01
小学校高学年の私のあだ名は「ゴリラ」だ。見た目は普通だと思う。両親に聞けば、「普通よね」なんて言ってくる。そういう両親だって、普通だ。
物凄く背が高いわけでもない。物凄く体格がいいわけでもない。普通なんだ。
だけど、私はある日を境に、「ゴリラ」と呼ばれるようになった。
私の幼馴染みであり、隣人の瑠衣くんは、物凄く見た目が綺麗な子だ。両親もかっこよかったり、綺麗だったりするので、瑠衣くんもむちゃくちゃ綺麗な子だ。ただ、ちょっと泣き虫だ。幼い頃は、ちょっとしたことで泣いてばかりいた。
これはいかん、と瑠衣くんのご両親は思った。そして、近所の空手道場に通わせたのだ。
最初、もう、瑠衣くんはごねた。泣いた。暴れた。空手道場の先生ももう困った。
「お願い! ちょっとの間だけでいいから、一緒に通ってちょうだい!!」
瑠衣くんママが私の母に頭を下げた。もう、頼るのは私だけだ。
「でも、女の子に空手はちょっと。この子だって、もっと女の子らしい習い事をしたいと言ってたことだし」
友達がピアノを習い始めたと聞いて、私も習いたいとおねだりしていた。そんな時に、この頼み事だ。私は空手なんてイヤだ。
「だったら、私が教えるから! 私、そういうことも出来るの!! 家にもピアノがあるのよ」
確かに、むちゃくちゃ立派なグランドピアノがあるね。瑠衣くんのお誕生日会で、瑠衣くんママが弾いてた。上手か下手かはわからないけどね。だって、子どもにとっては、綺麗な音色はみんな、綺麗な音色でしかないから。
「お金はとらないから! ほら、瑠衣と一緒に教えるだけだから!! お願い」
「もう、お金は払うわ。仕方がないわね」
私の母が折れてしまった。えー、ピアノ習いたいとは言ったけど、それは、お友達と同じピアノ教室に行きたかっただけだよ!!
子どもだから、おねだりの仕方が悪かった。そりゃそうだ、子どもなんだから、”お友達と同じ”なんてつけない。ただ。ピアノが習いたい、と単純な言葉しか出せないのだ。
親子での意思疎通なんて、言葉がなくても出来るなんて、嘘だ、都市伝説だ、妄言だ、まやかしだ!!
というわけで、私は瑠衣くんのお供として、空手道場に通うこととなった。
瑠衣くん、一人だとごねにごねたくせに、私と一緒となると、手までつないできた。もう、こうなると、仕方がない、となってしまう。私と瑠衣くんもお友達だ。もし、友達に優先順位をつけるなら、やっぱり、瑠衣くんが一番だ。物心つく前からの友達なんだもん。
そうして、瑠衣くんと空手を習うのだけど、なかなか大変だ。大きい大人もいて、すぐ、瑠衣くんは怖がって、泣いたりする。ちょっと出来る子なんて、意地悪するの。瑠衣くんが泣くと”泣き虫め”なんて言ってくる。それで瑠衣くんが大泣きするのだけど、その後は、先生が意地悪する子にゲンコツだ。結果、両者、大泣きである。大変だ。
そういう感じでも、未就学児の頃は一緒に通った。ピアノだって、一緒だ。
空手は平日毎日だ。別に、毎日行っても行かなくてもいいのだけど、毎日、瑠衣くんママが送迎してくれた。私の母? もう、お任せだよ。だって、瑠衣くんママのお願いだからね。それに、私が一緒に車に乗らないと、瑠衣くんも乗らないなんて、なかなか我儘なことしてくれた。
そうして、小学校に上がる頃までは、一緒にやっていた。その頃には、瑠衣くんも自信がついたし、体もがっしりしてきたから、同い年の男子がちょっとこずいたって、転んだりもしない。そのまま、受け流す強の者となっていたのだ。
