魔法使いと神子9
耳に鳥の囀りが聞こえる。
瞼に光を感じた。
何か声を聞いたような気がする。
けれどそれがどんな声だったのか、どんな言葉を紡いでいたのか。何も覚えてはいない。
それが酷く残念だった。ただの夢で終わらせるには、酷く残念な、そんな気がした。もう一度意識を沈めれば思いだせるだろうか。
そんなことを思うけれど、意識は浮上する。それに逆らえずに瞼を上げる。ゆっくりゆっくり上げて、
微笑む友人を見た。
「おはよう。気分はどう?」
「…き、ぶん?」
友人が額に手を置いた。何だろう。
うん、大丈夫そうね、と友人が頷くのを不思議そうに見れば、呆れたような顔。
「熱があったのよ?」
「ねつ?」
「二日もひかなかったんだから」
「ねつ…って、わたし?」
体がだるい。
これは熱のだるさだろうか。…いいや、これは寝過ごした時に感じるだるさと似ている。
思わず眉を寄せれば、友人は笑う。
「そうよ。もう、その人に感謝しなさいよ?その人が薬作ってくれたんだから」
「…?」
何のこと?そう思ったのが分かったのだろう、手、と言われた。
手。
動く…のは片手だけだった。もう片手が動かなかった。どうして。指は動く。指先だけだけれど、動く、のに動かない…のは?
深く眉を寄せて視線を向ける。どうして手が自由に動かせないのだろう、なんて思って……ぎょっとした。
「え、え、え?」
何で!?
がばっと起き上がる。
視線の先には綺麗な顔の男。椅子があるのに何故か絨毯の上に座って、けれど顔はベッドの上に。聞こえる寝息で男が眠っているのだと知る。そしてその男の片手はなずなの動かない片手と繋がって、いて。
「こ、これ、これ!?」
友人がさらりと言った。
「あなたが離さなかったのよ?」
おかげでその人、椅子に座ることもできなかったんだから、なんて言われても。言われても!!
待って。意味が分からない!そして誰、この人!!
ぱくぱくと口を開閉させていると、ん、という声。びくっと体が跳ねた。
声の主、男の瞼が震えた。全身が固まって動けずにいるなずなの前で震えて、ゆっくりと上がって、同じくらいゆっくりと顔を上げて。そうしてなずなを映した。
それに知らず息を呑んだなずなをしばらくぼーっと見た男は、しばらく後、ああ、と声を漏らした。そして、そうだったな、と言いながら今度は体を起こし、前髪を邪魔そうに払った。
その声を知っていた。
「え、え、え」
なずなは目を大きく見開くと、ちょっと待って、と言葉を洩らした。
男が何だ?と首を傾げ、そして何かに気づいたように、ああ、と頷いた。
「今はあのローブは必要ないからな」
そうあっさりと言ってのけた男の声は、いつも窓からやってくる訪問者と同じだ。
それほど長い時間ではないけれど、それでもいつも聞いていたのだ。間違ってはいない。ローブの下から発せられる声と目の前の男の声は同じだ。
それに気づけば愕然とする。
今まで顔を見たことはなかった。なかったけれど、まさかこんな、と声を震わせた。
「美形だなんて聞いてないわ!」
なずなは自分でも訳の分からないことを叫んだ。
侍女はなずな、と呆れた声を。男は自分の容姿に興味はないと一言。
そんな綺麗な顔をして。女も羨む綺麗な顔をして。
「私に謝れ!!」
「お前は落ち着け」
何を混乱しているんだ、と男が息を吐いて、友人が笑った。