スぺ先輩の島に行きたい
黄色のニンテンドースイッチライトを起動する。
ロゴマークが表示されると、優しい起動音とともに画面が明るくなった。
「先輩、聞こえてます?」
私は机に置いたスマホに話しかける。
「ああ、聞こえている。僕もスイッチを立ち上げたところだ」
砂川先輩の声が返ってくる。
私とは違って先輩のスイッチは据え置き型だと言っていた。私も大画面でスイッチをしたいものだ。
「それじゃあIDを教えてください。フレンド登録しましょう」
「わかった」
先輩のIDを聞いてフレンド申請を行うと、すぐに許可が下りて、めでたくフレンドになれた。
「それじゃあ始めましょう」
「わかった」
電話越しの砂川先輩は、なんて言うか、素直。私が指示すると「わかった」と了承するだけ。なんだか面白い。
これから“あつ森”を二人で遊ぶ。それぞれのプレイヤーごとに島があって、そこで住人とコミュニケーションを取りながら、DIYをしたり、釣りや虫取りをして過ごすゲームだ。
ネットを通じてお互いの島に行き来ができる。
私は今日の昼間、先輩が予備校に行っているうちに島の清掃を行っておいた。放っておいた島は、雑草がぼうぼうだったり、Gが部屋中を駆け回ったりしていて、嫌だったから。別にゲームの話だから気にしなくてもいいとも思う気持ちもあるけれど、なんとなくそんな島を見せるのが嫌だった。
「それじゃあ、まずは私の島に来ますか?」
「そうしよう」
「はーい。今ゲート開けますね」
早速、飛行場のDALに行って、モーリーさんに話しかける。
他のユーザーの島へのアクセスは、この飛行場から行われる。遊びに行く側と遊びに来る側で、それぞれ手続きを行う。その窓口がモーリーさんだ。
「もうモーリーさんに話しかけてもいいか?」
先輩はもう飛行場でスタンバイしているようだ。
「はい。どうぞ」
先輩は先輩の島で出発手続きをしているのだろう。
「ん? パスワードがあるのか? 聞いていない」
ゲートを空けている間は、私の島に誰でもアクセスができてしまう。だからパスワードを設定した。
「そうです。パスワードは私の誕生日にしました」
「なるほど。小花さんの誕生日か……。そういえば聞いたことなかったな」
「えへへ。そうでしたよね。イチ、イチ、ニ、ナナって入力してください」
先輩と誕生日の話をしたことがなかった。だからここで覚えてもらおうという魂胆だ。
「わかった。小花さんの誕生日は十一月二十七日なんだな。うん、覚えた」
数字に強いし記憶力のいい先輩のことだから、たぶん忘れないでいてくれるだろう。
「よろしくお願いいします」
まだ先の話けれど、少しばかり期待してしまう。
「今、フライトしている」
ドロリーさんの飛行で遠くから、先輩が私の島にやってきているのだ。
私の画面にも、“むさしまる”さんが島を訪れているというお知らせが表示されている。
「いや、むさしまるッ!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
「ああ、僕の下の名前とくりくりまるを合わせて命名した」
「そ、そうなんですね」
どうしてもハワイ出身の元力士を想像してしまう。急いでくりくりまるの可愛い姿を思い出して、笑いをこらえる。
私は普通に“こはな”にしたけれど、せっかくなら先輩みたいにスぺネームでもつければよかったかなと思った。たとえば、“こはなまる”とか“くりくりこはな”とか。
「よし、入国できた」
先輩がそう言うと、私の画面に厚着でニット帽をかぶった眼鏡の男の子がゲートを抜るところが映った。これが、むさしまるか。
「ようこそ、私の“ベルーガ島”へ」
「ベルーガってあのシロイルカことか?」
「そうです。知ってますか?」
私はベルーガが大好き。小さい頃に水族館で観た時に一目ぼれして、親にぬいぐるみを買ってもらった。
そのぬいぐるみを今でも大事にしていて、あつ森の島の名前に拝借した。
「ああ、鴨川シーワールドで見たことがある。賢くてかわいらしかった」
「そうですよね」
「それじゃあベルーガ島を案内してくれ」
「はーい」
私のベルーガ島のツアーが始まった。
□◇■◆
今度は私が先輩の島に行く番だ。
早速、飛行場のモーリーさんに話しかけて、出発の手続きをする。
「えっと、先輩の島って、“じゃぼんぼんじゃぼん島”って名前のやつですか?」
「ああそうだ。島っぽくて良い名前だろう?」
「いや別に全然島っぽくはないですけれど……」
「そうか?」
どこが島っぽい名前だよ。
ってかなんなの? そもそも、じゃぼんぼんじゃぼんって何? どこから出てきた? 何にインスピレーションを受けた?
