新のために頑張りたい
本当は乗り気じゃない。全くもって乗り気じゃない。
だけども親友の新のためを思って、参加することにした。
そんな恩着せがましく言うつもりはないけれど、まあ実際に新のためだ。ここは一肌脱いでやろうと心に決めた。
それに今日一日、やり過ごせば済む話だ。
「ふう」と深呼吸を一つして、立川駅に着いた電車を降りた。
待ち合わせは改札を出てすぐにあるニューデイズ。立川駅での待ち合わせは大体ここが定番だろう。
たまにナンパしている男の人を見るけれど、すぐ近くに鉄道警察の分駐所があるのでそこまで怖くない。
それに立川駅は人が多い。今は夏休みだし、さらに混雑している。困ったら大きい声を出せばいいだけ。
なんて考えながら昨日も来た立川駅で、スマホをいじりながら時間をつぶす。
少し早く来すぎたかもしれない。待ち合わせの時間の二十分前に着いてしまった。新に会いたい気持ちがそうさせているのだろう。だけどそんな新はいつも時間ぎりぎりに着く。
もちろん会いたくない人もいるけれど。
なんて考えながら皆を待つ。
「おはよう、金井さん。お待たせ」
会いたくない人、立家君がさっそうと登場した。
見た感じは全然悪くない。かっこいいと思う。彼を好きになる女子がいても全然不思議ではない。
でも私は苦手。なんでだろうね?
「おはよう。私も今来たところ」
苦手だからと言って、無下にはしない。彼が私に何か嫌なことをしたわけではない。
それにクラスメイトだし、一応角が立たないようには考えている。
「同じ電車だったかな?」
立家君がニコッと笑って言う。
たぶんこの顔が好きな女子いるだろうな。私はそうでもないけれど。
「どうだろうね」
「それじゃあ行こうか」
「いやいや、二人がまだ来てないじゃん」
おいおい、何を考えている。新と犬見君が来ていないじゃないか。
今日の主役たちを置いて行くなんて、やはり立家君は全然わかってないな。
「あ、ああそうだったね。あはは。ちょっと待とうか」
「うん」
そもそも立家君はどこに行く気だったんだろう?
急遽作ったグループラインも、既読を付けるだけで、内容は詳しくは見ていない。今日のことに関しては私は全然ノータッチだったから聞いていない。
ららぽーと、という単語が出てきてたから、そうなのかなって思っているけれど、確信はない。
新がいたらまあどこでもいいや的な感じだった。もちろん犬見君と一緒になってもらうのが目的だけれど。
立家君は今日の事、犬見君から聞いているのかな?
そんなことを考えていたらスマホが揺れた。
立家君のスマホにも着信があったようで、二人同時に確認をする。
「あれ? 狭山さんと東人が今日ドタキャンだって」
立家君が驚いたような声で言う。
「え、うそ?」
ちょっと待って。そんなことってある?
私もラインを開くと、四人のグループラインに新と犬見君からキャンセルの連絡が入っていた。
「うわ。ほんとだ。マジかよ」
めちゃくちゃ困った。新に会えないのかよ。ってかどうすればいいのだろうか。立家君と二人って。まあ解散だろうな。
って待てよ? 二人そろってキャンセルって怪しくないか?
あ、これやったな。新やったな。私と立家君をだしに使って、二人でおでかけに行ったんだな。
くっそー。はめられた。でもまあいい。これも青春というやつだろう。新よ、幸せになれ。え、私何キャラ?
うん、それじゃあ役目も果たしたし、解散かな?
「ね、残念だね」
立家君が言う。
よく考えてみたら、立家君も被害者だ。私はまだ新の気持ちを知っているからいいけれど、立家君はたぶん普通に騙されているのだろう。どんまい。
「でもせっかくここまで来ちゃったし、映画でも観て帰る?」
少し背の高い立家君が、首をかしげてのぞき込むように言った。
「え? え、映画?」
二日連続になるな。でも言えないな。なんか昨日の映画のことは黙っておきたい。
「うん、実は映画のチケットが二枚あって、今日は四人だから使えないよなって思っていたんだ。でも状況が変わって、二人には悪いけど、ちょうどいいし、どうかな?」
常に映画のチケット持ってんの? どういう状況? ここに来る前に新聞の更新でもあったの?
