国王と神子
平和になれば必要がなくなるもの。それが神子だ。
神子は争いの中の希望。平和への光。
だから争いが終わった今、神子は未だ不安定である民を安心させるためだけに存在し、それすら成し終えればその役割をなくす。
今、その状態にある神子の名を沢野なずなという。異世界から召喚された少女だ。
長い戦乱に疲弊した国が、最後の手段とばかりに縋った夢物語。一か八かの賭け。
そうして召喚された少女は、何も分からないまま神子として祀り上げられ、いつしか己の意思で神子を名乗り、国に平和をもたらした。
その後は共に支えあってきた国王とハッピーエンド。
そう物語であれば綴るだろう。
けれどそうはいかないのが現実だ。
人の心は移ろうもの。永遠などそうそうあるものではない。
神子と国王は終戦からしばらく国中から祝福された夫婦となった。
それは当然の行く先で、けれど早かったのだ。
出会ったのは緊張状態が長く続く戦乱の最中。辛く苦しい日々の中。共に戦い、共に泣き、共に笑った。
その中で生まれた恋は、果たして本物だったのだろうか。錯覚ではなかったか。
それを知る前に二人は夫婦となった。穏やかで平和な恋人を味わう前に、夫婦となった。
周囲もそれが当然だと思っていた。
神子と国王。物語の結末はこの二人のハッピーエンドで終わっているのだから。
そして二人が歩み寄り、支え合い、好き合った状況を見てきたから。
だから誰も止めなかった。祝福した。それが永遠のものだと信じた。
「なずな」
「レガート?」
どうしたの、となずなが不思議そうに瞬きした。
それに気まずそうに目を逸らして。そしてまたなずなを見て。
「すまない」
謝る。
なずなはきょとんとして、そして微笑む。
「ばか」
王妃である神子が住むべきは王の居室の隣。
けれど神子が今住んでいる場所はそこではない。城にある一角。
人の入りの少ないそこは、神子が望んだ。心許せるものだけを連れて、神子はそこに移った。
「レガートは何も謝らなくていいんだよ」
「だが」
「じゃあこう言おっか。謝られると私が凄く可哀想だって」
「…っ」
なずなの言葉にレガートが言葉を詰まらせる。
すまない。またそう言おうとして、やめる。
なずなが言った言葉は本心ではないだろう。けれど事実だ。
「ほら、もういいから、帰ったげて?」
きっと不安になってるよ、と笑うなずなから、レガートは逃げるように部屋を後にした。
悪いのは、レガート。
責めてくれればよかった。
泣いて怒って罵ってくれればよかった。
けれどそれはなずなのためではない。レガートのためだ。レガートが抱く罪悪感を癒すための術だ。
好きだった。
愛していた。
だから結婚した。
なずなの帰る場所はレガートになった。
故郷から引き離し、帰る場所を奪ったレガートが、なずなの帰る場所になった。
生涯愛し、生涯守り、幸せにしようと決めた。
「レガート様」
戻った部屋には少女が一人。
愛する少女。
少女と出会って、なずなへの想いが生涯貫き通せる恋ではないと知った。
ああ、何て裏切り。
なずなは言う。
どこの恋人同士でも気持ちが変わることがある。だから別れる恋人がいるのだと。国王と神子だけがそうでないとは言えない。
傷ついたくせに。
泣いたくせに。
なのにしばらくレガートと会うのを避けていたなずなは、そう言って笑ったのだ。
自分を殺してやりたいと思った。
幸せに、なんてできなかった。
奪うだけ奪って、何も与えられなかった。
せめて結婚していなければよかった。
結婚したせいで、なずなは新たな帰る場所を得られない。
国の王妃。民の象徴。そうであるなずなは、城から離れられない。
裏切った夫とその夫が愛する少女がいるこの城で、今でも象徴として神子を演じ続けている。