対する私は、ピアノは普通、空手も普通だ。組み手? やらないし、母がやらせない。女の子にそんなもの必要ないって、型だけやらせてた。それでも、そこら辺の男子よりは強いと思う。
「いいか、絶対に外では空手を使うなよ」
空手の先生は、口をすっぱくしてそう言う。おもに、意地悪する上級生だ。そいつ、私たちよりも二個上なんだけど、何かと瑠衣くんにちょっかい出してきた。小学生になったって、やっぱり子どもだ。落ち着くとかない。
それでも、私と瑠衣くんが小学校に入学すると、その上級生も落ち着いてきた。普通に瑠衣くんと話していた。同じ学校だから、廊下ですれ違うと挨拶だってするし、ちょっとした世間話だってする。
「お前らいつも一緒だな」
だいたい、私と瑠衣くんが小学校でも一緒に行動しているので、何回かに一回は、そう言われる。
「木村くん、ほら、友達が呼んでるよ」
上級生のことを瑠衣くんは普通に苗字呼びだ。私もそうだけどね。
「はいはい。また道場でな」
そう言って、颯爽と去っていく木村くん。さすが、二個上だと、纏う空気が違うね。
「ほら、行こう」
対する瑠衣くんは、いつもの天使の笑顔で私の手を引いていく。可愛いとかっこいいの中間くらいだな。見慣れちゃったから、私は全然、平気なんだけど、女子はこの顔にドキドキするんだって。
瑠衣くんはずっと私にべったりだ。お陰で、女子の友達がいなかった。あれ、おかしい。
小学五年生の頃になると、お年頃である。もう、色恋なんて、女子の間で話しちゃうよ。
私だって、普通に話す。隣りの席の子と、普通に恋バナみたいなことを聞く。
「ねえねえ、松村くんって、絶対、あなたのこと好きだよね」
松村というのは、瑠衣くんの苗字だ。なんか、松村と聞くと、一瞬、誰? とかなってしまう。
「ああ、瑠衣くん。まっさかー」
瑠衣くんもさすがに小学五年生では、男子と話したりする。ほら、保健体育とかで、男女の違い、みたいなものも学んだし、ちょっと、それからは距離があいたかな? 手をつないでくることはなくなった。
「それはないな、絶対に」
「なんで?」
「私は板を割れる女だよ」
「あー、やったね」
何か自慢できることはないか、というイベントに出たことがある。私は空手道場では、型ばっかりやらされているが、基礎訓練はしっかりとだ。型って、しっかりと意味があるので、回数をこなしていれば、素人相手でも、やりこめるのだ。
板割りって、こつがあるんだよね。せっかくだし、と空手の先生と練習して、実演した。
結果、母にむちゃくちゃ叱られた。
組み手じゃないからいいかなー、なんて空手の先生と話して勝手に習得しちゃったんだ。あれ、そんなに難しくないんだよ。見た目は派手なんだけどね、気合だよ、気合。
ちなみに、板を持つ側は瑠衣くんにお願いした。ほら、経験者じゃない人の持たせると、失敗しちゃうから。
「おい、ゴリラが松村のこと好きなんだってー」
勝手に男子が話を聞いて、入ってくる。私は板割りの一件で、男子から”ゴリラ”と呼ばれるようになった。まあ、いんだけどね。
「もう、そんなふうに呼ぶなんて、男子、最低!」
「本当に、最低!!」
「先生ー、男子がまた、女子のことゴリラなんて呼ぶんですー!!」
「こらーーーー!!!」
女子が集団で告げ口するので、もう、男子は即、先生に叱られる。こりないな、男子。
そういうことを毎日繰り返していたある日、男子がやり過ぎた。
「お、ゴリラが来たー!!」
「やっべぇ、ゴリラに触られる!!!」
