神と神子2
この国を思う王の気持ちに応えたかった。
ただそれだけだった。
苦しめるつもりなどなかった。悲しませるつもりなどなかった。
当たり前だ。それを考えることさえなかったのだから。
召喚された神子の気持ちなど、考えてはいなかった。目の前のことが全て。見えることがその時の全て。
だから神子ではないお前自身のことを何も考えていなかった。
召喚した神子へ私は語りかけることができない。その声は届かない。
私が神子の気持ちを知る手立ては一つ。聖堂に安置されている聖杯だ。
聖杯に並々と注がれた水。祈りを捧げる神子。その祈りはその水と溶け合い、毎夜私の元にある聖杯の片割れへと流れ込む。
それを飲み干せば、祈りを捧げた神子の感情が分かる。幸せそうだと。今日は少し憂鬱そうだと。その程度だけれど。
神子が存在しない時代ではその役目を果たしはしないが、日常の一部と化していたため絶えず続けた。そのことが神という存在が忘れ去られることがなかった原因となったのだが。
再び召喚した神子。
捧げられる祈り。その水に含まれたその感情、は。
お前は泣いていた。叫んでいた。怯えていた。
あまりの悲痛な感情に、深く知ろうと意識して。そうして見えてきたお前の現状。
神子になどなりたくなかった。
家に帰りたい。
ふざけないで。
嫌い、嫌い嫌い嫌い。
憎みたい。
怖い。
我慢しなきゃ。
見捨てないで。
聞こえる様々な声。声。声。
平和を祈る声がないわけではなかった。けれどその声を覆い隠すように聞こえた声、は。
初めの神子は幸せだった。
泣いたこともあった。憤ったこともあった。絶望したこともあった。それでも水に溶けた思いは優しかった。笑っていた。幸せなのだと、そう語っていた。そうであることの方が多かった。
けれど違う。今代の神子は違った。
泣いて。叫んで。押し殺して。無理に笑って。
幸せ?幸せ。お前の幸せとは何なのだろう。そんな思いばかりが水に溶けていて。それを果たして幸せというのだろうか。
悔いても遅い。
お前を故郷に帰してやることができない。
家族に会わせてやることができない。
今の状況から救ってやることもできない。
見守るだけで。
見守る、だけで。
私の子。神の子。神の愛し子。
私がしてやれることは。してやれる、ことは…本当に些細な。本当に本当に些細なことだけ。
私がお前を召喚したのに。私がお前を絶望に落としたというのに。
ずっとずっと見守ってきた。この国を。
初めはただ目の前にあったからだった。ただただ惰性に見ていた。その国で生きる人々を。
国には様々な人間がいた。正道を為すもの、邪道を為すもの。それらとは関係なく生きていくもの。数え上げることなどできないほどに様々な人間が。
いつしかそれを見ることが目的に変わった。そうして長い間見ていれば愛着も湧く。
戦乱の世に国を治める国王。その声は大きかった。平和を願って、これ以上の戦乱を望まず叫んでいた。まるで血を流すように、喉も張り裂けんばかりに。
それに気が引かれた。だから召喚した。最初の神子を。
最初の神子は幸せになった。愛し愛され、辛いことも乗り越えて笑って生涯を閉じた。
それが誰にでも等しく訪れるものではないというのに。ずっと人間を眺めて知っていたというのに、私はお前にも等しくそれが訪れるものなのだと信じた。盲目に。
お前は泣く。
お前は叫ぶ。
そしてお前は怯える。
私にまで捨てられるのではないか、と怯え、捨てないで、と泣く。
私の悔恨など届かなくてもいい。せめて私がお前を見捨てることなどないのだと、お前を愛しているのだと、それだけでも届いて欲しいと。
祈る。
願う。
届けと。
神の子。私の愛しい子。
お前は私が召喚した。私が、お前を。
ならば声も届かないか。幾度も重ねればいつか届きはしないか。
だから呼ぶ。その名を。
神の子。私の愛しい子。
なずな。
ひたすらに、呼び続ける。