でもちょっと待てよ。もしここで断って、解散になったら、裏で起きていることを知らない立家君が、犬見君のところに連絡をしたり、会いに行っちゃったりしないかな?
犬見君は新の気持ちを知らないから、合流なんてしちゃったら困る。それにそうなったら、私だけハブじゃん。
ここは映画の案に乗るしかない。
「うーん。まあいいけど」
「よし、それじゃあ映画を観に行こう」
新に連絡を入れておこうとスマホを取り出す。
――ねえ、どうなってんの?
――ごめんね。今度みーちゃんと三人であったとき、詳しく話す!
すぐに新から謝りの返信があった。
――まあいいけど、頑張ってね。
――小花ちゃんも頑張ってね。
これはしょうがない。新のために頑張るしかない。
スマホをしまうと、映画館に向かう。
昨日も通った道だ。昨日は夕方だったけれど、今日は朝。
「何見るの?」
無言のまま歩くのもなんだし、映画に行くなら映画を楽しみたい。
それに二日連続で映画なんて、結構贅沢なんじゃないかな?
チケットを使ってくれるというのだから、それは立家君に感謝しよう。
昨日はワイルドスピードを観たけれど、今日何が見れるのだろうか。
「うんとね。このチケットはワイルドスピードの鑑賞券なんだ」
「え、あ、ワ、ワイルドスピード? あ、そ、そっか、そっか」
いや、マジか。二日連続ワイルドスピードか。それこそワイルドだな。
「どうした? アクションものは苦手?」
全然的外れ。でも言えないよな。昨日観たとは言えないよな。誰と? なんて聞かれたら、なんか答えたくない。
「ああ、いいやあ、そういうわけじゃないんだけどね。うん、全然大丈夫。行こう行こう」
考え直そう。ワイルドスピードは私の好きな映画だし、二日連続で観たって全然いいじゃん。
そう思いながら歩いていたら、昨日も来た映画館に到着。
立家君は「待ってて」と言って、真っ先に受付に並んでいる。
「私ポップコーン買ってくる」
チケットの手続きを行きが長くなりそうだったので立家君に声をかけて、売店に並んだ。
昨日はキャラメルポップコーンだったので、塩味にした。
立家君に飲み物の希望を聞き忘れたけれど、コーラにしておいた。男子ってだいたいコーラ好きじゃん? 偏見ごめんね。
ちなみに私は白ぶどうスカッシュ。
私がトレイを受け取ってロビーのソファに向かおうとしたとこで、立家君がこちらに来ていた。
「コーラでよかった?」
一応聞いておく。
「うん。ありがとう」
そう言って立家君がお財布を出した。
清算か。うん、その前にトレイを置きたい。
そんなことを思っていたら、立家君が多めにお金を出してきた。
「え、いいよ。私の分は私が出すから」
「いや、ここは俺が出すよ」
なんでよ。なんでそうなるの? おごってもらうようなことしてないし、なんかそういうはいらない。
むしろ立家君はチケットを使ってくれるんだから、おごるんだったら私の方じゃないかな? おごらないけど。
「え、立家君ってバイトしてたっけ?」
たしかバイトはしてなかった気がする。サッカー部で忙しそうだし、そういう話は聞いたことがなかった。
「してない」
やはりな。予想通りバイトをしていなかった。
「じゃあいいよ。無理しなくて」
せっかくのお小遣いだし、なんかそういうおごられ方ってちょっと気が引けるっていうか、はっきり言うと嫌だ。
「あ、うん。そうだね。そうしよう」
気持ちが伝わったのか、立家君はすんなり受け入れてくれた。
それでしっかりと割り勘。これなら納得。
すぐにシアターが開場し、チケットを見せて入場する。
立家君は「いい席が取れた」と言っていたが、なんというか、私の思ういい席ではないなって感じだった。
たまにいるよね。映画を一番前で観たい人。立家君ってそうだったんだね。
まあ、チケットを使ってくれているのだから、贅沢は言えない。感謝は忘れてはいけない。
そういえば、新は何してるんだだろう?
