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魔法使いと神子7


耳を強く塞ぐ。

目を強く瞑る。

歯を強く食い縛る。


何かを叫びだしたくてたまらない。

叫んで叫んで叫んで。そうしたらすっきりするだろうか。そう思うのにできない。

だってしたら終わりだ。したらここにさえいられなくなる。もう帰れないのに。もう故郷には帰れないのに。


会いたかった。

父親に。母親に。会って抱きつきたかった。泣いてただいまと言いたかった。今まで何をしていたのか、何を思っていたのか、全部全部伝えたかった。

そうしたら二人はどうするだろう。怒るだろうか。泣くだろうか。それとも笑ってくれるだろうか。


会いたい。

会いたい、会いたい、会いたい!


どうしてこんなに我慢しなくちゃいけないの。

どうしてこんなに辛い思いをしなくちゃいけないの。


もうここは嫌。ここは嫌なの。帰りたい。帰りたい。帰りたい…!!


渦巻く思い。

ぼろぼろと零れているはずの涙は、激しい雨のせいで分からない。時折洩れる嗚咽も聞こえない。

なのに。

なのに、だ。聞こえたのだ。ぱしゃ、という地面を踏む音が。


びくっと震えた。

誰、と怯えた。


すぐ近くで聞こえた音。

怖くて、怖くて。見られたこの姿にどんな言い訳が通用するのだろうかと怖くて。

ゆっくりと顔を上げて、目を見開いた。




「何をしているんだ」




ローブを被った男。

手には箒。

こんな雨の中、くるはずのない、なずなだけが知る訪問者。


「ど、して」

「どうしてここにいるのか?それはこちらの台詞だ」

雨になど打たれてないで部屋に戻れ。

男の言葉に思わず体を引いた。

「い、や」

「このまま雨に打たれているつもりか?」

戻るぞ、と手が伸びてきて、なずなの腕を掴んだ。それを慌てて振りほどく。

「いや!!」


戻らない。戻れない。戻りたくない!

耳を塞ぐ。目を瞑って頭を振って、男の言葉も何も聞かないのだという態度を見せる。

見えない眉がしかめられたのも知らず、髪が地面に重なるまで体を縮こませた。


「神子」

「やめて!!」


男が呼びかければ返る悲鳴。

それに男が驚く。


「神子なんて知らない!私はなずなだもの!沢野なずなだわ!」


そうだ。なずなだ。ずっとそう呼ばれていたのに。


「勝手に召喚して!勝手に神子にして!私が神子らしくしないと勝手に失望して!ふざけないでよ!ふざけないで!!」


ただの女の子だった。何も変わらない平凡な毎日を笑って怒って泣いて過ごしていた、何の力もない普通の高校生だったのだ。

なのに自分達で解決できないからと、勝手に神子にされた。もう家には帰れないのだと言われた。初めの神子も帰らなかったのだと言われた。一生をこの世界で過ごしたのだと言われた!!

その時の絶望を、その時の悲しみを無理やり封印しなければいけなかった。解放したが最後、またこんな神子願い下げ。そう言われるのだと、我慢した。


「どうして私がしなきゃいけないの!?自分達のことじゃない!どうして知らない世界のために私が戦わなきゃいけないのよ!!」


戦ったこともないのに。

戦争のない、平和な国で生まれて育ったのに。

なのに崇められて、救いを求められて。それに答えなければ拒絶されて。


レガートだってそうだ。初めは困惑した顔をしていた。

専属となった侍女と親しくなって、なずなが泣き喚かなくなって安堵していた。

恋人になる少し前からは、時々罪悪感を見せるようになったけれど。

罪悪感。今のように全身で、ではなかったけれど。


「結婚しようって言ったのに!幸せになろうって、幸せにするからって言ったのに!なのに他に好きな人ができたって何よ!私は何だったの!?神子だったから!?神子だったから好きだって言ったの!?国が落ち着いたから、だから私は用無しってことなの!?」


抱いていた罪悪感のためではない。愛しいからだと抱きしめて、居場所になるから。そうレガートは言ったのに。奪った居場所の代わりに、レガートの隣を居場所にしてほしいと、そう言ったくせに!


「国民のために!国のために!そのためにがんばってたら、私はここにいられる!ここにいるためには私は神子でいなきゃいけない!王妃でいなきゃいけない!そうでなきゃ国が荒れるかもしれないから!国民が不安になるかもしれないから!そのために私はがんばって!監視されても、信用されてなくてもがんばって!そうしなきゃ私はどこにもいけないから!居場所を得るために、私は国のためにがんばって!!でも、ねえ、でも!!」


顔を上げた。

耳を塞いでいた手を離して、男を見上げた。











「 ど う し て 私 が こ こ ま で 国 の た め に 我 慢 し な き ゃ い け な い の」











この国は私から奪っていくだけなのに。






男を睨みつけるように見上げるなずなを、フードを被ったままの男が黙って見下ろす。

二人を叩く雨の音だけが庭に響く中、一体どれだけの時間が経ったのか。長い沈黙に思えたが、本当は一瞬だったのかもしれない。男が膝をついた。

警戒する、というよりは怯えたようななずなに手を伸ばし、今度は腕ではなく頬を包んだ。

そして一言。






「そうだな」






そう、呟いた。


なずなの目が見開かれる。

その言葉が何にかけられた言葉なのか理解した瞬間、思考が固まった。


男の手が頬から頭に移って、ぽんぽんと軽く叩いた。

そして目を見開いたまま男を見上げるなずなの頭をそっと抱き寄せて、囁く。


「よくがんばった」


それだけ。

後は何も言わない。ぽんぽんと背を叩くだけ、なのに。


じわり、と胸に沁みた。

流れたままの涙が更に流れ、頬を伝う。


「ふえ…っ」


胸に顔を埋めて、ずっと強く握ったままだった手を男の胸に。ぎゅうっと強く握れば、優しく抱きしめられて。









「ああああああああああっっっ」









声を上げて、泣いた。



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