学校案内
そんなこんなで始まった席替え。形式はくじ引きによる完全運任せのランダムだ。
各々の想いをその手に込めて引いていく。結果としては……。
「ふふ、よろしくお願いしますね。ごしゅ……じゃなくて政宗君」
「よろしくね、政宗」
「おーおー、これはこれは」
「……」
「どうしてこうなった」
俺の席は一番後ろの窓側から数えて二番目。そして左右の席には、左に真白で右にさくら。左前、つまり真白の前には瀬戸口さんで、その隣、つまり俺の前は変わらず翔太だ。
なんだよこの確率……。ヤムチャが天下一武道会一回戦突破した時くらいあり得ないよ……。
と、ネットで流行っていたワードで内心悪態を呟く。
いや、正直真白やさくらが近くというのはまだ全然いいのだ。放っておいたら何をしでかすか分かったものでもないし。それに翔太は数少ない俺の友人でもあるから、同じ位置にいるというのはメンタル的に安心だ。
問題は瀬戸口さんだ。
昨晩完全にあきらめることにしたとはいえ、昨日の今日で平然とふるまえるほど俺は大人ではない。傷だって癒えていないのだ。一体どんな顔をして話せば……。
俺の気苦労など知ったことではないように、左右の元猫二人は楽しそうにしている。
「政宗君政宗君、あとで私たちにこの……」
「学校よ」
「そうです! この学校を案内してくださいね?」
「あ、ああ」
どこか煮え切らないような反応に、真白はともかくさくらは不思議そうにしていた。
俺がそのような反応をした理由は、クラス中の男子からの嫉妬の視線が原因だ。
「あいつ……あの二人だけじゃなく瀬戸口さんまで近くに……」
「奴は人生の運を使い切った。今なら呪いが聞くんじゃないか!?」
「……いや、呪いよりもっといいものがある。近くの海岸に有名な自殺スポットがあってだな……」
なにやら物騒な声が聞こえてきたような気がしたが、多分気のせいだろうと無理やりにでも思い込むことにする。
「政宗」
「なんだ」
「…………生きて帰って来いよ?」
「やっぱり気のせいじゃなかったのか!?」
どうやら翔太の耳にも先程の殺害計画的なもの」が聞こえていたようだった。やはりあれは幻聴でも何でもなかったらしい。
……だとしたらうちのクラスの男どもはとんでもなく恐ろしいな。
「おーし、それじゃしばらくはこの席でいいな。よし、一条、二人の世話担当は頼んだぞ。いろいろと説明してやってやれ」
「……うす」
先生からの頼みと、左右からの期待の眼差しと、男子からの嫉妬の視線で押しつぶされそうになりながらも、小さな声でそう答えた。
――――
ホームルームも終わり、一時間目の準備をしようという時間。
左右の席にとてつもない人だかりができていた。
「ねーねー真白ちゃん。髪すっごく綺麗だよね。シャンプーなに使ってるの?」
「えっと、しゃんぷー? は分かりませんが、いつもごしゅ……じゃなくて、政宗君が優しく洗ってくれてますよ?」
絶句。
「さくらちゃんって肌も綺麗ですべすべしてるよね」
「そう、かしら?」
「そーだよ! やっぱり、なにか美容の秘訣とかあるの? あ、ほら顔とかの洗い方……みたいな?」
「えっと、そうね……びよう、かはわからないけど、いつも政宗が手取り足取りすみずみまでやってくれてるわ」
空気が固まる。
内容だけ見たら俺が二人と一緒にふろに入り、俺が二人を洗っているということになる。いや、実際それはそうなのだが、それは二人が二匹だったころの話だ。
しかしそれを言えるわけでもなく、女子からは無慈悲にも冷たい視線を浴びせられ、男子からは嫉妬を超えた憎悪を帯びた声で、
「まっさむぅねくぅん? あ~そ~び~ま~しょ~」
何故か翔太も混ざった軍勢として俺のところへ攻め込んできた。
俺はなすすべもなくぼろ雑巾のようになった。
それからすぐに授業が始まった。
俺には一つ懸念していたことがあった。それは……。
「ね、ねえ政宗」
「……どうした」
小声で訪ねてくるさくらに、俺も同じくらいの声量で応じる。
「何やってるのか全然わからないんだけど……」
「すみません……わたしもです」
「……だよな」
一時間目は数学だ。俺自身苦手というのもあるけど、正直難しい内容の問題だと思う。そして、もともと二人は猫で、まず文字を読むということすら怪しい……というかできるわけがないのだ。