気になってスマホをいじるが、やはり二人でのお出かけを楽しんでいるのであれば邪魔をしてはいけないと、ラインをするのをためらわれる。
「楽しみだね」
立家君がコーラを飲みながら言った。
「え、あ、そ、そうだね」
まあ昨日も見たんですけどね。苦笑い。
「ワイルドスピードって知ってる?」
「う、うん。カーアクションのやつだよね」
「そうそう、俺好きなんだ」
「私も好き。全作観てるよ」
立家君もワイスピが好きなんだ。まあ男子は好きな人が多いような気がする。
「そうなの? やっぱり車ってかっこいいし、それに、日本車も出てきたりするから、見ていて楽しい」
おお、立家君のくせして、わかっている。そう、その通りだと思う。
「わかる。スポーツカーってかっこいいよね」
「うんうん。それに、なんといってもアクションにスリルがあって気持ちがいい」
「そうだよね。爆発してるところ走ってたりするのいいよね」
ハリウッド映画は規模が違う。もうありえないだろうってことがあり得るのがいい。
「わかるわかる。一作目から主演やってたポール、残念だったよね」
「うん。かっこよかったし、はまり役だったけど。まさかだったよね」
これに関しては、本当に残念だ。でも彼は映画の中で永遠に生き続けている。
私がポールに思いを馳せていると、シアターの照明が暗くなった。
そして予告が始まった。
「あとさあ……」
立家君が話を続けようとする。
「あ、待って。私、この予告好きなんだ」
今までどうでもよかったけれど、昨日予告も含めて映画だと先輩が言っていた。そう思って観たら、予告を観るものも大事なような気がしてきた。
「え、あ、そう? お、おっけー」
立家君は昨日までの私みたいだ。予告はどうでもいい感じなのかな。
それにしても一番前は観にくい。首が疲れる。
予告が終わったところだけれど、その時点でもう肩が凝ってきたような気がする。
ひじ掛けにひじをつく。そして頬杖をつく。
幾分か楽になったような気がする。
しかしなんだか眠たくなってきた。うとうと舟を漕いだら寝てるってばれちゃうかもしれない。チケットを使ってもらったのに、寝ちゃったらそれはもう失礼に当たるだろう。
頬杖をついている体勢でいれば、万が一、絶対にそんなことはないけれど保険として、寝てしまったとしても、ばれにくいだろう。
それにまあ寝ちゃっても内容は知ってるし、なとかなるかな。
□◇■◆
「え、あ、お、終った?」
照明が明るくなったので目が覚めた。どうやら寝てしまったいたようだ。てへ。
「終わったよ」
「あ、そうだよね。おもしろかったね」
立家君にばれていませんように。それになんだか寝顔も見られたくない。
「うん。あのシーン、すごい迫力だったよね」
やばい。これはテストかも知れない。これに答えられないと寝ていたとばれる。
「あのシーン? 地雷原のシーンのこと?」
「う、うん。そうそう、そのシーン」
よっし! 合格!