私を見ると遠巻きに、そんなことを言ってくる。これには、私はうんざりした。別に、私は誰かに暴力をふるったとか、嫌がらせをしたとか、性格が悪いとか、そういうものはない。
ただ、板一枚を素手で割っただけだ。
だいたい、リーダー格の悪ガキが、そう言い出すと、もう、仲が良い男子全てが、私をバイキンみたいに扱ってくる。
空手は心技体だ。普通の女子ならば、泣いちゃうが、私はそうではない。こういうものは、受け流すことにしている。
「今日はピアノ、一緒にやろうね」
それに、瑠衣くんは変わらず、私に笑顔を向けてくれる。おし、不細工な男子に嫌われたって、女子人気最強の瑠衣くんが私の味方なら、もうどうでもいいや。
「瑠衣くん、今度、コンクールに出るんだってね。すごいね」
「一緒に出ようよ。いいとこまでいけるよ」
「いやいや、緊張して、動かなくなるよ」
瑠衣くんは瑠衣くんママにみっちりとやらされているので、かなり上手だ。クラスの出し物とかで、ピアノの伴奏が必要な時は、全て、瑠衣くんだ。コンクールだって、全国大会に毎年出場まで行っている。その先がね、なかなかなんだって。
それくらいの腕前を常に見せつけられている私としては、ピアノでコンクールなんて、おこがましいことですよ。
「ゴリラがピアノだって! ピアノ壊れちゃうよな!!」
「まともに弾けるのか? 俺が見てやるよ」
「俺もピアノ習ってるぞ」
意外と、男子でもピアノやってる子がいた。その事実にびっくりだ。
「大したことないよ」
「うわ、話しかけられた。耳が腐る」
「痛い痛い痛い!」
酷いな、これ。ここまでくると、イジメだよ。
物凄い音をたてて、机を叩かれた。その音に、クラス中がしーんとなった。
私もびっくりしたよ。だって、瑠衣くんが笑顔で机に拳をうちつけたんだから。
「る、瑠衣くん?」
「ちょっと、板、持ってくれる?」
何故か、瑠衣くん、机から板を持ってきて、私に持たせる。笑顔だけど、目が笑っていない。
よくある板割りだ。私は瑠衣くんの前に板を持って構える。
笑顔の瑠衣くんは、タイミングなんてないみたいに、拳をふるってくる。仕方がないので、私のほうで、タイミングをあわせてあげる。
見事、真っ二つに割れる板。
「僕でも割れる板だよ。この程度で、ピアノが壊れるわけないよね」
ぽいっとイジメのリーダー格に真っ二つとなった板を投げる瑠衣くん。笑っていない。
「いい加減にしろよ。男だったら、板一枚割ってみろよ。それすら出来ないで口だけで相手を貶めて、そういう奴のことを何ていうか知ってるか? 女の腐ったような奴っていうんだ。お前ら全員、女の腐った奴らだ。男じゃない」
その後、このイジメを主導した奴らは、全員、職員室に呼び出された。
これ、実は後日談がある。このイジメを主導した男子、実は大好きな女子に頼まれたそうだ。その事実を職員室だけでなく、なんと、クラスメイトの前でも暴露させられて、その女子は大変なこととなった。
何故、こんなことを頼んだのか? その女子は瑠衣くんのことが好きで、いつも側にいる私が邪魔だったからだ。
その女子は、男子の中ではなかなかの人気のある子だ。可愛いし、性格はちょっと我儘だけど、男子受けの良い子だ。
しかし、この事実に、女子のほうがドン引きした。まさか、小学五年で、男子使って私を陥れるなんて、モンスターだよ。
ちなみに、主導した男子の口を割ったのは、瑠衣くんと男子の兄・木村雄一こと空手の二個上の先輩の木村先輩だ。