島に限らず、町とか建物とかそういうのに付くようなネーミングではない。
つまりこれは完全にスぺ島と言える。
「あ、パスワードは何ですか?」
「僕の誕生日、ゼロ、イチ、イチ、ゴと入力してくれ」
「はーい」
先輩は「問題ないだろう」と言ったけれど、他に人が入ってきたら嫌だからと私が押し通して、先輩の誕生日をパスワードに設定してもらった。
別に普通に聞いてもよかったんだけれど、なんとなくそうしてもらった。
砂川先輩の誕生日は一月十五日なのか。冬生まれ。なるほど、年明けすぐってことか。私も覚えておこう。
「今向かっています。あ、先輩が手を振ってます」
「ああ、外にいたからな」
「って、冬なんですか?」
飛行機から見えるスぺ島は雪が積もっていた。
だから先輩は私の島に来るとき、厚着でニット帽をかぶっていたのか。
「うん、南半球で設定した」
「ちょうどいいですね。私と先輩、南と北で色んなものが採れますね」
「そうだな」
半球の設定は、簡単に言えば、季節が逆になる。日本は北半球だから八月は夏になるけれど、南半球は冬だ。
それは初期設定で決める。
私は買った時、弟に南半球で設定してとお願いしたけれど、嫌だと言って断られた。私も日本と同じ北半球が良かったから、南半球のスぺ島はありがたい。
空港のゲートをくぐる私はサンダルにノースリーブだ。
たぶん死ぬ。これは死ぬ。そんな仕様はないけれど、たぶん私は凍えて死ぬ。
そう覚悟して飛行場を出ると、先輩がお出迎えをしてくれた。
「ようこそ、じゃぼんぼんじゃぼん島へ」
いや、だからなにッ!? じゃぼんぼんじゃぼんって!
「は、はあ」
先輩による、じゃぼんぼんじゃぼん島というスぺ島のツアーが始まった。
□◇■◆
先輩によるじゃぼんぼんじゃぼん島の案内が一通り終わった。
私のベルーガ島とは違って、じゃぼんぼんじゃぼん島は住人の家が点在しており、一人ずつ大きな庭が与えられていた。私は区画整理をして、住宅街を作ったので島民たちの庭はないに等しい。
そして各所に、じゃぼんぼんじゃぼんカフェエリア、じゃぼんぼんじゃぼんキャンプエリア、じゃぼんぼんじゃぼん工事中エリアなどが建設されており、いろいろな雰囲気のじゃぼんぼんじゃぼんを楽しむことが出来た。
今度ベルーガ島でもじゃぼんぼんじゃぼん島のアイデアを真似してみようと、良い刺激になった。
ってだからなに!? じゃぼんぼんじゃぼんって!? 私も慣れてきて、普通に使っちゃってるけど。
そんなわけで自由時間となり私は冬の幸を遠慮なく採取している。
「やったー! リュウグウノツカイが釣れました!」
真冬の寒空の下、ノースリーブでサンダルの女の子“こはな”が海釣りに精を出している。
「よかったな」
「ええ、さっきはクリオネが釣れましたよ」
「すごいじゃないか」
「えへへ。ところで先輩は何してるんですか?」
私たちはじゃぼんぼんじゃぼん島にいるけれど、ばらばらに行動していた。
眼鏡をかけた男の子“むさしまる”はいったい何をしているのだろうか。
「僕は小花さんのベルーガ島からもらってきたりんごとももを植えている」
「あ、そっか。先輩、私もじゃぼんぼんじゃぼん島のオレンジもらっていっていいですか?」
各島にはランダムに設定されているものがあるの。フルーツもその一つで、りんご、もも、オレンジ、梨、チェリーの五種類のうち一種類しか、その島では自生しない。基本的に誰かの島に行ってもらってくるしかない。先輩と私は被っていなかったので、持っていなかったフルーツを手に入れることが出来る。
だから先輩は私の島の特産のりんごと、弟の島から輸入したももを、じゃぼんぼんじゃぼん島に持ってきていた。
私も同じようにオレンジを持って帰りたい。
「ああ、かまわない」
「ありがとうございます。それじゃあもらいます。ってあれ? もう鞄がいっぱいでした……」
調子に乗って釣りをし過ぎたようだ。欲しかった家具や博物館に寄贈していない生き物は持って帰りたい。
「一回ベルーガ島に戻っていいですか? それでまたじゃぼんぼんじゃぼん島に来ます」
「欲張りだな。まあいいけれど」
「だって欲しいんですもん」
私一人では冬の島にはあと半年待たなくてはいけない。この際、手に入れられるものは手に入れておきたい。
「わかった。じゃあいってらっしゃい」
「はーい。行ってきます」
結局、ベルーガ島とじゃぼんぼんじゃぼん島を三回往復した。
□◇■◆
そんなこんなで島での交流を終え、一休みしながら通話をしている。
「先輩のじゃぼんぼんじゃぼん島の住人かわいいのがたくさんいて、うらやましいです」
じゃぼんぼんじゃぼん島には、“ジャック”や“ちゃちゃまる”といった人気キャラがいて、他にもかわいいキャラがたくさんいた。
