02
中学にあがれば、瑠衣くんとの接点が減った。まず、登校は別々になった。小学校は、ほら、防犯とかで一緒だった。けど、中学はそれもいらないかなー、となった。だって、自転車だもん。必要ないよね。
クラスも別々になった。人数が増えたから、クラス数も多くなったから、確率が下がったんだよ。くじ引きみたいなものだから、別々になっちゃった。
でも空手とピアノはそのまま。瑠衣くん、ピアノ一本でいくのかなー? なんて思っていたのだけど、逆だった。ピアノは趣味、空手が主みたいだ。ピアノのコンクールは出場するけど、だからといって、手を怪我する空手はやめないんだって。逆に、怪我したら、ピアノやめる、なんて言ってた。
瑠衣くんはむやみやたらと笑わなくなった。笑うけど、愛想笑いはしない。
私には、ちょっと気まずくなったけど、すぐに普通に戻った。もう、友達関係は続くんだから、それは、仕方ない。なかなか、ないよ。告白して振って、気まずくなったのに、友達付き合いが続くなんて。小学生だから、出来たことだよ。
「おはよー」
「おっはよー、由芽ちゃん!」
由芽ちゃんとは同じクラスになった。五年生の頃にやっちゃったけど、あれから、何かと話していて、すっかり友達だ。裏表なくなれば、気が楽だよね。
「もう、松村くんとは一緒じゃないんだ」
「そりゃ、中学生ですから。別々だよ。瑠衣くん、もう起きるの遅いから、待ってられないよ、私は。生き急いでるからね」
「あー、そんな感じ。松村くんのことは、さっさと吹っ切っちゃったしね」
「………」
「あ、ごめん」
振られたけど、そうそう、気持ちってなくならない。だって、随分と時間をかけて育てたんだもん。距離も近いし、友達付き合いだから、もう、忘れる忘れないとかじゃないんだよね。
そうして、中学一年は、瑠衣くんと離れて過ごす予定だった。
瑠衣くんはモテるんだよね。もう、入学してすぐ、目立つ目立つ。ピアノ出来るから、音楽関係のクラブとから勧誘されるし。でも、空手習っているから、断ってた。
上級生からも同級生からも目をつけられる瑠衣くんは、しかし、魅惑の笑顔で撃退するのだ。
私のことは、ちょっと邪魔かな? みたいには最初、見られた。けど、小学校の頃の所業とか、あと、私が瑠衣くんに告白して玉砕している事実は、逆に安心させたようだ。
でも、距離が近いことは変わらない。
「水、ちょーだい!」
勝手に、私の水筒の水を飲む瑠衣くん。
「教科書、かして」
問答無用で私の教科書を奪っていく瑠衣くん。
「今日は面倒だから、学校、さぼろうよ」
悪魔のような囁きまでしてくる瑠衣くん。これはさすがに断ったよ。
「今日は一緒に帰ろう」
「あー、うん」
帰る先は一緒なので、誘われたりしたら、断れないよ。
「途中まで、俺も一緒していいか?」
「あ、木村先輩だー。えー、歩きなのに? 私たち、自転車だもんね」
「そうそう」
「途中まで歩けよ、お前ら」
「はいはい」
仕方がないので、木村先輩にあわせて、私と瑠衣くんは歩いた。途中までなんだけどね。
「木村先輩は、どこの高校行くんですか?」
「それを聞くということは、俺と同じ高校を目指すのか?」
「一応、聞いておくだけです。私はもう、近くの高校だって決めてるので」
「俺もだ」
そりゃそうだ。だいたいは、近くの高校目指すよね。そんなに難しい高校ではない、と聞いてる。
「じゃあ、また、一年間は同じになるのかー。先輩後輩、続きますね」
「松村はどうなんだ? こいつみたいに、もう、決めたのか?」
「父さんも母さんも、ちょっと遠い進学校を勧めてきた。そこは空手もピアノも出来るって」
さすが、瑠衣くんの家庭はハイクラスだね。ピアノ、どこまでもやらせるんだ。
「そうか、一緒じゃないんだ」
じっと見てくる瑠衣くん。
「そんなの、まだまだ先だから、わからないでしょ。まあ、木村先輩はもう、決まってるようなものだもんね」
「俺はそんなに勉強は出来ないからな。分相応だよ。高校卒業したら、就職だな」
「もう、将来まで決まってるよ!!」
「………俺も色々と考えてる。松村、覚悟しとけよ」
「………」
男子は男子で目で何か語り合ってるよー。こういうことってあるんだね!!
