国王と神子4
「レ、ガート?」
目を見開く。
窓から落ちそうになったせいで、ばくばくと脈打つ心臓の音を聞きながら、なずなは突然扉を開けて入ってきたレガートに怪訝そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「あ、あ。部屋から、出てこないと、聞いたものだから」
様子を見に、と徐々に目を逸らしていくレガートに、しまったと思う。
今までも部屋に閉じこもったことはあったけれど、今回ほど長く閉じこもっていたわけではなかった。だからレガートに報告は行かなかった。周りが気を遣ってくれたからだ。けれど三日も閉じこもっていれば連絡もいくに決まっている。
思わず胸にやった手からシャラッと音。それに眉をしかめそうになって何とか止める。
この腕輪が何のためのものなのか、なずなが知っていることを気づかれてはいけない。レガートがこの腕輪の意味を知っていようといまいと、だ。
どこにいても分かるように。発信機の役割を果たしているこの腕輪。
信じていた宰相からの贈り物だと思えば胸が痛い。そして常に監視されているのだと思えば込み上げる不快感。
本当は外してしまいたかった。床に叩きつけて、窓から放り投げて。
けれどそれを教えた男は止めた。そんなことをしても変わらない。監視はやまない。下手をすれば更に厳しいものとなるだろうと。
そんなことない、と言えればよかった。そんなことするはずない、と。
信じてもらえなかった。監視されていた。その裏切りが言わせなかった。言わせてくれなかった。
そんな現状を受け入れがたくて、部屋に閉じこもって。
そのせいでレガートに会うことになった。もう自分のものではない夫に会うことになった。
この三日に比べれば幾分余裕を取り戻したとはいえ、まだ微笑を繕うまではいっていないというのに。
「心配かけて、ごめん。ちょっと体調崩してて、誰にも会いたくなかったの」
「…医師を呼ぶか?」
「ううん。もう平気」
そうか。
そう言って押し黙ったレガートが、ふ、と怪訝そうに表情を変えた。
「レガート?」
「…何の香りだ?」
「香り?」
きょとんとしてレガートを見る。
何か匂うだろうか。レガートが言う香りを探して見る。探して、あ、と気づく。
草の匂いだ。つい先程まで草の匂いを纏う男がこの部屋を訪れていたから、微かながらも残ったのかもしれない。
けれどそんなことは言えない。あの男はいわば不審者だ。不法侵入者。
結界の張られた城に誰にも知られずに入り込んだうえに、神子であるなずなの部屋にまで入り込んでいるのだから、立派な犯罪者だ。別に何をしていくわけでもないが。
男は連日この部屋を訪れる。けれど何をしに、何のために訪れるのかは知らない。ただ頼まれたと言うだけだ。誰に何を頼まれたのかまでは語らない。
始めは知りたくもなかったことを知らせた男に悪感情を抱いた。けれど頭を撫でられた瞬間、吹き飛んだ。
フードのせいで顔は見えない。けれど聞こえた声は優しかった。憐れんだものではなく。嘲るものでもなく。優しかった。
まるで聖堂で感じた視線のように、優しかった。
だからなずなはレガートに言う。不思議そうな響きを乗せて。
「分かんない、けど。何かする?」
気のせいか?とレガートが首を傾けるのに、同じように首を傾けた。