葉を、とうとう口にしてしまった、と。


男は真っ青になっているだろうなずなから視線を外し、椅子の背に体重をかけて空を見上げる。

ああ、二日前の激しい雨が嘘のように綺麗に晴れている。


「俺の母は一族の中で異端だった」


ぴくっとなずなが震えたのを感じた。

けれどそちらは見ずに話を続ける。


「魔法使いの一族に生まれながら、魔法が使えなかった」


男の一族は古の魔法使いと呼ばれている。

彼らは魔法を呼吸と同じように使いこなした。今の時代、そんなふうに魔法を使えるものはない。それゆえに古の魔法使いも神子と同じくお伽話だと思われている。

けれど神子と同じく彼らも実在している。お伽話が語るように人の世から離れて森で暮らしている。


そのせいだろうか、それとも古の魔法使いと呼ばれるが故か、一族は魔法が使えるという点を酷く重要視していた。

つまり魔法が使えない母は一族にとって汚点。誰もが母を蔑んだ。


「そんな境遇でも母は卑屈になることなどなかった。魔法が使えないのならと、様々な知識を学んだ」


森の中だけでは得られない知識は、時に森を抜けて外の世界で得た。

森を出ることを禁じられているわけではないが、世俗から離れ、森に隠れ住んでいた一族にとってその行為は快いものではなく、母は更に蔑まれることとなり、一族が住む場所から追いやられることになった。

そのせいで母はたった一人、同じ森の中ではあるけれど、一族から離れた場所で日々を過ごすことになった。


「そんな母が父と出会い、恋をし、俺を生んだ。だが父は一族の長の末子で、長はもちろんのこと、一族の誰もが憤った」


けれど父は一族でも指折りの魔法使いで。そんな父が魔法を使えない妻とその間に生まれた子供を愛し、守る姿に誰も何も言わなくなった。

…言わなくなっただけで思ってはいただろうけれど。


「俺は父の血を色濃く引いたんだろう。魔法は使えたし、魔法使いとして優秀な部類だった。だから分かった。俺に向けられる一族の視線と、魔法を使えない母に向けられた視線の温度差が、痛いくらいに分かった」


魔法が使えるか使えないか。それだけのことが一族にとっては何より大事で。

魔法が使えない母は蔑まれ。その母から生まれた男は魔法が使えるために受け入れられる。

何て愚かしい。


「だが母はいつも楽しそうに笑っていた。魔法が使える俺に母が持つ知識を与えてくれた。魔法ばかりが世界ではないからと。覚えて損はないからと」


そんな母が好きだった。

辛くても一族を嫌わない母が不思議で、そして好きだった。

父もそんな母を愛していた。死ぬまでずっと愛していた。


なずなに視線を戻す。

腕を伸ばして、シーツを掴んでいる手をぽんぽんと叩く。


「独り立ちして、驚いた。森から一番近い町の住人は母を知っていた。俺は母に似ていたから、いろいろな人に声をかけられた」


一族の中に居場所がなかった母は、他で自分の居場所を作っていた。

母の縁者ではないかと聞かれて、息子だと知ると最近見ないが元気なのかと聞かれて。心配、して。


「母は、たくさんの人に愛されていた」


一族からは蔑まれていた母は、一歩外に出ればそこで愛されていた。

それは母が動いたからだ。母が魔法が使えないということから目を逸らさず、一族に拘ることもせず、他に自分にできることは、と考えたからだ。そうして外に足を踏み出したからだ。


「お前は神子で。王妃で。だから母と違って制約は多い。だが、あるんだ。お前の居場所はここだけじゃない。自分で作れるものなんだ」


なずなが顔を上げた。

じっと見上げてくる目を見返して、頭を撫でる。


「お前が選べ。お前が選んだ道に助けがいるなら言え。手伝ってやるから」

「……どう、して?」

「そうしたいと思ったからだ」


始まりは声。神子を助けてくれと懇願する声。

決めたのは自分。直接会って、決めた。


辛苦に耐えて。負の感情を押し込めて。必死に、居場所を守ろうとしていた。

なのに与えられた裏切りに心を切り裂かれて。それでもここしかないのだと。ここを失ったらもうどこにもいけないのだと。耐えて、耐えて、耐えて。神子を、王妃を演じようとひたすらに。


痛々しかった。

母も自分が知らないところで苦しんだのだろうかと。

負の感情を必死で押し殺していたのだろうかと。

そう思えば、何かせずにはいられなくて。声に従うことに決めた。


今は…少し違う。

母を重ねて、ではない。ただ、なずなが笑えるような場所がほしいと思う。


「だから、お前が考えて、選べ」

「神子、なのに?」

「神子だから、選べる道もある」


頭を撫でていた手を滑らせて、頬を撫でる。

選ぶ。

なずなが呟いて、目を伏せた。


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