そうして、分かれ道となったので、私たちと木村先輩はわかれることとなる。
「後でな」
「はいはい、また後で」
「後で」
いつもの挨拶をして、一時、お別れである。どうせ、空手道場でまた、会うんだよね。
「お前ら、仲いいよな」
なんと、後ろに木村くんがいたよ。
「えー、どこから付いてきたの? 話しかけてよ」
「隙間これっぽっちもなかったのに?」
「盗み聞きなんて、お前、女の腐ったような奴だな」
瑠衣くんは蔑むように木村くんを見る。うわ、五年の頃のイジメ、まだ、瑠衣くんの中では許せない案件なんだ。
「今日こそは、やってやるからな!!」
「木村先輩に負けるのにか? 俺と木村先輩はほぼ互角だぞ」
そうなのだ。木村先輩と瑠衣くんは、今では道場の双璧である。この二人に勝てる男子はいない。大会でも、いいトコまでいっちゃうんだよね。
木村くんは遅く始めたから、勝てない。こういう世界って、経験と練習量だ。木村くんはちょくちょく空手を休む。毎日、行かなくていいから、毎日じゃないんだよ。だけど、私も瑠衣くんも木村先輩も平日は毎日だ。時には土日だって練習に行っている。道場は、毎日、開いているから、好き勝手に行けるんだ。そうすると、練習量が多い人のほうが強くなる。それは絶対だ。
木村くんは、残念ながら、瑠衣くんには絶対に勝てない。才能とか、そういうのではない。これは、毎日の積み重ねだ。
ということはわかっているけど、私は黙っている。ほら、私は組み手しないから。木村くんは、型のほうは地味だから、と真面目にやらない。だから、負けるんだよ、お前。
そんなこと吠えて、木村くんはさっさと去っていく。
「懲りないな、あいつ」
「あれでしょ、才能あると思い込んでるんでしょ。運動系は、才能だけでどうにかなるものではないのにね」
「もう、辞めればいいのに、アイツ」
「本当に」
道場にとっては、大事な収入源であるが、木村くんは空手を辞めたほうがいいと思う。ほら、面倒臭いから。
まあ、平和な毎日を過ごしているけど、女子も男子も色気が出てくるんだよね。
「また、告白された」
「自慢だ自慢」
由芽ちゃんは、過去はともかく、可愛い。彼女にしたいよね、こんな可愛い子。過去のことを知っても、許せちゃうんだよ。過去はともかく、今はいい子だから。
「もう、そういう気分じゃないってのに、呼び出されるの!」
「体育館裏とか、気を付けなよ。ていうか、一緒に行ってあげるよ。声かけて」
「さすがに、そういうとこには行かないから、大丈夫」
「そうかー、恋愛、興味ないんだー。瑠衣くんのことは冷めた?」
「松村くんは観賞用って割り切ったの! あんたと一緒だと、よく見れるしね」
「うーわー、さすがモテる女子は違うねー。私なんて、これっぽっちもないよ、そういうこと」
「そりゃ、松村くんと一緒にいるから、男子は近づけないでしょう」
「そうかー、瑠衣くんのせいで、私の青春は後退してるのか。どうにかしないと」
「え、気になる人でもいるの?」
驚いて聞き返してくる由芽ちゃん。そんな、驚くことかな。
「そういうのは、ないな。ただ、恋に恋するような、男子と付き合ってみたいな、という感じ?」
「それ、危ないから、気を付けなよ。告白されたから、とかいって、簡単に付き合ったりしないように」
「それはないよー。まず、告白されないし」
まず、板を素手で割るような女は告白対象じゃないよね。
瑠衣くんとクラスが別になると、ちょっと困ることがあった。ほら、合唱の伴奏だよー。
「ピアノ弾ける奴から選ぶぞー」
問答無用で集められた。母、また保護者申告したね、私の習い事。
私が空手やっていることは有名である。ほら、瑠衣くんといつもくっついているから、イヤでも知れ渡る。もう、女子たちが、ピアノで私を負かせてやろう、なんて見てくる。はいはい、負かせてくださいな。
楽譜を見せられた。お、さすがに中学は、レベルが高いね。
「これ、弾けるの?」
「こんなの楽勝でしょー」
由芽ちゃんはすでにリタイアしていた。楽譜見て、無理なんていうの。
