転職システム
月曜日の朝、ケヴィンが鉄工所へ出勤っすると細川と宮地がなにやら真剣な表情で話をしていた。宮地はケヴィンとほぼ同じ時期にこの鉄工所にやってきた二十歳の青年で、根が明るく見た目は派手だが仕事には真摯に取り組み、職場のムードメーカー的存在となっていた。
そんな宮地だったがその日は一日活気なく過ごしている様子であった。
「宮地の奴元気ないですけど、、、朝何かあったのですか?」
普段とのあまりのギャップが気になったケヴィンは休憩時間にそれとなく、今朝何を話していたのかを聞いてみた。
「、、、、今の仕事に向いていないと思っているみたいで辞めたいと言ってきたんだよ、彼。」
「そんな、まだ向いてないとか向いてるとか判断出来るほど日が経っていないじゃないですか。」
「僕もそう言ったんだけどね。彼は久世君に大分懐いているじゃない?君が何でもすぐこなしてしまうのを横で見ていて何で自分は出来ないんだろうって、どんどん自信をなくしてきてるみたいなんだよね。」
「そうなんですか、あいつそんなことを、、、、」
確かに初対面の時から新平さん新平さんと後ろをついて回っていたのに最近なにやら避けられているような気もしていた。
「細川さん、ちょっとライン長の所に一緒に行ってもらえますか?」
突然の申し出ではあったが細川は快諾してくれた。
一日の業務が終わり、皆更衣室で着替えて帰路につこうとしている。今はそれほど仕事が立て込んでいなく定時で切り上げていく人々の中から宮地を見つけケヴィンは声を掛けた。
「宮地ちょっといいか?」
「新平さん、どうしたんすか?」
「今日からちょっと居残りで特訓することにしたから付き合え。職場の道具の使用許可とかもろもろはライン長に取ってある。」
「え、でも、、、」
「とにかく付き合え。」
そう言って職場へ無理やり連れて行き宮地と作業に取り掛かった。
二人ならんで無言で作業をしていると、その沈黙に耐えられなくなった宮地が口を開く。
「俺が辞めたいって言いだしたの、細川さんから聞いたんすか?」
「そうだよ。
まだ日も浅いのに向いてないなんて決めつけるな。折角ここで働くことが出来ているんだから辞めるんだったら死ぬ気で頑張って何か一つでも極めてから辞めろ。」
「、、、、俺も出来ればそうしたかったんですけど。」
「俺も付き合うからやれるだけやってみよう。諦めるのはその後だ。」
「でも。」
「手を動かす!」
「は、はい。」
元の世界では一つの職業をある程度極めないと上級職にはなれない。ケヴィンも元々は赤魔導士としてのキャリアを積み職業ポイントを貯めてようやく上級職である魔法剣士へとランクを上げたのである。更に魔法の修練をすれば賢者への道も開かれるのだったが師匠であるレオンハートの剣技にあこがれていてどうしても剣を手放すことが出来ず、以降魔法剣士として生きていく道を選んだ。
職業ポイントもなく、すぐにでも転職出来てしまうこちらのシステムはそれはそれで良い所があるのかもしれないが、何も成し遂げずに今までの経験を手放してしまうのはやはりもったいないと感じてしまう。自分より若い人間がそのような方向に進んでしまうのであれば年長者としてなんとかしてやりたい、そう思ったのだった。
二人での居残り特訓の日々が続く。宮地もそれなりに形になってきたが、ケヴィンもほぼ同程度の経験しかない訳で自分が知っている以上のことは教えることが出来ないでいた。
少し壁にぶつかったと感じ始めていたある日、居残り特訓をしている二人に近づく人影があった。
「全く、ひよっこ二人にそこまで頑張られちゃ俺たちもボケっとはしてられないよなぁ。」
「俺らがみっちりしごいてやるよ、、、残業つかないんだから今度一杯おごれよ。」
二人の先輩職人が特訓に付き合ってくれることになったのだった。
二人の経験値はそれ以降格段に上がり、一つの行程であれば一人前にこなせるようになってきた頃に宮地がケヴィンに問いかけた。
「新平さん、俺ここで働き続けたいです。まだまだ皆さんに迷惑掛けちゃうと思うんですけど良いんですかね。」
「俺が言うことじゃないんだろうけど、、、もちろん良いに決まっるだろ。」
それ以降宮地が辞めたいと口にすることはなかったという。
運命の日まで72日