私は知らなかったんだけど、この男子・木村咲夜くんと木村先輩とはれっきとした兄弟だ。木村なんて、探せばいっぱいいるから、私はあえて聞かなかったのだけど、瑠衣くんはもしかして、と木村先輩に訊ねてみれば、そうだった。それから、事がるごとに相談はしていたけど、何分、小学生のやることなので、木村先輩も口や手を出すわけにもいかず、手をこまねいていたそうだ。
しかし、学校で大問題となったことで、木村先輩は瑠衣くんと二人がかりで、木村咲夜くんを問い詰めた。瑠衣くん一人だけでなく、空手やっている木村先輩にまで問い詰められてしまえば、木村咲夜くんも口を割るしかなかった。
そして、木村先輩は木村咲夜くんに、クラスメイトの前で公開処刑を命じたのだ。恐ろしいな、木村先輩。
結果、今度はその男子に可愛い姿を見せていた女子が孤立した。
よく、こうなると、転校する、という話が出てくる。でも、それって、そうそう簡単な話ではない。持ち家だったらどうするの? 家が裕福であればいいけど、普通の家は、簡単には引っ越しなんて出来ないんだよ。小説やドラマのようにはいかないんだ。
すっかり落ちぶれてしまった女子・柏木由芽ちゃんは、居場所のない教室で、ただ、座っているしかなかった。誰も声をかけない。
「ねえねえ、木村くん、どうして由芽ちゃんと仲良くしないの?」
「それを、どうしてお前がいうのか、理解に苦しむ」
「え、だって、好きな子のお願いだから、私をいじめたんでしょ。仲良くしようよ」
「俺、そのせいで、やっちゃいけないことしたんだぜ。兄貴が言ってた、ああいうのは悪女だって。もう、好きでもないし」
「えー!! そんな簡単に好きをやめちゃえる程度の好きだったの!!! びっくりだよ、そんなカスみたいな軽い好きで、お願いきくなんて。それじゃあ、木村くんも悪いよね。いやー、こんな軽い気持ちだったなんて、最悪だ。お前も孤立しろ」
私は言ってやった。もう、色々と我慢しすぎていたので、言いたいことを言ってやった。
もう、教室中がしーんとなった。本音って時には凶器だよね。
「もう、こんな奴のこと、気にしなくていいんだよ」
瑠衣くんが私を引っ張って、木村くんから離した。
「でも、由芽ちゃんの味方、いなくなっちゃったよ。可哀想だよ」
「自業自得だよ。ちょっと前まで、君は男子に色々と言われてたじゃないか」
「あ、ゴリラね。バカだね。ゴリラに私が勝てるわけないじゃないか。熊だって倒せない。それなのに、ゴリラだって。本当に、男子って、子どもだよね」
笑顔で女子に同意を求める。
「確かにー」
「本当に男子って子どもだよね」
「しかも、板一枚割れないから、徒党組んでるんだよ」
「口だけだし」
「最悪ー」
女子も徒党組むと怖いんだよ。仲良くしないと、大変だ。
由芽ちゃんは、そんな女子から酷く嫌われてしまったので、もう、立つ瀬がない。
私はわざわざ、俯いて座る由芽ちゃんの前に立つ。
「由芽ちゃん、まだ、私、聞いてないんだけど」
「………」
「空手の先生が言ってたの。悪い事したら、ちゃんと謝りなさいって。謝ってもらってない」
「………そういうふうに強要するのも、イジメでしょ」
「謝罪は大事なんだよ。どんな時でも、まずは、区切りが必要なの。悪いことしたら、謝る。いいことしてもらったら、お礼をいう。これ、常識」
「ごめんなさい! これでいいでしょ!!」
これっぽっちも気持ちがこまってない謝罪の言葉だ。女子たちは由芽ちゃんを睨む。
「はい、これで終了。もう、こういう、また誰かがイジメられるのはやめようね。イジメは良くない。というわけで、普通に話そう」
私は由芽ちゃんの前の席に座った。