まずは、初見でどこまで弾けるか、というお試しになった。ピアノ歴はいい感じの子たちが残る。コンクール経験者がいっぱいだ。さすがに中学になると、そういう子が出てくるよね。
「大丈夫なの? ほら、コンクールにも出たことないでしょ」
「緊張して、指が動かなくなっちゃうの。でも、こういう伴奏は、緊張しないから。ほら、失敗しても、誤魔化せるからね」
一発勝負のコンクールによく行けるよね。合唱なんて、皆でせーのーでー、だから、気が楽だよ。
軽い嫌味を受け流して、私は傍観する。皆、それぞれ、つたないまでも、いい感じだ。
「大丈夫か?」
「だったら、集めなくていいのにー。自薦、他薦にしてよー」
先生が心配そうに声をかけてくる。順番だから、弾くだけだ。失敗しても、他にピアノ弾ける子いるから、大丈夫。
というわけで、初見で弾いた。時間があったので、曲の感じとか読み込みもちょっと出来たかな。合唱は、そういうのじゃないけどね。音楽って、強弱とか流れの解釈って、大事なんだよ、と瑠衣くんママにしつこく教え込まれた。
そうして、普通に弾き終わった。
「いやー、解釈難しい。間違ったような気がする。瑠衣くんママに相談かなー」
「いや、しっかり弾けてるじゃないか。練習した?」
「まっさかー、こんなハイカラな曲、知らないよ。瑠衣くんママには、ショパンにシューベルトと、大昔のクラッシックしか教えてもらってません。もう、歴史まで教え込まれたんだから、音楽のテストはまかせてよ!」
「よし、ついでに伴奏もよろしくな」
「えー、こういうのは、投票でしょう。先生の独断はダメだよ」
ということで、投票したけど、私に決まった。おいおい、緊張して指が全く動かなくなったら、笑い者だよ、私。
伴奏なんて、刺身でいうなら、ツマみたいなものだよ。誰がやったって、一緒。
だけど、合唱では、わざわざ、伴奏者の名前が言い渡されるんだよ。後から、ものすごく恥ずかしかったけど、失敗はしてないよ。
「もう、コンクールに出たほうがいいって」
「瑠衣くん、あれは無理だよ。もう、足が震えるし、指、動かなくなる。カチコチだよ。よく弾けるね、コンクールで。間違えたら、減点なんだよ! この、点数つけが怖い!!」
合唱終わってから、瑠衣くんがしつこく言ってくる。でも、断る。
「私は、ピアノ弾くのは大好きだけど、それだけ。そこに、点数はいらない」
「もっと、色々な人の前で弾いてみたら?」
「え、なんで? 合唱の伴奏すればいいじゃない。あと、別に弾きたいのであって、聞かせたいわけではない。今のままで、十分、幸せだよ」
始めた動機は不純だけど、続けてきて、良かったと思っている。
「空手もピアノも、瑠衣くんのせいだけど、今は良かったと思ってるからね」
「………そうなんだ。良かった」
瑠衣くんは嬉しそうに笑った。何かいいことでも言ったのかな?
「すごいな、お前、ピアノあんなにうまいんだ」
木村先輩は、私がピアノどこまで弾けるか知らなかったから、感動していた。いやー、照れるなー。
「もう、弾くのが好きなだけだよ。毎日、鍵盤の練習してるんだから」
「へー、ピアノ弾いてるんだ」
「いやいや、鍵盤だけ。ピアノなんて、家にないよー。こう、鍵盤を叩くのもイメージして、指動かしてるだけ。空手もピアノも一緒。毎日毎日、きちんとやることが大事なんだよ」
「実は、お前、すごく努力家なんだな」
「そうなんだよ。空手だって、休みの日だって、型の練習をしてるんだから。ほら、型は一人で出来るから」
「今度、聞かせてくれよ。松村の家にピアノがあるんだろう」
「瑠衣くん、いいの?」
「いいよ」
即答かい、お前。でも、瑠衣くんと木村先輩の間の空気がちょっと怖い。木村先輩は余裕で笑っているのに、瑠衣くんは睨んでる。
こうして、今度の休みに、瑠衣くんの家で、私がピアノ弾くこととなった。楽譜は木村先輩がわざわざ用意してくれたんだけど、これはちょっと。
学校で楽譜を読み込んでいると、由芽ちゃんも驚いていた。
「これ、恋愛関係の曲だよね。最近、はやりの。あれ、弾くの?」
「弾いてほしいって、言われたの。一応、原曲も聞いたんだけど、それをピアノにアレンジした楽譜だから、雰囲気がいまいち」
