国王と神子3
「なずなが?」
聞かされた言葉にレガートは目を見開く。
なずなが部屋から出てこないというのだ。もう三日も。
どうして。何があった。最後に会った時は閉じこもるような様子は見せなかったのに。
そう思って、見せなかったも何もレガートが心変わりをしてから、なずながレガートに本心を見せなくなったことを思い出して顔をしかめた。
見せるはずがない。裏切った男に、その裏切りを許容しなければいけない状態に追い込んだ男に見せるはずがないのだ。
「何か心当たりは?」
「妃殿下付きの侍女に聞いたところによると、三日前、外からお帰りになられた時にはすでにと」
しばらく一人にしてほしいと言われて今に至るのだと。
三日前、外で何かあったのだろうか。
「何故すぐに報告してこなかった」
「……妃殿下が部屋に閉じこもられたのはこれが初めてではないからだと」
「何?」
普段は何事もないように過ごしているが、時々ふっと思い出したように閉じこもるのだと。
その時も誰も側には近寄らせず、けれど一晩過ごせば部屋から出てくる。いつもの微笑みを携えて。
原因など言わずもがな。だからこそ侍女はレガートに報告しなかった。報告してどうなるものでもない。むしろ報告してレガートがなずなの元を訪れることの方が問題だった。閉じこもるほど落ちている時に、その原因に現われてなどほしくない。
侍女のそんな心境を聞かされなくとも悟ったレガートは、苦虫を噛み潰したような顔で黙る。
何も言えることなどなかった。
「どう、いたしますか?」
今回レガートに報告が上がったのは、いつもと違ったからだ。いつもと違って三日も経ったからだ。本当は報告などしたくはなかったのだろうに。
「…先触れを」
「妃殿下の元へ?」
行くのか、と侍従が目を揺らした。
それにああ、と頷いた。
行っても傷つけることしかできないくせに、頷いた。
侍女が頭を下げる。
一瞬絡んだ視線は決して歓迎したものではない。
ああ、そういえばこの侍女はなずなと大層仲がよかった。まるで姉妹のように仲がよかった。
レガートがなずなといる時は侍女である態度を崩そうとはしなかったが、遠目に見た二人はよくじゃれあっていた。
ならば恨まれているだろう。恨まれて当然だ。
目を伏せる。
「ご案内いたします」
「いや、いい」
そこにいてくれ、と短く言えば怪訝そうに上げられた目。けれど承知いたしましたと再び頭が下げられる。
本当ならば二人になどしたくはないのだろうが、一介の侍女が国王相手に否を唱えることは許されない。
内心はどうあれ、侍女は足を進めるレガートを見送った。
…背に突き刺さる視線は殺意すらこもっているのではないか、と思わされるものだったけれど。
なずなの部屋の前、足を止めて手を上げる。
けれどその手はなかなか扉を叩かない。
ここまできた。ここまできたけれど、一体何を言おうというのだろうか。何をしようと言うのだろうか。
今まではなずなが微笑んで迎えてくれた。胸の内を隠して微笑んで、まるで弟を見る姉のような態度で接してくれた。
それはレガートを気遣ってのことだ。なずなを傷つけたレガートが抱く罪悪感を刺激しないように、気遣ってくれたからだ。
それに甘えていた。
傷つけたという罪の意識に苛まれながらも。
どうあっても償いない苦しみに悶えながら。
なずなは微笑んで、許してくれるから。
今この時になってようやくそれに気づく。
この扉の向こうになずなはいる。泣いているのだろうか。憤っているのだろうか。微笑んではくれないだろう。
そんななずな相手に、一体自分はどうしようというのだろうか。
怖い。
怖い、なんて…どこまでも。
唇を噛む。
そして扉をノックしようと手首を動かして、
「うきゃあ!!」
聞こえた声に思わず音を立てて扉を開いた。