「あと、ハンが生きてたのも驚きだよね」
これを言っておけば、観ていたと認定されるだろう。
「え? う、うん。そうそう。嬉しいキャスティングだったね」
立家君と今までのワイスピの話なんかをしながらシネマワンをでた。
映画館の涼しさから一転、昼過ぎの夏の外の蒸し暑さに不快感を覚える。
「ねえ金井さん、お昼過ぎだし、どこかでランチしない?」
「うーん、いいよ」
まあお腹は空いている。せっかく立川に来たのだから、食べて帰ろう。
「何か食べたいものはある?」
立家君が聞いてきた。
どこかしら提案してくれたらいいのに。
「なんだろう。立家君は何か食べたいものはないの?」
「金井さんに合わせるよ」
合わせるよって、それは任せるよって意味じゃんか。
「そうなの? それじゃあガストでいい?」
立家君の好みも何も知らないし、これ以上どこがいいかと不毛なやりとりをするのも面倒だったので、何でも美味しいガストに行こう。
「うん、いいよ。そうしよう」
調べたら駅の反対側だったので、暑い炎天下の立川を歩いてガストに向かった。
□◇■◆
砂川先輩の言ったとおりだった。
やはり知識は自分で調べるから面白いのかもしれない。
ガストで食事をしている最中、立家君は聞いてもいないのに立川市の歴史について話していた。
JRの三路線がどうのこうの、米軍基地があってどうのこのって。
昨日先輩も話していたけれど、それは話の流れがあって、ちらっと言っていただけだし、私が続きを聞こうとしたら断られた。その時、自分で調べた方が面白って言っていた。
でも立家君は自発的に「立川市はね……」と知識を披露してきた。
私はどのタイミングでチーズインハンバーグを口に運ぼうか悩まなくちゃいけなかった。
そして最終的に「まあこれは父が立川市出身だから小さい頃から事あるごとに聞かされててね」とか言っていた。子は親に似ると言うことを体感した。
そんなことのあったガストを後にして、私たちは駅に向かっていた。
「映画に付き合ってもらっちゃってありがとう」
立家君が言った。
いや、こちらが、なんだかごめんなさいって感じがする。昨日その映画観ましたって言えなかったせいでチケットを使うことになったし。
「ううん。大丈夫。悪いのは新と犬見君だから」
責任転嫁しておこう。いや、実際にそうなのだから仕方がない。
「たしかにね」
立家君も同意してくれたようだ。私たちは被害者であると言うことに変わりはない。
立川駅の改札を抜けると私は立家君に「また学校でね」と伝えた。立家君は中央特快に乗ったほうが早いから。
でも私に合わせて各駅停車に乗ると言ってついてきた。まあ男子ってそういうことしたいのかな。
「あの、今日はありがとう。ほんと楽しかった」
ホームで電車を待っていると立家君が言った。
「そう? こちらこそ、ありがとう。映画のチケット使ってくれて」
いろいろ言ってはいるけれど、チケットに関しては感謝しているし、少しばかり罪悪感もある。
「ううん。それでさ、あの、二十二日なんだけど空いてる?」
「二十二日?」
はて、何の日だっけ?
「そう。清瀬市でお祭りがあるんだけれど、一緒に行けたらなって思って」
あ、花火大会の日だ。
私もその花火大会に、誰かさんと行けたらなって思っていたりした。
でも今日の予定を立てたあのカラオケの日に、みーちゃんと新と三人で行こうって話になった。
「え、あ、その日はもう予定入っちゃってるんだよね……」
「そ、そうなの? な、なんだぁ、残念だなぁ」
ここに新と犬見君がいたら、二人のためにみーちゃんも合わせて五人で行こうか、みたいな話になったかもしれない。でも今は私一人。一人でそんなことは決められない。
「ごめんね」
「あのさ、その予定って、スぺじゃないよね?」
なんでそんなこと聞くんだろう。そんなこと聞いて何の意味があるんだろう。
スぺじゃないよ。スぺじゃないんだよ。
「えーっとね……。ひみつ」
言いたくないので、言わないでおく。
ニコッと笑って、この話は終わりだよ感を出してみる。
私の意地悪が効いたのか、立家君は考えこんでいるような表情をしている。
電車が立川駅から二駅隣の西国分寺駅に到着した。私の乗り換えの駅だ。
「それじゃあ立家君、ばいばい」
手を振って挨拶をする。
「また出かけよう。またラインする」
今で黙っていた立家君が言った。
「うん。予定が合ったらね」
この言葉の意味が立家君にはちゃんと伝わらないような気がしなくもないけれど、諦めることなく伝え続けよう。
電車の扉が閉まる。私は乗り換えのホームに向かう。
二十二日はみーちゃんと新と三人で花火大会に行く。それで楽しもうと思っていた。
絶対に三人で花火見たら楽しいじゃん。それでいいじゃん。
なのに立家君の質問のせいで、なぜかもやもやしてしまった。