「それ、ドラマの主題歌になったやつだよ。まずはドラマ見ないと」
「ドラマからかー」
瑠衣くんママからは、解釈については厳しく指導されている。中途半端なことはしないんだよ、私も。
教えてもらったドラマは配信で見れるというので、家で一通り見てみたんだけど、ちょっと変な気持ちになる。
これ、三角関係の恋愛ドラマだ。女子一人が男子二人に口説かれちゃうやつだよ。あれだね、女子だったら、一度は夢見るシチュエーションだよね。現実にはないけど。
確かに、ドラマに雰囲気と楽曲があっている。ただ、ピアノは歌がないからね。そこをどう情感いれるかが難しい。
瑠衣くんママに相談する? いやいや、時間がない。ここは、もう、私なりの解釈で音を奏でるしかない。
一発勝負はあれなので、学校のピアノを使わせてもらった。たまに、そういうことする学生がいるので、快く音楽室の鍵をかしてくれた。
一人だとあれなので、由芽ちゃんに道連れだ。原曲知ってるから、いい感じに感想言ってくれるだろう。
私は一度は最後まで弾いて、ちょっと音がねー、というところに、楽譜に書き込みする。後で新しいの買って返そう。
「さっきので完璧じゃない。そこまでこだわる必要ある?」
「瑠衣くんママ、厳しいの。きちんと楽譜の読み込みしないと、もう、怖くって。音楽の歴史もやらされて、瑠衣くんと一緒に楽譜読みしたんだよ。もう、大変なんだから」
瑠衣くんの自宅でピアノ弾くんだ。きっと、瑠衣くんママもいる。きっと、後で、解釈について聞かれるよ!
「やっぱり、盛り上がりはここだよね。ここはもっと、強弱つけたりしたら?」
「原曲だと、そうだよね。楽譜だと、なんか、平坦だから、そのまま通しちゃうって」
「言えるところは、そこだけ」
「ありがとう!」
さすが由芽ちゃん! 女子力が違うよね。だから、私には告白とかないんだよ。
そうやって弾いていると、やっぱり、人気がある原曲だから、人が集まってきた。
「え、あなたが弾いてるの!?」
「柏木さんじゃなくて?」
見た目だね、見た目。私が弾いているから、皆、びっくりだよ。
「よし、由芽ちゃん、横で弾いてるふりしちゃえ。私が隠れて弾いてあげるよ」
「それ、出来るの?」
「昔、遊びでやったんだよ。ほら、面白いでしょ、そういうの」
試しにやってみたら、偽装は簡単だ。笑える。
私が顔を出してやると、男子なんか、残念なものでも見るように見てくる。ほら、可愛い女の子がピアノ弾けるほうがいいに決まっている。
「さて、練習は終わった終わった。ありがとう、由芽ちゃん」
「え、もう終わり? 他の曲は?」
「楽譜がないから、ここで終了。それに、この楽譜の解釈をしたくて、ピアノ借りただけなの。解釈も終わったし、帰る」
もっと、色々と聞けるものと期待していた人たちは、残念がってくれた。
「ごめんね、私、クラシックしか弾けないの」
「じゃあさ、難しいのやれよ」
「じゃあ、情感がすごいラフマノフかな。なかなか業の強い恋愛系の曲があるんだよね」
なかなか、難しいんだよ、ラフマノフは。だから、簡単に弾いた。情感いれると、泣けてくるから。瑠衣くんに振られた時のこと、思い出しちゃうよ。
そうして、弾き終われば、空気がなんともいえなくなった。ああ、そうだよね、この曲聞くと、変な気になるよね。
「はい、終わり。よい恋愛、してくださいね」
そうして、週末のお休みに、瑠衣くんの家に集合である。
「あれ、瑠衣くんママは?」
「出てってもらった。下手に聞くと、後で解釈とか口出してくるから」
「助かった」
もう、大変なんだよ。たかが学校の合唱での伴奏だって、瑠衣くんママは口出してきた。妥協してくれないんだよね。
いつものピアノの部屋に通される。綺麗に掃除されて、調音もしっかりされている。うん、学校はちょっとずれた感じしたんだよね。
私は軽く指の運動をする。
そうして準備していると木村先輩がケーキという手土産もってやってきた。うわ、二個上はやることがキザだね。
「お邪魔します。悪いな」