びっくりする由芽ちゃん。てっきり、そのまま私は離れるものと思っていたのだろう。
「それで、瑠衣くんのどこがいいの? 瑠衣くんね、子どもの頃はそれはそれは泣き虫だったんだよ。よく泣いてるから、手をつなぐと、汚かったから、よく手を洗ったなー」
「なんでそれを言うの!?」
瑠衣くんの昔の話なので、瑠衣くんが怒った。仕方がない、事実だ。
「こうすれば、百年の恋も醒めるって、ママが言ってた。私ね、よく、陰で女子に意地悪されてたんだよ。でもね、これ言うと、だいたいの人は退いたちゃうんだよ。バカだよね、過去がどうだって、今の瑠衣くんはかっこよくて、泣き虫じゃないのにね。見てくれしか見てないんだよ、そういうことする女子は」
瑠衣くんは驚いていた。知らなかったんだよね。仕方がない。女子って陰湿だから、本当に上手にやってくるのだ。
私は、そんな女子の相手を小学校入学前からこなしてきた。最初は困って、母に相談すれば、さっきの暴露話だ。未だに、この暴露話で、女子は退いちゃうんだよ。
「この程度のことで退いちゃうなら、好き、なんて言わないの。わかった」
「う、うん。ごめんなさいぃー」
由芽ちゃんは涙ボロボロと流して、また、謝った。もう、謝らなくていいのに。
だからといって、私の地位向上なんてない。女子の中では、私はちょっと変わった子、という立ち位置だ。でも、女子とは仲良くしている。
そんな時、合唱コンクールでの瑠衣くんの伴奏がダメになった。あれです、コンクールがあるので、ちょっと音楽性を高めたいので、他の音楽はダメだよ、という瑠衣くんママの話である。よくわからないけど。
急遽だけど、ピアノ出来る子なんて、それなりにいる。ただ、あのコンクール出場する瑠衣くんの後釜にはなりたくない。ほら、全国大会出場だよ。
「悪いけど、頼んでいいか?」
学校には、習い事の保護者申告があるらしい。私がピアノやっていることは、母から申告されていた。えー、書かなくていいのにー。
「まあ、弾くぐらいなら、出来ますよ。楽譜見せてください」
合唱用の楽譜と伴奏用の楽譜は違う。私が知っているのは、合唱用の楽譜だ。
伴奏用の楽譜は、そんなに難しくない。楽勝だな。
というわけで、一見で弾いてみて、先生に確認する。
「どうですか?」
「練習した?」
「えー、面倒くさいことしないよー。最近の小学生は忙しいんだから。もう、この程度は楽譜見れば、ピアノ習ってる子なら、出来るって。もう、簡単ですよ」
笑顔で言い切ってやった。ほら、ちょっと前に、男子でピアノやってる奴いたよな。お前だって出来て当然だろう。
なんて見てみれば、なんと、ピアノやってるー、なんて言ってた男子どもは、私から顔を背けやがった。あれか、実は、お前らはピアノ初心者か。
「いや、すごいなー。ここまで上手いなら、今後は、松村くんと二交代で出来るな」
「えー、面倒臭いー。もう、瑠衣くんだけでいいですよ。私は下手くそな歌歌ってるほうがいいなー」
「僕も、一緒がいいなー」
「もう、瑠衣くんまで言わないの。全国コンクール出場の瑠衣くんだけでいいんだよ。今回は、仕方がないので、代打してあげよう」
瑠衣くんの要望はきいてやんない。瑠衣くんのせいで、もう、酷い目にあいまくりなんだから。
たかがピアノが弾ける程度で、なんか、男子も女子も、私を見る目が変わった。
「物凄く、バカにしてた」
由芽ちゃんがそんなことを私に言ってきた。
あれから、由芽ちゃんと仲良くする女子がいないので、私がちょくちょく話しかけた。あれだ、情けだよ、情け。
