友人と神子1
聖堂で祈りを捧げる。
今ある平和への感謝を。
そして永久の平和を。
一人、ただ静かに祈りを捧げる。
心から祈ることができなくなって久しいけれど。
神子として。
王妃として。
そっと伏せていた瞼を上げて、ゆっくりと顔を上げる。
見えるものは朝一番に汲み上げた水が並々と注がれた聖杯。
初めの神子が神から授かったと伝えられている聖杯は、不思議なことに翌日になれば空になる。
零れた様子もないことから、神が地上に降りてきて聖杯の水をあおって天へと帰るのだ、と言われている。
それをなずなはじっと見る。
神がいるのか。
この世界に神はいるのか。
いるのだろう。だからなずなはここにいる。神に王が願ったからこそ、召喚された。
なずなは神に会ったことはない。声を聞いたこともない。
けれど聖堂にくると思う。何かが見ている、と。
両親に見守られているような、そんな気持ちがする。
だからなずなは聖堂にくるのが嫌ではなかった。それを感じたかった。
けれど。
「私は、今でも神子なの?」
心から祈れない私は、今でもあなたの子供なのですか。そんな、不安。
いつかこの温かな眼差しを失うのではないかと。それが、怖い。
また目を伏せる。
胸の前で組んだ手を口元に当てて。
聖堂の鐘が鳴るまで、じっとそのままでいた。
聖堂を出る神子を眺める。
神子はこちらに気づく様子もなく、城へと戻っていく。
彼女に従うのは二人の兵士。彼女を守る兵士。
「遠い、な」
思わず呟く。
それに冷たい視線を寄越すのは幼馴染の侍女だ。
彼女は神子と共に部屋を移った。国王の隣室から離れた部屋に。
自分は連れて行ってはもらえなかった。当然だ。国王親衛隊に属する人間をどうして連れて行けるだろうか。
けれど連れて行ってほしかった。
「お前はいいな。側にいられる」
「あなたは馬鹿ね。だから言ったのに」
親衛隊に入ったら、自分の好きになんて動けないわよって。
確かに。
けれどあの時はそれが一番いいと思っていた。国王を近くで守れる親衛隊に入れば、守りたいもの全て守れるのだと思っていた。
けれど一番動きが取りづらい場所だった。国王を守るのだから当然だが、規律が一番厳しいところだった。そして最優先は国王。
「陛下を守ることが守りたいものを守ることになるんだって思ったんだ」
なのに違った。
親衛隊が守るのは国王だ。
国のために必要な国王。
「俺が守りたかったのは、俺の大切な人達だ。お前や両親、友人。なずな」
神子ということで距離を置いていた。
手の届かない、ある意味国王以上に尊い人。
そう思っていた。
なのに幼馴染が楽しそうに話す神子は、普通の少女だった。
そして実際に接してみれば確かに普通の少女。幼馴染と何も変わらない。
幼馴染を友人と呼んで。実は幼馴染に片恋を抱いている自分の相談に乗って。
気がつけば自分も神子に友人だと呼ばれていて。自分もそうだと思うようになっていて。
他に人がいる時は自分も幼馴染も神子も、それぞれの立場を取ったけれど、三人しかいなければどこにでもいる友人同士のように馬鹿を言って笑った。
そんな日はもうこない。
「何で俺、お前の言うこと聞かなかったんだろうな」
「馬鹿だからでしょ」
「ひでえ」
容赦ない幼馴染は小さく笑って。
「あなたは親衛隊で、なずなは連れて行けなかった。でも友達でしょう?それは変わらないでしょう?」
「でもこんな時に側にいられない」
「私がいるでしょう。ほら、伝言は?」
幼馴染を見る。
大切な友人の側に、今でもいられる幼馴染を。
「また相談に乗ってくれ」
それは再会を匂わす言葉で。
また友人として側にいけるかどうか分からないけれど、そうしたい心を伝えるもので。
「何の」
「お前は知らなくていいの」
お前への片恋の相談なんてどうして言える。
きょとん、とした幼馴染に笑った。
戻した視線の先、神子はもう見えなくて。
ああ、またあの笑顔が見れるだろうか、なんて考えた。