「全然、かまわないから」
この二人、仲良いのか仲悪いのか、わからないな。まあ、空手ではいつも通りの組み手だし、気にしないけど。
改めて、私はピアノの椅子に座る。音をみて、こういう感じだな、と簡単に部分を調整する。
「じゃあ、弾くね。失敗しても、笑わないでね」
「失敗しても、俺はわからないから、大丈夫だ」
「なんで、これ選んだの?」
「………」
笑顔で無言である。もう、読めないな、男子は。
私は情感をしっかりとこめて弾いた。楽譜通りには弾かない。せっかく、聞きたいというのだから、私の気持ちとか、色々なものをこめて弾きたい。
そうして、短時間で解釈した曲はすぐに終了だ。たったの五分だよ、どんなに頑張ったって。クラッシックじゃないんだもん。これは、JPOPなんだから、そんなに長い曲じゃない。
弾き終わって、気づいた。後ろに、木村先輩と瑠衣くんがいる。近いな、物凄く。
瑠衣くんとは距離をとっていたので、こんなに近いのは久しぶりだ。小学校の頃は、これくらい近かったけど、中学生では、この距離はちょっと危ない。
木村先輩がこんなに近いのは、きっと、初めてだ。いつも、距離とってるよね。こんなに近くにいると、これも危ないような気がする。
「瑠衣がお前振ったの、俺との約束のせいなんだよ」
「え? 何? よくわからないんだけど」
突然、過去の瑠衣くんの告白のことを木村先輩に言われた。謝られている理由がわからない。
「抜け駆けなし、て約束したんだ」
「………えっと」
距離が近いので、離れたいけど、離れられない。両側に、瑠衣くんと木村先輩がいる。後ろには、ピアノだ。逃げようと立ったけど、物凄く悪い音を立てることになっただけだ。
「ごめんね。木村先輩と約束しちゃったから、告白、断るしかなかったんだ。嬉しかったんだよ、すごく。だけど、男の約束だから」
瑠衣くんが私の右手を握って、なんと、右手にキスした。
「僕はずっと、好きだ」
木村先輩が、私の左手を握って、同じく左手にキスしてきた。
「俺もずっと、好きだ」
私はまた、椅子に座る。だって、立ってられない。二人同時の告白に、私の頭はついていってない。
「ど、どうして、今?」
本当だよ、なんで、今なの? わけがわからない。
「お前はわかってないだろう。お前、ピアノ弾いてから、男子どもがザワついたんだ」
「僕はずっと見てたというのに、ピアノ弾いた途端、目立っちゃって」
「………でも、そういうの、ない」
「させるわけないだろう! お前の側に男どもを近づけないように、俺と松村で囲ったんだからな」
だから、下校はいつも、瑠衣くんと木村先輩が一緒なんだ。
朝は、行動が読めないので、私に何かする男子はいない。だけど、下校は決まった時間である。何か行動を起こすなら、下校時だ。
「それに、君は小5の頃、僕のこと、男として好きじゃなかっただろう」
「そんなこと………あるかも」
言われてみれば、そうかもしれない。周りに、きっと告白成功するよ、なんて言われて、私はたぶん、踊らされたんだ。好意はあったのかどうか、今ではわからない。
「今すぐ、なんて言わない。ただ、考えてほしい。むしろ、俺のほうが不利なんだけどな」
「僕を選んで! 絶対に後悔させないから」
「お前、いい性格してるな」
瑠衣くんが押してきた。木村先輩なんか、優しく猶予くれるってのに、酷いな。
「も、もう、離れてよ!! は、恥ずかしい」
もう、顔が真っ赤だ。瑠衣くんに手を握られるなんて馴れているはずなのに、違う感じだ。木村先輩なんか、こんなふうに手を握られたのは初めてだから、これは恥ずかしいんだよ!!
「まずは、スタートだな。これからは容赦しないからな」
「大人しく受験生してたら」
「俺の成績なら、楽勝なんだよ」
「へー、そうなんだ。やっぱり、僕も近くの学校に行こうかな」
「親説得してから言え」
「じゃあ、志望校、君が僕にあわせてよ。勉強、教えるから」
「卑怯だぞ!!」
私の手を握ったまま、二人は喧々囂々している。仲が良いんだか、悪いんだか、本当にわからない。
でも、この日から、私の心の平穏はなくなった。