由芽ちゃんもわかっているので、最初はイヤがったけど、話せば共通点がゼロなので、お互い、話したいことを話して、交流会みたいになっていた。下手に共通点があるよりも何もないほうが、新しい出会いがあって、むしろ楽しい。
「え、何が?」
「あんなにピアノ上手だなんて、知らなかった」
「まったまたー。瑠衣くんなんか、その上だよ」
「私もピアノやってるけど、楽譜見て、すぐ弾けるなんで無理」
「えー、瑠衣くんママなんか、もう、それぐらい出来て当たり前、なんてやってくるよ。大変なんだからー。スパルタなの」
「え、そこでも松村くんなんだ」
「ピアノ習いたいのに、空手やらされる原因になったのも、瑠衣くん。私、空手なんてこれっぽっちもやりたくなかったのに、瑠衣くんのせいで、今も空手やってるよー。ピアノも、もういいかなー、なんて辞めたかったのに、辞めさせてもらえないの。ママがね、せっかくお隣さんが教えてくれるんだから、頑張りなさい、なんていうんだよ。酷いよね。子どもの意見なんか、近所付き合いの前には、カスだよカス!」
「もう、家族ぐるみのお付き合いなんだ。そりゃ、隙間ないよね」
由芽ちゃんは、ちらっと瑠衣くんを見た。瑠衣くんは、ちょっと前までダメ男だった木村くんを下僕にしている。木村くんね、可哀想に、あの後、空手道場に無理矢理いれられたの。悪行を知った先生は厳しく、木村先輩は厳しく、瑠衣くんまで容赦なくしごくから、木村くん、帰るころには泣いてるよ。可哀想。
実は怒らせると瑠衣くんは怖いと知ったクラスメイトたちは、瑠衣くんを怒らせないように、でも、仲良くはしている。
今回、瑠衣くんを怒らせたのは私案件だから、私には妙なことをしないように、と心がけているようだ。そんな、普通でいいのに。瑠衣くんだって、いつもはニコニコ笑ってるよ。
今は木村くんに対面しているので、これっぽっちも笑ってないけどね。
「瑠衣くん、今日も空手一緒に行くのー?」
とりあえず、木村くんを助けてやろう。私が話しかけると、瑠衣くんはぱっと笑顔になる。うわ、すごいね、この切り替え。
「今日も一緒に行こうね! 母さんが、今日は晩御飯も一緒にどう? て聞いてたよ」
「え、急にどうして。ママは何も言ってないけど」
「あれ? 今日は忙しいって、話してたと聞いたけど」
「聞いてない! ということは、私の晩御飯、瑠衣くんとこがなかったら、レトルトだ! よし、カップラーメンにしよう」
「えー、一緒に晩御飯にしようよ!」
「カップラーメン食べたいから、断る」
たまには、自堕落な食生活をしてみたい。いいこと聞いちゃった。
というわけで、その日はカップラーメン食べたくて、瑠衣くんのお誘いを断った。
断られた瑠衣くんは、がっくりと肩を落とした。そういうことは、まず、私の母にきちんと先に言っておかないと。私の母と瑠衣くんママが勝手に約束されちゃったら、私に選択権なんてないんだよ。
私は瑠衣くんなんかほっぽって、由芽ちゃんとこに戻った。
「あんた、凄過ぎ。松村くんに誘われたら、女子なら皆、喜んでついてっちゃうよ」
「それ、気を付けないと。顔だけいい男に、ほいほい、ついてっちゃダメだよ」
「松村くんは、顔だけじゃないでしょ! 頭もそれなりだし、性格だっていいし、運動だって出来るし、ピアノなんか全国大会に出られるぐらい上手なんだよ!!」
「そ、そうだね」
女子の熱量って、すごいね。もう、瑠衣くんの過去のダメな話って、もう、百年の恋も醒めさせないほど、効果なくなってきた?