「どうするか……」
半ばどうしようもないと思いながらもそうつぶやく。
この場を乗り切るというだけであるなら俺が教えながらノートに写すというのが一番だ。しかし、それでは彼女らの身に着くとはあまり思えない。今後のことを考えるならばやはりこれからは日常的に教えていくべきか……。
いや待て。
そもそもなんで長い目で見る必要があるんだ。この状況を続けていくにしたって問題があまりにも多すぎるというのに。
勉強面ではもちろんのこと、この子らの正体は猫。クラスメイトの会話についていくことが出来ないという可能性も十分あり得る。現に、ついさっきの会話だって嚙み合ってなくて俺がとばっちりを受けたし。
となれば……。
「さくら、真白」
呼ぶと、二人は真剣な表情で聞く。
「とりあえず、今日は午前授業だから俺が教えながらやる。それでいいな?」
「お願いします」
「頼んだわよ」
それからの約五十分、一から丁寧に教えていき、何とか終えることが出来た。その中で気づいたことなのだが、この二人は異常に呑み込みが早い。
ここはこうで、これはこう、というふうに教えると、一度でそれを理解し、その原理を他の問題でもすぐに使えるようになっているのだ。
そして、残りの三つの授業もつつがなく終わり、迎えた放課後。
俺はさくらと真白を連れて学校内を散策していた。理由は明白。学校案内だ。
現在は体育館に来ている。
「うわあ、ここすっごく広いですね」
「そうね。どれだけ走っても十分余裕がありそう」
体育館の広さに驚いている真白と、猫らしい感想を言うさくらに笑みがこぼれる。普段この子らを外に出すということはしなかったから、何から何まで目新しいのだろう。
控えめな性格の真白がここまで感情をあらわにしているのだから、相当楽しいんだと思う。
「明日は体育あるしどうせここ使うだろうから走るのはまた明日な」
楽しいのはわかるが、一つ一つに時間をかけていられる場合ではない。
「はーい」
「それじゃ、次に行きましょ」
そして体育館を後にする。階段を降り、一階の端の方まで移動する。
次に向かったのは保健室だ。
「ここは保健室。怪我をしたときとか、体調の悪いときに来るところな。……ってどうした?」
説明してると、さくらと真白の二人の顔色が真っ青になっていた。
「ここの匂いってなんだか……」
「病院みたいで凄く嫌です……」
猫の時に病院に連れていき、その時に注射されていたのを思い出したのだろう。すぐにでも外に出たいというような顔をしていた。
やっぱりこういうところは猫らしいというかなんというか……。
そんなことを思っていると、保健室の奥からメガネをかけた女性が出てきた。保健室の先生だ。
「あら一条君、こんにちは。こんなところでどうかしたの?」
「こんにちは先生。今はこの二人に学校を案内してるところです」
二人の方に手を送ると、小さくお辞儀をする。
「この子たちが噂の転入生ちゃんたちね。わたしは橘涼子。ケガをしたり体調が悪かったらいつでもここに来なさいね。だいたいいつもここにいるから」
先生は優しく言うが、やはり注射の思い出が頭によぎるのだろうか。やはりかわらず少しびくついている。
見かねた先生は困ったように笑うと、何かを思い出したかのように口を開く。
「わたしはそろそろ会議に行かないといけないんだけど、奥のベッドで休ませてあげてる子がいるから代わりに少し見ておいてあげてくれないかしら」
「わかりました」
応じると、涼子先生は任せたわよと言い残して保健室を後にした。
「さくら、真白。あれだったら外にいてもいいぞ? どうせすぐに終わらせるからそこまで時間はかからないし」
「わ、わかりました」
「それじゃ、頑張ってね。外で待ってるから」
頑張ることは何もないのだが、応援してくれている以上それなりにやろうと心に決める。
とはいえ、ベッドで寝るほどの患者なんだからやはり気配りというか、気を付けなければならないことはある。
相変わらず顔色が悪く見える二人を保健室の外に行かせて、先生から頼まれた役割を全うしようとデスクの上の書類を手に取る。
その後、ペンと体温計などの諸々のセットを持ち、眠っているであろうベッドに近づく。
「……ぇ」
その瞬間、カーテンの隙間からにゅっと白い手が伸びてきて、俺をその中に引きずり込んだ。