「たまたまだ。運がよかった。それにベルーガ島だって個性的でいいじゃないか。住人を大事にしなさい」
「そうですけど……」
もちろん私は追い出したりすることはしない。そういうのはやはり気が引ける。だからこそ、なんかうらやましい。
私はスマホを持ってベッドにごろんと横になる。
今日は水曜日。先輩の予備校が終わって夕飯を食べてから、こうやってゲームをしていた。
ちなみに私は一日中こうしてゲームをしていた。
そういえば、三日後には山梨日帰り旅行だ。いろいろと用意しなくちゃ。
ベッドから起き上がり今から旅行の用意を始める。
電車とバスの移動と言っていたので、動きやすい恰好がいいかな。
押し入れの中からリュックサックを取り出す。
「先輩は今何してるんですか?」
ゲームを終えて、お互いにしゃべらなくなってしまったので、手を動かしながら先輩に聞く。
「僕は今勉強をしている」
「予備校に行ったのに?」
「予備校に行ったからだ」
「はあ」
その理屈の意味が全然分からなかったけれど、まあ砂川先輩はそういう人だと思うしかない。
「それに寝る前にモンスターハンターを少し進めようと思ってね。だから早めに勉強を終わらせようとしている」
「え? 買ったんですか?」
私の準備をする手が止まる。
「ああ、昨日買った」
「言ってくださいよ!」
なんで言わないのだろうか。 私の好きなゲームだって言ったんだから、教えてくれてもいいだろう。
私だったら自慢げに「買いましたよー」とか言うに決まっている。
「うん、だから今こうして言った」
「違いますよ。買ったその時にってことです」
「そうなのか?」
「そうですよ」
「そうか。それじゃあ昨日はモンハンの他に、お昼ご飯に昆布のおにぎりとコーヒーを……」
「ああ、いや、モンハンだけでいいです」
「なんだ。モンハンだけでよかったのか」
昨日の買ったもの全部教えてくれというわけではない。ってか昆布のおにぎりとコーヒーかよ。組み合わせ悪ッ!
「そうです。ってかそんなことより、一緒に狩りに行きましょうよ」
「音声だけ聞くと、なんだか小花さんが、すごくたくましく聞こえるな」
「ええ、それはもうたくましいですよ。剣、振り回してますから」
「そうか、わかった。それじゃあ明日にしよう。明日、今日と同じ時間に」
「えーじゃあ今日はもう終わりですか?」
「明日の分の勉強も今日やってしまおうと思う。そうすれば、今日よりも長く出来るはずだ」
「なるほど。はーい。わかりました」
今日少し我慢すれば明日長く出来る、というのであれば、それで納得しよう。
「ところで、小花さんは夏休みの宿題はやってるのか?」
「え? あ、は、はい。ま、まあそれなりに……」
なんでそんな質問をしてくる? ドキッとしてしまう。全然気持ちのいいドキッではない。
「やっているならいい。日帰り旅行にもついてくるんだろう? 僕のせいで宿題ができなかったと言われたくはない。だからある程度まで終わらせておいてくれ」
「は、はーい」
これはやばい。先輩のことだから、もし私が勉強をしていないことを知ったら「日帰り旅行は中止だ」とか言いかねない。
それに江戸東京たてもの園に行く約束もなくなってしまうかもしれない。でもあれは私が写真のモデルをやることになっているから、中止になったらなったでまあ別にいい。
いや、でもやっぱり一緒に江戸東京たてもの園のレトロな街並みを見たいという気持ちもある。
とにかく、しっかりと宿題に手を付けないとマズいことになるのは確かだ。夏休みの計画が無くなってしまうかもしれない。
「よし、それじゃあまた明日、バーチャルの世界で会おう」
そんな私の焦りの気持ちも知らないで、先輩が言う。
先輩はこの通話の後も勉強を続けるのだろう。普段から勉強をすることが身についている人は本当にすごい。
私は勉強方法をは教えてもらったけれど、勉強を継続してするのは全然できていない。それは慣れしかないと先輩も言っていた。
「そうですね。明日もバーチャルの世界で会いましょう。今日はありがとうございました。楽しかったです。またじゃぼんぼんじゃぼん島に遊びに行かせてください」
季節が逆の南半球でしか採れないものや、じゃぼんぼんじゃぼん島の特産品や、特売品を手に入れられて満足だった。
「こちらこそ。もちろん、じゃぼんぼんじゃぼん島にまたきてくれ。僕もベルーガ島に行く。うん、それじゃあ小花さん、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
ラインの通話終了ボタンを押す。楽しかったゲームの時間が終わった。
深呼吸を一つすると、私はスクールバッグから筆記用具と宿題を出して机に向かった。