「もう、たまたまご近所なだけなのに、羨ましい」
「あはははは、そうだよね。でも、私、瑠衣くんに振られてるんだよ」
「えええええーーーーーーー!!!!」
由芽ちゃん、声、大きすぎる。
「い、いつ!?」
「ちょっと前に。皆、大丈夫大丈夫、というから、思い切って告白したのに、お断りされたの。なのに、次の日には、けろっとしてるんだよ、瑠衣くん」
ということを聞き耳まで立てていた女子は聞いて、一気に立ち上がる。
「じゃあ、松村くんは、あんたのこと、そういう好きではない?」
「そういうこと?」
「振られたんだよね!?」
「君たち、玉砕した私に、慰める言葉はないわけ? もう、酷いなー。私、物凄くショックだったところに、木村くんたちが、私をゴリラ呼びだよ。もう、二重で乙女心を傷つけられたよ」
もう、女子は喜んでるよ、私が振られたという事実に!! あれだよね、友情よりも恋なんだよね。
何故か、瑠衣くんが怖い顔して、私を睨んでくる。文句あるなら、きてみろ。振った事実は変わらないんだから。
さすがに、私の心は鋼鉄ではない。下校は、瑠衣くんと一緒だ。瑠衣くん、一言も何も言わないの。お前、私振った次の日は、普通に話してたよな。
家の前で一度、別れることとなる。
「今日の晩御飯は、私、カップラーメンだからね!」
「小母さんに言いつけてやる!!」
「言えばいいよ。きちんと裏工作してないママが悪いんだからね!!」
言いたいことを言って、私はさっさと家に入った。
確かに、瑠衣くんが言った通り、家には誰もいなかった。机の上には、「今日は出かけてきます」と置手紙のみ。おう、晩御飯のことは、なんか、母と瑠衣くんママの間で話がついたっぽい感じだ。ダメだよ、こんな紙切れ一枚でも、きちんと伝言ゲームしないと。私の気分は、カップラーメンだ。
宿題とか、明日の学校の準備とか、だいたい、簡単に済ませていれば、すぐに、瑠衣くんママがお迎えに来てくれた。
「もう、今日は一緒に晩御飯にしましょう。好きなもの、いっぱい作ったのに」
「カップラーメンが食べたいので、カップラーメンです」
「だったら、ウチで食べよう。瑠衣だって、そのほうがいいよね」
「………」
瑠衣くんが珍しく、返事しない。もう、怒っていて、私にも顔を向けてくれない。まだ、怒ってるんだ。
「聞いてよ、小母さん。瑠衣くん、私のこと振ったこと、友達に言ったら、怒るの。酷いよね、振ったのに」
「そういうこと、べらべらと話すなよ!!」
「本当のことじゃない! 私、ものすごく勇気もって言ったのに、振ったじゃない!! その日は泣いたんだからね。まあ、次の日は瑠衣くんが普通だから、吹っ切れたけど」
「もう、瑠衣ったら、女の子の告白って、勇気がいるのよ。いくら、言いふらされたからって、怒ったりしないの。瑠衣が断ったんでしょ」
「………」
珍しく、不貞腐れている。こういうことする瑠衣くんって、本当に珍しい。瑠衣くんママも驚いている。
そうして、気まずい中で、空手道場に到着である。
中に入れば、木村兄弟が先に来ていた。木村くんがものすごく意地悪な顔してる。
「お前、松村に振られたんだってな」
それを言った途端、木村先輩がゲンコツをする。あれは痛いなー。
「兄貴、酷い!」
「お前は本当に反省がないな。ほら、瑠衣、こいつと組み手でボコボコにしてやれ」
「もちろん。丁度いいな。今日は虫の居所が悪い」
木村くんはアホなので、瑠衣くんに引きずられて、組み手を強制された。
「すまんな、アホな弟で」
「いえいえ、アホなので、仕方がないです。もう、木村先輩にまで知れ渡るとは。瑠衣くんとも気まずいのに」
「………もうそろそろ、距離とってもいい頃合いだろう、お前ら」
「もう、仕方がないじゃないですか! 家はお隣だし、クラスも一緒だし、習い事も一緒だよ。離れる要素がない」
「習い事やめるとか。空手、いつまで続けるんだ? 最初は嫌々だったんだろう」
「最初はね。でも、空手がなくなると、体動かすことがなくなるから、ちょっと無理かなー。私、思ったよりも、血の気が多いみたいです」
「そうか。じゃあ、しばらくは、一緒だな」
木村先輩は、私の髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「もう、髪、整えるの、大変なのに!!」
文句言ってやるが、木村先輩が優しい笑顔で見てくるので、これ以上、何も言えなかった。中学生って、小学生にとっては、大人だね、大人。